Endless world -咬龍の庭-
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創作小説『バルドフォースG』第二十八章

みなさん、本当、超お待たせしましたっっ(>_<)!!
久しぶりの『バルG』更新です。
もうそろそろテストが近付いてきているので、すぐさま続き、とはいかないと思いますが、このお話ももうすぐクライマックス、できるだけ早めに掲載していきたいと思ってます。


ああ、あと、今回は超長いです。ワード60ページはあります(^-^;)。というわけで、読む方は、その前に持ち時間とちょっと相談した方がいいやもです(苦笑)。


では、「READ MORE」にて本文へ・・・。








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バルG第二十八章『真実』



 時間は遡ること、およそ二十年前・・・・。
 安室 嶺(あむろ れい)は、仮想の戦場の中にいた。
 前方からは、反政府主義テロリスト『ZEON』のシュミクラム部隊が怒涛のように押し入ってくる。
ベルトーチカ:「嶺!敵はおよそ20機。気を付けて!!」
嶺:「大丈夫さ!見んな、行くぞ!!」
隼人:「ああ!!」
パトリック:「・・・ふん、言われるまでも無い!」
 嶺と仲間たちが、サポートの少女・ベルトーチカに応えると同時に、テロリストのシュミクラム(MSではない旧式のもの)が、それぞれ手に持った銃火器を発砲した。
嶺たちも、己の持つ火器で懸命に応戦する。
 しかし、三対二十では、こちらの不利は明らかだった。
隼人:「嶺、パトリック、このままじゃ押し切られる!!」
 戦車をそのまま発展させたような、MS黎明期特有の形状の“ガンタンク”に装備されたありったけの火砲を放ちながら、そのパイロットであり、嶺たちの部隊のまとめ役である小林 隼人(こばやし はやと)が呻いた。
パトリック:「ふん、隼人、何を弱音を吐いている!!ここを押し切られれば、戦線は崩れる。だが、逆にここを守れば、戦局は一気に好転、我々に対する評価も格段に上がるのだ!!ここは、絶対に死守だ!!!」
 部隊の隊長であり、この中では一番階級(この頃は、まだZAFTにも厳然とした階級制度が残っていた)の高い、パトリック・ザラが叫んだ。パトリックは、愛機“ガンキャノン”の、両肩に装備された二門の大口径キャノンを懸命に撃ち込む。
 しかし、敵機は一向に減らない。このままでは、ジリ貧だ。
 嶺は、ある決意をした。
嶺:「・・よし、隼人、パトリック、しっかり援護してくれよ!!」
隼人:「嶺!?お前、まさか・・・」
パトリック:「ちょっと待て貴様、勝手な行動は・・・・」
 仲間達が文句を言い出す前に、嶺は愛機“ガンダム”を駆り、一人、敵陣に躍り出た。
そして、次の瞬間、手にしたビームライフルを信じ難い速さで連射、複数の敵機の急所を貫き、たちまち彼らを撃破した。
テロリスト1:「くっ、こいつ、まさかあの・・・」
テロリスト2:「ZAFTの『白い悪魔』か!!だが、たった一機でこの数に、敵うと思うな!!」
 一人突出した嶺を、敵シュミクラム部隊は四方八方から狙い、襲い掛かった。
 しかし、嶺は全ての攻撃を巧みにかわし、そして信じられないほど精度の射撃で、敵兵たちを瞬く間に次々と撃破していく。
テロリスト3:「くそっ、こいつ!!」
 嶺が真正面の敵を撃ち抜いた隙に、後方からもう一機のシュミクラムが襲い掛かるが、嶺は後ろを見ずに銃を持った手だけを後ろに向けて、そのまま的確に敵機のど真ん中を撃ち抜いた。その様は、まるで後ろにも目が付いているかのようだった。
 当の嶺は、何故か『絶対に当たる』という感覚に従うままに撃っているだけに過ぎなかった。しかし、何故かその、ネット世界にいるときだけに感じられる奇妙な感覚は、嶺にはまるで天からの声のように、確信を持って信じられたのだった。
 そして、気が付けば、敵の部隊は全滅していた。
ベルトーチカ:「すごい、すごいわ嶺!!!戦闘が始まってからまだ三分しかたってないのに、もう全滅させるなんて!!」
隼人:「まさか、一人で12機もの敵機を撃破するとはな・・・」
パトリック:「くっ・・、同じ人間とは思えん!いや、そんなはずは無い!!」
 その時だった。不意に、現実世界でレーダーを覗き込んでいたベルトーチカの声色が上ずった。
ベルトーチカ:「嶺、気を付けて!!このシュミクラム反応・・・これは、エドワゥ・マスの機体よ!!」
隼人:「『赤い彗星』かよ!!くそ、こんな時に!!」
 その時、前方から物凄いスピードで、真っ赤に塗装されたシュミクラムが、嶺たちに向かって突進してきた。
『赤い彗星』エドワゥ・マス。テロリスト『ZEON』のエースパイロットで、彼一人のために軍が甚大な損害を被ってきた、紛れも無い強敵だった。
隼人:「こなくそ!!」
 隼人はありったけの火器で応戦するが、エドワゥはそれを滑るような動きであっさりと回避し、同時に死角に回りこむと、両手にそれぞれ装備したショートバズーカと大口径マシンガンを一斉に発射、隼人のシュミクラムを、瞬時に粉々に破壊した。
嶺:「隼人!!!?」
 仲間の死を悲しむ暇も無く、エドワゥは次々と、嶺たちを狙う。
パトリック:「こいつを斃せば、私も一躍トップエースだ。ザラ家の名誉のために、死ね、エドワゥ!!」
 パトリックは、手に持ったビームライフルを発砲するが、高機動のシュミクラムを巧みに乗りこなすエドワゥには、かすりさえしない。
エドワゥ:「・・・君はいい加減、目障りなのだよ。早々に、消えてくれ!!」
パトリック:「!!?」
 撃ち終わりの無防備な状態のパトリックを狙って放たれた砲撃を、嶺が寸前で割り込み、シールドでガードした。
嶺:「下がれ、パトリック!!」
 嶺は叫ぶと同時に、エドワに向かって撃ち返す。しかし、エドワゥはそれを事も無げにかわす。
パトリック:「何だと、貴様、偉そうに・・・」
 いつも通り何か言いたそうなパトリックを無視し、嶺はエドワゥへと立ち向かった。
エドワゥ:「何だ、また君かね?いつもいつも、私の任務の邪魔をしてくれるが・・・、その繰り返しも、今日で終わりにしよう!」
嶺:「それはこっちの台詞だ!今日こそ引導を渡してやる!!!」
 嶺とエドワゥは、激しく撃ち合いながら何度も交差した。当時最高クラスの高機動の機体に乗り、超人クラスの射撃精度を持つ二人の撃ち合いは、おそらく人間にできる限界クラスの激闘だったのだろう。
 しかし、機動力ではどうやらエドワゥのシュミクラムに一歩分があるようだった。嶺は、少しずつだが、押されてゆく。
嶺:「ぐうっ!!」
 そして、エドワゥのバズーカの弾頭が、遂に嶺のビームライフルを直撃、ビームライフルは粉々に砕け散り、ネット空間から消滅した。
嶺:「しまった!!!」
エドワゥ:「どうやら、これまでだな!」
 その時、突如パトリックのガンキャノンが、嶺を無理矢理押しのけ、エドワゥの前に躍り出る。
嶺:「うおっ!?」
パトリック:「ええい、まどろっこしい!!こいつは、私がやると言ったろう!!」
 しかし、そんなパトリックを、エドワゥは冷たく一笑に付した。
エドワゥ:「相変わらず、腐った奴だな、君は」
パトリック:「何を!!?」
 パトリックは、必殺の気合を込めて、両肩のキャノンとビームライフルをエドワゥ目掛けて一斉に放った。しかし。
エドワゥ:「救いの無いゴミめ・・・、今すぐ消えろ!!」
 エドワゥは飛び上がってそれをあっさりとかわすと、空中で回転しながら両手の火砲を放ち、ガンキャノンの全ての火器を一瞬で破壊した。エドワゥはそのままパトリックを飛び越えて後方に着地すると、間を置かずして方向転換、全ての武装を失い呆然とする無防備なパトリックに、銃口を向けた。
エドワゥ:「さあ、これで終わりだ!!」
嶺:「パトリック!!!」
 パトリック目掛けてエドワゥの火砲が、火を噴いた、その時。
嶺:「パトリックーーー!!!!」
 嶺は絶叫し、その時、不思議な脳内チップの電子音声を聞いた。


『反転(フリップ・フロップ)』 


 エドワゥは見た。憎き実兄(向こうはこちらが弟だとは気付いていないようだったが)を葬るために放たれた弾丸を、突進してきたガンダムが、全て頭部のバルカンで撃ち落すのを。
エドワゥ:「バ、バカな!!?」
 エドワゥは、思わず叫んだ。それはそうだ。連射力の低いバズーカの弾だけならともかく、左手に装備しているのは、連射性が持ち味のマシンガンなのだ。その弾頭を、一撃も漏らさず、しかも命中精度の低いバルカンで全段過たずに撃ち落すなど、とても信じ難い芸当だ!
エドワゥ:「有り得ん!!人間に出来るわけがない!!!」
 エドワゥがそう叫ぶ間に、嶺はパックパックからビームサーベルを引き抜き、バズーカを一息の元に斬り裂いていた。
エドワゥ:「ええい!!!」
 エドワゥは素早く飛び退くと、残ったマシンガンでガンダムを狙撃した。しかしガンダムは、シールドを捨ててビームサーベルを両手で構えると、まるで弾丸の一発一発が見えているかのように、エドワゥの射撃を紙一重でかわしながら突進した。
エドワゥ:「何!?私の射撃は、正確なはずだ!!」
 しかし、ガンダムは嘘のようにエドワゥの射撃をかわし、瞬く間に一足一刀の間合いに接近すると、ビームサーベルを大上段に振り上げ、そして真っ直ぐに振り下ろした!
 ザシュッ!!
 エドワゥの左腕に、凄まじい衝撃が走った。次いで、目の前を、マシンガンを持った誰かの左腕が回転しながら落下してゆく。それが自分の左腕だと気付いた瞬間、エドワゥの左腕に、激痛が走った。
エドワゥ:「ぐおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!??」
 電子体をただ分厚い装甲とそれを動かすための駆動系で覆っただけの、旧式シュミクラムは、左腕の破損をエドワゥに、そのまま『彼自身に左腕の喪失』として再現(シミュレート)したのだ!
嶺:「うおぉぉぉぉぉ!!!」
 更に嶺は獣じみた咆哮を上げ、明らかに人間離れした凄まじい動きでエドワゥに斬りかかる! エドワゥは左腕の痛みを堪えて必死に致命傷を避けるが、装甲のあちこちが斬り飛ばされ、破損してゆく。テロリスト一のエースパイロットが、ただかわすのに精一杯で、反撃に転じることさえできない!
エドワゥ:「ええい、化物め!!!」
 エドワゥは、辛うじて放った蹴りでガンダムを突き放すと、その隙に白兵戦用のヒートホークを引き抜き、そしてガンダム目掛けて振りかぶった。
エドワゥ:「死ねぃ!!!」
 しかし、必殺の一撃となるはずのそれを、嶺は素早く左手でもビームサーベルを引き抜いて受け止めると、右腕のビームサーベルを、無防備となったエドワゥの顔面に、思い切り突き立てた。
エドワゥ:「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 物凄い灼熱と共に、目の前を真っ白い激烈な光が覆い・・・・・。


ギル:「っ!!!?」
 顔に凄まじい激痛を覚え、ギルは飛び起きる。そこは軍宿舎、ギルの私室だった。
ギル:「・・・夢?」
 ギルは、ここがいつもと変わらぬ自室で、今がいつもと変わらぬ朝なのだということを、ようやく自覚した。
 しかし、顔の火傷は、左腕の神経を焼き切られたときの激痛は、今でもギルを、苛み続けるのだ。例えば、今まで見ていた、悪夢のように・・・・。
ギル:「ぐぅ・・・ぐ・・う・・・はぁ・・はあ・・・・」
 ギルは右手で顔を強く押さえ、まるで地獄の業火に曝されているかのような幻痛を絶え凌ぐ。そして、ギル・ラザード、かつてはエドワゥ・マスと名乗っていた男は、火傷で醜く爛れたその顔を更に醜く歪めながら、まるで地獄の亡者のような声で、今はもうこの世にいない相手の名を呼び、呻くのだった。
ギル:「おのれ、安室嶺めぇぇ!!!!」



 透は、列車の窓から過ぎてゆく風景を眺めながら、ふと、その先にあるスラム、その地下のレベル7の運命に、思いをはせた。
窓から見る空はどこまでも青く、まるでつい一昨日、あんなことが起こったばかりだとは、とても信じられない。
 しかし、時間とは、ちっぽけな人間たちの想いに関係なく、悠々と流れていくものなのだ。
月菜:「透。何を、考えてたの?」
 月菜に声をかけられ、透は我に返った。
透:「いや、色々だな。今までのこと、そして、これからのこと。考えることは多いな・・・」
 透は、ため息と共に、素直な思いを口にする。言ってから、あまりの素直さに、以前事ある毎に月菜には意地を張っていた自分が、まるで遠い昔の風景のもののように感じられる。
 そんな透に、月菜は穏やかな微笑みを向けた。
月菜:「そうだね。こんな短い期間に色々あって、そしてこれからの事も見えなくて・・・あたしも正直、ちょっと不安だよ。だけどね、あたし、きっと大丈夫、って思うんだ。透がいれば、みんながいれば、きっと、きっと、何だって乗り越えていけるよ」
 その笑顔があまりに温かく眩しかったから・・、透は、ついこんなことを言ってしまうのだ。
透:「まったく、相変わらずお前はお気楽だな。お前のその能天気思考が、羨ましいよ」
月菜:「むー。人を何も考えて無いみたいに言わないでよね。透こそ、変なこと色々一人で考え過ぎなんだよ」
 やっぱり、俺はあまり変わってないな、と、透は内心苦笑する。
バチェラ:「まったく、キミたちは毎度毎度、よく夫婦漫才のネタが尽きないね」
 向かいに座っていたバチェラにもため息をつかれ、透は少し、恥ずかしくなった。
 そこに、いつの間に席を立っていたのか、アシュランが戻ってきた。手には、何かの入った袋を持っている。
アシュラン:「車内の売店で、少し昼食を買って来たんだ。次の駅もまだ大分先だし、もう時間も昼近い。何か食べた方が、いいかなと思って」
 そう言って、アシュランは皆を見回して、穏やかに微笑んだ。
アシュラン:「透、あまり難しく考えるなよ。確かに、俺たちが直面している問題は大きいが・・・俺たちにできることは、それを一つ一つ、解決していくことだけなんだからな」
透:「ああ・・・そうだな」
 透がすんなり頷くと、隣で月菜がむくれていた。
月菜:「透さ、あたしの言うことは素直に聞かないくせに、アシュランの言うことは、優哉の言うことみたいに素直に聞くんだね」
バチェラ:「まあ、包容力の差、って感じ?」
月菜:「ひかるちゃん、何それー。それじゃあたし、包容力の無いただの口うるさいオバサン、って感じじゃん」
透:「感じ、じゃなくて、実際そうなんだから仕方ないだろ」
月菜:「むきー!!」
アシュラン:「はは。まあ、透も、月菜の言うことを聞くのは照れくさいんだよ」
透:「や、やめろよ、アシュラン・・・」
 透は、そんな言い合いの中に、懐かしい雰囲気を感じていた。
そう、これはあの『草原の狼』の時代と雰囲気だ。そして、そこまで考えて、いつの間にかアシュランが優哉と同じ立ち位置に、穏やかな笑みで皆を和ませ、地に足の着いた考えで皆を導いていくポジションにいることに気付く。
 透は、感心すると同時に、胸が痛む思いでいっぱいだった。本来ならアシュランは、皆を和ますどころか、今は誰よりも落ち込んでいてもおかしくはないのだ。
 そう。アシュランは、大切な人を最も残酷な形で喪ったばかりなのだから・・・・。



 まだ昨日のことだ。
 長い地下道からようやく抜け出し、外の世界に出てみるとそこは、スラムをよく見渡せる小高い丘の上だった。
 そこか下を見下ろして、透たちは皆、息を飲んだ。
コンクリートジャングルとも呼ばれるほどにビル群が密集していたはずのそこには、ただ、大きなクレーターがポッカリと空き、中から黒煙がもくもくとひっきりなしに立ち上っているだけだったのだ。
 その光景は、否が応にも、『死』を連想させた。
アシュラン:「ふぅ・・・ぐ・・うぅ・・リャン・・・リャン・・うぅぅぅ!!!」
 アシュランは、その光景を見ながら、蹲って泣いた。まるで魂を搾り出すかのような嗚咽を漏らし、血を流すかのように涙を流して、泣いた。
バチェラ:「アシュラン!!」
 透がアシュランに何と声をかけていいのか考えるより早く、バチェラはとんでいって、アシュランを背中から抱き締めた。その小さな身体で、それでもアシュランを精一杯、悲しみ、苦しみから守ろうとするかのように。
アシュラン:「ぐぅぅ・・っくぅ・・・・」
バチェラ:「アシュラン・・・大丈夫、大丈夫だよ・・・、今はボクらがついてる。キミの悲しみも苦しみも、全部ボクらが、分かち合うから・・・・」
 バチェラはアシュランを抱き締めながら、一緒に泣いた。アシュランは何も言わないが、きっとそれは、アシュランにとっては大きな救いとなっただろう。
 そして、アシュランは暫らく涙を流すと、唐突に立ち上がって涙を拭い、それきり、泣くことはおろか、物思いに沈むことも、一切無かった。


 そんなアシュランを見ていると、透は、心底アシュランは偉いと思う。彼は、きっと悲しみ、苦しみを正面から受け止め、そしてそれを乗り越えようとしているのだ。かつて、親友を喪い、その悲しみを仇に転嫁させて復讐に逃げた自分とは大違いだと、透は思う。
 だからこそ、そんなアシュランの親友として、透は、もっと強くならなくてはと、心から思ったのだった。
 そしてその時、バチェラが皆を神妙な表情で見つめている事に気付いた。
透:「ん?バチェラ、どうした?」
 すると、バチェラは周囲に聞いている人がいないか確かめる仕草をしてから、ゆっくりと話を始めた。
バチェラ:「そうだね・・・。今向かっている目的地に着く前に、これだけはみんなに話しておいた方がいいと、そう思ったんだ」
月菜:「ひかるちゃん・・・?」
アシュラン:「それは、あのセラフィムと、六年前のDOS事件のことについてか?」
バチェラ:「そうだよ。色々あって話すの遅れちゃったけどね。今がその時だって思ったから」
 『セラフィム』の名前を聞いて、透はにわかに緊張する。
『セラフィム』。憐と何らかの関係を持つ、謎のネット兵器。どうやらV・S・Sは、あの兵器を特定の場所にけし掛けることはできても、制御することは未だにできないらしく、あの兵器の暴走による無辜の民の犠牲者は、現在も増え続けていた。
 そう言えば、透があの兵器を始めて見たときも、バチェラが憐にコンタクトを取ろうとした時だった。思い返せば、あの時、バチェラは憐とあの兵器に何か関わりがあるのを知って、憐を保護しようとしてきたのに違いなかった。
 バチェラは皆を静かに見回して、そしてゆっくりと話し始めた。
バチェラ:「ボクが憐と初めて会ったのは、今から六年前ほど前だった。その頃は、ボクは孤児院から脱走し、生きていくためにハッカーを始めて暫らくたった頃でね、丁度、ボクのハッカーとしての才能が、常人を遥かに超えていると自覚できた頃さ」
透:「六年前!?お前、そんなに前からハッカーやってたのか!?」
バチェラ:「そう言えば、透と月菜には話してなかったね。まあ、生きるために仕方なく、ってやつさ。この通り、ボクの頭はちょっと普通じゃなかった。孤児院にいた頃から、周囲の子供たちがしっかりお小遣いを溜めて買うようなゲームなんて、セキュリティの隙間を見つけ出してタダで手に入れる、なんてことはざらだったよ。だから、ハッカーになってから一年もすれば、超A級のセキュリティを楽々突破できるようになってた」
透:「そりゃまた、末恐ろしいことで・・・」
バチェラ:「その頃からだったね。ボクが、自分の出生について調べようと思ったのは」
アシュラン:「出生について?」
バチェラ:「ああ。以前アシュランにも言ったように、ボクは孤児院に来る前の記憶が、一切無かったんだ。だから、自分がどこの誰なのか、どんなことをしても知りたくてね・・・。それで、当時は軍の施設だった、あの巨大な扉の群れ、まさにネット界の核シェルターとも言うべきあの施設に、ボクは行き着いたんだ。ボクの個人データは、どこの役場のデータベースにも無かった。でも、国防を一手に担う軍なら、あるいは何かのデータが残ってるかもしれない、と思ってね」
透:「あの施設・・・、って、今は憐が閉じ込められているあの場所か?」
バチェラ:「そう。そして、昔も『閉じ込められていた』所さ。ボクはそこで、憐に会ったんだよ」
透:「何だって!!?」
バチェラ:「シッ!!」
 透は思わず大声を出してしまい、咄嗟にバチェラに窘められる。しかし、見れば、月菜もアシュランも、皆同様に驚いた様子だった。
透:「す、すまん・・・。でも、そんな、まさか、憐が軍に閉じ込められていた、なんで・・・」
 今や、透にとっては実の妹と同じような存在になっていた憐。そんな憐が、よりにもよって軍に、おまけにあんな場所に閉じ込められていたなんて、一体どんな理由があったというのだろう。
バチェラ:「確かに、あんな女の子が、よりにもよって軍にあんな施設に閉じこめられるなんて、惨い話だよね。でも、ボクはまず、その子に大きな興味を覚えたんだ。あんな、ボクと大して年も変わらないような女の子が、なんでこんな施設に閉じ込められているのか、ってね。あるいは、ボクの出生の手掛かりを持っているかもしれない、と思った。それに・・・ボクは、正直、友達が欲しかったんだ。ハックを始めてから、ボクはずっと一人だったからね」
月菜:「ひかるちゃん・・・」
アシュラン:「バチェラ・・・」
バチェラ:「はは、そんな顔しないでよ。今はキミたちがいるんだ、ボクはとっても満足してる。・・それで、話を続けるよ。そういうわけで、ボクはその子を開放したんだ。あの扉は確かに厳重だったけど、ボクの腕前を持ってすれば、何とかなった。でも、あの子は開放されると同時に、ボクには脇目もふらず、『何か』を探してネット空間に彷徨い出てしまった」
透:「『何か』って・・・憐のお兄さんか」
バチェラ:「そうだろうね。そして、声をかけそびれたボクは、憐の後を追いかけた。そして、驚愕したよ。あの子はネット空間を、言葉通り自由自在に歩き回ったんだ。ボクでもできないような芸当を、連発してね。どんなセキュリティも、あの子の足を一秒たりとも止めることはできなかった。ボクは、上には上がいるって思い知らされたよ。今でもあの子がどうやったのか、わからないくらいだ。そして・・・ボクは益々、あの子に興味を持った」
アシュラン:「君でもできないような芸当、って?」
透:「アシュラン、以前俺がZAFT基地で、レベル3のデータにアクセスしようとしたことがあったろ」
アシュラン:「ああ、そう言えばあったよな、そんな事が」
透:「その時、憐も一緒にいたんだが・・・、憐は、ごく自然に軍のデータベース内にいて、おまけに何の道具も使わず、そのまま歩いて攻性防壁を突破してレベル3にアクセスしたんだ」
アシュラン:「何だって!!?そんなこと・・・・あり得るのか!?」
透:「俺も驚いた。でも、実際に目の前で起こったんだ」
アシュラン:「む・・」
バチェラ:「そうだね。あの子のにとって、攻性防壁なんて開かれた襖も同然だった。そして、その頃からかな。あの子の脱走に気付いたのか、軍の特殊部隊が、あの子を追いかけてきたんだ」
透:「軍の、特殊部隊?」
バチェラ:「そして、ボクもそろそろハッカーとして名が知られていた頃だったからね。ボクも、警察や軍の部隊に追われていた。そして、憐は一向に捕まらず、やつらはまずボクを捕まえて憐のことを聞き出そうとしたんだ」
透:「・・・・」
バチェラ:「ボクは、憐のようにはいかなかったからね。ボクも大分善戦はしたんだけどさ、遂に追い詰められちゃって・・・その時、憐がボクに気付いたんだ。そして、ボクは憐のことを守ろうとして最後の抵抗をしてさ、やつらがボクにトドメをさそうとした時だった・・・。憐が悲鳴を上げて、そして、アレが現れたんだ!!」
透:「それが・・・『セラフィム』」
アシュラン:「これが、六年前の事件の真相か・・・・」
バチェラ:「うん・・・」
 そう言って、バチェラは蒼ざめた顔で、ブルッと震えた。
バチェラ:「・・あれは、酷い有様だった。ボクらを追っていた部隊は、おそらく全滅。ボクは逃げ出すのがやっとだった。それどころか・・・ヤツの攻撃は、そのAIの担当地区全域に及んでた。そのAIの担当区域だった、遠く離れた構造体までヤツの攻撃が届いたんだ。それで、そのAIが完全に崩壊、その区域に接続していた人達は、没入せずに皮膚電極なんかで単に接続していた人も含めて、生き残った人はほとんどいなかった、って話だ・・・・」
アシュラン:「・・・・・」
 死者一万人以上に達する、ネット界最悪の大惨事となった大事件の、これが真相だった。
バチェラ:「それから、暫らく憐は姿を隠していたんだ。でも、ボクはずっと探していた。正直、あの化物に遭うリスクを考えると心底ゾッとしたけど・・・ボクは、どうしてもあの子に聞かなきゃならないことがあったんだ」
透:「憐に聞かなきゃならないことって?」
バチェラ:「・・・脳内チップのことだよ。調べてみて驚いたんだけど、ボクの頭には、通常の脳内チップ以外にも、本来存在しないはずの特殊な規格の補助チップが存在しているんだ」
月菜:「特殊な規格って・・・、それ、あり得ないよ!」
 月菜の言葉も、もっともだ。脳内チップ本体はもちろん、補助チップと言えど、脳内チップに関連する製品は、その全てが必ずいくつもの第三者機関のチェックを受けることになっているのだから。だから、幻の製品なんて、あり得ない、いや、あり得ないはずだった、本来なら。
透:「だが月菜、あの洗脳チップの存在がまかり通ってるんだ。そんなものがこの世に存在しても、おかしくは無い」
月菜:「・・・そうだね」
 あの忌まわしい記憶を思い出したのか、月菜が僅かに身震いをし、透はそんな月菜を優しく抱きしめた。
バチェラ:「そして、憐の脳内にも、どうやらボクのと同じ規格の補助チップが、埋め込まれているようだった。だから、憐を調べれば、ボクの出生の秘密も何かわかるかもしれないと、そう思ったのさ・・・」
透:「普通じゃない補助チップが、バチェラと憐に・・・・・」
 透は思い返してみる。バチェラの異様なハッカーとしての能力と、常人には扱えぬファンネルやドラグーン、AI無しで脳内チップの修正パッチを組んでしまうほどの超人的なプログラミング能力。そして憐の、ネットロジックを無視しているとしか思えない、壁抜けや電子体でのレーダーにかからない『隠匿(ヒドゥン)』、ネット内で物体を破壊しても破片を残す芸当、そして六年以上も実体に戻らず、電子体のみで生存するどころか精神に何の異常もきたさないそのネットへの親和性。確かに、どれも『生まれつきの才能』と考えるには、あまりにも人間離れし過ぎていた。彼女らに後天的な処置が取られたというのは、むしろ納得できる話だ。
 そして、バチェラは更に驚くべき事を言った。
バチェラ:「ボクらだけじゃない。これはボクも調べてみて愕然としたんだけど、あのリャンとゲンハ、そして、透とアシュランのチップにも、ボクらの補助チップと同規格のものが埋め込まれていたんだ」
透:「な!?」
アシュラン:「透と・・そして、俺にも?」
 透は、思わず我が耳を疑った。自分は正常なはずだ、異常な措置など施されていないと、ついそう考えてしまう。しかし。
アシュラン:「そう言われれば・・・俺が危機に陥った時、よく聞こえてくる『反転(フリップ・フロップ)』の電子音声・・・あの正体は、それなのか・・・?」
透:「あ、あれ、お前にも聞こえてきたのか!!?」
 驚きのあまり、思わずまたしても大声を出してしまい、透は周囲に(今度は無言で)窘められる。
透:「す、すまん。・・・しかし、まさかアシュランも『そう』だったなんてな・・、いや、俺との戦いの時とか、思い返せばお前が突然強くなること、あったよな」
アシュラン:「ああ。俺の小隊がお前一人に全滅させられた時は、お前の人間離れした戦い方に正直我が目を疑ったが・・・・自分で『それ』を体験してみて、そして今の話を聞いた後では、それも納得、といった感じだよ・・・」
 アシュランは軽くため息をつき、そして遠くを見つめた。
アシュラン:「そして、ゲンハのあの異様なまでの直観力と・・・・リャンの、あの不思議な健忘症と、あきらが言っていた異常な記憶力も、そのせいだったのか?」
 すると、月菜が律儀にも小さく手を上げて発言した。
月菜:「えっと、あたしはその、特殊な規格のチップは無いんだよね。でも、透たちが聞いたっていう『反転(フリップ・フロップ)』の音声、あたしも聞いたような気がするんだけど・・・」
透:「え!?」
バチェラ:「そうだね。それについては、ボクもまだわからないんだけど・・・。実はこの前、洗脳から立ち直った月菜のチップをバグが無いか調べてみたんだ。けど、そういうものは一切無かった。これは・・・異常なことなんだよ。あれほどの強力なコントロールAIの支配から力ずくで逃れたとすると、普通は脳内チップの破壊、そして最悪の場合、脳死するんだ。今まで大脳の大部分を自分の代わりに司っていたコントロールAIが破壊されるんだ、衝撃も大きい。だけど・・・月菜は、力技の極地と言ってもいい方法で洗脳から逃れたにも関わらず、脳にもチップにも一切の異常が見られなかったんだ。これは逆に、極めて異常なことなんだよ」
月菜:「・・・・・」
アシュラン:「そう言えば、あきらが言っていたな。脱獄時、囚人更正チップのコントロールAIをクーウォンが破壊した時、何人かがその衝撃で脳死した、と。これは、そういうことなんだろうな・・」
 その時、ふと、透はあることに気が付く。
透:「ちょっと待て!俺、アシュラン、月菜、バチェラ、リャン、そしてゲンハ・・・、憐を除けば、みんなあの日、クーウォンに「話がある」といって呼び出されたやつばかりじゃないか!!」
 そしてバチェラを見ると、バチェラはゆっくりと頷いた。
バチェラ:「うん、そうだね。あの日クーウォンに呼び出された者が、皆脳内に何らかの異常、いや、特異性を抱えていた。だとすると・・クーウォンの『話』っていうのは、きっとその事だったんだろうね」
透:「しかし・・・誰が、一体何のために、俺たちにそんな措置を・・・・」
 自分の知らない間に、人間の最も大事な部分である脳がいじられていたなんて、あまりにもゾッとしない事実だった。
バチェラ:「それはボクにもわからないよ。でも・・・ボクらの普通じゃない補助チップ、憐、そしてセラフィム。全ては繋がってると、ボクは思う。それに、きっと・・・もうすぐ答えが出るんじゃないかな」
 その時、列車のアナウンスが、次の駅、終着駅が近いことを継げた。
 そして、それは即ち、クーウォンの継げた目的地が近いこともまた、示していたのだった・・・・。


月菜:「ひぃ、ひぃ・・・。ね、ねえ、ひかるちゃん、本当にここなの・・・?」
バチェラ:「・・・うん。もうそろそろだよ。頑張って、月菜」
透:「おいおい、月菜、これくらいでヘバるなよな。だからみんなに「オバサン」って言われるんだぞ」
月菜:「う、うるさいわね!大体、そんなこと言ってるの、透だけでしょ!」
透:「お、まだまだ体力はあるみたいだな」
月菜:「と、当然よ!!」
アシュラン:「おいおい、二人とも、足が止まっているぞ。急ごう、V・S・Sの連中が、いつ嗅ぎ付けるともわからないんだから」
透:「ああ、そうだな」
 透は答えながら、辺りを見回した。
 自分たちの視界を覆う、大きく太く育った木々の群れ。青々と茂る葉っぱと、その隙間から射して自分たちの体力を容赦無く奪う木漏れ日。そして、木々に留まってチチチと鳴く小鳥たち。遠くから聞こえる、小川のせせらぎ。
このような自然が残っているのは、今や本当の山奥だけだ。つまり、ここは正に、そういう場所だった。
 山の麓で電車から降り、徒歩で山を登り始めて早数時間。登りの斜面のきつさに足場の悪さ、そして木漏れ日とは言え差し込む正午の日差しに、軍隊で鍛えた男性であるアシュランでさえ、額には大粒の汗が張り付き、息もやや上がっていた。
 しかし、地図を持って一行を先導する、一番体力が無いはずのバチェラは、一瞬たりとて立ち止まることもせず、まるで道を知っているかのように、ただ黙々と、前を目指して歩いていた。
透:「にしても、バチェラ、大丈夫か?登り始めてから、水の一滴も口にしてないぞ。確かに急ぐ旅かもしれないけど、無理は駄目だ」
バチェラ:「・・・わかってる、ありがとう、透。だけど、本当にもうすぐなんだ」
 バチェラは振り返りもせず、その足も一切止めなかった。
 そして、それから数分歩き続けたのち、不意に視界が開け、バチェラが足を止めた。
バチェラ:「ここだ。・・・さあ、着いたよ」
 そこは、小川のほとりの、森に囲まれた、別荘地だった。いくつかのコテージ状の山荘が、広い範囲に点在していた。
アシュラン:「政府の環境保護政策のあおりをくらって寂れ、誰も訪れなくなって久しい別荘地、か・・・」
透:「みたいだな・・・」
 透は辺りを見回し、そしてふと、ある山荘に目を留める。
瞬間、透の脳裏にまた、いつかの記憶がフラッシュバックのように蘇った。


 小川でゲンハと釣りをして遊んだ記憶。リャンとキャッチボールをして遊んだ記憶。バチェラがパズルをしているのを見ていた記憶。そして、クーウォンとリャンとゲンハとバチェラと、本当の家族のように食卓を囲んでご飯を食べた朝の記憶・・・・。


透:「こ、ここは・・・」
 そう。こここそが、あの記憶に出てきた場所、そのものだったのだ。
バチェラ:「どうやら・・・思い出したみたいだね。そうさ、透。ボクらの原風景に、ようこそ」
 そして、バチェラはクーウォンの手紙に添えられていた鍵を使い、山荘の扉を開ける。
 中に入ってみると、そこには、クーウォンたちと食卓を囲んだテーブルがそのまま置いてあった。
透:「そうか・・・。俺たちは、ここで約半年、クーウォンやバチェラ、そして・・・ゲンハやリャンと生活していたんだな・・・・」
 透は山荘の内部を見渡す。そこは、今まで久しく忘れていたはずなのに、実際に見た途端に何故か『懐かしい』という感情が、溢れんばかりに込み上げてくる。
月菜:「ここで・・・透は子供の頃、暮していたんだね」
 月菜が、恋人の少年時代に思いを馳せるように、優しく呟いた。
アシュラン:「リャンと・・・ゲンハも、ここで暮したのか・・・」
 愛しい女性と、そして彼女を奪った憎むべき男の二人の子供時代の生活の跡を見つめ、アシュランは複雑なため息を漏らした。
バチェラ:「クーウォンに貰った地図を見た時、驚いたよ。ここは、ボクが孤児院を脱走した後、何故か一番最初に訪れた場所だったんだ。きっと、記憶の奥底に、ここで生活した想い出がまだ残っていたんだろうね・・・」
 バチェラにそう言われて、透は今も半ば記憶の奥に埋もれたままの、ここでの生活の記憶を呼び起こそうとする。
それは、全てが鮮やかに色付いた、とても楽しい想い出たちだった。
透:「そうだな。バチェラが一番最初にここを目指した気持ち、わかる気がする・・。俺も、まだ微かにしか思い出せないけど・・・、ここにいた間は、とても楽しいことばかりだった気がするな」
 そう言いながら、透が思い出したのは、ゲンハと遊んだことだった。いつも一緒に遊び、時には競い、時にはお互い助け合い、そして時には喧嘩もした。優哉やアシュランに負けないくらいの、透の最高の親友だったゲンハ。それが、今や悪名高い狂人であるという事実は、透の胸を強く痛めた。
アシュラン:「だが・・・ここには憐の実体や、俺たちの脳内チップの手掛かりは無さそうだな・・・」
バチェラ:「そうだね。ボクも昔、ここに来た時に真っ先に、自分自身のことを知るために色々探したけれど、何かの手掛かりになるようなものは、何一つ残されてはいなかった」
透:「だとすると、後はクーウォンが言った『俺たちを匿ってくれる人物』なんだが・・・、一体どうすれば、合流できるんだ?」
 その時、本棚を調べていた月菜が、あっと叫んだ。
月菜:「透!ちょっと、これ・・・。」
 本の中の、月菜がめくったページには、一枚の写真があった。
 それは、少年時代の透と、同じく子供時代のゲンハ、リャン、バチェラ、そして、今よりもずっと若いクーウォンが写った写真だった。そして・・・。
透:「これは・・・・」
 写真の裏には、手書きの一枚の地図。そして、地図のある一点が、赤い点で塗り潰されていた。
バチェラ:「これ、ボクが探した時には、無かったよ・・・」
アシュラン:「ということは・・・クーウォンが俺たちのために何らかの手段で残した、メッセージだとみて間違い無いな」
透:「普通に考えれば、この地図上に記された場所こそが・・・俺たちの、最後の目的地、って所だな」
月菜:「憐ちゃんの身体も、そこにあるのかな?」
透:「それはわからないが・・・・、とにかく、そこに行ってみるしかないだろうな」


 その日は、もうそろそろ夜もふけてきたということで、透たちは結局、山荘に泊まることになった。
 透とバチェラが食卓についていると、月菜とアシュランがあり合わせの材料で作った料理の美味しそうな匂いが漂ってきて、食欲をくすぐった。
透:「しっかし・・・こんな山奥の山荘が、今も使える状態になってるなんてな・・・」
バチェラ:「きっと、クーウォンは定期的に部下を遣って、この山荘を整備してたんだね。きっと、ボクらがいつでも、ここに逃げ込めるように・・・」
 バチェラが感慨深げに言った。
透:「そうだな・・。ここは、俺たちにとっては、あまりに思い出深い場所だったからな。それこそ、記憶を失っても、それでも忘れなかったほどの・・・」
バチェラ:「そうだね・・・、それで透、ならば、キミはここに来る前の事、少しは覚えているかい?」
 バチェラに唐突に聞かれ、透は少し考えてから答えた。
透:「いや、よくわからないんだけど・・・少しは、覚えている気がするんだ」
バチェラ:「え・・・」
透:「どこか・・・病院みたいな場所で、俺は、泣きじゃくる一人の女の子を、何か怖いことをしようとする大人たちからいつも庇い続けていた。そして、リャンもゲンハに庇われていて、いつもクーウォンが俺たちを庇いに来るんだけど、庇いきれなくて。・・・あとは・・・その光景を、外から俺と同い年の男の子が見てるんだ。覚えているのはそんなところで、あとは、薄ぼんやりさ」
 すると、バチェラが真剣な顔で、それに頷く。
バチェラ:「透、キミはとても、真実に近いところにいるのかもしれないよ」
透:「え?」
バチェラ:「さっき、ボクがここにある端末を使って、あの地図にある場所のことを調べたんだけど・・・、そこは、名目上は『国営の孤児院』ということで、それも、特殊な病気を持った孤児たちを隔離、治療する施設があったらしかったんだ。ところがところが、実体は、『軍の研究所』だった、って話さ」
透:「な・・・?」
バチェラ:「その上、施設はおよそ7年前に、どういう理由でかまではわからなかったけれど、突然軍に破棄されている。そして、それを買い取ったのが、何とV・S・Sさ」
透:「何だって!!?」
 それでは、あまりにも今までに出てきた謎のピースが、その地図が示した施設に集約され過ぎている。
バチェラ:「ね。絶対、行ってみる価値はあるだろ?きっと、そこにボクらの脳内チップのことや、それからあの『セラフィム』を唯一止める手段だっていう憐の実体、それらの手掛かりはあると、ボクは思うんだ」
 それは、透も同感だった。透が決意を新たにした、その時、月菜の明るい声が、食卓に響いた。
月菜:「みんな~、ご飯できたよ~」
アシュラン:「月菜は、本当に料理が上手いよ。これは、本当に美味い。皆も沢山食べて、体力をつけておいた方がいい」
 そして、一同は、想い出の食卓で、最後の晩餐を囲んだのだ。


 
 その数日後。
 透たちは、地図に記された、あの施設に辿り着いていた。
月菜:「ひぃ・・・ひぃ・・・も~、歩きっ放しで、超疲れたよ~」
透:「愚痴るなよ。それに・・・」
アシュラン:「着いたからといって、油断は禁物。むしろ、余計に気を引き締めないといけないみたいだな」
 アシュランがそう言ったのと同時に、上空を軍用と思しきヘリが旋回し、透たちは素早くその場に伏せた。
バチェラ:「あれは・・・V・S・Sのヘリ!?」
 施設内を望遠鏡で覗いていたバチェラが驚きの声をあげる。
透:「どうやら、ずっと不明だったV・S・Sの新しい拠点は・・・ここだったみたいだな」
月菜:「でも、どうやって侵入するの?あの場所に、憐ちゃんの身体の手掛かりがあるかもしれない、ってことはわかるけど・・・この人数じゃ、あんな厳重な警備網に忍び込むなんて、絶対無理だよ・・・」
 その時だった。
アシュラン:「しっ、静かに!!・・・誰か、来る!!」
 アシュランが小さく叫び、場が一瞬にして、冷たい緊張感を帯びる。
 ザッ、ザッ、ザッ・・・。足音は、確実に近付いてくる。しかし、透たちは位置的な関係上、この場から動くことができない。
 アシュランが、軍服のポケットに携帯していたピストルを手に持ち・・・。
 ザッ!
 人影が透たちの目の前に現れた刹那、アシュランが飛び出し、同時に銃を構えた。
アシュラン:「動くな!手を上げるんだ!!」
??:「ち、ちょっと待ってくれ!!私たちは、敵じゃない!」
 V・S・Sや軍には似つかわしくない、善良で平凡そうな声だった。そして、透にはその声に、聞き覚えがあった。あれは、確か・・・。
透:「あなたは・・・、V・S・Sの電子兵器開発担当部門責任者、水坂信一博士!?」
 そこには見覚えのある、白衣を着た中年の男女が、両手を上げて立っていた。
信一:「ああ、そうだ、透君。よく、洗脳から完全に立ち直ってくれた。私は嬉しい。心配はいらない。私は味方だ」
透:「しかし、あなたたちは、V・S・Sの一員じゃないですか」
 すると、信一の隣に控えていた、妻の夏江が口を開いた。
夏江:「大丈夫。私たちは、洗脳されてないわ。新しい兵器を開発するという性質上、洗脳されると仕事ができないから、と言う事でね」
信一:「それよりも、車を用意した。リー博士から、全て事情は聞かされてある。君達の望む手掛かりは、正にこの中だ。さあ」
 信一や夏江の言葉には、嘘があるようには見えなかった。
月菜:「透、どうしよう・・・」
透:「まあいいさ。虎穴にいらずんば虎児を得ず、だ。それに・・・何故だろう、この人たちには、とても懐かしい感じがするんだ」
 すると、その言葉を聞いて、信一と夏江が一瞬だけ、何とも言えぬ表情になった。
信一:「・・・さあ、話している時間は無い。入り口の検問は、私たちがV・S・Sの社員だということで、通り抜けられる。さあ、車に乗り込むんだ」


 軍用のトレーラーの荷台に載せられ、最悪な乗り心地の中走ること数分、信一の「さあ、着いたよ」という言葉でようやく開放され、透たちは車の外に下りた。
 そこは、施設の地下の駐車場だった。
 アシュランが、降り立ってすぐに銃を構え、辺りを用心深くうかがう。それを見て、透も、改めてここが敵の本拠地なのだということを認識、アシュランに習い、辺りを注意深く見回した。
 しかし、ここには警備兵はおろか、他の兵も、誰一人として存在しなかった。
信一:「大丈夫だよ。軍も、V・S・Sも、今は全守備兵を地上に展開させている。監視カメラ等も大丈夫だ。今は、橘玲佳の指示によって、全ての力が、『あの作戦』に注がれているからね・・・」
透:「『あの作戦』って?」
信一:「『セラフィム捕獲作戦』だよ」
 その言葉に、一同は息を飲んだ。
夏江:「V・S・Sは、確かにセラフィムを手に入れた・・。でも、どうやら未だ、セラフィムの完全制御はできないようで、以前の『飛刀殲滅作戦』の折も、セラフィムはあの後暴走し、別の構造体に出現、多数の犠牲者を出したわ・・・。だから、橘玲佳はこの上の作戦室で、セラフィムをどうやって制御するのかに頭を悩ませている。既に『破棄された施設』である地下に、構っている余裕は無いわ」
月菜:「でも・・玲佳社長はセラフィムなんか手に入れて、一体何に使うつもりなのかな?」
透:「この前の戦いを見れば、わかりきったことだ。玲佳は、あの超絶的なネット兵器を完全に手に入れて、きっと逆らうものを、あれで容赦無く滅ぼすつもりだ」
信一:「ああ。多分、透君の考えは正しい。だからこそ、我々も早く、君たちに真実を提示しなければならない」
バチェラ:「オジサンたちは・・・その『真実』っていうのを、知っているんだね?」
夏江:「ええ。けれど、この『真実』は、自分の目で確かめなければ、きっと意味が無い。だから、私たちはあなた達をここに、導いたの」
アシュラン:「それで・・・まずは、どうしますか?」
信一:「地下作戦室には、コンソールがある。そこから、軍の最重要機密で、ここからしかアクセスできない『レベルⅣ』級のデータにアクセスできるはずだ。さあ、私たちは、表向きはV・S・Sの社員として活動しているから、途中までしか着いていくことはできないが・・・今のあそこは、おそらくもぬけの空だ。今のうちに、行こう」


 透たちは、信一博士の後に続いて、永い永い、果てしなく続く廊下を歩いていった。
 辺りの空気は重苦しく、まるで、空気全てが死に絶えてしまったかのようだ。
 そう。この場は、何故かあまりにも『死の匂い』が濃厚に立ち込めていた。施設が既に破棄され『死んでしまった』のだから、という見方もできなくも無いが、透には、何故かそれでけでは、この異様な『死の匂い』の説明がつかないような気がした。
 その時、さっきから妙にモジモジしていた月菜が、堪えきれない、といった口調で言った。
月菜:「ゴ、ゴメン、ちょっとトイレ・・・」
一同の空気が、何とも脱力したものとなる。
バチェラ:「月菜・・・・」
透:「お前は、相変わらずというか何というか・・・。ちょっとは緊張感を持てよ」
月菜:「だ、だって・・・、なんかここ、異様に空気、重くない?それでさ、なんかちょっと・・・」
 それだけ言うと。月菜は幸いにも近くにあったトイレに、勢いよく駆け込んでしまった。
透:「お、おい、月菜!・・・まったく、本当にあいつは・・・」
 透がため息をつくと、アシュランが反対に重い声で言う。
アシュラン:「いや・・・、月菜の言う事も、少しはわかるよ。確かに・・・なんか、ここは、空気が変だ。透は、大丈夫なのか?」
透:「いや・・・。確かに、妙な空気は、かなり異様だとは感じるが・・・、何故かな?俺にはさ、この空気、少し『馴染のあるもの』のような気がして・・・」
 その時、透の脳裏に、不意に過去の映像がフラッシュバックした。


 透が夜中、トイレに起きると、近くにあった会議室から、複数の大人たちの言い争う声が聞こえた。
リー先生:『駄目だ!それは、まだ時期尚早だ!!』
 リー先生ら数人の大人が、怖い女の先生に詰め寄っている。いつも透たちを庇ってくれたリー先生と、その数人のお友達の先生。その中には、水坂信一・夏江夫妻の姿が見えた。そうだ。水坂夫妻も、透たちのことを、特に彼らは透の妹を、まるで実の娘みたいに可愛がってくれた。そして、自分たちの力が及ばず、いつも妹が怖い目に遭って泣いていることを、彼らは心底、遺憾に思っていたのだ。
 しかし、そんな彼らの言葉を、怖い女の先生、橘先生は冷淡に切り返す。
橘先生:『何言ってるのよ、クーウォン。軍のお偉方は、再三再四「もう待てない」って警告しているのよ。結果が出せなければ、そろそろこのプロジェクトは中止されるわ』
 橘先生。透たちの体調になど全く構わずに、いつも過酷な実験を強要する、おっかない先生方のリーダー的存在だった。彼女の仲間達は、いつも透たちのことを、まるで実験動物でも見るかのような、冷たい目線で見つめていた。橘先生が透たちを見つめる眼差しは、それとは少し違ったが、それは決して他の橘派の先生方よりも優しいというわけではなく、むしろ他の先生方よりももっと怖い、何か狂的な感情を孕んだものだった。
 そして、そんな橘先生は、リー先生と、いつも事ある毎に激しく対立していた。
リー先生:『結果なら出しているだろう!!そんなことより、失敗すれば、一人の幼い少女の命が喪われるのだぞ!!』
 語気を強めるリー先生に、橘先生も負けじと声を荒げる。
橘先生:『あなたの「結果が出ている」はね、お偉い方さん達からすれば、「止まっている」も同然なの!それに・・・「そんなこと」ですって!!あなた、私たちが、この計画に全てを賭けていること、忘れたの!?今まで『人類』というものに散々苦渋をなめさせられてきた私たちが、私たちのような人間を二度と出さない世界を少しでも早く創る為に、この計画で人類を進化させようって、そう誓い合った事をあなたは忘れたの!?私たちの夢を、あなたは忘れたの!!?』
リー先生:『しかし・・・だからと言って、何も知らない子供達を、犠牲にしていいわけなど無い!!』
橘先生:『何を世迷言を!!その『何も知らない子供』時代から、私が愚かな旧人類どもに、どんな仕打ちを受けてきたのか、あなたは忘れたというの!!!』
リー先生:『自分の問題とこの計画を混同するな!!今私たちが問題にしているのは、君の事ではない!!!』
橘先生:『!!!?』
 その後、会議室からは何か激しく言い争う声や物音が聞こえてきて、透は逃げるように、部屋に戻った。


月菜:「透?どうしたの?」
 いつの間にか戻ってきていた月菜に呼ばれ、透は我に返った。
透:「え・・あ・・いや・・・・」
 透は思わず周囲を見渡し、そして息を飲む。
『会議室』
 そう書かれたプレートが、透の目に飛び込んできた。
透:「そうだ、ここは、トイレの近くの会議室・・・、いつもリー先生と橘先生、いや、クーウォンと橘玲佳が、言い合ってた場所だ・・・・」
 透は、全く無意識に、その言葉を紡ぎ出す。その言葉に、一同はざわめく。
アシュラン:「クーウォンと橘玲佳が!?それって一体・・・」
月菜:「ねえ透、一体、どうしたっていうの?」
バチェラ:「まさか、記憶が!?ねえ、透、他には何か思い出した?」
 その時、水坂夫妻が、辛そうな声で言った。
信一:「そうか、透君・・・、君は、思い出しかけているのだね」
夏江:「ならば、真実はもうすぐよ。透ちゃん、私たちはここまでしか付いて行けないけれど、あとは貴方たちで、しっかりとやるのよ・・・」
 夏江に『透ちゃん』と呼ばれ、透はあることを思い出す。そして、T字路を曲がって透たちとは別方向に行こうとする水坂夫妻に向かって、透は深々と頭を下げた。
透:「信一博士、夏江博士、昔は、本当にお世話になりました・・・」
 それを聞いた二人の目から、涙が溢れて零れた。
夏江:「う・・私たち、本当にあなたには何もしてあげられなかったのに・・・。ありがとう、透ちゃん」
信一:「君たちを待ち受けている真実は、おそらく、かなり過酷なものだろう・・。だが、それに負けてはいけない。透君、何故なら君は、『あの人』の息子なのだからな・・・」
透:「!?誰ですか、『あの人』って?」
信一:「それは、君自身の目で確かめてくれ。さあ、真実はすぐそこだ!」
 そして、水坂夫妻の姿は、通路の奥へと消えていった。



 ギル・ラザードは、地下の様子をモニターした後、橘玲佳の様子を見に、地上の作戦室へとやって来た。
玲佳:「・・・そう、あなたたちは、第3ブロックで待機。あなたたちは・・・そうね、C装備で、補助班として待機しなさい・・・」
 玲佳の指揮には、明らかに気が入っていなかった。それだけではなく、彼女は今、ギルが作戦室に入ってきたことさえも、気付いていないらしい。
 彼女が指揮を出し終えるのを見計らい、ギルは玲佳に話しかける。それは、特にコミュニケーションが取りたかったわけではなく、ただこの哀れな女の声を聞いて、心の奥でせせら笑ってやりたかったからだった。
ギル:「『セラフィム捕獲作戦』は、順調に進んでいるみたいですね」
玲佳:「いえ、まだまだよ。まだ、セラフィムと完全に同化し、行動停止させるプログラムを持ったウィルスが完成してないの」
 玲佳の語調は、まるで心ここにあらず、と言ってもいいほど空虚なものだった。つい先日まで、過剰なまでに権力と暴力を欲した、稀代の強欲女社長の、これが今の姿だとは、大抵の人にとっては、到底信じ難いものであろう。
ギル:「・・・あなたは、何故今更、『セラフィム』などという『兵器』を欲するのです?」
 ギルの『兵器』の言葉に、玲佳は虚ろに笑う。
玲佳:「『兵器』ね・・。あれをあえてそう呼ぶところが、あなたらしいわね。・・・そうね、あなたが知っての通り、今でも世界に争いは多いわ。南北間の対立、宗教対立、人種間の対立・・・。ネット世界の発達によって、世界に垣根がほぼ無くなった今でも、人は常に些細な事で争い、そして醜く殺し合う・・・」
ギル:「それを、君はあの兵器で『粛清』したいのだろう?」
 鋭く抉るようなギルの言葉に、玲佳は軽く失笑した。
玲佳:「あら、そんなことをするくらいなら、私はこの兵器を火薬庫地帯に高額で貸し出して、巨万の富を得るわ。世界の『粛清』は、プロジェクト・リバイアサンがあれば、それで事足りるのだから・・・」
彼女はそう言うと、もうギルの存在を忘れたかのようにコンソールに倒れ込み、首にぶら下げた純金のペンダントのロケットの部分を握り締めた。
玲佳:「クーウォン・・・・」
 その独り言を聞き、ギルは失笑を堪えるのに必死だった。クーウォンを、飛刀を滅ぼしたV・S・Sの指導者が、クーウォンの名を夢現のように呟くようになったら、それは終わりというものだ。
 幸い、玲佳の独り言に耳をそばだてる者は、この建物の中にはいない。何故なら、この建物にいるほとんどの人間は、軍人もV・S・Sも、他ならぬ橘玲佳によって、洗脳措置が施されているからだ。余分な事を一切気にしない機械のような人間とは、こういう時には都合がいいものだな、と、ギルは皮肉交じりに考える。
玲佳:「クーウォン・・・全く、バカな男・・・・」
 そう吐き捨てるように呟きながらも、玲佳は、クーウォンと二人きりで撮った写真の入っているそのペンダントを握る力を緩めようとはしない。
 おそらく、彼女は今正に「胸にぽっかりと大きな穴が空いた状態」なのだろう。彼女が権力を、暴力を、あらゆる力を切実に求めてきたのも、原点に立ち返れば、ある一つの、たった一つの『目的』のためだった。『自分を捨てた男に復讐する』という、たった一つの目的。洗脳政策にしたって、既に彼女にとっては、その手段の一環と化している部分が大きいのだろう。
 そして、彼女はその男を喪った。彼女自身の手で殺したのだ。正確には生死不明となっているが、かつて『コンクリート・ジャングル』と呼ばれたほどのスラムの廃ビル地域の、その三分の二を巨大な一個のクレーターに変えてしまうような爆発の爆心地にいた彼が、到底生き延びているとは思えなかった。
 そして彼女は、その男と同時に、大きな目的をも永遠に喪ってしまったのだ。
 しかし、ギルは彼女を「愚か」と哂いながらも、少なからず共感していることも、また事実だった。
 彼とて、人生の大部分を『ヤツ』に対する復讐に捧げているのだ。その復讐が終わった後は、今の玲佳のようにならないという保障は無い。そういう意味で、ギルと玲佳は、同類と言ってもよかった。
 ただ一つの違いがあるとすれば、玲佳は『既に終わってしまった』のに対し、ギルの復讐は『これから始まる』ということだった。
 ギルは、物思いに沈む玲佳に気付かれぬよう、そっと作戦室を出た。向かう先は、地下の、手近な没入スペースだ。
 ギルは密かに、地下の様子を探っていた。そのため、侵入者があったことも、そしてそれが誰かということも、既にわかっていた。何故なら、彼らはそろそろ来る頃だと、ギルはレベル7崩壊時から思っていたからだ。
 無論、それらの情報は、誰にも一切伝えていない。この復讐を、誰かに邪魔される気も、誰かに協力してもらう気も、毛頭無かったからだ。
『ヤツ』は、いや、『ヤツの子孫ども』は、この手で根絶やしにせねば、気持ちに収まりは到底つかぬ。
ギル:「っ!ぐぅ・・・」
 ギルの仮面に覆われた顔が、今は義手となっている左手が、突然、激しく焼けるように痛んだ。ギルの顔を、二目と見られぬようなものにした、『ヤツ』がつけた醜い火傷の痛み。今もギルの身体を、心を焦がし続ける、憎しみという名の幻の業火。
ギル:「くくく・・・いいだろう。必ずや、私が味わった以上の地獄に、貴様を叩き込んでやる・・・、安室嶺の子孫どもよ!」



月菜:「・・・いい? 空けるよ」
 月菜が、予め水坂夫妻に渡されていたカードキーを取り出す。
透:「ああ・・・、頼む!」
 透のその言葉で、月菜かカードキーをリーダーに読み込ませた。そして扉がスライドして開くと同時に、銃を片手にアシュランが地下作戦室の室内に飛び込んだ。
アシュラン:「手を上げろ!!」
 コンソールに向かっている一つの人影に向けて、アシュランは叫んだ。幸い、他には誰もいない。
人影:「!!?」
 人影は、突然の侵入者に驚いて手を上げた。しかし、その顔を見たアシュランもまた、驚愕の表情に変わる。
アシュラン:「ち、父上!?」
透:「何!?」
 アシュランが怯んだ刹那、なんとアシュランの父、パトリックは、何のためらいも無く、アシュラン目掛けて銃を抜こうとした。しかし、それはバチェラによって、すぐに気付かれる。
バチェラ:「アシュラン!!」
アシュラン:「くっ!!!」
 アシュランは、反射的に引き金を引いた。サイレンサーを取り付けられたその銃が、ビシュッ!という、詰まったような銃声を発する。
 放たれた弾丸は、パトリックの銃を抜こうとしていた右腕に辺り、パトリックは思わず呻き、銃を落とす。透は咄嗟に駆け寄ってその銃を拾い、腕を押さえて蹲るパトリックを思い切り殴りつけると、その銃を拾ってパトリックに向けた。
透:「あんた、自分の息子を撃とうとしたのか!!最低の父親だな!!」
パトリック:「ぐぅ・・・」
アシュラン:「・・・透、いいんだ。この人は、昔からこんな感じだ。今更、驚かないよ・・・」
 アシュランが何とも悲しい声で呟き、透の胸が一瞬詰まった。
アシュラン:「透、もう暫らく、父上を見ていてくれ。今、父上を拘束するから・・・」
 アシュランは軍用の手錠を取り出し、悲しいまでに淀みない動作で、パトリックを椅子の上に拘束した。
パトリック:「アシュラン、キサマ!!裏切った上に、父親にこんな事までして・・・タダで済むと、思うなよ!!」
 血走った目でアシュランに対して凄むパトリックは、透には、とても矮小な人物に見えた。何の威厳も無い、何の度量も無い。ただ権力で自分を大きく着飾っただけの、本当はとてもとても小さな男に。
そして、そこまで考えて、透はアシュランが常に抱えていた『悲しみ』の正体の一部を、垣間見たような気がした。多分、アシュランは幼い頃からこんな父の姿を見つめてきて、そして、そんな父に何とか愛されようと、そんな父をなんとか愛そうと必死になって・・・とても悲しい思いを、幾度と無く、繰り返し繰り返し、したのだろう。
 その時、パトリックは透を始めて見つめ・・そして、怒りと憎しみと、そして羞恥の入り混じったような、何とも不思議な表情になった。
パトリック:「そ、そいつは!!・・・アシュラン、キサマ、よりにもよって、そんな男の軍門に下ったのか!!やはりキサマは、我が誇りあるザラ家を継ぐ資格など、これっぽっちも持ち合わせていなかったようだな!!」
アシュラン:「??」
 アシュランは、ワケがわからない、といった表情で、パトリックを見つけた。
 透にも、パトリックの言っていることは、さっぱりわからなかった。しかし、ただ一つ、わかったことがあった。それは、今の発言が、この男のちっぽけなプライドが傷付けられたことに端を発するものであり、それ以上のものでもそれ以下のものでもない、ということだ。
 その時、端末を月菜と共に立ち上げていたバチェラが顔を上げた。
バチェラ:「アシュラン、透、こっちは準備できたよ!」
透:「そうか・・。よし、早速行くぞ!」
 透はそう言うと、ニューロジャックを掴み、それを首筋に突き立てた。
透:「相馬透、『フリーダム』、行きます!!」


『没入(ダイブ)』


 次の瞬間、透はシュミクラム体で、構造体に降り立った。同時に回線が開き、今回の作戦ではサポートを務める月菜の顔がフェイスウィンドウに映る。
月菜:「透、バチェラは今、ウィルスを使ってセキュリティコアに侵入してる。アシュランは、他に誰か来ないか見張ってるよ」
透:「よし!それじゃあ作戦通り、俺が憐を開放しに行くから、バチェラはセキュリティコアの奪取と、水坂さんたちが言ってた『レベルⅣ級』の情報が書かれたデータベースの捜索をしてくれ」
バチェラ:「オッケー!物理的にここから以外の閲覧が不可能な『レベルⅣ級』のデータには、ボクらのチップのことや、憐の実体の情報があるかもしれないからね」
月菜:「でも、ひかるちゃん。本当にひかるちゃんは、サポート必要無いの?」
バチェラ:「大丈夫さ。ボクを誰だと思ってるんだよ。その証拠に、もうそろそろセキュリティコアの制圧は、完了するよ」
透:「は、早いな・・。どうやら、そっちは心配要らなさそうだな。それじゃ、月菜、こっちもボチボチ、始めるか!」
月菜:「うん!」
 透は、V・S・Sの「優秀な」石頭(AI)などよりも百倍頼もしい月菜のサポートを頼りに、構造体内を全速力で突き進んでいった。
 しばらく進むと、不意に月菜から注意が発せられる。
月菜:「気を付けて、透。自律型のウィルスが、この先に多数、潜伏しているよ!」
透:「なるほど、自律型か。それなら、セキュリティコアを奪われても関係無い。軍かV・S・Sかは知らないが、向こうも考えたな。・・・だが」
 透は、全く怯むことなく先に進む。程無く、透の姿を見つけた自律型ウィルスが、大挙して透に襲い掛かる。
透:「だが、こんなやつらに、この俺は止められない!」
 透は冷静にウィルスを次々とマルチロックオンすると、フリーダムの精密な一斉射撃によって、次々とウィルスたちを撃ち抜いていった。たちまち、周囲にウィルスは一匹もいなくなる。
月菜:「ス、スゴイ・・・・改めて見ると、本当に」
透:「月菜、次はどっちに行けばいい!?」
月菜:「あ、え、えっと、東よ!!そっちにまた、ウィルスの大群がいるから気を付けて。」
透:「わかった。だが、ウィルス程度なら、何匹来たって蹴散らしてやる!」
 その時だった!構造体を、またあの嫌な揺れが襲う!
透:「!!・・・ま、まさか・・・」
月菜:「?透、どうしたの?」
 透の頭を、サッと嫌な予感が駆け巡る。そして、それは次の瞬間、バチェラの通信によって現実のものとなった!
バチェラ:「透、大変だ!セラフィムだ!そっちに一直線に向かってる!!」
月菜:「ええっ!!・・・ホ、ホントだ!しかも、この動き・・・本当に一直線、最短距離だよ!!壁面の存在とか、まるで無視してる!!」
透:「まあ、ヤツには『ネットロジック』なんてものは関係無いからな!クソッ!!」
 透はスラスターを全開にして、死に物狂いで憐が囚われているマルチシャッターの施設へと急ぐ。
 しかし、道中は、正しくウィルスの海だった。かき分けてもかき分けても、しつこくしつこく殺到する。元来ならば、圧倒的な性能を誇り、しかも一対多数の戦いを得意とするフリーダムにとっては何てことの無い敵なのだが、『セラフィム』などという化物が物凄い速度で迫り来る現状では、この上なく厄介な障害物だ!
月菜:「セラフィム、あと600仮想m!透、急いで!早くしないと間に合わない!!」
透:「わかってる!!しかし、急ぐには、あまりに数が多過ぎるんだ!!」
 透が叫んだ、その時だった。
複数のウィルスが、飛来したビームブーメランに切り裂かれ、一気に消滅する。この攻撃は・・・。
アシュラン:「透、大丈夫か!!!」
透:「アシュラン!!!!」
 現れたのは、言うまでも無く、援護に来た友の機体、“ジャスティス”!
アシュラン:「バチェラによると、セキュリティを奪い取った監視カメラの映像からは、こっちに来る人影は見られなかったみたいだ。だから、俺も助太刀するぞ!」
透:「サンキュ!蹴散らすぞ、アシュラン!!」
 掛け替えの無い友の援護を受けて百人力となった透は、アシュランと協力し、七・八十体はいたウィルスの群れを、瞬く間に突破した!
月菜:「透、セラフィム到達まで、あと四百仮想mだよ!!!」
透:「くっそ、流石に、速いな!だが、あともう少しだ!これなら、余裕で間に合う・・・」
 実際、もう既に、第一番のシャッターの前に来ていた。コアを制圧されてセキュリティを失った扉は、その頑丈さとは裏腹に、透たちを中に招くようにあっさりと開く。しかし・・・。
月菜:「透、前方にシュミクラム反応が一体!!これは・・・。」
透:「わかってる!何しろ、目の前にいなさるんだからな!」
 目の前に出現したのは、黄金のMS“百式”。ここに来て、ZAFT最強クラスのパイロット『金色の流星(ゴールデン・ミーティア)』が目の前に立ちはだかったのだ!
アシュラン:「ギ、ギル隊長・・・」
 ギル・ラザードの代名詞とも言われる黄金の機体からは、何故か、溢れ出るような禍々しいオーラのようなものが、立ち昇って見えた。
ギル:「相馬透君だね・・・」
 ギルの口調は、一見すると完全に平静なものだったにも関わらず、透は何故か、以前テロリストとの戦いの最中に遭遇した時と同じように、全身の毛が総毛立つほどの不快感を覚えた。
透:「・・・・」
ギル:「『あの時』はお世話になった。今回は、そのお礼をせねば、と思ってね・・」
 透はふと、この口調は、どこかパトリックのものと酷似しているな、と考えた。しかし、もちろんそれ以上、物思いに耽っている暇は無い。
透:「悪いが、今は時間が無い!通してもらうぞ!!」
アシュラン:「ギル隊長!失礼ですが、いくらあなたと言えど、今の俺たち二人には敵わないでしょう。大人しく、通していただけませんか?」
 アシュランの声を聞いた途端、ギルは思い切りあからさまな様子で、アシュランを見下した。
それは、人間がこれほどまでに嫌な顔ができるのか、というくらい、人を不快感にさせるような表情だった。
ギル:「ほう・・・。『あのゴミ』の倅風情が、この私によくも大きな口を叩く」
アシュラン:「な・・・?」
ギル:「いいだろう。丁度いい。クズの息子同士、二人仲良くこの世から消えろ!!」
 意味不明な言葉を発したと同時に、ギルは視界から消え、次の瞬間、全く別の方向に回り込んでビームを放った。しかし、今の透とアシュランには、それは完全に見えていた。二人は散開してビームをかわし、そして反撃のビームを放つ。
 透たちのビームは百式の黄金のアンチビームコーティング装甲に弾かれるが、その隙にアシュランはファトゥム-00をパージしてギルに突撃させ、透もビームサーベルを抜き放って、タイミングを合わせて斬りかかる。しかし、ギルは見事に機体を捌き、両方の攻撃を紙一重でかわしてしまう。
透:「くっ!やっぱりこいつ、強いな!!」
 更に、透が旋回する間に、ギルはリフターをパージし機動力が落ちたアシュランを、執拗に狙い撃った。
アシュラン:「くっ!!!」
 アシュランはギルのビームを、そして持ち替えたプラズマバズーカによる砲撃を、機体を捻って必死にかわすが、機動力の落ちたジャスティスでは、驚異的な機動力を誇る百式の前に、どうしても翻弄され気味になってしまう。
透:「アシュラン!!」
 透は必死に全速力でアシュランの援護に向かうが、その間にも、ギルの砲撃によりジャスティスのビームライフルが、左脚が吹き飛ばされる。
アシュラン:「ぐっ!!」
ギル:「さあ、トドメだ!!ゴミの息子はそれらしく、とっととこの世から消えろ!!」
 ギルがアシュランの背後に回りこみ、そしてバズーカからプラズマ弾を放つ!
透:「アシュランーーー!!!」


『反転(フリップ・フロップ)』


 アシュランが、辛うじてバズーカの砲撃に反応し、機体を捻った刹那、ギル目掛けてフリーダムのレール砲の弾が放たれた。ギルはそれをかわして飛び退き、アシュランから離れた。
ギル:「くっ!?」
透:「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
 透は、獣のような咆哮と共に、一直線にギルに突っ込んでいった。そして、透はシールドを捨ててビームサーベルを両手で構えると、凄まじい勢いでギルに突進する。
ギル:「何っ!!」
 ギルのバズーカが、アシュランでさえ何が起きたかわからぬ間に両断され、消滅する。そして、ギルが事態を悟った時には、透は既にギルに向かって、ビームサーベルを振り上げていた。
ギル:「ぐうっ!!!」
 ギルは、ほとんどまぐれの反応でそれをかわして後ずさると、素早くビームライフルを構え、透に向けてビームを連射する。しかし透は、精度はZAFTの中でも随一と言われるギルの射撃を、まるで完全に見えているかのように、全て紙一重でかわしながら最度突撃、ギルのビームライフルが、瞬く間に切断される。
ギル:「バカな!!?私の射撃は正確なはずだ!!」
 更に透は、愕然とするギルのコックピット目掛けて、ビームサーベルを振りかぶる! ギルは咄嗟に体勢を入れ替え、利かない左腕を盾にする。おそらく、『防御』と考える暇も無い、自己防衛本能のままの行動だったろう。そして百式の左腕が、瞬時に切断される。
ギル:「ぐあぁぁぁ!!!」
 透は、尚も執拗に斬り掛かる。ギルは必死にかわすが、凄まじいとしか言いようの無い透の斬撃によって、百式の装甲に、瞬く間に無数の斬り傷が疾る。
ギル:「く・・これはまるで・・・、えぇい、おのれぇぇ!!」
 透がビームサーベルを大きく振りかぶろうとした一瞬、ギルは反射的に透の腹を蹴り飛ばして透を引き離すと、ビームサーベルを引き抜き、遮二無二斬りかかる。
ギル:「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
 しかし、斬撃が届く寸前で、透は左手でもビームサーベルを抜いてそれを受け止めると・・。
透:「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 無防備になったコックピット目掛けて、透はビーム刃を突き立てる。対してギルは必死に蹴りを放ち、透の斬撃の軌道は逸れ、ビーム刃はコックピットではなく、百式の頭部を貫いた。
ギル: 「!!?ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
 旧式のシュミクラムとは違い、頭部を貫かれても無傷なはずのギルは、何故か断末魔としか思えぬけたたましい悲鳴を上げると、そのまま構造体から離脱した。
透:「ふぅ・・。しかし、逃がしたか」
バチェラ:「透、ゴメン。透たちがいつでも脱出できるように、離脱妨害エリアは張らなかったんだ」
透:「・・いや、それは多分、正しい判断だ。今のはまあ、仕方ない」
 そして、透はゆっくりと、アシュランに向き直った。
透:「大丈夫か、アシュラン」
アシュラン:「あ、ああ・・・。」
 アシュランは、何故か一瞬、透が自分を見下しているような、そんな錯覚を覚えた。アシュランはすぐにそんな矮小な思い込みを振り払うと、言った。
アシュラン:「済まない。おかげで、随分時間を食ってしまったな。急ごう!憐ちゃんも、透が来るのを待ってる」
透:「ああ、そうだな!」
 そう言うと、透は早々に、先へ進んでしまう。アシュランは慌てて追いかけながらも、透に遥か先を行かれたような、そんな悔しさが胸に込み上げるのを、抑える事ができなかった。同じ『反転』の力を持つ自分でも、先程のような戦い方はできないだろうと、アシュランは半ば確信していた。
 この時、アシュランが透に感じた気持ち。それは間違い無く『嫉妬』だった・・・。



ギル:「ぐぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
 ギルは現実世界に戻ってきたと同時に、堪らずニューロジャックを引き抜く。
ギル:「うがぁぁぁ、あ、熱い、熱いぃぃぃぃぃぃ!!!!」
 ギルは仮面を外し、顔を、左腕を、掻き毟った。その部分が、まるで自分を焼き尽くさんばかりの、灼熱の業火に包まれている感じがする。
ギル:「ぐぅ・・がぁ・・はぁ、はぁ、はぁ、ぐ、ぐぇぇ!!」
 その錯覚が収まった時、ギルは、胃の中のものを床にぶちまけた。灼熱の業火の正体は、全身をこがす、耐え難い不快感だった。
ギル:「あ・・あの戦いは、あれは、あれではまるで・・・・」
 そう。先程の戦いは、否が応でもギルに、人生の中で最も思い出したくない出来事を思い出させる。今からおよそ二十年前の、左腕を失い、顔に醜い火傷を負った、『あの戦い』を!
ギル:「死して尚、この私を踏みにじろうというのかぁ!おのれ、おのれぇ、安室嶺めぇぇぇ!!!!」
 ギルは思い切り床に拳を打ちつけ・・・そして、唐突に立ち上がる。
ギル:「・・・ふふふ、いいだろう。そこまでこの私に、誇りあるギルバド・ザラに楯突こうというのなら・・・安室嶺の忘れ形見どもめ、貴様らには、最高に残酷な事実を知り、そして最悪な形で死んでもらおう。ふ、ふふ、ふはは、あーはっはっは!!!
 火傷の跡などは問題にならないほど醜く顔を歪めて、ギル・ラザード、かつてエドワゥ・マスと呼ばれた男は、まるで地獄の悪鬼のように、高らかに笑ったのだった。



月菜:「透、セラフィム到達まで、あと二百仮想mしかないよ!!」
 確かに、かすかにではあるが、あの高周波と低周波が混ざり合った、心の芯を震えさせられるようなセラフィムの咆哮が聞こえる。
・・・ウォォォォォォォォン!!!!
透:「くそっ!だが・・・。」
バチェラ:「透、この扉で最後だ!」
 バチェラの声と同時に、憐を閉じ込めていた最後の扉が、音を立てて開いた。
 そこには、寂しげにポツンと立つ、一人の少女の電子体があった。
透:「憐!!!」
 透は堪らず電子体に移行し、憐を思い切り抱き締めた。
憐:「お兄ちゃん!お兄ちゃん、来てくれたんだ・・・」
 憐は、透の腕の中で、ぎゅっと透にしがみつく。今にも折れそうな、か細い身体。そんな儚い存在を、透はこの世の何よりも大切だと思った。
月菜:「憐ちゃん・・良かった。あ、それから透、セラフィムは活動停止と同時に消滅。とりあえず、そこはもう安全だよ」
透:「そうか。それはよかった・・・」
 透は月菜にそう返しながら、自分の腕の中で感極まって涙ぐむ少女を見、やはりこの少女の感情がセラフィムに関係しているとの確信を強くした。ならば、早くこの少女の実体を見つけ、安心させてやらないといけない。無論、そんな理由など無くても、憐にこれ以上寂しい思いをさせるなど、透には真っ平だった。自分に会えた安堵のあまり泣く少女を見て、透の胸は痛んだ。
透:「憐、もう大丈夫だ。お兄ちゃんが、憐を守るからな」
憐:「・・うん、うん」
 憐はより一層透にしがみ付き、そして泣いた。
 そこに、バチェラからの通信が入る。
バチェラ:「透、ようやくその『レベルⅣ級のデータベース』を見つけたよ。セキュリティも既に完全解除してある。いつでもキミたちを転送できるよ」
透:「そうか・・・」
 透はそっと憐の身体を離し、そして憐を見つめて言った。
透:「憐、聞いてくれ。お兄ちゃんたちは、今からあるデータベースに行く。そこに、もしかしたら憐の実体のこと、あのセラフィムの本当のこと、書かれているかもしれない」
憐:「え・・・?」
透:「憐も一緒に、来るか?」
 憐は少し躊躇った後・・・微かに、けれど確かに頷いた。
憐:「・・うん」
アシュラン:「俺も、行っていいかな?俺のチップも透たちと同じだというのなら、きっと見ておかなきゃならないような、そんな気がするんだ」
バチェラ:「わかった。大丈夫、セキュリティを操作して、作戦室の電子ロックかこっちから操作しない限り絶対開かないようにしてある。アシュランも、それから月菜も、じっくり見てくるといいよ」
 そして、次の瞬間、透たちはデータベースへと瞬時に転送された。


『移動(ムーブ)』


 そこは、無機質な三次元グリットが格子状に並ぶ、典型的なデータベースだった。
憐:「この中のどこかに、憐のからだのことが・・・」
 憐が期待と不安の入り混じった表情で、グリットたちを眺める。
 すると、バチェラが電子体となって、データベース内に没入してきた。
バチェラ:「大体めぼしい情報は見つけたよ。ボクもまだ詳しく読んで無いけれど・・・多分、これだと思う」
 バチェラが、グリットたちのうちの一つに触れ、そしてそのグリットが見る見る間に変形、文字と映像と音声を流し始める。
月菜:「いよいよ、今まで謎だったことの真実がわかるんだね」
アシュラン:「みたいだな・・」
透:「さあ、憐、大丈夫だ。一緒に聞こう」
憐:「うん」
 そして、電子音声は、『真実』を告げた。


『レベルⅣ』※関係者以外閲覧不可


・ 『ブレインプロジェクト』
①概要
北京大学所属のリー・クーウォン元助教授と、同じく北京大学の橘玲佳元助教授が軍に提唱した、脳内チップの改良によって、人の脳に眠る『人類の更なる可能性』を電子世界において呼び覚ますためのプロジェクト。
 このプロジェクトは、軍の英雄的人物・安室嶺氏の存在が、リー元助教授の仮説を実証しているものと思われることから、安室嶺氏と同等の能力をもつ兵士の増産のため、軍が施設、資金、資材の全面を負担する、という形で行われた。
 リー元助教授によると、『人の脳には、未だ解明されていない未知の力が眠っており、それは普段は『深層無意識』の部分に隠れており、絶対に覚醒することは無い。また、突き詰めれば電子的な記号である人の脳の働きをシミュレートしているネット世界においても、脳内チップは未だ『表層意識』の部分をシミュレートする技術しか持たず、人の隠された未知なる可能性を引き出すことはできない。
 しかし、人の未知なる可能性、いわゆる『深層無意識』の部分も、突き詰めればまた電子的な働きに過ぎないのであるから、脳内チップの技術を発展させる事ができれば、ネット世界において超人的な能力を誇る人間、更には現実世界においても現在の人類を遥かに凌ぐ能力を持つ人間を創り出すことが可能となるはずである。
 いや、あくまでこれは『創り出す』というわけではない。人が本来、誰もが持っている能力を、僅かな外科的措置によって『覚醒』させるだけに過ぎない。この計画は、いわば『人類の更なる進化』を促す計画である、と言ってもいいだろう』ということであるらしい。
 そして、その仮説を証明するかのごとく、当時のZAFT軍特殊精鋭第一小隊に所属していた安室嶺隊員の戦闘記録には、人間が電脳世界において発揮できる能力の限界を明らかに超えているとされる場面が、多々見られた。そして事実、安室隊員は、『度々任務中に奇妙な電子音声が聞こえ、認知力、仮想世界での運動能力、感覚神経の鋭敏さなどが、その後一定時間、通常時とは比較にならないほど上昇した』という証言を幾度となくしており、これはリー元助教授の仮説を裏付けるものと見られた。
 プロジェクトは、当初は安室嶺氏に比較的簡易な実験を繰り返し、そのデータから『人類の更なる進化の可能性』を模索するものだった。しかし、それでは研究が進まず必要となる膨大な予算に結果が見合わないこと、また、途中で安室嶺氏が事故のためその妻であるベルトーチカと共に死亡したことから、プロジェクトのサブリーダー的存在であった橘玲佳元助教授の強い意向により、安室氏を対象とした実験データから作られた補助チップを、身寄りの無い子供たちを数名用いて実験するものへとプロジェクトの方向性を変更した。
 この実験は、いくつかの段階に分かれており、まずは安室嶺氏から得た『人類の更なる可能性』の中からある個別の特定分野のみを特化させて発現させる補助チップを数個作成し、その効力を確かめたのち、それらの能力を総合した、嶺氏と同じ覚醒を促す補助チップを作成する、というものだった。
 しかし、プロジェクトは一定の効果を上げたものの、一部職員の離反、実験体の大半の脱走などにより、永久凍結。現在も、再開のめどは立っていない。


バチェラ:「『人類の更なる可能性』の提唱、ね・・・。クーウォンも若い頃は、随分突拍子も無いことを考えていたんだね」
アシュラン:「しかし、あの安室嶺の活躍を思い返せば・・・確かに、現実味の無いことでは、無いのかもしれないな・・・」
 その横で、月菜が嫌悪感を露にして呟いた。
月菜:「でも、『実験には、身寄りの無い子供たち数名を使用』って・・・。まともな実験じゃ、絶対ないわよね」
透:「・・・そうだな」
 確かに、それを読む限り、これから先を読み進めるには、かなり胸糞悪い事実を知ることを覚悟しなくてはならないようだ。しかし。
憐:「お兄ちゃん・・・」
 自分の腕を不安げにぎゅっと握るこの少女の実体を見つけ出すためにも、透は意を決して、この先を読み進める。


②実験に関わった主要人物
リー・クーウォン
 当時北京大学の助教授。このプロジェクトの主導者であり、このプロジェクトの元となった論文の著者。
 プロジェクト全般を担当したが、プロジェクト後期は、被験体の子供たちの生活全般のケアも担当していた。
 七年前、実験のデータを全て破壊し、当時の被験体全てを連れて逃走、反チップ主義テロリスト『飛刀』の最高指導者となる。同時に、北京大学からは除籍。


橘玲佳
 当時の北京大学の助教授。リー元助教授と同じく、このプロジェクトの指導者であり、このプロジェクトの元となった論文も、リー元助教授と共同で著作。
 プロジェクト全般、主に実験全般を担当。プロジェクト後期は、被験体の扱いを巡って、リー元助教授ら一部の研究者たちと対立が絶えなかった模様。よって、プロジェクトの実質的な責任者的立場であった。
 プロジェクト凍結後、起業して電子警備会社『V・S・S(バーチャル・スフィア・セキュリティ)』を設立、同社の社長兼代表取締役となる。


水坂信一・夏江夫妻
 東欧大学生体素子研究科の、史上最年少教授夫婦。このプロジェクトでは、主に技術を担当。
 ただし、プロジェクト後期には、リー元助教授と同じく、被験体の生活のケアを重視するようになり、実験の進行度合いを重視する橘元助教授ら主流派と対立する。現在は、橘元助教授と和解、プロジェクト凍結後はV・S・Sにおいて、持っている無数の特許を利用して電子兵器開発部の責任者を務める。


 これ以外の研究者は、透にとっては特に重要では無さそうだった。
 それにしても、橘玲佳、クーウォン、水坂博士夫妻と、見事に三者三様の生き様だ。一人は子供たちの犠牲も厭わずに実験を推し進め、遂には稀代の権力者になった。もう一人は、子供たちを犠牲にする事を良しとせず、遂には全てを敵に回したテロリストの親玉となった。そして、残りの一方は、権力に見た目は服従することで期を待ちつつ、それに逆らう機会をじっと待ち続けていたのだ。正不正の差はあるだろうが、どれもが壮絶な生き様である事実には、違いなかった。
 そして、透は、おそらく核心部だろう、次の項目に進んだ。しかし、透は何故か、クーウォンの項目の脱走の部分にある『当時の被験体全てを連れて』の『当時の』という部分が、なぜか気になった。


③プロジェクトの内容
●プロジェクトⅠ
 記憶分野の圧倒的な拡大。
 被験者には、女子(リャン)を使用。
 実験は主に失敗。補助チップに致命的な欠陥が存在し、被験体の記憶力を拡大はするものの、不定期にバグを引き起こし、被験体の記憶を消し去ってしまう可能性があるもとが判明。
 なお、被験体はリー元助教授と共に脱走。以後行方知れず。
 備考:このプロジェクトから副産物的に生まれた『記憶消去の技術』が、逃走直前の被験体に使われた形跡あり。よって、被験体は、実験当時の記憶を失っている可能性が高いと見られる。


アシュラン:「リャン・・・・」
 アシュランが、拳を固く握り締める。
 どんな欠陥があるかもわからぬ実験用チップを、社会的立場としては最弱の孤児に埋め込むなんて、そんな実験、人間の所業とは思えない。その上、リャンはそれによって人生を大きく狂わされ、挙句、その若い命を散らされてしまったのだ。
 透もこの計画に対する怒りを新たにしつつ、先を読み進める。


● プロジェクトⅡ
人間の右脳、左脳の、それぞれの人為的措置による発達。
 実験には、右脳には男子(ゲンハ・ヴァンガード)、左脳には女子(朝倉ひかる)を使用。
 実験は、概ね成功。右脳の被験者には、直観力、身体能力、感覚力などの、左脳の被験者には計算、空間把握、解析などの能力の大幅な向上が見られた。しかし、被験体は情緒不安定になる傾向があり、右脳の被験者には特にそれが顕著。
 被験体は、リー元助教授と共に脱走、以後行方知れず。


アシュラン:「な・・・・」
バチェラ:「やっぱりね・・・・・」
 アシュランが何ともいえぬ表情をし、バチェラが複雑なため息をついた。
 バチェラにとっても、自分がこんな実験の被害者だったという事実は、かなり堪えるものがあるだろう。
月菜:「ひかるちゃん・・・」
 そんなバチェラの様子を感じ取ったのだろう、月菜が、いたわるようにバチェラを優しく抱き締めた。
バチェラ:「・・・いいんだよ、月菜。ボク、こういうことはずっと前から予想してた。それに、こんな実験の被験者だけど、ボクは今、幸せさ。だから、ボクは大丈夫だ」
 それを聞いて、アシュランが、優しくバチェラの頭を撫でた。
アシュラン:「そうか・・・。よかったな」
バチェラ:「アシュラン・・・うう・・うぐ・・・」
 アシュランのどこまでも優しい笑顔に、バチェラは我慢していた涙を遂に堪えきれなくなり、声を殺して泣いた。
 透はそんな仲間たちの様子を横目に、このデータに書かれているもう一人の人物、子供時代の親友だった男のことに、思いを馳せる。
透:「ゲンハ・・・」
 ゲンハがこれまでしてきたことは、取り返しのつかないことばかりであり、故に決して許されるものではないだろう。しかし、あのゲンハの凶行も、こんなムチャクチャな実験に起因するものだとすれば、それはあまりに悲劇的なことだった。
そして透は、更なる真実を読み進めた。


● プロジェクトⅢ
ネット空間に対する親和性の強化
 被験体には女子(相馬憐)を使用。
 実験は成功。被験体は、驚異的な時間、ネット空間内の生存。更に、既存のネットロジックを超越した行為のいくつかを確認。ただし、実験中に被験体に重大な事故が発生、また、被験体の電子体も実験中にロスト、実験は中止された。
 被験体の電子体は計画凍結後に発見、軍当局が保護したが、第三者の手により脱走。【削除】事件が起こったこともあり、被験体を再びロスト。以後、被験体は行方知れず。


透:「やっぱり、無いか・・・・」
 透はため息をついた。憐がこの非道な実験の被験者だったということは大きなショックだったが、今までの流れから、それは概ね想像できていたことだった。そして、残念ながら、憐の実体に関する情報は、ここにも記されていなかった。
 ただ、憐を実験中に襲った『重大な事故』というのが、事が事だけに、大いに気になるところだったが・・・・。
 その時、憐がぽそりと呟いた。
憐:「お兄ちゃん・・・・」
透:「――――!!!!」
 透はその言葉に弾かれたように、憐のデータに再度目を通す。そして・・・。
透:「相馬、憐・・?憐の本当の苗字って、水坂じゃなくて・・・?」
 そして、透は急いで次の項目を見た。


● プロジェクトⅣ
今までの実験の結果を総合し、当初の目的である、人の深層無意識に眠る『超自我』、あるいは『人類の更なる可能性』を電子世界に表面化させる補助チップの作成。
 被験体には、男子(相馬透)を使用。
 実験の成否は不明。判明する前に、被験体はリー元助教授と共に逃亡、現在行方不明。
 また、このプロジェクトの最大のスポンサーであった、当時国防委員(現在、国防委員長)のパトリック・ザラ氏の強い希望により、計画凍結直前、氏の息子であるアシュラン・ザラにも、この技術が未完成であることを承知で同様の措置を施した。
 しかし、アシュラン・ザラ氏にも、一切の変化の兆効は見られず。計画の凍結と隠蔽の決定と同時に、プロジェクトⅠの記憶消去技術を流用し、アシュラン・ザラ氏の実験当時の記憶を抹消。
 備考:被験体・相馬透は、安室嶺氏の実の息子であり(『相馬』の性は、両親死亡時に一時的に引き取られた親戚の苗字)、プロジェクトⅢの被験体・相馬憐とは実の兄妹である。


透:「な・・・・・???」
 一瞬、透の頭が、真っ白になる。
 自分も被験体の一人。自分はあの伝説的英雄・安室嶺の実の息子。アシュランも同じ実験を施されていた。そんな、信じられないような事実が、次々と透の頭に飛び込んできた。
 しかし、それよりも何よりも、一番重要なこと。それは・・・・。
憐:「お兄ちゃん・・・」
 憐が泣き笑いのような顔で、透を見つめる。
透:「れ、憐・・・・」
憐:「お兄ちゃん、やっと会えた・・・・・」
 ああ、何ということなのだろう。憐は、『実の兄の代わりに』透を「お兄ちゃん」と呼んでいるわけではなかったのだ。そう、透こそが、憐の実の兄だったのだ!
透:「れ、憐・・・」
 その時、透を、またあのフラッシュバックのような感覚がおそった。


妹:『お兄ちゃん・・・』
 歳の離れた妹が、透を心配そうに見上げた。その大きな瞳は不安で曇り、今にも大粒の涙を流してしまいそうだ。
透:『大丈夫だ。僕らは、これからずっと、一緒に暮せるんだ。・・・ですよね?』
 透は、近づいてきた二人の男女に言う。眼鏡をかけた、背の高い男の人がそれに答えた。
クーウォン:『ああ、心配しなくていい。君たちはずっと一緒だ。それは、絶対に保障する』
玲佳:『ええ。それだけではなく、あなたたちには、普通の人には無い、特別な才能を授けて上げられるわ。生活も、そこらの施設なんかに比べたら、ずっといいものよ』
 綺麗な女の人も男の人に続いて答えたが、透には『特別な才能』なんかには興味が無かった。
 ただ、妹の傍にいて、妹を守ることができれば、それでよかった。
妹:『お兄ちゃん・・・良かった』
 自分の胸にぎゅっとしがみ付く妹を、透は優しく抱き締める。
そう、自分はこの子の『お兄ちゃん』なのだから、これからどんな生活が待っていようと、命を賭けてでもこの子を守らなければ・・・。
 透は、幼心に、そう誓った。
透:『大丈夫だ。これからどんなことがあろうとも、絶対に僕が守るから・・・、だから、安心するんだぞ、憐』


透:「憐!!」
 気が付いたら、透は憐を抱き締めていた。か細く柔らかい、懐かしい感触。まるで自分の体の一部のような、そんな一体感。満たされてゆく気持ち。
 ああ、そうだ。透はこの感触をよく知っている。それはそうだ。この子は、自分と同じ存在から生まれた、いわば『もう一人の自分』なのだから・・・・。
 相馬憐。透の唯一の肉親で、大切な大切な、世界のどんなものよりも大切な存在である、最愛の妹。
透:「憐!!!!」
 透は、今度は意識してしっかりと、憐を強く抱き締める。大切な存在が、透の胸に強くしがみ付く。
憐:「お兄ちゃん、ようやく思い出してくれたんだね。憐は、ずっと、ずっと待ってたよ・・・・」
 憐の目から、大粒の涙が零れる。当たり前だ。憐は、ずっと、七年間も最愛の兄と引き裂かれたのだから。そして、今、ようやく二人は出会えたのだから・・。
透:「憐、ごめんな。ずっと傍にいたのに、今まで少しも思い出してやれなくて。憐のこと守るって、憐が産まれた時、心に誓ったのに・・・お兄ちゃん失格だよな・・」
憐:「ううん、そんなことないよ。お兄ちゃんは、憐のこと思い出せなくても、ずっと憐のこと、守ってくれた・・・」
透:「憐・・・・」
 透も憐も、溢れる涙を抑えようとはせず、ただ今は、ようやく取り戻した最愛の存在を二度と離さぬように、お互いを強く強く抱き締めながら、お互いの体温を、仮想の温もりを、全身で感じていたのだった・・・・。


 しばらくして、透は優しく憐を離した。
透:「みんな・・・待たせたな、ゴメン」
アシュラン:「いや、構わないよ。それより、おめでとう、透」
月菜:「ホント・・うぅ・・よかったね、透。憐ちゃん」
バチェラ:「月菜って、ホント、涙脆いよね・・・。でも、よかった、透が大切な人と再会できて」
 仲間たちから口々に祝辞を言われ、透は少し戸惑う。
透:「あ・・まあ、いや、その・・・どういたしまして・・・」
 その時、憐がぽつりと言った。
憐:「それで、お兄ちゃん、憐のからだは?」
透:「あ・・・・」
 その瞬間、透の頭の中から、今までのお祝いムードが一気に消え去った。
透:「憐、その、実は・・・ここにも、情報は無かったんだよ・・・」
憐:「え?」
 憐の表情が、さっと悲しみに満たされてゆく。
透:「だ、大丈夫だ、憐。俺たちが昔この施設にいたことはわかったんだ。ここには無かったけど、憐の身体の手掛かりは、必ずこの施設のどこかに・・・・」
 その時、構造体を、あの嫌な振動が襲った!
バチェラ:「ちっ、この揺れは・・・」
憐:「ああ・・『あの子』が、また起きちゃった・・・」
 憐は、半ばパニックになって叫んだ。
憐:「ねえ、憐のからだはどこ!?憐、からだが無いと、あの子をおさえておけないよぉぉ!!!」
 透は、咄嗟に憐を抱き締めて言った。
透:「落ち着け、憐!大丈夫、絶対憐の身体は見つけてみせる!俺たちは、これからリアルに戻って探すから、憐は適当な場所に身を隠していてくれ。大丈夫、すぐに見つかる!!」
 透が強く抱き締めると、憐は幾分、落ち着きを取り戻した。
憐:「うん・・・わかった。お兄ちゃん、おねがい」
透:「よし・・・。みんな、わかったな。行くぞ!!」
 透は憐の頭を一度優しく撫でると、すぐに『離脱』のアイコンを押し、現実の世界へとログアウトした。


『離脱(ログアウト)』


 透は現実に戻ると、すぐに傍で拘束されているパトリックに詰め寄った。
透:「おい、あんた!憐の身体はどこだ!!?」
パトリック:「何!?キ、キサマ、この私を誰だと・・・」
透:「そんな事はどうでもいい!!!あんた、あのクソみたいな計画のスポンサーだったんだろ!?何か、知らないのか!!?」
 透は胸倉を掴み上げたが、それでもパトリックはただ、首をふるばかりだった。
パトリック:「本当に知らん!!ええい、離せ、薄汚い安室のガキめ!!」
透:「何だと!!?」
 思わすカッとなってパトリックを殴ろうとしたときだった。
アシュラン:「透」
 アシュランに呼ばれて、透はハッと我に返る。そうだ。今自分が締め上げている人物は、アシュランの父親なのだ。透は仕方なく、パトリックから手を離す。
 すると、アシュランがパトリックを真っ直ぐに見つめ、言った。アシュランの視線は険しい。
アシュラン:「父上、あなたは、あの実験の正体が何なのか、知っていたんですか?」
パトリック:「は、この馬鹿息子が、今更何を。ああ、もちろん知っていたさ。私は、何が行われているのか全て承知で、あの実験に手を貸した!」
 全く罪悪感を感じていないパトリックの言葉に、アシュランは遂に、拳を振り上げた。
アシュラン:「あなたは、正気で言ってるのか!!!」
 そして、アシュランは思い切り、父親の頬を殴った。
パトリック:「グッ!!・・キ、キサマ、二度も親に手を上げるなどと、ふざけるのも大概にしろ!!」
アシュラン:「ふざけるのは大概にしろだと!?それはこっちの台詞だ!!!!人の人生と頭を勝手にいじくり回すような、そんな狂った計画にまで手を貸して!それが、あなたの言う、『ザラ家の誇り』なのか!!!?」
パトリック:「ああ、そうだ!あの、下賤な安室嶺ごときが持つ力を、我ら誇り高きザラ家の一族が持たぬなどと、そんなことは、この世にあってはならないのだ!だからこそ、大金をあの計画に投入したというのに・・・橘玲佳め。所詮はあの女も、低俗な売女だった、ということか!」
 必死に口から泡を飛ばし、自分の気に食わぬものを罵るパトリックの姿は、ただただ『哀れ』だった。
アシュラン:「それが、あなたの本音か・・・。俺は知っていますよ、父上。あなたが現役時代、戦場で幾度と無く、安室嶺に助けられていたという事実を。プライドの高いあなたは、その事実が許せなかった。自分より、歳も、当時まだ存在していた階級も、家柄も、そういった社会的ステータスの全てが自分より劣っていた安室嶺が、自分よりも遥かに高い評価を受け、遂には伝説的英雄とまで呼ばれるようになり、そして、その実力を眼前で目の当たりにしたあなたは、それが許せなかった。つまりは、たったそれだけのことでしょう?」
パトリック:「な・・・・!!!!」
 パトリックが、凄まじく歪んだ形相になる。つまりそれは、今のアシュランの言葉が、全て事実だということを肯定したことに他ならなかった。
バチェラ:「ねえ、オジサン。あんた、その計画をまず試したのが『自分』じゃなく『アシュラン』だったの、当ててみようか。あんたは、まず『自分が』安室嶺を超える力を持ちたいと、そう思ったはずだよね。でも、実験はお世辞にも順風満帆とは言い難かったし、そのうえ上層部からの圧力によって、実験は早急な展開を迫られていた。その結果できたチップは、信憑性という面では、とてもじゃないけど安心できるものじゃない。だから・・・・あんたは、まずアシュランを、自分の息子を、『実験台』にしたんだ!それで何の不備も無かったら自分も措置を受ければいいし、不備があったら止めればいい。それほどまでに、安室嶺を超えたがっていたオジサンが、真っ先にアシュランにチップを埋め込んだ理由は、そんなところかい!?」
パトリック:「く・・・」
 パトリックは、否定しなかった。
バチェラ:「こいつ・・・最低だね!!アシュランが、本当に可哀想だ!!!」
 透は、この最高の親友の最低な父親を見下ろして、胸糞悪くなる胃を必死に抑えながら、辛うじて言葉を紡いだ。
透:「いい加減、教えてもらえませんか?そこまで執着していた実験ならば、その『被験体』がどうなったのか、知らないはずは無いでしょう?」
 その時だった。
??:「いいだろう。この男に代わって、私が案内しよう」
 目の前の男に勝るとも劣らない不快な声が、扉の向こうから聞こえてくる。
透:「ギル・ラザードか・・・」
ギル:「そうだよ、相馬透君。なあに、安心したまえ、私は丸腰だ。監視カメラで見てもらえばわかるとは思うが、応援も一切呼んでいない。地下には、君たち以外には私しかいない。信用したまえ」
バチェラ:「確かに・・・地下には、こいつ以外、人っ子一人いないよ」
 監視カメラの映像を覗きながら、バチェラが言った。
アシュラン:「・・・よし、わかった。今すぐ扉を開けるから、その時までに両手を上げて後ろに組め。でないと・・・撃つ」
ギル:「わかった。君たちに従おう」
 透たちはすぐに、扉の左右に身を隠す。そしてバチェラが扉を開けると同時に、透とアシュランは銃を構え、扉の前に立っていたギルに突き付ける。
 ギルは、自分で言った通り、素直に両手(とは言っても、左手は義手だが)を後ろに組んでおり、また仮面も外していたことから、表情を隠そうとする気配もなかった。
 ギルの顔は、噂どおり、ひどい火傷で爛れていた。しかし、透はその火傷の傷よりも、むしろギルが浮かべた不気味な薄ら笑いに、言いようの無い醜悪さを感じた。
アシュラン:「さあ、ギル隊長、いや、ギル・ラザード、案内してくれないか」
ギル:「ああ、わかった、アシュラン・ザラ。仰せの通りに」


 そして、銃を突きつけられたギルを先頭に、一行は再び果てしなく永い廊下を歩いてゆく。
アシュラン:「・・・それにしても、何故あなたが、あのプロジェクトのことを知っているんですか?」
ギル:「ああ、私はパトリック、つまり君の父上と『多少の親交』があってね。それで、かなり詳しく内部事情に通じているのだよ」
 ギルは、背中に銃を突き付けられながらも、まるで動じた様子は無く、むしろこの状況を楽しんでいるようだった。
月菜:「透・・・・」
 ギルの様子に流石に不気味さを覚えたのか、月菜が不安げに呟く。
透:「大丈夫だ・・・」
 透は何とかそう答えたが、それでも、透自身も、何か途方も無い不安感に、押しつぶされそうだった。
 それは、ギルから感じる不気味さだけではない。何か、もっと別の、記憶の内側から突き上げてくる、虫の知らせのようなものもあった。
 その時、透の脳内に、記憶操作によって失われていた過去が、蘇った。


 連日の過酷な実験で衰弱しきった憐は、その日40度の熱を出し、ベッドから起き上がれずにいた。透はそんな妹の小さな手を、握ってやる事しかできなかった。
憐:『お兄ちゃん・・・憐ね、ここから出たらね・・・』
 憐は最近、こんな話ばかりをするようになっていた。可哀想に、よっぽど外の世界が恋しいのだろう。
 それは、透も同じ事だった。透たちは、ここに来てから、一度も外に出させてもらったことが無かった。それは、ここに閉じ込められた子供たち、特に外で遊ぶ事が大好きな憐にとっては、物凄い負担となっていた。
憐:『憐ね、ここを出たらね・・・お兄ちゃんと、ピクニック行きたいな・・・』
 遠くを見つめながら呟く憐が、まるで決して叶わぬ最期の願いを呟くように見えて、透はあわてて、務めて明るい声で言った。
透:『だ、大丈夫だよ。橘先生が言ってたんだ。次の実験が終われば、憐は外に出られるようになる、って。だから、もう少しの辛抱だよ!』
 それは、全てが苦し紛れの嘘、というわけでは無かった。実際、橘先生はそう言ったのだ。次の実験が成功すれば、憐の実験はもう終わりだ、と。それを、透は何とか、『ここから出られる』と解釈しようとした。
 無論、あの冷酷な橘先生のことだ。彼女の言うことを、鵜呑みにはできない。でも、憐を元気付けるためなら、せめて今この場でだけでも、橘先生の言うことを鵜呑みにしたい気分だった。それに、透は悟っていた。憐はあまり強くない。だから、憐はこのままいけば、きっと過酷な実験に耐えられないだろう、と。
 だから、透は憐の小さく柔らかい手を、ぎゅっと握り締めた。
透:『大丈夫だ、憐。もうすぐ、僕たちはきっとここを出られる。だから、出たら一緒に、ピクニックに行こうな』
憐:『うん・・・』
 弱々しく、でも安心しきった表情で頷く憐を見て、透は涙が出そうだった。


そして、多分、この後に、何か悲しい事が、あったのだった・・・。


ギル:「さあ、君達のご所望のものは、ここだよ」
 ギルの声で、透はハッと我に返った。
透:「ここに・・・憐の実体が・・・」
 バチェラが進み出て、指紋認証のロックを解除する。関係者以外立ち入り禁止のはずのその部屋は、おそらく予めバチェラが全ての部屋を自分たちに対してフリーパスにしていたためだろう、透たちを、いとも簡単に招き入れた。
透:「な・・・・・」
 そして、一同はその部屋の異様な有様に、思わず息を飲む。
 部屋の中心には、一つのカプセルがあった。そして、そのカプセルから、まるで女性の髪のように、長い無数のコードが生えていた。それは、壁際の無数のコンソールに接続されている。この部屋で行われていたことが真っ当なことでは無いのは、火を見るより明らかだった。
 そして、そのカプセルには、文字がペイントされていた。
『PROJECTⅢ REN』
月菜:「『レン』、ってことは・・・・」
透:「ああ、間違い無さそうだな・・・」
アシュラン:「ギル・ラザード。そのカプセルを、開けてくれませんか」
ギル:「・・ああ、いいだろう」
 その、妙に楽しげなギルの様子に、透は何故か、物凄い胸騒ぎがした。
 そして、ギルが近くにあったボタンを押し、カプセルの扉が開いた。
アシュラン:「・・・え?」
バチェラ:「何だって!!?」
月菜:「うそぉ!!?」
透:「そ、そんな、これって一体、どういうことだ!!!!!」
 カプセルの中身は、空だった。
 その時だった。
アシュラン:「グアッ!!?」
 アシュランが倒れ、透は思わずそちらを向く。同時に、透の眉間に、アシュランの銃が突きつけられた。銃を構えているのは、ギルだった。
アシュラン:「透、済まない・・・」
 アシュランが、頬を押さえながら呻いた。おそらく、あまりの事に気を取られた隙に、ギルに銃を奪われたのだろう。
透:「仕方ないさ、くそ・・・」
 透は渋々、持っていた銃を捨てた。これで、形勢は完全に逆転されてしまった。
ギル:「そうだ。君は物分りがよくていい。さあ、皆まとめてカプセルの傍に寄れ。そして、手を上げるんだ」
月菜:「透・・・」
透:「くそっ・・・。だが、これはどういうことだ?」
ギル:「どういうこと、とは?」
透:「くそっ、とぼけやがって・・。憐の実体は、どこへ行ったと聞いてるんだよ!!」
 すると、ギルはくくっと、喉から嫌な笑い声を漏らした。
ギル:「君は少し、今の状況を鑑みた方がいいね」
透:「そういうことじゃない!!」
ギル:「わかっているよ。相馬憐の現実世界での身体、つまり実体(リアル・ボディ)のことだろう。見てのとおり、無いのだよ」
透:「だから、どこにあるのかって聞いてんだろ!!!!」
 透は、ギルの手に銃さえなければ、今にも掴みかかっていたところだった。
そして、そんな透の激情を、ギルはゆっくりと味わうように眺めると、言った。
ギル:「だから、そんなものは無いといっているのだよ。ここだけでなく、どこにも
透:「え・・・?」
 透の思考が、一瞬止まる。
 レンノカラダガドコニモナイッテ、ソレハイッタイドウイウコトダ?
ギル:「相馬憐はな、没入実験中に死亡したのだよ!君達が脱走する前、七年前にな!つまり、肉体は既に灰だ!この世のどこにも、残ってなどいない!!
 レンガシンダ?ナナネンモマエニ??
 ギルが勝ち誇ったように言ったその言葉が、透を、絶対零度の感触を伴って、ゆっくりと浸透してゆく。
透:「うそ・・・だろ?」
 そんなはずは無い。だって、憐は今でも生きて、実際さっきは、仮想の感触とはいえ、しっかりぬくもりもあって・・・。
でも、憐に施された実験内容を思い返してみるといい。『ネット空間に対する親和性の強化』。それを突き詰めていけば、それこそ、実体が無くても存在できる電子体だって、創れるのではないか?
 それに、憐が既に死亡していると考えると、辻褄の合うことが多過ぎる。例えば、最初憐は、電子体であるにも関わらず、レーダーの類には一切反応が無かった。あれは、本来ならあり得ない。本来、実体と電子体の間は『シルバーコード』で繋がっていないとならない。今のレーダーはそのシルバーコードを探知する。相手が生きている人間である限り、シュミクラム並のジャマーを積まなければ、レーダーから逃れることは不可能だ。そう、『生きている限り』。
 そもそも、透たちは憐を、最初何て呼んでいた?
月菜:「『電子体幽霊(ワイヤード・ゴースト)』って・・・でも、まさか、そんな・・・・」
ギル:「君たちハッカーのネーミングセンスは、本当に面白い。そう、正に、その物ズバリだよ!彼女は実験の結果、究極のネット世界に対する親和性を獲得したのだ。何日も何ヶ月も何年も、それこそ実体がニューロジャックを引き抜かれて死亡しても、ネット世界に在り続けられる能力をな!研究所の連中は、ここまでいくとは予想外だったみたいだがな。彼女は、一見ひ弱な少女だったからな。このような、精神の強さが結果に直結するような実験は、十中八九失敗すると思っていたが・・・。まあ、腐っても『安室の娘』ということかな」
透:「でも・・でも・・・」
 透は、ギルの言葉など、既にほとんど耳に入っていなかった。ただ、この過酷な現実を、必死に否定しようとしていた。
 しかし、それは不可能だった。これまで自分が目にしてきたもの、耳にしてきたものを総合的に判断すれば、結果は明らかだ。シルバーコードの無い電子体などいない。物理的にも仮想物理的にも、存在自体が不可能なのだ。実体が生きているならばと、その前提の下で考える限り。
 つまり、憐はもう、死んでいるのだ。
透:「でも・・だったら、憐にこんなこと、どう説明すればいいんだよ・・・」
 その時だった。どこかから、誰かがすすり泣く声が聞こえてきた。
??:「・・っく、うぅ・・・・」
 透は最初、あまりの事に月菜かバチェラが泣き出したのかと思った。しかし、視線を向けてみても、月菜もバチェラあまりの事に呆然とするばかりで、泣いてはいない。
??:「そんな・・・そんなの、ないよぉ・・・・」
 ああ、これは、月菜でもバチェラでもない。透のよく知ってる、別の少女のものだ。これは・・・。
透:「れ、憐・・・・」
 突如、部屋中のモニターに、憐の姿が大映しとなる。
アシュラン:「こ、これは・・・・」
 アシュランは思わず息を飲んでいたが、透は驚かなかった。憐の能力を以てすれば、この建物中の監視カメラを乗っ取り、そのからここの様子を覗く事も可能だろう。そして、全てのモニタを司る場所を乗っ取り、自分の姿をあらゆる場所に映す事も。
 ただ、透は、別の事を考えて、息を飲んだ。憐がそんなことをした理由は、多分、自分の実体が見つかる瞬間が見たくて、そのまま実体に飛び込んで最愛の兄と七年ぶりに現実世界で早く抱き合いたくて、その瞬間を今か今かと待ちわびていたはずなのだ。
透:「れ、憐、これは・・・」
憐:「そんな・・・憐・・ずっと、ずっと待ってたのに・・・・・」
ギル:「やあ、相馬憐君、残念だったね。君の期待は、最悪な形で裏切られた。君は・・・・永遠に、実世界に戻ってくる事はできない!!!」
 そのギルの一言が、トドメだった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」
 
まるで、自らの中身の全てを吐き出すような憐の悲鳴が建物内に響き渡り・・・。
プツッ!
 次の瞬間、全ての証明が消え・・。
 グオォォォォォォォォン!!!!!!
 憐の悲鳴は、いつの間にか、セラフィムの咆哮へと姿を変えていた!!
透:「な!!?」
 すぐに、研究所内の警報装置が、一斉に作動する!!
※:「『セラフィム』襲来。全セキュリティシステム崩壊。没入していた警備隊のおよそ80%が、DOSと思われる攻撃によって死亡。繰り返します、『セラフィム』襲来・・・・」
ギル:「ふふふ、これで、全ては終わったな」
 ギルは、勝ち誇ったように、透に銃を向ける。その引き金が引かれるのは、最早時間の問題だった。だから、透は最後に質問する。
透:「なあ、ギル・・・、結局、憐とセラフィムの関係って、何なんだ!?」
ギル:「そうだな・・冥途の土産にでも、教えてやろうか」
 ギル油断無く透たちの様子に気を配りながら、義手を操作する。
ギル:「動くなよ。今、義手の動きをマニュアルで設定した。君らが少しでも動けば、右手と変わり無い速度、精密さで、君らを撃つからな」
 そう言うと、ギルは銃を義手の左手に持ち替え、そして右手で近くのコンソールパネルを操作する。
 操作が終わると同時に、おそらく今のネット世界から拾った音声だろう、セラフィムの咆哮が、部屋中に響き渡る。
「グオォォォォォォン!!!!」
ギル:「これをだね、音声解析機にかけると、だね」
 ギルは何らかのボタンを押した。途端に、獣の咆哮としか思えなかったそれが、よく聞き覚えのある少女の悲鳴に変貌する!
「いやぁぁ、助けて、お兄ちゃん!!!!!!!」
透:「憐!!? そんな、バカな・・・」
ギル:「これは、事実だよ。つまりだね・・・あの『セラフィム』というのは、憐だったんだよ」
透:「な・・・・」
バチェラ:「そ、それはあり得ない!!だって、憐とセラフィムは、同時に存在していたじゃないか!!!!」
ギル:「まあ、最後まで聞きたまえ。リー・クーウォンが提唱した、『深層無意識』。これはつまり、普段は心の奥に眠っている『もう一人の自分』とも言い換えることができるのだよ。ネット世界においては、普段表に出ている『表層意識』を脳内チップによって電子記号化し、ネット世界にシミュレートしているわけだが・・・。リー・クーウォンは、その『深層無意識』までも何とか電子記号化し、それをシミュレートできないか、と考えたわけだ。そして、それを成功させ、更に特殊な技術によって引っ張り出し、現在の自分と融合させるのが、君達にもしばしば起こるらしい、あの忌々しい『反転(フリップ・フロップ)』というわけだ。ふふ、君達が強いはずだよ。『反転』した君達の力は、単純計算しても人間二人分。感覚、仮想筋力、あらゆる能力が常人の倍だ。更に、人間が普段使っている脳の比率、つまり『人の意識における表層意識の割合』は、たった一割にも満たぬ、という説もある。残り九割の深層無意識と融合した君達の力は、想像を絶する。」
透:「な、何を・・・」
ギル:「おっと、話が逸れたね。つまり、『ブレインプロジェクト』というのは、それを成功させるために、いくつかのプロセスを組んでいたわけだが・・・、その最終プロセスに移行するために必要不可欠だったのが、『プロジェクトⅢ』つまり、憐が被験体となった、『人間を完全にネット空間にシミュレートする』という実験だよ」
透:「人間を、完全にシミュレート?」
ギル:「そうだ。つまり、人間の『表層意識』だけではなく『深層無意識』さえもネット空間にシミュレートしよう、という試みさ。ところで透君、君は、何故、人は没入中にシルバーコードが切断されたら、死ぬと思う?」
透:「そ、それは・・・『魂と肉体の接続が切れる』からか?」
ギル:「ふふふ、君は見かけによらず、随分とオカルティックなことを言う・・・。だが、当たらずとも遠からず、だ。現在の通常型のチップでネット世界にシミュレートできるのは、精々『表層意識』が限界だ。だが、私も専門家ではないので詳しいことはわからんのだが、人間というのは『深層無意識』もなければ生存できない、というものらしい。だが、ネット空間には『表層意識』しか無い状態だ。これでは、その人間は死んでしまう」
透:「だから、没入中は、肉体に取り残された『深層無意識』と、シルバーコードで繋がっている必要がある、ということか?」
ギル:「その通りだ。だからこそ、不完全な電子体で長くいれば気が狂うし、ニューロジャックを引き抜かれるなどしてその接続を強制的に断たれた者は死んでしまう。そう、まるでネットに『魂を置き忘れた』ように・・・」
透:「・・・・」
ギル:「そこまで言えばわかるだろう?憐が実体が死しても生存できる訳を。そうだ、つまり、彼女は実験によって『深層無意識』までもネット世界に再現されている。これは即ち、『一個の人間を完全に電子記号的に再現したもの』がネット空間に再現された、ということだ。だからこそ彼女は、電子的にではあるが、シルバーコードを切断されても、ネット空間に存在していられたのだよ」
透:「それはわかった!だが、憐とセラフィムの関係は・・・」
ギル:「君は本当にせっかちだな。だが、話もそろそろ終わりだ。まあ、つまり、憐に施された実験、というのは、完全では無かったのだよ。だからこそ、憐は『表層意識』と『深層無意識』を、全く別々の場所にシミュレートされてしまったのだ。彼女は無論、それには気付かなかっただろうがな。だが、ここまで言えば、わかるだろう?」
透:「あの『セラフィム』というのはつまり・・・憐の『深層無意識』ってことか!?」
ギル:「その通りだよ!『セラフィム』とは、本来なら人が永遠に心の奥深くに抱え込むべき『心の闇』、つまり、『影の憐』とも言うべきかな
透:「な・・・・」
 では、あの人を無差別に殺戮してまわるバケモノは、およそ人を傷付けることなどできないような憐の抱えた心の闇だったとでもいうのか!?
ギル:「まあ、にわかには信じられないだろうな。だが、考えてみたまえ、セラフィムは、『憐が感情を暴走させた時』暴れまわるのだ。だとすれば、この話も、まるっきりの御伽噺、という事ではないと思うがね」
透:「う・・・・。」
 確かに、その通りだ。憐も言っていたではないか!セラフィムは、『憐が寂しいかったり悲しかったりする時に、悪さをする』のだ、と・・・。
ギル:「ふふふ。精神世界において、意識と無意識が全く別々に行動し、結果、無意識が意識の全く望まぬことを甚だしいレベルでしでかしてしまう・・・。これは立派な心の病だよ。本来ならば、然るべき治療が必要だな」
透:「くっ・・・」
 透の胸が、激しく痛む。憐が心の病だって!?当たり前だ!突然電子の牢獄に七年も閉じ込められれば、何らかの異常をきたさない方がおかしい!!そして自分は、そんな憐に、何もしてやることができなかったのだ!
透:「何が、『守る』だ・・・」
ギル:「そうだね。それももう、手遅れだ」
透:「何!?『手遅れ』って、どういうことだ!!!?」
ギル:「君も聞いただろう。憐の声が、セラフィムと同化していくのを。つまりだね、今の憐は、深層無意識の中に半ば同化した状態なのだよ。有り体に言えば「心の殻に閉じこもった状態」とでも言おうかね。いや、もっと面白い言い方をすると、「心の闇に食われた状態」だな。ふふふ、それが一番愉快な表現だ」
 透は、目の前の男が信じられなかった。何故この男は、そんなひどい話を、これほどまでに明朗に笑いながら語れるのだ!?
ギル:「まあ、それも仕方あるまい。あそこまでショッキングな話を聞いた後ではな。気が狂って、完全に狂気に支配されても、誰も彼女を咎めんよ。この状態がしばらく続けば、あまりに衝撃的な出来事に弱まった憐の表層意識は、やがてセラフィムに食い尽くされる。つまり、君らの言う『相馬憐』はこの世から消え去り、最後には荒ぶる化物がただ一匹、この世に残される。ふふ、いい気味だよ。ヤツの血を引く者どもは、皆そうやって、苦しんで死ぬといい!!」
透:「テ、テメェ!!!」
 我慢の限界に達した透は、思わずギルに殴りかかろうとした。しかし、ギルがそれより早く、透に標準を定める。
月菜:「透!!」
透:「くぅ!!」
 その瞬間、透は悟った。この状況では、自分はギルに一矢報いることさえできない、ということを。ここまで最愛の妹を、憐を侮辱したこの男を、兄である自分は殴ることさえできないのだということを・・・。
 透の心を、途方も無い無力感と悔しさが苛む。
ギル:「はははははは!いい表情だ!!そう、君のその表情が見たかったのだ!!安室嶺の息子である、君のその表情がな!!ああ、最高の気分だ!!さあ、安室嶺の子孫よ、後悔と屈辱にまみれたまま、地べたに這いつくばって死ぬがいい!!」
 そして、右手に持ち替えられたギルの銃の引き金に、力が込められた!
透:「く、くそぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
 ターン!
 銃声が轟いたが、透は不思議と、一切の痛みを感じなかった。
透:(あれ・・・?俺は、死んだんじゃないのか・・・?)
 透がそう思った刹那。
ギル:「がぁぁぁぁぁ!!!!」
 ギルが銃を落とし、右腕から血を流して叫んだ!アシュランが素早くその銃を拾う。
 同時に。
??:「アシュラン、大丈夫か!!?助けに来たぞ!!!」
 どこかで聞いたことのある青年の声が聞こえ・・。
アシュラン:「イザーク!!!」
 アシュランが、青年の名を呼んだ。


イザーク:「さっさと来い!こっちだ!!」
 銃を構えたイザークが叫び、アシュランは後ろを振り返った。
アシュラン:「みんな、来い!!こいつは俺の仲間だ!!」
 透たちが、その一言で弾かれたように走り出す。
アシュラン:「イザーク、無事だったのか!!」
 通路を駆けながら、アシュランは救援に駆けつけてくれた懐かしい戦友に向かって叫んだ。
イザーク:「当たり前だ!!そう易々と、洗脳されて堪るか!!」
 見れば、次々と、どこかで見覚えのある男たちが周囲を固めてゆく。
アシュラン:「これは・・?」
イザーク:「俺が呼びかけて、一緒に基地から脱走した同僚たちだ!!」
アシュラン:「脱走・・ってことはお前・・・」
イザーク:「話は後だ!駐車場に車を用意してある、さっさと乗れ!!」
 イザークがそう言うと同時に、仲間のZAFT兵が、騒ぎを聞いて駆けつけてきた警備兵を撃ち倒す。気付けば、周囲は、銃撃戦そのものの有様になっていた。
イザーク:「くっ・・・。だが、あいつらを洗脳から救うには、今しか無いな・・・」
アシュラン:「そうか・・、お前も、橘玲佳の洗脳政策を潰すチャンスを、ずっと待ってたんだな」
イザーク:「まあな!だから、信頼できる連中をありったけ集めて、機を見て基地から脱走した!丁度、基地では同僚たちが徐々におかしくなってる頃だったからな・・・。クソッ、言いたくは無いが、知らせてくれた貴様のおかげか・・ええい、忌々しい!」
 相変わらずの戦友の姿に、辺りは殺伐とした戦場と化しているにも関わらず、アシュランの気持ちが僅かに和んだ。
 そして、アシュランたちは誰一人欠けることなく駐車場に辿り着く。と同時に、V・S・Sの移動式没入スペース用の大型車が駐車場に侵入し、アシュランは慌てて銃を構える。
イザーク:「バカ!!あれは味方だ!!窓から白い旗を揚げてるだろ!!」
 アシュランがそれを確認したと同時に、没入スペースへと続く後部の扉が開き、中からもう一人の戦友が姿を現す。
アシュラン:「ニコル!!」
ニコル:「アシュラン!!ああよかった、無事でしたか!さあ、話は後です、乗ってください!!」


 アシュランたちが没入スペース内に駆け込むと同時に、車は全速で発進した。
アシュラン:「V・S・Sから一台奪ったのか・・・」
ニコル:「ええ、これから戦うのでも、没入できないと何かと不便かと思いましてね。」
??:「それで、これからどうします?」
 奥から、とても懐かしい女性の声がした。
アシュラン:「マ、マリアさん!!?あなたまで、どうして・・・。」
 それは、トラウマのフラッシュバックが元で、軍を退役していた特殊精鋭第一小隊元サポート、マリア・ハウだった。
マリア:「ふふ、私だって、いつまでも落ち込んではいられません」
 そう言うと、マリアは聖母のような美しい笑顔で微笑んだ。
マリア:「本当はですね・・・、ふふ、イザーク君に、あの『真実』を見せられて、そして言われたんです。『立て、マリア!!お前には、まだ戦うべき時があるはずだぞ!!なのに、まだこんな所で寝ている気か!!』って。私、『真実』はショックでしたが・・なんか、イザーク君見て、ああ、イザーク君は相変わらずだな、って思ったら、なんだか可笑しくて可笑しくて・・・。それで、一通り笑ったら、なんか元気、出ちゃいました」
イザーク:「う、うるさい!よりにもよってこんなヤツの前で、人の恥を曝すな!!・・・それで、結局、これからどうする?」
アシュラン:「とりあえず、現状を教えてくれ」
マリア:「了解です、隊長。」
アシュラン:「え、い、いや、俺は今は隊長じゃ・・・」
 隊長だった頃は何度も間違えて名前で呼ばれたのに、今になってスラッと『隊長』なんて言われても、物凄く複雑な気分だった。
マリア:「それで・・・えっと、現在V・S・Sと軍の複合部隊が、総出で『セラフィム討伐』に出てます。なんか、突然セラフィムが暴れだして、それも今までに無いほどの凶暴さで、正直、軍もV・S・Sも、かなり苦戦しています」
透:「憐・・・・っ!!」
 透の苦しげな呟きに、アシュランも居た堪れない気持ちになる。そう、今ネット世界で猛威を振るっているのは、無慈悲な現実から全てに絶望した、透の最愛の妹なのだ。
マリア:「それで、現在完全にV・S・Sの統率網はズタズタです。ただ、向こうもさるものというか、何と言うか・・・、どうやらギリギリで、セラフィムを沈静化させるウィルスの開発に成功していたらしく、橘玲佳は何とか残存の戦力を纏めて、セラフィムを手中に収めようとしています」
ニコル:「放っておけば、V・S・Sがセラフィムに一掃されてくれる可能性は高いですが、逆に、セラフィムを手中に収められると最悪の事態にもなります。かと言って、今出て行っても、セラフィムのDOSの巻き添えになる可能性は高い・・・。どうしますか、アシュラン?」
 確かに、これは難しい状況選択だ。何れも、ハイリスク・ハイリターン。そして、この戦いが、間違い無く全ての勝負を決める!
アシュラン:「そうだな・・・」
 アシュランが考えを纏めようとした、その時だった。
透:「・・・行こう!!」
 透が、何よりも強い声で、ハッキリと言った。
アシュラン:「透・・・」
 透の目は、決意に満ちていた。
透:「ギルは言った。時間を置けば置くほど、憐はセラフィムに取り込まれると・・。もしそれが本当なら、一刻の猶予も無い!」
アシュラン:「だ、だが、透!!今俺たちが出て行って、何が出来る!!」
透:「憐は俺の妹だ!必ず、説得してみせる!!」
 透の決意が、痛々しいまでにアシュランに伝わってゆく。
透:「・・お願いだ!」
アシュラン:「透・・・・」
 親友の決意を受け止め、アシュランの心も決まる。
アシュラン:「・・・みんな、俺は、出撃する!!」
マリア:「アシュラン!!?」
イザーク:「なにぃ!!?キサマ、正気か!!!!」
ニコル:「・・・・」
アシュラン:「これは、俺の独断だ。だから、状況を不利と見たものは、残ってくれて構わない。ただ・・・」
 アシュランは、皆を見回して言った。
アシュラン:「あの『セラフィム』は、あれは透の、俺の友達の、妹なんだ!橘玲佳の手に渡すわけにも、あのまま放っておくわけにもいかない!!だから、俺は戦う。そういうわけだ。俺は、出る!!」
透:「アシュラン・・・」
 透の済まなそうな視線に気付き、アシュランは微笑む。
アシュラン:「そんな顔するな、透。俺だって、憐ちゃんを救いたい。これは俺の意思で決めた事だ。だから・・・」
 そして、アシュランはごく自然に、その言葉を紡いだ。
アシュラン:「楽に行こうぜ、相棒!」
透:「!!・・・あ、ああ!!」
 そう言って、透は何故か、手を差し出した。アシュランも、その手を自然に握る。その瞬間、アシュランはまるで、透とは十年来の相棒同士だったかのような気がした。
 これで、もう迷いは完全に無い。透の目的は、即ち自分の目的なのだから。
 見れば、月菜とバチェラも、近くのコンソールを使って没入の準備を始めていた。
アシュラン:「月菜、バチェラ・・・」
月菜:「もちろん、あたしだって出撃するわよ。・・・あたしだって、憐ちゃんのこと、本当の妹のように思ってたんだから。放ってなんて絶対おけない!!」
バチェラ:「ここまで来たら、ボクらは一心同体だ。ボクだって、力の限り戦うさ!!」
アシュラン:「みんな・・・・。」
 その時、すっかり置いて行かれたイザークが、堪らず叫ぶ。
イザーク:「おいおいおい、ちょっと待て!!大体何だ、こいつらは、ええ、アシュラン!!!キサマ、忘れたのか!?この男は、あの“ゼフィランサス”のパイロットで、ミゲルを殺したんだぞ!!」
透:「うっ・・・」
 『ミゲル』の名前を聞き、透の表情が、罪悪感と痛みに曇る。
アシュラン:「イ、イザーク、それは・・・・」
 しかし、イザークは次の瞬間、呆れたような、笑っているような不思議な表情になる。
イザーク:「だが・・・まあ、アシュランがそこまで肩入れするのなら・・・・くそ、何と言っていいかわからんが・・とにかく、今だけは、ミゲルの件も、この顔の傷の件も、水に流してやらん事は無い!まあ、全てが終わった後で、ミゲルの墓前で土下座が条件だがな!!」
アシュラン:「イザーク・・・・」
ニコル:「それに、確かあなた、えっと、相馬透さんでしたっけ、には、危ない所を助けていただいたお礼もありますしね。何より、アシュランの仲間だというのなら、僕も手を貸しましょう!」
アシュラン:「ニコル・・・・」
マリア:「私は、昔も今もこれからも、ずっと『ザラ隊のサポート』ですからね。隊長のアシュランの戦いは、必ずサポートします!」
アシュラン:「マリアさん・・・・。」
 見れば、周囲のZAFT兵達も、誰一人欠けることなく、所定の位置で、没入プロセスを開始している。
透:「みんな・・・みんな、ありがとう!アシュラン・・・お前、本当にいい仲間がいるな!」
 透は涙ながらに、アシュランの手をもう一度、固く握り締めた。
アシュラン:「どういたしまして。・・・さあ、そうと決まれば、やるしかないな!みんな、行くぞ!!」
全員:「了解!!!」
 そして、最後の決戦が始まった!!



ギル:「くっ・・・おのれ!!」
 ギルは右腕から血を滴らせながら、作戦室へ向かっていた。
ギル:「あの、クズゴミの仲間どもめ、後一歩という所で、よくも邪魔を・・・」
 ギルは地上の作戦室に出ようとして、ふとあることを思いつき、地下作戦室へと向きを変える。
ギル:「・・・まあ、いい。奴らは、セラフィムを、安室の小娘を放っておかんだろう。だとすれば、そこで安室の血統も・・そして、ザラの血統も、皆殺しにしてやるだけだ・・・」
 そして、ギルは痛む右手でカードキーをリーダーに通し、作戦室へと入る。
パトリック:「ギ、ギルバド!!キサマ・・・」
 椅子に縛られたまま、忘れ去られた哀れな男が一人、ギルを見上げて、驚愕に目を見開く。
パトリック:「く・・私を、殺しに来たのか!?」
 まあ、そう思うのが普通だろう。パトリックは、自分がギルに恨まれていることは、百も承知なのだから。
 しかし、ギルはそれを否定するように笑った。当たり前だ、こんなところで殺してしまうのは勿体無い。
ギル:「いえ、ちょっと眠ってもらうだけですよ!!」
 そう言うが早いか、ギルは右手でパトリックの無防備な首筋に手刀を入れ、パトリックを昏倒させる。
パトリック:「が・・・・」
ギル:「確かに、あなたに子飼いにされていた私が、あなたを殺すにはいい機会ですが・・・、あなたには、もっとあなたに相応しい、ゴミみたいな最期を差し上げましょう、兄さん
 ギルは、愉悦の笑みを浮かべた。
 長年自分を蔑んだ男が、今、目の前で無防備に眠っていた。
実力主義のザラ家に、この男の年の離れた弟として産まれてきた時点で、ザラ家におけるギルの、いや、ギルバド・ザラの運命は決まっていた。年の差を考えれば当然の実力差を、さも自分の方が有能であるかのように錯覚し、勝ち誇る兄。そして兄がなまじそこそこの有能さを持っていたため、それを真に受けた愚かな両親。
 居場所の無いギルは、軍というものに全てを尽くしてきたザラ家の全てを否定したくて、テロリスト『ZEON』に入った。そこで、エドワゥ・マスと名を変え、自分を虐げてきた兄の所属する軍を、メチャメチャに破壊した。
 そこで、いつの間にか力関係が逆転していた兄を、向こうからはそうと気付かれずに、まるでネズミのようにいたぶるのは楽しかった。しかし、そんなギルの目の前に、あの忌々しい男、安室嶺が現れたのだ。
 そして、彼に負けて全てを失ったギルは、軍に拘束された。しかし、ギルはパトリックに、ある取引を持ちかけた。テロリスト時代のコネを使い、安室嶺とその家族を皆殺しにする代わりに、自分を部下において欲しい、と。
 最初から寝首を掻く為の取引だったが、あの愚かな男、パトリックはそれを真に受けた。そして、ZAFT極東支部の最高権力者となった兄の手によって、架空の軍人『ギル・ラザード』は誕生したのだ。最も、あの男が安室を憎んでいることはギルから明らかので、成功する可能性は高いと見ての賭けだったのだが。
 そして、安室嶺はその妻共々『事故』に見せかけられて殺されたが、その二人の子供は、手違いのせいで生きていた。だからこそ、あの二人を殺すまでは死ぬわけにはいかぬと、実行すれば周囲の憲兵どもによって確実に自分も死ぬことになる『パトリック殺害』は今まで実行に移せなんだが・・・。
ギル:「ふふふ、今日は最高にいい日だ!!愚かなるゴミめ。貴様の最も憎み、蔑んだ『安室の血族』の手で、せいぜい死んでくれ」
 ギルは近くにあったコンソールを、パトリックの首筋に刺した。確か、セラフィムのDOSは、没入している者だけでなく、単にネットに接続している者も皆等しく殺戮する。だとすれば、セラフィム、いや、安室の娘がDOSを放った瞬間、この男は、よりにもよって最も憎む者の娘の手で、冥府に堕ちることになるのだ。
ギル:「まあ、ギャンブルのような方法だが・・・その時この男の受ける屈辱を考えれば、それくらいの失敗リスクなど釣りがきても有り余る。・・・さて、では・・・」
 ギルは、隣のコンソールへと座り、ニューロジャックを掴んで首筋に突き立てる。右腕の痛みは、最早感じなかった。何故なら、これから始まる復讐劇を思えば、歓喜で、痛みなど感じる余裕は無かったのだ。
ギル:「では、安室の血族と、ザラの血族。この私を貶め、辱め、蔑んだ者の血族は、この世からしっかりと根絶やしにせねばな。くっくっくっく、あーはっはっは!!
 そして、ギルは自らのシュミクラムを立ち上げる。それは“百式”ではない。これより少し前に、V・S・Sを通じて手に入れた最新機。圧倒的な力を秘めた、復讐のためのシュミクラム。
ギル:「ギル・ラザード、“ジオング”出るそ!!!」


 


 


 


第二十八章『真実』完

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【2007/01/15 18:45】 | # [ 編集]


>コメント
ありがとうございます(^-^)。
テストの方も、頑張りますね。
【2007/01/15 19:59】 URL | ごぜん@管理人 #5FtMdOeE [ 編集]

仏具・神具
仏具・神具を探すなら http://www.leslieshomes.com/215783/100822/
【2008/09/17 23:23】 URL | #- [ 編集]

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