Endless world -咬龍の庭-
このページは、僕の好きなゲームや漫画、テレビ、そして日常の出来事などのことをつれづれなるままに書いていくブログです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

創作小説『バルドフォースG』第三十章
皆さん、お久しぶりです!!テスト真っ只中のごぜんです。
ですが、今日そのテストにも一段落ついた(まだ終わってはいないが、少し空き時間ができた)ので、ちょっとバルGを更新してみました。
因みに、長くなっがく続いた『バルG』も、遂に次回が最終回です!!長らく付き合ってくださった皆さん、何卒後一話、応援よろしくお願いします(ペコリ)。 

では、いつも通り、本文へは「READ MORE」にてどうぞ。








バルドフォース エグゼ
バルドフォース エグゼ
PlayStation2
アルケミスト








HG 1/144 フリーダムガンダム HG 1/144 フリーダムガンダム

バンダイ

バルG第三十章『離別』


 


-お兄ちゃん。
 どこからか、憐の声が聞こえる・・・。
-お兄ちゃん。憐はね、ゆめを見ていたんだよ。
-ずっとずっと、さめないゆめを・・・・。
透:「憐・・・・・」
-ううん、今でも見ている・・・。あくむみたいな、さめないゆめを・・・・・・・。
 次の瞬間、辺りの景色が一変した。
 そこは、透にとってはあまりにも馴染の景色。透の電子の世界の旅路の中でも、最も透の印象に残っている場所。電子世界の中で、一番大切な思い出を育んできた場所。
そこは、草原のチャットルームだった。
-憐はね、ずっとずっと、お兄ちゃんをさがしていたんだよ・・・。
 透の視線の先には、あまりにもよく見知った顔たちがあった。
楽しそうに笑い合う、少年少女。月菜、あきら、優哉、そして。透。
 透は、今見ている光景が憐の視点を通してのものだと悟る。
-そして、どれくらいさがしたのか、どれくらいの時間がたったのか。憐にもよくわからなくなったころだった・・・・。
 憐は、遂に透を見つけたのだ。
憐:『お兄ちゃん!!』
 憐は、堪らず透に背中から抱きついた。
憐:『お兄ちゃん、お兄ちゃん!! やっと見つけた! 会いたかったよぉ・・・』
-あのとき、憐はほんとうにうれしかった。またお兄ちゃんにだきしめてもらえるんだって、またお兄ちゃんのあったかくて大きな手であたまをなでてもらえるんだって、そう思ってた。なのに・・・・・。
透:「・・・・・」
 そう。その時、透はこう言ったのだ。
透:『君、誰?』
憐:『え・・・・』
 憐の表情が見る見るうちに絶望に染まってゆく。
憐:『だれ、って・・・、お兄ちゃん、憐だよ!! お兄ちゃんの妹の、憐だよ!!!』
 しかし、あの時の透は、ハッキリと、心の底からこの言葉を突き付けたのだ。
透:『ごめん。知らないよ』
 そう。この時の透はクーウォンによって、笹桐の家に預けられる以前の記憶を、たった一人の大切な妹の記憶を、全て消されていた。だから、憐のことを一切思い出すことは無かったのだ。
優哉:『おーい、透! 作戦会議、再開するぞ!!』
月菜:『あれ? 誰、その子?』
あきら:『おいおい、透ちゃん。お前、まさか・・・』
透:『あきらのバカ! 変な誤解するな!』
あきら:『でもあいつ、さっきお前に抱きついてなかったか?』
月菜:『と、透、やっぱり・・・』
透:『あのな。どうやら、人違いみたいだ。俺を、あの子のお兄さんと間違えたらしい』
-そして、そのままお兄ちゃんは、おともだちといっしょに、何か楽しそうに遊びはじめた。もうにどと、憐にふりむいてはくれなかった・・・・。
透:「憐・・・・。」
 そうだ、思い出した。透は、あの時憐と会っていたのだ。でも、それはただの『勘違い』として、記憶の底に埋もれていって・・・。
透:「そういえば、あの頃からだったよな。『電子体幽霊(ワイヤード・ゴースト)』の噂が、流れ始めたのは・・・」
 見た者を死に誘うという、不吉な幽霊の噂。でも、それは何のことは無い、見た人間がショックのあまり集中力を欠き、それがたまたま致命的なミスに繋がったという、ただそれだけの話で・・・。
透:「そうか・・。憐は、ずっと、俺の事を見ていてくれたんだな・・・」
 憐はただ、待っていただけなのだ。透が、最愛の兄が、いつか自分事を思い出してくれる日を。
-うん、ずっと待ってた。もう、あんな悲しい思いはしたくなかったから、ずっとずっと声をかけられなかったけれど・・・・。
 その時、透の視界が、徐々にホワイトアウトしてゆく。しかしその白さは、何故かとても暖かく、そして安らげるものだった。
-ずっとずっと、待ってる。今でも、待ってるよ。お兄ちゃんが、この終わらない悪夢から、憐を救い出してくれる日を・・・・・。



憐:「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
 透の耳元で、突如憐の声が聞こえた。
憐:「お兄ちゃん、おきてよ! もう朝ごはん、できてるんだよ!!」
透:「朝・・・ご飯?」
 朝ご飯。何か、これまでの状況からすると、ひどく場違いな単語だ。
憐:「そうだよ! もう、またねぼけて! 外はこんなにも、いいお天気なのに・・・」
 すぐに、シャーッ、というカーテンを開ける音が響き、そして透の閉じた瞼の隙間から、まぶしい陽光が、容赦無く注ぎ込まれた。
透:「う・・・・」
憐:「ほら! 今日は、とってもいいお天気だよ。ねているなんて、もったいないよ!!」
 透は、ゆっくりと瞼をあけた。目の前には、楽しげに笑う妹の笑顔。そして、それを明るく照らす、気持ちのいい朝の陽光。
透:「憐・・・・ここは・・・・・」
 なんてことはない、朝の風景。目の前には、唯一の肉親である妹の幸せそうな笑顔。別段、何も変わったところは無い。
 でも、透は何か、得体の知れぬ激しい違和感を覚えた。
透:「憐・・・、ここは、どこだ?」
 そう。透は今まで、こんな風景を体験した覚えは無かった。
憐:「ここは、って・・・・」
 対して、憐は怪訝そうな表情だ。
憐:「お兄ちゃん、まだねぼけてるの? ここは、憐たちの“おうち”でしょ?」
透:「“おうち”・・・・?」
 何故だろう。憐から発されたその単語が、妙にすんなりと、透の頭に溶け込んでゆく。
憐:「そうだよ。憐たちの、“おうち”。思い出した?」
透:「あ、ああ・・・」
 そうだ。自分は、両親を喪って、それからは唯一残された肉親である妹の憐と、同じく両親を喪った仲間たちと、この山奥の“おうち”で一緒に暮しているのだった。
何も変なところは無い。全く当たり前の話。
 その時、部屋の外、おそらくリビングから、耳に馴染んだ少女の声が聞こえる。
リャン:「おい、透、早く来いよ! それとも何か、憐、まだ透のやつ起きないのか!? もう、アンタは起こし方が甘いからダメなんだよ! もっと、アタシがゲンハを起こすみたいに、一発顔面に踵落しでも決めてやんないとさ!」
憐:「え・・う・・・」
透:「あれはゲンハだから耐えられるんだ。間違っても俺にやるな。絶対死ぬから」
 渋々と、心地よいベッドの温もりから身体を離し、透はいい匂いのするリビング、一家団欒の場所へと、憐に連れられて歩いてゆくのだった。


 リビングには、既に“家族”が勢ぞろいしていた。
リャン:「おお、透、起きたか」
 忙しそうに台所で動き回っているのは、リャン。
ゲンハ:「おい、リャン! メシハまだなのか!? 俺サマは、腹へって腹へってしかたねぇよ!!」
 待ち遠しそうにスプーンとフォークをカチャカチャ鳴らしているのは、ゲンハ。
バチェラ:「・・・・」
 そんな台所の喧騒など我関せずに、床で一人難しそうなパズルに取り組んでいるのは、ひかる。でも、何故かみんなは、彼女のことを本名ではなく『バチェラ』というあだ名で呼ぶ。
リャン:「おい、ゲンハ、お前それ、いい加減行儀悪いぞ」
ゲンハ:「う・・うるせぇな! それ言うんなら、そこで這いつくばってパズルしてるヤツはどうなんだよ!!」
バチェラ:「・・・・・。」
リャン:「はいはい、バチェラ、あんたもいい加減、席付きな。でも、だからって、ゲンハ、アンタが行儀悪いのは変わらないよ!」
ゲンハ:「ったく、一々うるせぇなぁ、テメェはよ・・・。おいおい、透、テメェ、何笑ってんだよ!」
透:「いや、相変わらずお前ら、仲いいなって思って・・・」
ゲンハ:「はっ、冗談じゃねぇぜ! この女、今朝だってよぉ、とんでもねぇ早ぇ時間に起こしやがって、無視したら思い切り顔面に踵落しくれやがったんだぜ! おかげでしばらく、鼻血が止まんなかったぜ!」
リャン:「それは昨晩、アンタが今朝は飯作るの手伝ってくれる、って言ったのに、中々起きて来ないからだろ!」
ゲンハ:「・・・ちっ」
 二人とも言葉は悪いが、本当に、見ていて微笑ましいくらい仲がいい。二人は、透と憐とは違い、血の繋がった兄妹だというわけではないが、二人とも早いうちに親を亡くし、それからずっと二人で力を合わせて生きてきたというのだから、実の兄妹顔負けの絆も納得というものだ。
バチェラ:「仲いいのは、キミたちも同じだと思うけどね」
 いつの間にやら食卓に座っていたバチェラが、こちらをニヤニヤしながら見つめていた。
 すると、憐が何故か顔を赤らめながら、透の腕を取って身体を摺り寄せてくる。
憐:「そうだよ~。だって、お兄ちゃんと憐は、らぶらぶだもね~」
透:「何が『らぶらぶ』だ、何が・・・」
 透はため息をつきながら、腕を振り解く。最近、妹がどうにも兄離れする気が無いようなのが見て取れて困る。透にその気は全く無いが、何かの間違いでも起きたら、それこそ兄貴失格だ。
ゲンハ:「んなことはどうでもいいとしてよぉ、透、メシ食ったら何する?」
 周りの雰囲気とか一切お構いなしなゲンハは、こういう時にはありがたい。
透:「そうだな・・・、今日は、ちょっと離れた所に、釣りに行こうか」
ゲンハ:「だな。へへ、今日はいよいよ、三桁の大台に突入してやらぁ!!」
透:「はっ、先に突入するのはこの俺だって事、まだわかってないみたいだな」
ゲンハ:「いいぜぇ! それはこっちの台詞だって事、わからしてやらぁ!!」
リャン:「まったく、ガキはガキ同士ってやつかよ。本当にお前らも、仲いいよな」
 そんな、いつもと代わり映えのない朝の喧騒に身を浸しながら、ふと、透はある違和感に気付いた。
透:「・・・なあ、なんで憐の席に、そんな難しそうな本やら新聞やらがあるんだ?」
憐:「え?」
リャン:「あ、そう言えば・・・・」
 そうなのだ。憐の席には、明らかに憐が読まないような、むしろ大人の学者が読むような難解そうな本や、新聞やらが積まれていたのだ。
透:「『深層無意識と生体素子』って、憐、そんな難しい本、読めたのか・・・?」
 憐には悪いが、とてもそうは思えない。
憐:「え、あ、あの、これは・・・・」
 憐の表情が、みるみる焦燥に満ちてゆく。しかし、透にはわからない。憐は、何をそんなに慌てることがあるのだろう?
憐:「え、えっと、本だなにあったの、ちょっと取って見てみただけ。もちろん、憐には何が書いてあるのか、サッパリで・・・・」
 憐は慌てて誤魔化そうとするが、その内容も矛盾だらけだ。
 そう、おかしな話だ。何故このメンバーが暮す家に、そんな本があるのか。バチェラの本だと強引に考えれば納得できない事も無いが、バチェラの興味ある研究分野は、『無意識』とか『生体素子』のではない。今バチェラは、どれだけ面白い(というか、透から見れば『下品で性質の悪い』としか思えない)ウィルスプログラムを作れるか、必死になっているのだ。
 でも、透は知っていた。今はここにいないメンバーで、これらの本が、よく似合う人物がいることを。
透:「そうだ・・クーウォン、クーウォンはどこに行った!?」
 そう。大体、考えればおかしな話だ。なんで自分たちは子供だけで、こんな山奥の山荘に何年も住んでいるのだ。そこに『保護者』とも言うべき大人の姿が無いのは、あまりにも不自然だ。
憐:「『くーうぉん』って・・お兄ちゃん、なにを言っているの?」
 憐のその怪訝な表情で、透の中の違和感が決定的になる。
透:「そうだ・・・、今憐が座っている席は、本当はクーウォンの席のはずだ! いっつも、飯の時間になっても新聞を読んでいたから、リャンに怒られていた・・・」
リャン:「あ・・・、そう言えば・・・・・」
透:「それに、おかしいと言えばもう一つ・・・。この山荘に来たとき、もう憐はいなかった!」
 その瞬間、不意に、辺りの景色が歪み始める。
憐:「お兄ちゃん・・・いやだよ、どうしてそんなことを言うの?」
 周囲の景色が歪み、ゲンハの、リャンの、バチェラの姿が歪んでも、何故か憐の姿だけは歪まなかった。憐はただ悲しそうな表情で、こちらを見ている。
憐:「そうして、そんなことに気がついてしまうの・・・?」
 そして、『違和感』と言うなら、今までの光景自体が違和感の塊だ。
そもそも、透は気を失うまでは、ずっとネットの世界にいて、憐を、セラフィムを洗脳して操ろうとするV・S・Sや、透や憐を殺そうとするギル・ラザードと、激しい戦いを繰り広げていたんじゃなかったのか? そして、月菜と共に玲佳を倒し、ギルを追い詰めているうちに、セラフィムが、憐が暴走して、その暴走に透は巻き込まれて・・・・。
透:「そうだ、憐! 俺はお前を止めようとして、DOSに巻き込まれて・・ディスコネクトされたはずだ!! ここは一体、どこなんだ、なあ、憐!!!」
 透はわけがわからなくなり、必死に憐に詰め寄る。すると、憐は目をぎゅっと瞑り、耳を塞いで顔を背け、明らかに拒絶の意思を示す。
憐:「どうして、どうしてそんなこと言うの!? どうして、どうしてお兄ちゃんは憐といっしょにいてくれないの!!?」
透:「そういう事を言ってるんじゃない!! 月菜は、バチェラは、アシュランはどこだ!! ここは一体どこなんだ!! 教えてくれ、憐!!!」
憐:「いや、いやだよ・・・、いやぁぁぁぁぁ!!!
 憐が悲鳴をあげた瞬間、透の視界が暗転した・・・。


透:「う・・・・」
 透が再び目を覚ますと、そこはあの山荘のある森の中だった。
アシュラン:「透・・・・」
 不意に声がした方向に振り向いてみると、そこには、同じく今目を覚まして起き上がっているアシュランの姿があった。
アシュラン:「ここは、一体・・・? 俺たち、確か、セラフィムに飲み込まれて・・・・」
透:「みたいだな・・・。」
 透は、とりあえずここにいるのが(そして正気なのが)自分ひとりではないことに安堵しつつ、辺りを見回した。
透:「俺はさっき、あの山荘でみんなや・・・憐と暮していた幻影を見せられたが・・・・」
 やはり、あれは幻影だったのだ。では、一体誰が?
??:「考えるまでも無いことでしょ? それは、憐の見せた幻影。この『憐の世界』では、よほど強い意志を持っていないと、彼女の意思に取り込まれてしまうみたいだし・・・」
 突然聞き覚えのある声がして、二人は声のした方向に振り返る。
アシュラン:「橘、玲佳!!」
 アシュランが、軍服のポケットから銃を抜こうとした。
玲佳:「あらあら、そんなに警戒しなくてもいいじゃない。第一、今ここで私たちが争ったところで、何にもならないわよ」
 確かにそうだ。そして、透は次に、あることに気付く。
透:「橘玲佳・・、あんた、死んだはずじゃ・・・・」
 そうだ。玲佳は確か、ギルにコックピットを貫かれ、透たちの眼前で死んだはずだった。
 しかし、玲佳は不敵に笑いながら言った。
玲佳:「そうね。確かに私は死んだわ。でも、それを言うなら、あなたたちも似たようなものよ」
アシュラン:「な・・・・」
 アシュランは驚いたが、透には何故か、それがすんなりと納得できた。
そうだ。自分たちは死んだ。セラフィムのDOS攻撃をまともにくらい、時差ゲージの限界突破により、シルバーコードを、電子体と実体のリンクを『切断(ディスコネクト)』されて。
透:「ということは・・・ここは、“死後の世界”なのか?」
 そうとしか考えられなかった。まあ、それにしては、随分と現世にそっくりな“死後の世界”ではあるが・・。
 すると、突然玲佳が笑い出した。
玲佳:「あはははははは・・。透君って、見かけによらず、随分とロマンチストなのね」
透:「それは・・あんたの話を聞く限りでは、そうとしか思えないだろ!」
 すると、玲佳は一転して真面目な表情になる。今までの、冷酷な女社長の顔でもなく、ファシストじみた支配願望を持った狂人の顔でもなく、明晰さを持った、有能な学者の顔だ。
玲佳:「ああ、ごめんなさいね、笑ったりして。まあ、透君の言う事も、あながち間違い、というわけではないでしょうね」
アシュラン:「それじゃああなたは、俺たちに何が起こったのか、知っているとでも言うのですか?」
玲佳:「まあ、憶測でしかないのだけれど、大体はね・・・」
 そして、玲佳は真剣な表情で二人を見回すと、口を開くいた。
玲佳:「ねえ、二人に質問よ。電子世界上で、あなたたちがあるプログラムを使っていたとして・・・あなたたちはそれが不要になった場合、どうする?」
アシュラン:「削除しますが・・それが?」
玲佳:「だったら、その『削除されたプログラム』は、どうなると思う?」
透:「どうなるって・・・、電子空間から、姿を消すんじゃないのか?」
玲佳:「そうね・・。でも・・・削除されたプログラムは、それでもそのメモリのどこかに残っていると、私は思うの」
透:「?」
玲佳:「もちろん、メモリの中の、目には見えない部分。普通なら、絶対に気付かないし、また気が付く必要も無いような場所に・・・それでもどこかに、ひっそりとだけど、それは残っていると思うわ。そのメモリが存在する場所が、電子的、あるいは物理的に消滅するまで、オカルティックな表現を用いれば、それこそまるで“地縛霊”のように・・・」
透:「・・・・」
玲佳:「そして、あなたたちも、あのデータを読んだのならわかるでしょう? 電子体というのも、人間の脳の動きを電子的に解析した、一種の“プログラム”なの。つまり・・・・」
アシュラン:「“削除されたプログラム”、つまり“ネットで死んだ人間の残滓”は、その構造体が電子世界から消滅するまで、ネット世界のどこかに残っている、ということですか・・・」
玲佳:「そうよ。そして・・・今の私たちは、言うならばその“残滓”。つまり、“幽霊”みたいな状態かしらね」
透:「幽霊って・・、それじゃあ、俺たちは・・・」
 玲佳は冷酷なまでにハッキリと言った。
玲佳:「そうね。多分、私たちは脳死したのよ」
透:「・・・・」
アシュラン:「・・・・・・」
 二人とも、二の句が告げられなかった。
玲佳:「ふふふ、そんなに深刻な顔をすることは無いじゃないの。確かに私たちは、肉体的には、既に“死んでいる”かもしれない。でもね、私たちはここに“生きている”・・・」
透:「・・・?」
玲佳:「あのデータに書いてあったように、『電子体』というのは、その人間の脳の働き、あるいは“自我”、いわばその人間“そのもの”を、電子的に解析、プログラムと化したようなものよ。つまり、我々の“魂そのもの”と言ってもいいかもしれない。だから、それが、しかもその“魂”だけで集まる“コミューン”に存在できる、ということは、肉体の集まる“コミューン”である“現世”に生きている事と、何の変わりがあるの?」
アシュラン:「ちょ、ちょっと待ってください、あなたは何を言って・・・・」
玲佳:「つまり、ここは“死者の集まるコミューン”。『セラフィム』という名の大きな“世界”の中にある、いわばそれこそ“死後の世界”なのよ。」
透:「な・・・」
 セラフィムの中の世界、だと? 全く、途方も無い話だ。
 しかし、アシュランはその言葉を聞き、妙に納得した表情で頷いた。
アシュラン:「そうか・・・。先程貴女の言った“残滓”が、セラフィムに吸収されて・・・。だから、あの時、死んだ人間の電子体が、セラフィムに吸い込まれていくように見えたのか・・・・」
 真っ先にDOS攻撃を受けてしまった透は見ていなかったが、どうやらアシュランは、玲佳の説を肯定するような光景を見たらしい。ならば、それはそれで、納得するしか無いようだった。
透:「でも、セラフィムの中に、もう一つの世界があるなんて・・・・」
玲佳:「それも、なんら不思議な事では無いわ。あのセラフィムの特性、つまりあの途方も無い情報量は、一体どこから来ているのだと思う?」
 そう言われれば、そうだ。あの『セラフィム』は、憐の深層無意識、つまり、“もう一人の憐”であり、それ故、瞬間移動や絶対防御障壁などの、既存のネットロジックを超えた能力を持っているということはわかった。
だとしても、それがあんな、数億テラバイトにも及ぶような情報量を持っていることへの説明には、全くならない。そもそも、一個人の人格を完全にネット上に再現したとて、あんな、数億テラバイト以上もの情報量になるはずは無いのだ(もしなったとしたら、セラフィムと同じ“ネット上への一個人の完全再現”の一つの形である『反転(フリップ・フロップ)』の現象が起こった瞬間、透はDOSを巻き起こしてしまう)。
玲佳:「そう。もし憐の人格を完全にネット上に再現したとしても、ああはならないわ。だとしたら、考えられることはただ一つ。憐のもう一つの人格『セラフィム』は、先程言った、死んだプログラムの“残滓”を取り込んで、あそこまで大きくなったとしか考えられない・・・・」
透:「な・・・」
玲佳:「ハッカーである貴方ならわかるわよね? 最も性質の悪いウィルスは、活動しているプログラムを取り込んで自己増殖してゆくもの・・。セラフィムも、その原理を応用していると考えれば、それもあり得ない話ではないわ」
 しかし、もしそうだとしても・・・。
透:「で、でも、そんな、あり得ない!! 憐が、そんな、死者の魂を食うみたいな、そんな恐ろしいことをするはずが!!!」
 それではまるで、本当の“化物”ではないか。
 しかし、玲佳は淡々と言葉を続ける。
玲佳:「あり得るわ。むしろ“いい子だから”こそ、その抑圧してきた願望、欲望、そういったものが、ここまで恐ろしい存在を形作った、とも言える。深層無意識というのは、要するに、その人の“表に出せない事の掃き溜め”みたいなものですからね」
透:「・・・・・・」
玲佳:「或いは、あの子も寂しかったんでしょうね。だからこそ、外から色々な物を取り込んで、ここまで巨大に膨れ上がったのよ」
 透はそれを聞いて、やりきれない想いになる。
透は、憐の寂しさ、孤独を、よく知っていたから。そして、兄である自分は、不甲斐無くも、憐をそれから救ってやる事ができなかったのだ。
アシュラン:「透・・・・」
玲佳:「あら、悲しそうな顔をすることは無いわ。何故なら、貴方は、ここで憐の思うようにしてあげればいいのだから・・・」
透:「な・・・」
玲佳:「それはそうでしょ? ここは、憐の世界。憐が、死した者たちを取り込んで形成した、もう一つの世界。だからこそ、貴方たちはここで、やり直せる」
透:「・・・・・」
 言われてみればそうだ。しかし・・・。
アシュラン:「だったら、あなたはどうなるんですか? こんな所に、いわば“あの世”に閉じ込められて、何の不満も無いんですか!?」
玲佳:「無いわね」
 意外にも、玲佳はあっさりと言い切った。
アシュラン:「な・・・・・」
玲佳:「だって、そうじゃない。さっきも言った通り、ここは現世と、大きくは変わらないわ。むしろ、現世よりもいいくらいよ。貴方たちは知らないかも知れないけれど、電子体って、強い意志を持ってすれば、外見や身体能力なんかは自由にできるのよ。ほら、貴方も知っている、『意思の力』とか言うやつで。貴方やクーウォンは、それを、攻撃のスピードを増大させるとかいう、つまらない事に使っているみたいだけれど」
アシュラン:「でも、あなたは現世では、あんなに金や権力を持っているのに・・・・」
玲佳:「あら。貴方、結構顔に似合わず、考えが俗っぽいのね。私はね・・・金や権力に溺れるような、愚かな人間とは違うのよ。そんなもの、私の目的を達成する手段でしかなかった。けれど・・・ここでは、そんなものは無くても、全てが手に入る。私が志してきた学問、人間とは何か、どこから来てどこへ行くのか、そういったことの研究が、ここなら飽きるほど、それこそ“死ぬほど”できる!・・・まあ、その場所がこんな、アカデミックとは対極の、オカルティック極まりない場所だ、というのが唯一気に入らないところではあるけれど・・・」
 だが、透には、今の玲佳の言葉は、どこか虚ろに響いた。そして玲佳もそれを感じ取ったらしい。すぐに話題を変えた。
玲佳:「・・まあ、そういう事よ。それに、ここは私の思ったよりも、居心地のいい世界らしいわ。見てみなさい、この風景。ここが“電子世界の残滓の集まり”というだけでは説明のつかない、現実世界そのものを再現したような風景。きっと、憐が意思の力で、作り出したのね」
透:「憐が・・・」
玲佳:「そう。ここは、憐の“意志の力”さえあれば、かなり好きなことができるのかもしれない。或いは、私たちも、少なからず同様のことができるかも・・・。だから、ここでずっと暮すのも悪くは無いと、私は思うわ」
透:「・・・・・」
玲佳:「まあ、それでもここから出たいというのなら、止めはしないけれどね・・・。もし出たいと思うのなら、私の所に来なさい。面白い話を、聞かせてあげるから」
 そう言うと、玲佳は森の中に消えてゆき、やがてその姿は完全に掻き消えた。
アシュラン:「透・・・・」
 アシュランに聞かれるまでも無く、透は今の玲佳の言った事を反芻していた。
 ここは、先程の山荘の情景から察するに、憐の願望が強く反映された、いわば“憐の世界!。憐は、おそらくこの世界の中で、自分といつまでも幸せに暮らすことを望むだろう。それは、憐を妹としてとても深く愛している透からしても、悪くは無い話のように思える。 
それに、ここにはアシュランはもちろん、月菜たちもいるだろう。みんなを集めてここで幸せに暮す、というのも、間違い無く可能だろう。
 だが、しかし・・・。
 その時だった。
憐:「お兄ちゃ~ん!!」
 透を追いかけてきたのか。憐が、息を切らせて、こちらに向かって走ってきた。そして、憐はそのまま、透の胸の中に飛び込む。
憐:「お兄ちゃん、よかった! もう、どこへ行っちゃったのかと思って、しんぱいしたんだよ!」
 透をたしなめながら、甘えるように透に身体を摺り寄せてくる憐。透に唯一残された、可愛い可愛い最愛の妹。しかし、その肉体を抱き締める事は、現世ではもはや叶わないのだ。
 そう。ここは玲佳も言っていたように、「現世ではもうできないことが叶う」場所。ここには、胸を掻き毟るような後悔も、己の全てを吐き出すような慟哭も、存在しない。ただ安らかに、穏やかに暮していける、そんな世界。
憐:「でも、だいじょうぶだよね? お兄ちゃんは、もうどこにも行かないよね? 憐といっしょに、いつまでもいつまでも、しあわせに暮してくれるよね?」
 それは、憐の純粋な願望。ささやかな幸せさえ理不尽に奪われた憐が望んだ、本当に小さな幸せ。
透:「憐・・・・」
 思えば、この幸せを破壊することに、何の意味があるのだろう。目の前の少女を、最愛の妹をこれ以上絶望に追いやって、何のいい事があるのだろう。そんなことをするよりは、このまま憐の夢の中で、穏やかに、幸せに暮した方が・・・・・。
アシュラン:「透・・・・」
 その時、透に耳に聞こえた友の声が、透の全身に大きな波紋を広げた。そして、透の意識は、しっかりと覚醒する。
透:「憐、よく聞いてくれ・・・・」
 透は憐をそっと引き離し、憐の目を見つめて言った。
透:「辛い事かも知れないが・・・、憐、これは夢なんだ。この世界は、憐の作り出した夢の世界でしかないんだ!」
憐:「お兄・・・ちゃん?」
 ああ、憐の悲しそうな顔を見るのは、やはり胸を冷たい刃物で刺されるように、酷く痛く、そして苦しい。
でも、ここは心を鬼にして、言わなければならない。
透:「今、多分外の世界では、セラフィムが暴れている。そして、沢山の人が、死んでいる。罪の無い、この世界に来たくない人が、沢山沢山、悲しい思いをしているんだ。俺は、もう憐にそんなことはさせたくない!!」
憐:「お兄ちゃん、どうして・・・・」
透:「それに・・・やっぱり、こんな事はダメだ! いくら幸せでも、こんな幻想の中での幸せなんて、それは本当の幸せじゃない!!」
憐:「お兄ちゃん、どうしてそんなことを言うの!!? お兄ちゃんは、憐のことがきらいなの!!?」
 単純で純粋な、子供そのものの思考。突然の死は憐の肉体の成長を止め、そして長きに渡る孤独な年月は憐の心の成長さえも止めたのだ。そんな憐に、こんなことを突き付ける自分は、悪い兄なのだろうか? でも・・・。
透:「違う!! むしろ、俺は憐のことが好きだからこそ!!・・・こんな間違った方法で、間違った幸せの中に溺れてほしくないだけなんだ・・・・」
 憐の目に、みるみる涙が浮かび・・・。
憐:「お兄ちゃんの、ばかぁ!!!」
 憐は泣き叫びながら、走って、森の中に消えていった。
 透は、罪悪感に耐え切れず、傍にいる友につい助けを求めてしまう。
透:「アシュラン、俺、やっぱり・・・・」
アシュラン:「いや、透の言った事、俺は正しいと思うよ」
 アシュランの穏やかな笑みは透を、まるで世界の全てに肯定してもらったような、そんな満たされた気分にしてくれる。
透:「アシュラン・・・・」
アシュラン:「それに、透は・・・まだ諦めて、無いんだろ?」
 やはりアシュランは、透のことは何でもわかってくれているみたいだった。
透:「ああ・・。俺は、必ず、ここから出てみせる!!」
 そうだ。憐を、セラフィムを止めなければ!
そしてそのためには、この世界から、セラフィムの中から出なくては!
もとより決心していた事だが、アシュランに向かって口に出したことで、その決意がより一層固まる。
透:「俺は、憐の兄として・・・これ以上、憐にあんなことをさせるわけにはいかないからな・・・」
アシュラン:「君は、本当にいいお兄さんだな。少し、尊敬するよ」
 アシュランはそう言って微笑んだが、すぐに真剣な表情になる。
アシュラン:「だけど・・・ならば、どうしようか?」
透:「そうだな・・・」
 いくらここが“意志の力である程度自由が利く”と言っても、流石に気持ち一つで外に出る事は叶わないだろう。
透:「とりあえず、ここが“コミューン”だということならば、他にも多くの人がいるだろう。月菜やバチェラもここに来ているだろうし・・・、他にも、もっと多くの人が、来ているかもしれない。まずはそいつらに会って、知恵を出し合うのもいいかもな」
アシュラン:「そうだな。中にはいい知恵を出してくれる人も見つかるかも知れないしな。・・・よし、情報収集だ」
透:「よし。それじゃあ、まずはバラけよう。そして、何かいい情報が集まったら・・・、ここに、山荘の前に集合だ!」
アシュラン:「ああ!!」
 そして、二人はここから出るために、それぞれのアテを探して、散っていった。


透:「しかし、情報といっても、どこからいけばいいんだろうな・・・」
 一人になってから、透はふと考える。というか、情報どころか、ここに来てから、憐の幻覚は除いて、アシュランと憐以外では、まだロクに人に会ってないが・・・。
透:「いや・・・。もう一人、会ったやつがいるか・・・・」
 しかも、そう言えば“その人”は、「戻りたかったら会いに来い」みたいなことを言っていた。
透:「あまり会いたい人じゃないんだけどな・・・」
 透は一つため息をつくと、仕方なく、今のところ唯一の手掛かりである橘玲佳を求めて歩き始めた。
透:「しっかし、どうやったら橘玲佳に会えるんだ? というか、どうやったらこの森から出られるんだ?」
 透がそう呟いた、その時だった。
 突然森が開け、次の瞬間目の前には、V・S・S本社の環境建築(アーコロジー)が建っていたのだ。
透:「な・・・?」
 後ろを振り返ってみると、つい一秒前まで歩いていた森は影も形も見当たらず、ただ現実(リアル)の世界のそれと同じように、V・S・Sの環境都市が広がっていた。
透:「・・なるほど。“ここでは意思の力が全てを決める”って、こういうことなのか」
 つまり、強くイメージできる場所であれば、行きたい所には気持ち一つでどこにでも行けるのだ。もっとも、そこは“自分のイメージが産み出した幻想の産物”ということになるのだろうが。
透:「まあ、普通に考えてみれば、橘玲佳はここだよな」
 透は、仮想の世界に出現したV・S・S本社を見上げた。
今こうして見れば、人間の尊厳を踏みにじられるような体験をした糞地獄(シット・ヘル)も、妙に懐かしく感じられるから不思議だ。
透:「こうして全ては想い出に還る、か・・・・」
 そして透は、V・S・S本社の扉を再び潜った。


 実際V・S・Sに所属していた期間は一ヶ月にも過ぎず、その半分は洗脳されていたというのに、建物の内装は意外と覚えているから不思議だ。透は特に迷うことも無く、社長室へと向かった。
途中、見覚えのある少女二人が、こちらを見ながら何かを話していたのが見えた。
進藤さつき:「あ、ねえむつき。見て見て、あの人、結構カッコイイ♪」
進藤むつき:「キャー、ホント! しかも、あれは私の見立てだと、結構シュミクラムに乗ってもイケそう!」
さつき:「それマジ!? だったら、私、一緒にお仕事してみたいな~♪」
むつき:「だよね~」
 そう言って、双子の少女は黄色い声をあげながら、透に向かって手を振った。
透:「あ、ああ・・・」
 透はぎこちなく笑って手を振り返しながら(そうすると、また向こうから「キャー♪」とかいう歓声が上がった)、洗脳されたαユニットのパイロットたちの意外な素顔に、少し面食らうだった。
 そして、数分後、透は社長室へと辿り着いていた。
玲佳:「あら、本当にすぐ来ちゃったのね」
 玲佳は予想通り、社長室にいた。
 玲佳は透に、かつて透が入社した時のように高級そうなソファを勧めると、自分もその向いのソファに座り、スコッチを開けて立派なグラスに注いだ。
 透は玲佳に勧められた飲み物には口を付けず、玲佳を真正面から見据え、単刀直入に話題を切り出す。
透:「それで、社長。『元の世界に戻るための方法』って、一体何だ?」
 玲佳はスコッチを少しあおり、そしてため息をついた。
玲佳:「・・・わからないわね。あなた、何でそんなに戻りたいの?」
透:「外では、セラフィムがまだ暴れているかもしれない。俺は、それを止めないと・・・」
 すると、玲佳は再びため息をついた。
玲佳:「そんなの、私の知ったこっちゃないわ。第一、セラフィムがどれだけ被害を増やしても、それはただ“ここに来る人”が増えるだけ。ここならば、御覧の通り、外の世界と変わらない、いえ、外の世界よりも快適な暮らしができるのだし・・。別に、セラフィムを止めなくても、最終的には誰も貴方を恨まないと思うわ」
透:「それは、あんたの勝手な想像だろ!」
玲佳:「ま、そうですけど・・。でも正直、わからないわね。貴方はどうして、あんな世界に固執するの?」
透:「どうして、って・・・?」
 透は、再び玲佳の目を見る。玲佳の目は真剣だ。真剣に、そのことを疑問に思っている目だ。
玲佳:「例えば、私があのままセラフィムを手にしていたとして・・・、結局、あの世界の人間どもは、私に表面上は服従したふりをしながら、裏ではどうやって私からセラフィムを奪おうか、そしてどうやってあの圧倒的な力を独り占めしようか、そればかり考えるわ。そして、また新たな争いの種を、無自覚のうちに蒔いていくのよ」
透:「・・・・」
玲佳:「そう。あの世界の馬鹿どもは、いつもそればかり。陰謀、策略、裏切り、欲望。『エゴ』という名の自我で武装した、そういう連中ばかり」
透:「その“陰謀”の、あんたは黒幕だろ?」
玲佳:「そうね。でも、その“黒幕”だからこそ、わかることもあるわ。それに、前にも言ったでしょうけれど、確かにあの洗脳政策を提示したのは私だけれど、提示した瞬間、ホイホイ乗ってきた連中が、それこそごまんといたわ」
 玲佳は、心底うんざりするように吐き捨てた。
玲佳:「私はね、ずっと前から、あの世界に生きていく事が嫌になっていたの。・・・あの世界で私に唯一希望を与えてくれた人も、結局は私の前から去ってしまった・・」
 玲佳は、切なげな瞳で遠くを見て、小さなため息を一つついた。
透:「社長?」
 透の声を聞いて、玲佳は慌てて表情を元に戻す。
玲佳:「何でもないわ、忘れて頂戴。・・・それで、元の世界に戻る方法、だったっけ?」
透:「あ、ああ・・・」
 その時、玲佳の瞳に、突如、狂気の色が灯る。
玲佳:「簡単なことよ。・・・憐を、殺しなさい
透:「な・・・・・」
 あまりにも突拍子のないその方法に、透は一瞬、言葉を失った。
透:「な・・何を、バカな!!」
玲佳:「何も馬鹿なことでは無いわ。この世界を創っているのは、紛れも無く憐。だったら、その憐を殺せば、この世界は崩壊する。セラフィムだって、憐の半身だもの。半身が死ねば、もう一方の半身だって生きてはいられない。セラフィムだって、憐の死と共に消滅するわ。さあ、これで一件落着、何も問題は残らない」
透:「何が一件落着だ!! そんな、妹を殺すなんて、できるわけないだろ!!! 何てバカバカしい!! アンタなんかに一瞬でも期待した、俺が馬鹿だった!!!」
 しかし、玲佳は瞳から狂気を溢れさせ、尚も続ける。
玲佳:「・・・そうよ、バカは私の方だわ!! 何故、これにもっと早く気付かなかったのかしら!!? プログラムの組みようによっては、憐が死んだ瞬間、セラフィムとのリンクを私に切り替えられるプログラムも創れるじゃない!! そうよ! わが社の力を持ってすれば、そんなことは容易いじゃない・・・
 玲佳は、既に透など目に入っていない様子で、血走った瞳で狂気の計画を口走っていた。
玲佳:「そう、そうよ! そうすれば、この至高の世界を、更に私の思い通りに変えられる!!! 真の理想郷を、私の手で創れるのよ!!!!
 そして、その玲佳の様子は、透には何故か、とてつもなく空虚に見えた。
中身がどうしようもなく虚ろだから・・・権力や、力や、理想の世界や、人類の更なる可能性とやらや、そんなものを探求する事で、それを誤魔化そうとしている、そんな風に・・・。
 その時、玲佳が突然、透の方を振り返る。そして血走った瞳で壮絶な笑みを浮かべ、透の肩をきつく掴んだ。
玲佳:「さあ、透君!!! そうと決まれば、早速作戦実行よ!!!!! 貴方が憐をおびき出せば、彼女はまず百%疑わずに乗ってくる!!!! そこを私が襲えば、確実に殺せるわ!!!!!
透:「お、おい、あんた、何言って・・・」
玲佳:「拒否する理由などないはずよ!!! 貴方は目的を達成できて、私には理想の世界が手に入る。完全なる利害の一致でしょ!!!!?
透:「そのどこに一致する利害があるんだよ!!!」
 しかし、玲佳には最早透の反論も届いてはいないようだ。
玲佳:「ねえ、ねえ、透、利害は一致するわよね!!!!? 透、貴方まで私を拒否するとか、そんなことはないわよね!!!!!!!?
透:「あんた、何言ってんだ!!!?」
 玲佳の口からはだらしなく涎が垂れ、しかし玲佳は、もうそれを拭おうともしなかった。
玲佳:「ねえ、ねえ、ねえ!!!!!!!
透:「―――――!!!?」
 その時、不意に透の頭の中に、鮮明に流れる映像があった。


少女:『うう・・ひっぐ・・・』
 どこかのボロボロのアパートの中で、まだ幼さを残した少女が泣いていた。手にはお札が何枚も握らされていたが、着衣や髪は大きく乱れ、太ももからは血が一筋、滴っていた。
中年の男:『玲佳、次もまた頼むぞぉ~』
 生理的に嫌悪感を催すような雰囲気を身に纏った中年の男が、何の罪悪感も抱いていないような声で、幼い頃の玲佳に言う。
中年の男:『次も客の言う事ちゃんときいて、いい子にしてろよぉ~。そしたら、また欲しいもの、何でも買ってやるからな~』
 玲佳は、何も買って欲しくは無かった。ただ、この悪魔のような義父から、逃れたい一心だった。
 でも、ここはスラム街のうちの一つ。そして自分は薄汚い溝鼠。結局この男から逃れても、生きていくためには自分は身体を売るしかないことを、玲佳は幼心に理解していたのだ・・・。


クーウォン:『そうか、そんな事が・・・』
 玲佳が自分の過去の全てを話した時、愛する人はただ、そう言っただけだった。
玲佳:『軽蔑したでしょう、私のこと。でもね、私はこういう女なのよ・・・』
 玲佳はその瞬間、全てが終わったと思った。そして、「これでいいのだ」と、自分の心に強く言い聞かせた。
 ・・本当は、ちっともよくなんてなかった。
 玲佳は、本当に、心の底から、このリー・クーウォンという男を愛してしまっていた。ここまで人を好きになるなんてことはもう二度と無いと、そう思えるくらいに。
 クーウォンという男は、こんなゴミ溜めみたいな街には似合わないくらい、誠実で、賢くて、そして強く、優しい男だった。そんな男が、自分に向かって「愛している」と言ってくれた時、天にも昇るような幸福感と、そして地の底に沈んでいくような罪悪感とを、同時に味わった。そして、結局、罪悪感の方が強かった。
 玲佳は思った。自分は、この人には相応しく無いのだ、と。既にドロドロに汚れている、こんな自分は、この眩しすぎる男には似合わないのだと、そう思った。
 だからこそ、全てを彼に打ち明けた。そして、彼が自分に失望し、離れていってくれれば、自分は、叶わぬ夢など見ずに済む。
 しかし、クーウォンは去るどころか、玲佳に向けて一歩、更にもう一歩と近付くと、そのまま、玲佳を抱き締めた。
玲佳:『!!!?』
クーウォン:『・・大丈夫だ。これからは、私が君を守る。だから・・・これからは、共に生きていこう!!!』
 そう言って、クーウォンは涙を流しながら、無言で玲佳を抱き締めた。玲佳の華奢な身体には、強過ぎる位の力で。
でも、玲佳は、少しも痛いとは思わなかった。ただ、全身で、自分を愛してくれる男の温もりと、そして形容しようもない幸福感を、感じていた。
玲佳:『クーウォン・・愛してる・・・。本当に、心の底から、愛してる!!』


 そして、クーウォンと初めて結ばれた夜のその次の日から、玲佳はクーウォンに習って、必死に勉強した。
 確保できる時間は、全て勉強に費やした。すぐに売春三昧の生活から抜け出すことはできなかったが、それでも、今までは空虚さを埋めるための高価な服や化粧品に費やしていた金を、全て難しい学術書などに充てるようになった。
 そして、しばらくして玲佳は、クーウォンと共に、北京大学への特待生の枠を勝ち取った。その日、玲佳の惨めな慰み物としての人生は、幕を閉じたのだ。
 大陸は、旧世紀から雑多な人間が住む世界で、それ故、社会の最下層で生きてきた玲佳たちの過去も、大したハンデにはならなかった。
 トップクラスの頭脳を手に入れた玲佳には、しかし、特にそれを使ってしたい研究などというのは無かった。人生を180度変えるような猛勉強をしたのも、ただ一重に、愛する人と、クーウォンと共に生きる資格を手に入れるためだったから。
 だからこそ、玲佳は猛勉強で得た頭脳の全てを、クーウォンの夢を叶えるためのサポートに費やそうと決心した。クーウォンの夢。それは、他ならぬ、玲佳自身の夢でもあった。
自分の全てを賭けて、愛する男の夢を叶えさせてあげよう。玲佳はその時、そう決意したのだった。


しかし。
玲佳:『ねえ、クーウォン!! どうしてわかってくれないの!!?』
 クーウォンの長年の夢、『ブレインプロジェクト』が軍の援助によって実現しようという時から、クーウォンの心は、玲佳から少しずつ離れていった。
クーウォン:『だが、今無茶な実験を続ければ、あの子らが持たない!!!』
玲佳:『それでも、次の実験はすぐにでも始めないと!!! 上の方も、早く成果を出せと、成果を出さねば予算を切ると、そう言ってきているのよ!!!!』
 玲佳はただ、愛する人の夢を潰すまいと必死だった。しかしクーウォンは、あろうことか、玲佳を鋭く睨みつけて怒鳴った。
クーウォン:『予算がどうした!! それで、一歩間違えば、幼い子供たちの命が危険に曝されるのだぞ!!!!』
玲佳:『あ、あんなモルモットたちが何よ!!! 予算が止められれば、私たちの夢は・・・きゃぁ!!?』
 バシッッ!!
 突然、玲佳の頬を、何か熱いものが打った。
玲佳:『・・・クー・・・ウォン・・・?』
クーウォン:『ふざけるな!!!! あの子たちを“モルモット”だと!!!? お前は人間じゃない!!! さっさと私の前から消え失せろ!!!!!』
玲佳:『え・・・・?』
 その時、玲佳の一番大切なものが、音を立てて壊れ落ちた・・・。


玲佳:『クーウォン・・・、どうして、どうしてなの・・・?』
 あれから数年。
とてつもない早さでこの国のトップクラスの権力の座にのし上がった玲佳は、誰もが羨む最高級の自室で、一人孤独に、自問する。
玲佳:『どうして・・あなたは行ってしまったの・・・?』
 信じていた。どんなことになっても、彼はきっと、自分と共に生きていってくれることを。だからこそ、心を凍てつかせ、人の所業とは思えぬ行為をしても、彼の夢のために、全て尽くしてきたのに・・・・。
玲佳:『クーウォン、どうして、どうして・・・・・』
 この世の全ての贅沢を濃縮したような部屋で・・・それでも玲佳は、誰よりも寂しかった・・・・。


透:「橘・・・玲佳・・・・?」
 映像が不意に途切れ、透は我に返った。
今のは、“この世界”の特異性が見せた映像だったのだろうか。
 “想い”が産み出した世界特有の現象。流れ込んでくる、人の強い想い。
玲佳:「・・・・・・・・」
 玲佳の方を見てみると、彼女は静かに、泣いていた。既に彼女の瞳に狂気は無く、ただ憑き物が落ちたような、空虚な色が、そこにあるだけだった。
透:「玲佳、社長・・・・・・」
 名前を呼ばれて、玲佳も我に返ったようだった。
玲佳はゆっくりと、口を開いた。
玲佳:「そうね・・・。私はただ、クーウォンと共に生きたかった。彼がいれば、それこそ、他には何もいらなかった・・・・」
 玲佳の声は、冷酷でも、狂気を孕んでもいなかった。ただただ穏やかで、優しかった。
玲佳:「彼が私から離れたことを受け入れられず、彼の“人の自我”を至上とするような理想を真っ向から否定するような、そんな洗脳システムを創り上げてはみたけれど・・・。それは結局、彼を更に遠ざけるだけで、それによって得た権力の座に居座ってはみたものの・・・・。私は、一度として満たされることは無かった・・・・」
 おそらく、透に自らの過去が伝わったことを、彼女も感じていたのだろう。そして、まるで過去と共に、彼女の邪念も全て洗い流されたようだった。
玲佳:「それから、私は・・・彼を憎み、彼の最も嫌う方法で彼を殺して、その空虚を癒そうと思ったのだけれど・・・・」
 そして、玲佳は首にかけていたペンダントを外し、そのロケットを開いた。
 そこには、玲佳とクーウォン、とても幸せそうな恋人たちの写真が、収められていた。
玲佳:「レベル7の崩壊と共に彼が死んだ時・・・・、私は悟った。私の幸せは彼の隣にいることの他をおいてない。私は、彼の隣にいる事ができさえすれば、他に何も欲しいものなんて無かったんだ、ってね・・・・」
 それは、一人の女性の、悲しい告白だった。
透:「玲佳社長・・・・」
玲佳:「まったく・・・私とあの人は、いつからすれ違ってしまったんでしょうね・・。そう、きっとあの時。私があの計画を凍結させないため、貴方たちの身体のことを省みなくなってから・・。そして、あの子が、憐が私の無理な実験プランに耐え切れず死んでしまった時、私とあの人の道は、完全に分かたれたのね・・・」
透:「・・・・」
玲佳:「透君、貴方はさぞ、私が憎いでしょうね。貴方の妹を、こんなにしたのは、私ですもの・・・。でもね、言い訳をするつもりはないけれど、これもクーウォンのためだったのよ。あれ以上プロジェクトの進行が遅れていたら、間違い無く軍によって、プロジェクトは凍結されていた。私は、あの人の夢を叶えさせてあげたかった。私と出会った頃から、まるで子供みたいな顔をしてよく私に語って聞かせてくれた、“人類の更なる可能性の覚醒”、あの人の生涯を賭けた夢を・・・・・」
 透には、何も言えなかった。
確かに、憐をこんな風にしてしまったというこの人の所業は、どうあっても許す事はできない。だが、それでも目の前の人物を憎むことなど、透にはできなかったのだ。彼女もまた、愛する人のために、精一杯のことをしただけなのだから。
玲佳:「でも・・・結局、それは間違いだったわね。私は、最後の最後で、あの人のことをわかってなかった。わかってやれなかった。私は、例え一時的にあの人に嫌われても、あの人の夢を叶えさせてやれば、あの人は幸せになれると思っていた・・。でも、でも、あの人は、本当に誰よりも優しくて・・・、私の所業は、あの人の心をただ傷付けるだけで、少しも幸せにすることなんできなかった。あの人は、最終的に“研究者”であるより“人”であることを選ぶ人間なのだと、私は結局、わかってやれなかった・・・・」
 それは、彼女の、自らの人生を否定する言葉。彼女が、自分の今までの行いは、人生は過ちだったと、罪でしかなかったと、そう認める言葉。人として生きるにあたって、己の人生が否定される以上に、辛い事はおそらく無い。彼女は、それを今、自ら行ったのだ。
 数々の人を奈落の底に落としてきた悪女、橘玲佳は、ここに、これ以上ない厳しい形で、裁かれたのだ。
 そして、玲佳は透を見つめて、言った。
玲佳:「こんな私だけど・・・、最後に、貴方に一つだけ、お願いがあるの。本当は、こんな事言える立場じゃ無いのでしょうけれど・・・・」
 そう言って、悲しそうに微笑む玲佳の表情には、溢れんばかりの『母性』が感じられた。
玲佳:「私の事を、一度だけ・・・『母さん』と、そう呼んでくれないかしら・・・・・」
透:「・・・・・・」
玲佳:「私ね、実は一度だけ、彼の子供を身篭ったことがあるの。でも・・結局、その子は流産してしまって、私はもう二度と子供が産めない身体になってしまったわ・・・。そしてね、あの時、もしあの子が無事に産まれていたら・・・、男の子だったら『透』、女の子だったら『月菜』って、そう名付けようとしたのよ。だから、嘘みたいな話かもしれないけれど、貴方たちが私の元にきてくれた時、私は本当に嬉しかったの・・」
 玲佳の言葉に、偽りは感じられなかった。
 だから、透はそっと、母になれなかった悲しい女性を抱き締めた。
透:「さようなら、母さん・・・・・。」
玲佳;「さようなら、私の可愛い透。・・・私は、本当にあなたの母親に、なりたかったわ・・・・」
 透は心のどこかで、もしこの世界から脱出することに成功しても、自分はもうこの女性に会うことは無いだろうと確信していた。
 透はそっと玲佳を離し、そして泣き崩れた彼女に背を向けると、一度も後ろを振り返ることなく、この虚構に満ちた部屋を後にした。
玲佳:「月菜を、幸せにしてあげてね。決して、私たちのようになることは無いように。お願い、透」
 扉を閉める直前、透の背中に、玲佳の声が優しく届いた。
 そして、透は扉を閉め、もう一人の母親と、永遠に別れを告げたのだった。


 玲佳と別れた透の足は、何故か自然と、ある部屋へと向かっていた。
 そこは、V・S・Sの社員寮の一室。短い期間だったが、透と月菜が共に暮した、二人の部屋。そして、二人が始めて心と唇を交わした、思い出の場所。
月菜:「あ、透・・・」
 そして、そこに月菜はいた。
月菜:「透も、やっぱこっちに来てたんだね」
 月菜は、相変わらず暖かな笑顔で透に微笑みかけた。
 見慣れた幼馴染の笑顔。玲佳の過去を知った今、透にはそれが、何にも変えがたいものに思えた。
 そして、そう考えるともう堪らなくなって、透は無言で、月菜を抱き締めた。
月菜:「え、え? ちょっと、透・・・・?」
 戸惑う月菜の唇を、透は強引に奪う。
月菜:「えっ・・・。透、泣いているの・・・?」
 そして、最初は戸惑っていた月菜も、次第に、透の温もりに身を委ねた。
 その時不意に、月菜の気持ちが流れてきた。


『透・・・、大好きだよ・・・・』


 父親が、月菜と同じ年頃の男の子を連れてくると知った時、月菜は期待に胸を膨らませたものだった。
「どんな素敵な男の子が来るんだろう?」と、12歳になり、お年頃になった月菜は、そう思ったのだった。そして、月菜の期待通り、やってきた男の子は、中々の美形だった。
 でも、期待通りだったのはそこまでだった。やってきた男の子は、どうにも自閉気味で、おまけにガサツで、だらしなくて、自分の面倒もロクに見れなくて・・・。月菜の淡い夢は、アッサリと砕かれた。
そして、幼い頃に母親を亡くし、仕事で家を空けがちだった父に代わって小さい頃から家事全般を面倒見てきた月菜には、その頃には『世話焼き女房』の気質が、体の芯まで身に付いていた。
結局、月菜はあれこれ透に世話を焼くことになり、その頃には月菜は透のことを、“手のかかる弟”程度にしか思っていなかった。
 でも、ある日、月菜にとって『透』という存在は、また別の意味を持つものへと変わっていった。
 ある日突然、父が死んだ。原因は、交通事故。どこにでも転がっているようなつまらない原因で、月菜は唯一の肉親を、永遠に喪ってしまったのだ。
 病院の白いベッドに横たわり、顔を白い布で覆われた父の姿を見た時、月菜の頭の中はまず真っ白になり、そして次に、徐々に侵食してきた絶望に満たされていった。自分は広いこの世界に一人ぼっちで取り残されてしまったのだと、まだ14歳だった月菜はそう思い、そして、その絶望に最後の抵抗をするかのように、声を枯らして泣いた。もうそれ以外、何をしたらいいのかわからなかった。
 でも、その翌日。その認識は間違いであったことを、月菜は知った。
月菜は、一人ぼっちではなかった。ずっと傍に、一人の青年がいてくれたのだ。
 『相馬透』という名のその人の存在は、その日から、月菜にとって、特別な意味合いを持つようになった・・・・。


透:「そうか、そうだったんだな・・・」
 月菜の想いを知り、透は腕の中の愛しい人を、より一層強く抱き締める。
月菜:「へへ・・・。なんかちょっと、恥ずかしいけどね・・・」
 そう言ってはにかんで笑う月菜に対して、透は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
透:「月菜はこんなに俺の事を想っていてくれたのに・・・、ずっとずっと、長い間、気付かなくてごめんな。お前のこと、ずっと置いて行こうとして、一人にしようとして、ごめんな・・・」
 しかし、月菜はゆっくりと、首を横に振った。
月菜:「いいんだよ・・。だって、あのころのあたしって、本当に鬱陶しかったもんね。おせっかいばっかりするくせに、そのくせ透に依存してて・・。透に『置いていかれたくない』って思っても、結局透をあたしの所に引きとめようと、そうするだけだった。あたしは、結局は『透に守ってもらいたい』って思ってるだけで・・・。あはは、ホント、おバカだよね、あたしって」
 そう言って笑う月菜の表情は、今まで透が知っていた幼馴染の少女のそれではなく、立派な大人の女性のそれだった。
月菜:「だからね、あたし、決めたんだ。これからは、あたしが透を守っていこう、って。それも、今までのように、むやみやたらにお節介を焼くんじゃなくて・・・・、もっと、こう、なんて言うのかな・・。もっと根本的な所で、しっかりと透を支えて上げよう、って・・・」
透:「“もっと根本的な所”って、どこだよ」
月菜:「それは、えっと、まだよくわからないけれど・・・・」
 そんな月菜が、たまらなく愛しい。
透:「まったく、相変わらずお前、バカだよな」
月菜:「あ、あのねえ、確かにあたしはおバカだけど・・・ん!?」
 透は、素直な気持ちを込めて、月菜の唇に、再び自分の唇を重ねた。
月菜:「とおる・・・」
透:「でも・・俺はそんな月菜だからこそ、共に生きてゆきたいんだけどな・・・」
 そして、唇に愛しい人の温もりを感じながら、透は考える。今までは全く考えていなかった、自分のこれからの事を・・・。
 いつか、月菜は言った。「シュミクラムに乗る限り、あたしたちには綺麗な仕事なんて無い。人を傷つける、汚れた仕事しか無いんだよ」と。
 だとしたら・・・この目の前の、誰よりも愛しく、そして綺麗な存在に相応しい生き方を模索していかなければならない時が、来たのかもしれない。玲佳とクーウォンのようにならないためにも、お互いがお互いを尊重し合い、尊敬し合って生きていけるような、そんな生き方を・・・。
 それがどういうものなのかは、今の透には、全然わからないけれど。
透:「なんだ・・、俺も月菜と、一緒だな・・・」
月菜:「え、何?」
透:「いや、何でもない・・・」
 そう言って、透はそっと、月菜を離す。
透:「それで・・お前はこれから、どうするんだ? 俺はここから出るために、手掛かりを探してみようと思うんだが・・・」
 すると、月菜は意外な事を言った。
月菜:「そうだね・・・、この場合は、あたしも透に協力するべきなんだろうけど・・・・。でも、ちょっとゴメンね。あたし、どうしても会いたい人がいるんだ。だから、その人を探そうかと思って・・」
透:「会いたい人?」
月菜:「うん。さっきまでも、その人探してたんだけど・・・。お父さんにね、会って、今までありがとう、って言おうかなって思って」
透:「あ・・・・」
 月菜がどれだけ父親を大切にしていたのかは、透もよく知っていた。
月菜:「正直な話ね、透が憐ちゃんと、兄妹として再会したのを見た時・・・なんか、お父さんのこと、思い出しちゃってさ。そしたら、無性に会いたくなっちゃって・・・。それに、お父さんに『透と恋人になりました』って言って、ビックリさせたい、っていうのもあるしね」
 そう言って笑う月菜の顔は、しかし、どこか無理をしているようだ。そしてその原因に、透も思い当たる。
透::「でも、月菜、お前の父さんは・・・・」
 そうだ。このセラフィムの中のコミュニティは、セラフィムがネットで死んだ人間の残滓を取り込んだことによって成り立っている。だとしたら、接続せずに、現実(リアル)で死んだ人間は、ここには来ていないということになる。
 そして、月菜の父親が死んだのは、現実世界の交通事故でだった・・・。
月菜:「・・・うん、わかってる。お父さんに会える事は、多分無いってこと・・」
 それでも、月菜は笑う。
月菜:「でも、ちゃんと最後まで探して、それでちゃんと諦めて・・・それでちゃんとお父さんのことを吹っ切ったら、今後一切、お父さんにも透にも、依存するのはもう止めようって思う!」
 月菜は、本当に強くなった。
月菜:「それに、大丈夫。もし透に何か危ない事が起こったら、今度はあたしが、ちゃんと駆けつけて、助けてあげるからさ!」
 そして月菜は、透の唇に、短く口付けした。
月菜:「透、愛してる。これからも、ずっと、ずっと・・。だから、頑張ってね」
透:「ああ。俺も、愛してるよ。だから、ここから出たら、ずっと一緒に、生きてゆこう」
 そして二人は、また会うことを誓って、しばし別の道を行くのだった。



 アシュランは一人、森の中を彷徨っていた。
アシュラン:「一体どうすれば、ここから出られるんだ・・・?」
 闇雲に歩いても方向感覚は薄れるばかりで、その上、いつからか、辺りには濃い霧が立ち込めてきていた。そして今や、霧のせいで、視界はほぼ白一色だ。いつの間にか、辺り一面を覆っていた木々さえ、全く視界から消えている。
アシュラン:「こんなんじゃ・・・。一体どうやったら、誰かと会えるんだ?」
 アシュランはその呟きの中で、『誰か』という言葉を発する際、心の中で、いつも「会いたい」と思っていた、ある一人の人物のことを思い浮かべた。すると。
??:「アシュラーーン!!」
 アシュランの心臓が、一瞬、跳ね上がった。何故なら、突然背後からかけられた声、それは、ずっと会いたいと思っていた人の声。そして、今しがた、会いたいと心の中で願った人の声だったから。
 アシュランは思わず振り返り、そして今度は心臓が止まりそうになる。
アシュラン:「レ、レミー!!?」
 それは、今はもうこの世にいない少女、アシュランの婚約者で、アシュランがとても大切に想っていた人、レミー・クラインその人だったからだ。
レミー:「もう! あんたがここに来たって聞いて、探したんだからね!! まったく、何でこんなところをうろついてるのよ!」
 鮮やかな黒髪。細く鋭く、けれど形の良い切れ長の目。子猫のような、中華風の整った顔立ち。大陸系出身だという母親の容貌を強く受け継いだその美少女は、間違い無くレミーだった。
アシュラン:「あ・・・あ・・・・・」
 アシュランが、あまりの事にどう反応したらいいのか戸惑っていると、突然レミーは、その整った顔を、ぐいっとアシュランに近づける。
レミー:「もう! 久しぶりに会ったっていうのに、何人の顔見て驚いちゃってんのさ! まあ、そりゃあ、少しくらいは感動してもらった方がありがたいけれど・・、流石にここまで驚かれると、逆に失礼よ!!」
 その、何者にも物怖じしない強気な口調。二年前と、全く変わっていない。
 そしてその時、アシュランは、レミーが死んだ場所、ユーリ・アマルフィのピアノリサイタルが行われた場所が、ネット空間の中だったことを思い出す。だとしたら、「ネットで死んだ人間の残滓を取り込む」というセラフィムの中に、彼女がいてもおかしくはないが・・・。
レミー:「もう、聞いてんの!!?」
 いつまでも呆然としているアシュランの脛に、いきなりレミーの強烈な蹴りが食い込んだ。しかも、護身のためと母親から大陸系武術を習っていたレミーの蹴りは(リャンのものとは比較すべくもないが)メチャ鋭い。
アシュラン:「っっってぇ!!・・・・いつつ。ったく、いきなり蹴りは止めろって、何度も言っただろう?」
 久々のレミー得意のローキックはかなり痛かったが、おかげで、アシュランは少し、気を取り直すことができた。
レミー:「何度言っても、あんたが相変わらずだからよ」
 そう言うレミーの表情は、楽しげだった。
レミー:「さてと、アシュラン、これからあんた、行く所あるの?」
 そう改めて聞かれると、特に目的地は無い。『セラフィムから脱出する手掛かりを探す』という目的はあったが、具体的にどこへ行けばいいのかというと、全くもってサッパリだ。
アシュラン:「いや、特に、これといって無いけど・・・」
 アシュランがそう言うと、レミーはぱあっと花が咲くように笑った。
レミー:「それじゃあさ、これから少し、久しぶりにあたしとデートしない?」
アシュラン:「え・・・・」
 すると、レミーはぷうっと頬を膨らませた。
レミー:「何よ。あたしとデートするの、イヤなの?」
 そんな彼女の表情が可愛くて、アシュランはつい、笑ってしまう。
レミー:「む~。なんでそこで笑うかなぁ。」
アシュラン:「いや、ただちょっと、昔の事思い出しただけだよ。それに・・・ああ、そうだな。デートしよう。それも悪くは無いかもしれない」
 アシュランは思い出した。彼女と過ごした、楽しい日々の感触を。ならば、いま少し、その感覚に身を委ねながら、愛しい人と肩を並べてこの世界を歩くのも、いいかもしれない。
レミー:「『悪く無い』って・・・。あんた、もうちょっと女の子に対しての物の言い方とか、考えなさいね」
 そう言うレミーも、まんざらでは無さそうだ。
レミー:「まあ、いいわ。さて、アシュラン、どこへ行く?」
アシュラン:「どこ、か・・・。そうだな・・・・・」
 アシュランは、とりあえず自分の知っている場所を、片っ端からリストアップしようとした。すると・・・。
アシュラン:「ここは・・・・」
 突然霧が晴れて、目の前には見覚えのある建物、ZAFT極東本部の基地が、そびえ立っていた。
アシュラン:「そうか・・、ここは、こうやって移動するのか・・ってぇ!!」
 またまた再び脛に鋭い痛みが走った。
アシュラン:「痛いな! レミー、いきなり蹴ることはないだろ!!」
 見れば、レミーはおかんむりだった。
レミー:「あのね!! この世界のどこに、デートで女の子を軍の基地に連れて行くバカがいるのよ!!!」
 全くもって、その通りだ。
アシュラン:「いや、面目無い・・・」
 けれど、レミーはすぐに満面の笑みになって、言った。
レミー:「まあ、いいけど。それに、そう言えばここって、アシュランが生活してきた所なんだよね。そうだね。だったら、かなり見てみたいかも」
 だったら蹴らないでくれよ、とアシュランは言おうとしたが、それを言うともう一発蹴りが飛んできそうなので、止めた。
レミー:「それじゃ、案内してね♪」
アシュラン:「・・ああ」


 軍施設の内部は、現実世界のそれと全く同じだった。そして、我が家も同然のこの施設を、アシュランはレミーを連れて回った。
 レミーは、新しい場所へ行くたびに、「へ~」とか「わ~」とか目を輝かせて喜んでくれて、アシュランは彼女を見ているだけでも、とても楽しい気分になれた。加えて、アシュランにとっても、この体に馴染んだ雰囲気は、まるで長年住み慣れた我が家にいるようで、何とも心地よい安心感を、アシュランに与えてくれた。
レミー:「ここで、アシュランはずっと、暮してきたんだよね・・・」
アシュラン:「そうだな」
レミー:「じゃあさ、次はアシュランの部屋、見せてよ。やっぱ、彼氏の部屋って興味あるし」
アシュラン:「え・・」
 レミーのその、今までにも増して目を輝かせた表情をみると、流石にアシュランも断わり切れなかった。
アシュラン:「あ、ああ、いいよ・・・」
レミー:「うわ~。男の子の部屋って、実は入るの始めてなんだ♪ 超楽しみかも!」
 せめて、ベッドの下に秘匿した五本のポルノムービー(第二十四章参照)がこの世界では再現されていない事を、アシュランは祈るばかりだった。


 扉を開けたとき、突然覚えの無い光景が広がって、アシュランは面食らった。
レミー:「ア、アシュラン、何これ・・・・・」
 流石のレミーも、完全に引きつっている。
 それはそうだ。突然目の前に、安室嶺の映画のポスターがデカデカと張られていれば。
 その時、後ろから物凄い怒鳴り声がした。
??:「キ、キサマ!! 何勝手に人の部屋に、しかも女を連れて入ってやがる!!!!?」
 振り向くまでも無い。声の主は、イザークだった。
アシュラン:「あ、イ、イザーク、済まない。・・そうか、久しぶりだったから、部屋を一つ間違えたんだ・・」
イザーク:「間違えるな!! さっさと出て行け!!!!」
 そういうわけで、結局二人は、すぐに部屋を追い出された。
レミー:「アシュラン・・、何、あの人?」
 レミーは、何とも形容しがたい表情をしていた。
アシュラン:「あ、ああ・・・あいつは、俺の隊の仲間で・・まあ、ああ見えてもいい奴なんだよ。ちょっと変わってるけど」
レミー:「あたしには、“すっごく”変わってるように見えたけど・・・・」
 まあ、普通はそう見えるだろうな。
 すると、噂をすればなんとやら、一端部屋に入ったはずのイザークが、再び扉を開けて現れた。
イザーク:「おい、アシュラン。これからニコルのやつがピアノを弾くらしい。そっちの女も、どうだ?」
 彼らしい、ぶっきらぼうで優しい言葉。でも、やっぱりというか、レミーの反応は、こんな感じだった。
レミー:「『オンナ』ぁ!? ちょっと、あんた、レディーへの口の利き方がなって無いわね!! そんなんじゃ、女の子にはモテないわよ!!」
イザーク:「ぐっ、こいつ・・・。アシュランの彼女か? 類友というか何と言うか・・・」
 その時、アシュランはふと、イザークの部屋の光景を思い出した。そして、もしイザークが、相馬透が、彼をくだし額に傷をつけたパイロットが安室嶺の実の息子だと知ったらどういう反応をするかな? と考えた。
 まあ、言ったところで、少なからず自分にトバッチリが来そうだったので、実行するのは止めておいたが。


 基地内で唯一ピアノがある場所、宿舎の娯楽ホールからは、美しいピアノの旋律が流れていた。
レミー:「わぁ、綺麗な音・・・」
 見かけによらず(と言ったらまた蹴られるだろうが)音楽などの芸術分野が大好きなれミーは、その美しい音たちにうっとりと耳を傾ける。
 そして、一曲が終わると、演奏をしていた若き名ピアニストが顔を上げ、こちらを見て微笑んだ。
ニコル:「アシュラン!!」
レミー:「うわ、うそっ!! ニコル・アマルフィ!!? 何、アシュラン、彼と友達になったの!!」
アシュラン:「い、いや、まあ・・・・。」
 すると、アシュランの後ろから、子供を連れた男女が、ホールに入ってきた。
子供1:「せんせ~、きれいなピアノ聞かせてくれるって、ほんとう?」
子供2:「ねえ、そんなことより、もっとへいたいさん見せてよ~。」
子供3:「え~、あたし、ピアノききた~い!!」
マリア:「ほらほら、ちゃんとピアノも兵隊さんも見せてあげますから、仲良くしてくださいね」
 子供達に囲まれている女性は、マリアだった。
子供4:「ねー、へいたいのおにいちゃん、もう一回「ぐぅれいと!」って言ってよ~。」
ディアッカ:「う・・グ、『グゥレイト』!!」
子供4:「ぎゃはは、バカっぽいー」
ディアッカ:「うぅ・・・・」
 そして、子供と遊んでいる、というか、子供に遊ばれているのは、ネットで死んだ戦友、ディアッカだった。
ディアッカ:「お! よう、アシュラン!!」
 こちらに気付いたディアッカが、すぐに片手をあげて挨拶をする。それは、昨日も会った友達と交わすような、そんな何気ない挨拶だった。
アシュラン:「や、やあ、ディアッカ・・・」
ディアッカ:「お、なになに、お前、メチャメチャ可愛い子連れてんじゃん! それ、お前のカノジョ? お前も隅におけないね~。」
 すると、『メチャメチャ可愛い』に反応したレミーが、満面の笑みを浮かべながらレディー100%のお淑やかさで挨拶をする。
レミー:「ええ、私、アシュランの婚約者で、レミー・クラインと申します。貴方はアシュランのお友達ですね。どうか以後、お見知りおきを」
ディアッカ:「ひぇー、超可愛い上に超お嬢様かよ! いいぜ、気に入った! アシュラン、お前、こんないい女に想われて、メチャ幸せだな!!」
アシュラン:「あ、ああ・・」
しかし、アシュランは、レミーが笑顔のまま、アシュランにしか聞こえないようにボソッと言うのを聞き逃さなかった。
レミー:「あんたの仲間って、やっぱ超変人ばっかりね」
アシュラン:「で、でも・・・ニコルも、俺の隊の仲間だぞ・・・」
 すると案の定、レミーは素っ頓狂な声を出す。
レミー:「えーー!!? うっそぉぉーー!!」
 途端にみんなの注目が集まり、ものの数秒にしてお嬢様の仮面が剥がれたレミーは、顔を赤らめて声をトーンダウンさせながら言った。
レミー:「で、でも・・何で、ニコル・アマルフィが軍にいるの!?」
アシュラン:「え、えっと、それは・・・」
 アシュランは言葉に詰まった。もしニコルが軍に所属する理由を話すのなら、レミーにとっては絶対思い出したくないだろう、あの忌まわしい『事件』のことについても触れねばならぬからだ。
 すると、事情を素早く察したニコルが、サラリと言う。
ニコル:「まあ、色々な物事をこの目で見て、曲風を広げるためにですよ」
レミー:「そ、そう・・・ですか・・・・」
 流石のレミーも、ニコルの有無を言わせぬ笑顔の前では、無理矢理自分を納得させるしか無いようだった。
 すると、横からディアッカが口を挟んだ。
ディアッカ:「そういやさ、アシュラン、お前の抱えてた『問題』は、解決されたのか?」
 そうだ。今だから思うが、ディアッカはアシュランの悩みを、復讐のことや父のことなどを、見抜いていた節があった。
アシュラン:「え・・ああ・・・・」
 アシュランは少しの間、自分の考えを纏め、そして言った。
アシュラン:「ああ・・・。『自分なりに決着を着けた』よ・・・」
ディアッカ:「そうか、それが聞きたかったんだ」
 ディアッカは、満面の笑みを浮かべた。それはまるで、もう何も思い残す事は無い、というような・・・・。
アシュラン:「ディアッカ・・・」
ディアッカ:「おいおい、そんな顔すんなよ、アシュラン。俺たち死人はさ、お前らが元気でやっててくれれば、それで満足なんだ。なあ、チビ」
 すると、ディアッカにしがみ付いていた子供の一人が、マリアに笑顔で言った。
子供5:「うん、そうだよ。マリアせんせい、ぼくらはね、マリアせんせいがぼくらのことでずっとくるしんでるのを見てて、とってもとっても、しんぱいしたんだよ」
子供6:「だからね、マリアせんせい、げんき出して。ぼくらは、わらってるマリアせんせいが、だいすきだよ!」
 それを聞いたマリアの両目から、不意に涙が溢れる。
マリア:「み、みんな・・・・」
イザーク:「・・よかったな、マリア」
 イザークが、優しくマリアの肩を抱いた。
マリア:「うん・・・うん・・・」
 マリアは少し、イザークの胸に顔を埋めて泣いた。その様を、陰謀に巻き込まれて幼い命を散らした子供たちが、嬉しそうに見守っている。きっとマリアは、本当にこの子達に好かれていたのだろう。
ニコル:「さあて、では、次の曲を弾きますよ」
 そしてニコルは、その白い指を、鍵盤に走らせた。繊細で、でもとても力強い旋律が、アシュランたちを包み込む。
レミー:「ニコル君、なんだかまた、上手になったみたい」
 レミーと違い音楽には疎いアシュランも、同じ感想を抱いていた。
アシュラン:「そうだな。なんか・・・もともと、あいつのピアノは優しい音だったけど・・・なんか、更に優しくなったみたいだ・・・」
レミー:「うん。なんか・・聞いてて、すごく幸せになれそう・・・」
 見れば、さっきまで泣いていたマリアは、すでに涙を拭い、子供達と楽しそうに美しい音色に聞き入っている。その横にいるディアッカもイザークも、そしてピアノを弾いているニコルも、皆幸せそうだ。
 きっと、ニコルは想像以上の、それこそ歴史に名を残すような名ピアニストになるに違いないと、アシュランは思った。


 基地の外に出ると、門の所で、アシュランは見知った顔を見つけた。
アシュラン:「ミゲル・・・」
 それは、アシュランの仇討ちが招いた事件でその命を落とした、旧友の姿だった。
 一瞬暗く沈んだアシュランの思考を見抜き、ミゲルが苦笑いする。
ミゲル:「おいおい、何だよ。お前、久しぶりに会ったと思ったら、相変わらず暗くなってやがんのか? いい友達ができた、って聞いたから、ちっとは期待してたんだけどな、そういう所が治ってること」
アシュラン:「あ・・・・」
 それを聞いて、アシュランの胸は、益々罪悪感で一杯になる。
 ミゲルを殺した男、相馬透。ミゲルの言う“いい友達”とは、つまり、彼のことに他ならなかったからだ。今の自分は、どれだけミゲルに責められても、文句は言えない立場だった。
 しかし、ミゲルは生前と変わらぬ気持ちのいい笑顔で言った。
ミゲル:「ホント、いい友達ができて、よかったよ。これで、俺ももう、思い残す事は無いかな」
 ミゲルの表情には、透に対する『恨み』や『憎しみ』といったものは、一切感じられなかった。ただ、アシュランに新しい親友だできたことを喜ぶ友の顔が、そこにはあるだけだ。
アシュラン:「ミゲル・・・」
ミゲル:「ってことだ。さあ、お前もこれから、何か大きいことをやろうとしてるんだろ? 俺は力になってやれそうに無いが、俺はいつも、応援してるぜ。じゃあな。元気でな、アシュラン」
 ミゲルはそう言ってアシュランの肩を軽く叩くと、軍基地内、アシュランたちとは反対の方向へと、消えていった。
アシュラン:「・・・・。さあ、次の所に行こうか」
 アシュランは気を取り直し、レミーを見た。
アシュラン:「どこへ行こう?」
レミー:「う~ん・・・。やっぱそれは、アシュランに任せるよ」
 レミーはそう言って、屈託無く微笑んだ。
アシュラン:「わかった。でも、変なところに行っても、頼むから蹴りはもう止めてくれよ」
レミー:「うん。あたしももう、そこら辺は諦めてるから」
 ひどい言われようだ。だが、そのレミーの言葉が嬉しい。
アシュラン:「わかった。それじゃあ・・次はどこへ行こうか・・・・」
 すると、視界が一瞬暗転し、そして急変した。


アシュラン:「ここは・・・・」
 アシュランは、周囲を見渡した。お世辞にも、ここもデートに最適なスポットとは言い難い。というかここは、女の子を連れてくる場所としては、多分最低ランクに属するのではないだろうか。
レミー:「・・・まあ、諦める、とは言ったけどね・・・」
 そう言うレミーは、今にもローキックを繰り出したそうだ。
アシュラン:「すまん・・。知り合いがいる場所を、リストアップしたらこうなった」
 そこは、テロリストのアジト。切り詰めた生活の匂いの漂う地下の都市、『レベル7』だった。
アシュラン:「・・・ホント、ごめん」
レミー:「まあ、ホント、いいんだけどね・・・。それより、しょうがないから、その『あんたの知人』とやらを紹介してほしいんだけど・・・」
 すると、アシュランのよく見知った少女が、大柄で粗暴そうな男たちと仲良く話しながら通りがかった。男たちは、みな、テロリストとは思えないほど、楽しげに、そして幸せそうに、一人の少女を中心に談笑している。
 その時、その少女が、こちらに気付く。
リャン:「あ、アシュラン!!」
アシュラン:「リャン!!?」
 すぐに、リャンは周囲の男たちをかき分けて、アシュランに駆け寄った。
リャン:「何だ、アシュランもここに来てたんだね!!」
 リャンはアシュランの手を取ったが、すぐに隣にいるレミーに気が付いた。
リャン:「あ・・・そうか、そうだよね。会えたんだ・・・」
 そう言うと、リャンはすぐに、アシュランから手を離した。
リャン:「よかったね、アシュラン!」
 リャンはそう言って、泣き笑いのような痛々しい笑顔で微笑んだ。
 リャンが握ってくれた手は、とても暖かく、そしてもう一度リャンの手を握り締めたいと、何故かそんな気持ちをアシュランに喚起させた。
 しかし、そんな視線に気が付いたリャンは、ゆっくりと首を横に振った。
リャン:「はは。あんたのカノジョ、本当に美人だったんだね。このアタシなんかとは、大違いだ・・・」
アシュラン:「いや、それは・・・」
 それは、あまりに過ぎた謙遜というものだ。事実、隣ではレミーが、自分とあまりにもそっくりな少女の出現に、目を真ん丸くしていたのだ。
 しかし、リャンは背後でリャンが戻って来るのを待っている男たちを見ると、言った。
リャン:「それにさ、あいつらを待たせちゃ、いけないし・・・」
アシュラン:「リャン・・・・」
リャン:「あいつら、バカだよね。アタシなんかと再会して、本当にメチャクチャ喜んでやんの。・・・知らなかったよ。そう思ってるなら、さっさとそう言ってくれればいいのにね・・」
 ということは、後ろの男たちは、みな、戦死したテロリストたちだったのだろう。そして、やはりリャンは、彼らにとっても特別な存在だったのだ。
リャン:「だからさ・・、アタシはあいつらといれて、幸せなんだ。もう、全部思い出した。孤独とかも、全然感じないよ。みんな、アタシの大切な思い出の一部なんだから・・・。だからさ、アシュラン、あんたもあんたなりの形でさ、幸せになってくれよ・・・」
 そう言うと、リャンは元気よく手を振って、リャンを待っていた男たちへと駆け出していった。アシュランには、一瞬、リャンの目から一滴の雫が散った気がした。
アシュラン:「お、おいリャン!! 俺は・・・・」
 すると、今度は後ろから、少女の声がした。
バチェラ:「アシュラン・・・・・」
アシュラン:「バチェラ。君もここにいたのか・・・」
バチェラ:「ここにいたら、会えると思ったんだ・・・」
 そう言うバチェラの顔は、しかし何故か浮かない。
アシュラン:「バチェラ、どうした? 何か元気ないぞ?」
バチェラ:「え・・・、ま、まあさ、この状況で元気ある方が、どうかしてると思うけど・・・」
 そう言いつつも、先程からバチェラの視線は、ちらちらとレミーの方を見ていた。そして、バチェラの視線にされされたレミーは、何故かちょっと居心地が悪そうだ。
レミー:「・・・・・」
アシュラン:「バチェラ? どうした?」
 すると、バチェラは大きくため息をついた。
バチェラ:「これが、君の婚約者、か・・・。本当に綺麗な子だね」
アシュラン:「え・・・?」
バチェラ:「いや、わかってたよ。アシュランくらいなら、ホント、こんな綺麗な彼女がいてもおかしくない、ってね・・・。ボクはちょっと、夢を見ていただけさ・・・」
アシュラン:「???」
 アシュランには、バチェラの言っていることが、これっぽっちもわからなかった。でも、何故か、バチェラはひどく、寂しそうに見えた。だからアシュランは、今自分が彼女にかけてあげられる言葉を慎重に選んで、そして言った。
アシュラン:「バチェラ・・、そんな悲しそうな顔、するな。大丈夫。俺たちは、絶対にここから出られる。だから・・・出撃前の約束は、絶対に叶えられるよ」
 すると、バチェラは一瞬、意外なものを見たような表情になった。
アシュラン:「・・・俺、もしかしてまた、女の子の気持ちを勘違いしたか?」
 もはや、これは不治の病の域だった。
 しかし、バチェラは先程より少し明るい表情で、小さく笑った。
バチェラ:「いや、そうでも無いよ・・。でも、本当にいいのかい? “この世界から出る”ってことは、隣のカノジョともお別れ、ってことなんだよ・・・・。」
 確かに、それはその通りだ。アシュランは、思わずレミーの表情を見た。レミーは、そのことをどう捉えるのだろう。
 しかし、レミーはただ、穏やかに笑うだけだった。
レミー:「ま、それもいいんじゃない?」
アシュラン:「え? レ、レミー・・・・」
 戸惑うアシュランの肩を、レミーはポンとたたく。
レミー:「ま、その話はおいおいと。今はデートを楽しみましょ」
アシュラン:「・・そうだな」
 レミーのその言葉で、アシュランはひどく、救われた気がした。
やはり、この世界はどんなに心地よくとも、ただの幻想に過ぎないのだ。そのことをレミーに肯定してもらえたということが、アシュランは何より、嬉しかった。やはり、レミーは自分の大好きなレミーなのだ。いくら心地よいからといって、幻想に縋るような、そんな弱い女ではなかった。そして、アシュランはそんなレミーが、大好きだったのだ。
バチェラ:「なるほど、やっぱ、敵わないね・・・・」
 バチェラは、何度もうんうんと頷いた。
バチェラ:「でも・・・いつかは、ボクも・・・・」
アシュラン:「バチェラ?」
 その時、バチェラの姿が、少しずつ薄らいでいった。
バチェラ:「それならボクは、ここから出るために、自分にできることをやってみる。ちょっとした、アイディアがあるんだ」
アシュラン:「バチェラ・・・・」
バチェラ:「アシュラン、キミも頑張って。ボクも頑張るから・・・」
 そして、バチェラの姿は、目の前から消え去った。
レミー:「へ~、今のも、中々可愛い子じゃない?」
 レミーが、何故か何か言いたげな目でこちらを睨む
アシュラン:「あ、ああ、まあそうだな・・・」
 何となく曖昧な返事を返すと、突然、脛に蹴りが飛んできた。しかも、いつもよりも強力なやつだ。
アシュラン:「!? ってぇ!!・・・おい、突然何をするんだよ!!」
 レミーは、思い切り不機嫌そうな表情だった。
レミー:「別に~。ただ、女の敵、アシュラン・ザラ君を、ちょっと懲らしめてやっただけです~」
アシュラン:「“女の敵”って、あのなぁ・・・」
 すると、今度は横から、懐かしい声がかかる。
??:「そうそう。こいつ、ホント信じらんねぇくらいニブチンだからなぁ。そこら辺、透といい勝負だよ。いや、むしろ透以上?」
アシュラン:「あきら!!」
 そこで小指を立てながらニヤニヤ笑っていたのは、二階堂あきらだった。
あきら:「ほんと、お前さんは女泣かせだよなぁ。リャンを泣かせ、バチェラを泣かせ、おまけに今度は婚約者さんを泣かせるって? お前、いつか後ろから刺されちゃうぞ~」
 おどけて言うあきらに対し、アシュランは罪悪感で一杯になる。
アシュラン:「あきら、済まない・・。俺は結局、リャンを助けてやる事ができなかった・・・・。」
 すると、一瞬あきらはキョトンとし、それから盛大にため息を付いた。
あきら:「ああ、全然気にしてねぇよ。お前さんはお前さんなりに、精一杯頑張ったんだからな。お前って、本当にマイナス思考だな~」
アシュラン:「あ、ああ・・・」
あきら:「それに、俺だって結局、あいつに何もできずに死んじまったんだからな。お前に恨み言を言う資格はねぇよ。それに・・・お前は、透のこと、ちゃんと救ってくれたしな」
 そう言って、あきらはニカっと爽やかな笑顔を浮かべた。
あきら:「そういうこった。あんまり何でもかんでも気にすんなや。じぇねぇと、そのうちハゲて、女も寄ってこなくなっちまうぞ~」
 そう言ってあきらは下品な、でも感じが悪いというわけでは全く無い笑い声を上げながら、どこかへと去って行った。
レミー:「アシュラン・・、あんた、しばらく見ないうちに、付き合ってる友達の種類変わった?」
 レミーは、呆れ顔でこちらを見ていた。
アシュラン:「いや、まあ、あいつ、ナリはあんなんだけどさ、結構いい奴なんだよ・・・」
 アシュランが弁解すると、レミーは、ふっと笑顔になる。
レミー:「みたいね。アシュラン、本当に楽しそうだし」
アシュラン:「え・・・?」
 見れば、レミーは心底安らいだ表情で、優しく微笑んでいた。
レミー:「あたし、何だか安心しちゃった。アシュラン、この短い期間で、本当に沢山、いい友達が増えたね。あたし、結構心配してたんだけど・・全然杞憂だったみたい」
アシュラン:「レミー・・・・」
 そうだ。アシュランは、あの頃は誰一人として心から楽しんで付き合える人間がいなくて、そしてレミーとのデートの最中でも、いつも暗い顔をしていた。そして、レミーにいつも、心配をかけていたのだ。
 しかし、今、レミーは屈託無く笑う。
レミー:「それにさ、あたし、知ってるよ。あなた、親友ができたんだよね。さっき、見てたんだ、実は。『相馬透』っていう人でしょ」
アシュラン:「あ、ああ・・・」
レミー:「アシュラン、あの人とお話している時、本当に楽しそうに笑うよね。あたし、あんなアシュランの顔見るの、久しぶりだった」
 そう言うレミーの表情も、本当に楽げだった。
レミー:「ホント、いい友達できてよかったよ。アシュラン、あの人の事、大切にしなさいね」
 その時だ。
??:「それは、けしからんことだな!!」
 不意に声がした。見ると、そこにいたのは・・・。
アシュラン:「父上!!」
 アシュランの父・パトリックが、苦虫を噛み潰したような表情で立っていた。
パトリック:「あんな低俗な男どもと付き合うとはな! その上、安室の溝鼠の倅が親友だと!!? いい加減にしろ、アシュラン!! 貴様には、“誇りあるザラ家を継ぐもの”としての、資格が無いのか!!!?」
アシュラン:「父上・・」
 こんな、幻想とはいえ楽園のような世界に来てまでも、この人は人を憎み、恨み、貶めることしか知らないのか・・。アシュランが遣る瀬無い気持ちになりながらも、反論しようとした時だった。
レミー:「何が“誇りあるザラ家”よ!!」
 口火を切ったのは、レミーだった。
アシュラン:「レミー!?」
レミー:「ゴメン、でもこれだけは言わせて!! だいたい、おじ様は、何をつまらない事を気にしているのよ!! いいじゃない、あの人たち! みんな見かけによらず、いい人たちだわ!! それに、アシュランが楽しそうなら、友達の家柄なんて、生まれとか育ちとかなんて関係ない!! そんなことを気にするような小さい人間が“誇りあるザラ家”なの!? 下らないわ!!!」
パトリック:「!!!!!?」
 瞬間、パトリックの顔が、一気に憤怒に染まる。
 しかし、レミーはまるで気にせず続けた。
レミー:「おじ様、あなた、知ってますか!! 私は知ってますよ! おじ様のそういう姿勢が、考え方が、ずっとアシュランを傷付けてきた、ということをね!! あなたが醜い姿を見せる度、アシュランの自尊心は傷付いて、どんどん心のバランスを崩して、それを癒すために孤独になって・・・。あなたはそれでも、まだアシュランに対して、自分の矮小さを、偏狭さを見せ付けて恥じないつもりですか!!? 誰にも誇れないような父親でいて、一人息子のアシュランが、可哀想だとは思わないんですか!!?」
アシュラン:「レミー・・・・」
 レミーの言葉を聞いているうちに、アシュランの胸が、すうっと軽くなっていく気がした。何故なら、これらはずっと、アシュランが父に言いたくて、でも『今まで養ってくれた父』に向かっては、どうしても言えなかった言葉たちだったから・・。
 その時、パトリックが懐から、何か黒いものを取り出した!
パトリック:「ザラ家を継ぐ者に相応しい家柄と、そう思い、名家であるクライン家から女を選んだのだがな・・・、どうやら、貴様は家柄だけの、内面は売女にも劣るようなゴミだったようだな!! 死ね!!!
アシュラン:「!!! 危ない!!!」
レミー:「きゃあ!!?」
 タンッ!!
 パトリックが拳銃の引き金を引く直前、アシュランは咄嗟にレミーを抱き、横に跳んだ!
 そして、一瞬前にレミーが立っていたところを、弾丸が物凄いスピードで通り抜けた。
パトリック:「ええい、アシュラン、邪魔をするなぁぁ!!!!」
 そう叫ぶパトリックの目は、既に正気ではなかった。他者への恨み、嫉妬、憎しみ、蔑み、そしてそれらを全て裏返した空虚な自尊心。そういったものが、この哀れな男を、狂気に駆り立てていた。
レミー:「・・・最低!」
 レミーは、そんなパトリックを、尚も真正面から思い切り睨みつける。
 そしてアシュランも、哀れな姿に成り果てた父を見つめ、言った。
アシュラン:「父上、今まで俺を育ててくれて、ありがとうございます。でも、でも・・・・今日を限りに、俺は貴方を、もう父親とは思わない!!
パトリック:「このクソガキめぇぇぇぇ!!!!」
 パトリックが、再び銃を構えようとした、その時!
 ターン!!
 アシュランたちを狙ったものではない銃声が轟き、そしてパトリックの額に、小さな赤い穴が空いた。
パトリック:「な・・に・・・?」
 そして、パトリックはゆっくりと振り向き、自分を撃ったものの姿を見た。
パトリック:「ギル・・・バド・・・きさ・・・・・・ま・・・」
 そして、パトリックは倒れ・・・彼の身体は、掻き消えるように、完全に消滅した。
??:「やれやれ、実の息子にまで銃を向けるとは。所詮、クズはどこまで行ってもクズか・・・」
 アシュランは、ゆっくりと、今しがた父親を殺した男を見た。
アシュラン:「ギル・・・・ラザード!!」
 そこにいたのは、仮面を被った自分の元上司、ギル・ラザードだった。
レミー:「な、何、あいつ・・・・」
 あの気丈なレミーが、アシュランの背中に隠れるようにしがみ付いた。アシュランの頬にも、冷たい汗が一筋伝った。
それほどまでに、この目の前の男は、先程のパトリックとよく似た、しかし比べ物にならないほど濃密な、“禍々しさ”のオーラを放っていた。
 そして、ギルは、意外な言葉を口にする。
ギル:「しかし、軍では出世だけはしたものの、結局うだつは上がらず、その上クライン家の小娘にまでああも罵られ、挙句は息子に絶縁宣言か・・・。クズには相応しい末路だったな、兄さん
レミー:「え!!?」
アシュラン:「何・・・だって?」
 今、この男は何と言ったのか?
ギル:「ふふふ、そうか、アシュラン、君は初めて聞く話か・・・。私の本名は、ギルバド・ザラといってね・・、今死んだあの汚らわしい男の実の弟、つまり、君の叔父に当たるのだよ」
アシュラン:「なんだって!!?」
 アシュランは驚愕しながら、しかし、心のどこかでは、不思議と納得していた。
ギルの放つ、憎しみ、憎悪、蔑み、そういったものを混ぜて固めたような負の気配は、父親のそれによく似ていたからだ。
アシュラン:「だが・・・、俺は、父に兄弟がいるんなんて、聞いたことは無かった・・・」
ギル:「そうだね・・・」
 ギルの放つ『負のオーラ』は、益々強さを増していく。
ギル:「私は、ザラ家に絶縁されていたからね・・。年の離れた兄より、少しばかり勉強などができぬからといって、尽く私を不良品扱いしたあの家に、“少しばかり”の反抗をした途端・・・その存在を、抹消されたからね。それも、私がいた痕跡さえも一切残さぬくらい、徹底的にね」
アシュラン:「それで・・・父を、殺したんですか!?」
 不思議と、怒りとか憎しみとか、そういった感情は沸いてこなかった。ただただ、父に感じた気持ちと同じ、アシュランはこの男が、どうしようもなく“哀れ”に思えた。
 そして、ギルはそんなアシュランの視線に気付く様子もなく、自分のやったことが至高の事だとでも思っているかのように、得意げに答える。
ギル:「まあ、そういうことだよ。・・・にしてもだ、あのクズ男には心底吐き気がしたが・・・・、一つだけ、同感な事があるよ」
 ギルの自分を見つめる仮面の下の瞳が、不意に怪しい、凶暴な色を帯びる。
アシュラン:「!!?」
ギル:「安室嶺のガキどもと楽しそうに戯れるというのは・・・、曲がりなりにもその血を同じくする私にとって見れば、不愉快な事この上ない!!」
 そうだ。結局、この男も、父と同じ、軽蔑していた兄と、全く同じ道を辿っているのだ。この男の最も哀れなところは、この男自身が、全くそれに気付いていないところだ!
ギル:「これは、可愛い甥っ子に対して、少しばかり“教育”する必要がありそうだな・・・。」
 ギルの体が白い光に包まれ、次の瞬間、ギルは鋼鉄の巨人、シュミクラム“百式”へと、姿を変えていた。
レミー:「アシュラン!!」
 レミーが心配そうに叫ぶが、アシュランは自分でも驚くほど、冷静に答えた。
アシュラン:「大丈夫だ。俺は・・・・こんな男には、負けない!!」
 その瞬間、アシュランの体も光に包まれ・・・そして、アシュランの体もシュミクラム体“ジャスティス”へと移行していた。
ギル:「ほう? 私と戦うのかね? 丁度いい!! あの汚れた血統、ザラ家も、安室の血統を滅ぼした後に、皆殺しにしようとしていた所だ!!」
 ギルは、右手にプラズマバズーカ、左手にビームライフル(おそらく、幻想世界なので、実世界では失われた左手も、ここでは治っているのだろう)を構え、アシュランに標準を定めた。
アシュラン:「レミー、少し隠れてるんだ。・・・透も俺も、お前なんかには殺させない!!」
 アシュランはビームライフルを構えると、同時にギルに向けてビームを放った。ギルはそれを百式の機動力で易々とかわすと、通常の三倍と言われるほどの超高速移動で動き回りながら、両手の火器を容赦無く放つ。
 アシュランもその攻撃を落ち着いてかわし、先日の戦いの教訓から、リフターを分離せず、肩に装着して機動力を高めると、ビームライフルとフォルティスビーム砲で撃ち返した。
アシュラン:「あなたのような、人を蔑むことしか知らないような男に、負けるものか!!!」
 アシュランは懸命に火器を放つが、ギルはそれを天才的なシュミクラム捌きで容易にかわす。
ギル:「ほう! 汚れた血統の倅風情が、よく言う!!」
 そして、ギルは正確な射撃で、アシュランを容赦無く狙う。アシュランも必死にかわすが、何発も、きわどい弾が鋼鉄の身体をかすめる。
アシュラン:「くっっ!!」
ギル:「だが、そういう君も・・・他人に対し、暗い感情を抱いた事は無いかね?」
アシュラン:「!!?」
ギル:「例えば、そう、当の、相馬透君だ。」
アシュラン:「何!!?」
 アシュランの心が、一瞬揺れる。何故なら・・・。
ギル:「君は、相馬透君に、嫉妬を覚えたことは無いかね? 彼は、私が見たところでも、君を確実に上回る才能の持ち主だ。君は・・・そんな彼の近くにいて、彼に嫉妬したことは無いかね? 彼を羨んだり、彼の才能を憎んだ事は無いかね?」
レミー:「アシュラン・・・・」
アシュラン:「ぐっっ!!!」
 ギルの言葉が、アシュランの胸を、容赦無く突き刺す。
 そう。アシュランは、確かに透に嫉妬していた。同じ『反転(フリップ・フロップ)』の能力を持ちながら、アシュランはどんなに努力しても、どうしても透に対しては“自分はこいつには及んでいない”という思いを、消す事ができなかった。
 そして、訓練で幾度と無く刃を合わせ、そして実戦で何度も共に肩を並べて戦ううちに、その思いは確信へと変わっていった。
 自分は、透にはおそらく、どんなに努力しても勝てないだろう。透には、自分には無い、何か一種の“才能”のようなものがある。そしてその差は、自分がどんなに努力しても、決して補えるものではない。
 その事実は、アシュランにも確かに存在する凄腕パイロットとしてのプライドを、著しく傷付けた。そして・・・気が付けば、いつしかアシュランは、確かに透に対して、嫉妬を感じ始めていた。
アシュラン:「うるさい!!」
 自分を嘲笑するかのように真正面から突進してくるギルに対し、アシュランはチャージショットとフォルティスビーム砲を同時に放つ。しかし、ギルはその一撃を楽々かわして飛び上がると、空中で一回転しつつ、無防備になったアシュランの武装を狙って、両手の火器を放つ!
ギル:「君もザラ家の息子らしく、あの父親のように、汚らわしく惨めに死ね!!」
 ギルの手が、トリガーを引いた。
レミー:「アシュラン!!!」
 レミーが叫んだ。
 その声を、アシュランは、ひどく冷静にはっきりと聞いていた。
『ホント、いい友達できてよかったよ。アシュラン、あの人の事、大切にしなさいね』
 さっきのレミーの言葉が、もう一度アシュランの耳に蘇った。
アシュラン:(ああ、そうだな。わかっている!)
 ギルの砲撃を、アシュランは一見際どいタイミングで、しかしその実、落ち着いてよく見てかわすと、同時に振り向き、フォルティスビーム砲で、ギルの両手の火器を正確に撃ち抜いた!
ギル:「何!!?」
アシュラン:「確かに、俺は透に嫉妬を抱く事がある。でも、それ以上に、透は俺の大切な親友だ! 憎むことなんて、恨むことなんて、あるわけないだろ!!」
ギル:「奇麗事を!!」
 ギルは両手でビームサーベルを引き抜くと、アシュランに向かって、全速力で突進した。
 アシュランも、両手でビームサーベルを引き抜くと、ただ身軽になるためだけに、リフターをパージした。
ギル:「死ねぇ、ゴミの倅がぁぁぁぁ!!!!」
 ギルの、全ての負の感情を込めた大振りの斬撃は、アシュランには面白いほどよく見えていた。
 アシュランはそれを事も無げに払うと、完全に無防備になった百式の両腕に向けてビーム刃を振り下ろし、両腕を斬り落とす。
アシュラン:「俺は、あなたや父のようにはならない。絶対に!」
 そして、そのまま両手のビーム刃を、コックピットに突き立てた!
アシュラン:「だから、あなたは一人で闇に還れ!
ギル:「――――――――――!!!!!!」
 ギル・ラザードは、断末魔さえもあげることは無く、そのまま激しい閃光を発し、消滅した。
レミー:「アシュラン!!」
 戦いが終わったのを見て取ったレミーは、電子体へと戻ったアシュランに駆け寄り、そしてとびついた。
レミー:「アシュラン!! あんた、成長したわね!! ホント、見違えるくらい・・・」
アシュラン:「レミー・・・」
レミー:「だったら・・・もうあたしがいなくても、大丈夫だよね」
 見れば、レミーの体は、薄っすらと透き通っていた。
アシュラン:「レミー!?」
レミー:「うん、アシュランはもう大丈夫。だからね、アシュラン、もうあたしのことは忘れて、新しい大切な仲間達と、前を向いて歩いていってね」
 レミーの体は、少しずつ、少しずつ、透明になってゆく。
アシュラン:「そんな・・レミー、行かないでくれ!」
レミー:「何を言ってるの。あたしはもう、死んでるんだから。でも、奇跡みたいな事が起こって、もう一度アシュランに会えた。あたしは、本当にそれで満足・・・」
 そして、レミーはふわりと、アシュランを抱き締めた。
レミー:「あたしを守れなかったって、もう苦しまなくていいよ。あたし、あのことは犬に噛まれたくらいにしか考えてないし・・・アシュランの苦しむ姿を見る方が、よっぽど辛かったから」
アシュラン:「レミー、俺は・・・・」
 アシュランも、この強くて優しく、愛しい少女をしっかりと抱き締める。しかし、腕の中の温もりも、徐々に薄らいでいき・・・。
レミー:「だから、アシュランは、これから現実(リアル)の世界で、幸せになって。あなたなら大丈夫。きっと、幸せになれる・・・」
アシュラン:「ああ・・・わかった。俺は絶対、幸せになるよ・・・」
 アシュランの目から、涙が零れ落ちそうになる。でも、アシュランは精一杯、それを堪える。愛しい人の最後の微笑みを、鮮明に目に焼き付けておくために。
レミー:「それから、デート、楽しかったよ。今までで一番、楽しいデートだった・・・」
 そして、レミーは瞳を閉じて、背伸びをし・・・アシュランの唇に、自らの柔らかい唇を、そっと当てた。
レミー:「大好きなアシュラン・・。今まで、本当にありがとう・・・・」
 そして、レミーの姿も、温もりも、虚空へと消えていった。
アシュラン:「レミー・・・俺も、君の事が大好きだった・・・・」
 アシュランは、しばらく愛しい人が消えた空を、眺めていた。
アシュラン:「レミー、俺の方こそ・・・ありがとう・・・・」
 そして、アシュランは目をぎゅっと瞑り、そして目を開いて、前を向いた。
アシュラン:「よし・・。早く、ここから脱出する方法を、探さないと・・・」
 その眼差しは既に、一人の大人の男性のそれだった。


アシュラン:「にしても、どこへ行けば手掛かりなんてあるんだろうな・・・」
 アシュランは実のところ、少し途方に暮れていた。何しろ、もうほとんどアテが無い。ここに来ていると思しき見知った顔には、もう会ってしまっていたからだ。
アシュラン:「くそっ! 透のためにも、早くここから脱出する方法を見つけなければいけないのに!!」
 その時だった。
??:「よかったら、それ、教えるよ。俺の勝手な推測で構わなければね」
アシュラン:「え・・・?」
 不意に聞き覚えの無い、けれど、何故か初めて聞くとも思えない声が聞こえ、そして周囲の空間も例によって暗転する。
 そして、視界が開けた時には、見覚えのある風景が、周囲に広がっていた。
アシュラン:「ここは・・・『草原の狼(ステッペン・ウルフ)』のアジト?」
 そのコンソールの一つの傍に、“その人物”は立っていた。
黄色い坊主頭の個性的な外見とは裏腹に、表情はとても理性的で優しげで、そしてどこか、悲しげだった。
??:「“始めまして”は変かな?」
アシュラン:「あ・・・あ・・・・・・」
 アシュランは、“その人物”を一目見た瞬間に、何故か確信できた。浅からぬ因縁のなせる業、とでもいうのかもしれない。この人が、そう、この人こそが・・・。
アシュラン:「あなたが・・・“優哉”さんですか・・・?」
優哉:「はは。敬語は止めてくれよ。あんた、透のダチなんだろ?」
 そう言って、アシュランが殺した青年は、優哉は穏やかに微笑んだのだ。
アシュラン:「優哉、さん・・。俺は、俺は・・・・」
 アシュランは、何と言っていいのかわからなかった。目の前には、自分が殺した青年がいる。自分の過ちのせいで若い命を絶たれた、未来を奪われた青年が・・・。
 しかし、優哉は自分の仇に対して、ただ、人懐っこい笑みを浮かべるだけだった。
優哉:「まあ、気楽にしてくれよ、というわけにも、いかないんだろうけどさ・・・。でも、本当、あれは気にしないでくれ。透も言ったかもしれないが、あれは自業自得だ。あんたが責任を感じる事なんて、少しもないよ・・・」
 ああ、そうだ。透が、何故あそこまでこの青年にこだわるか、アシュランはすぐに理解した。
 この青年の持つ、圧倒的な包容力と、人間的魅力。この人が傍にいてくれるのなら、それはどんなに頼もしく、そしてこの人が奪われたのなら、それはどんなに、怒りを感じることだろう。
 そして、この尊敬すべき青年、野々村優哉は、アシュランに言ったのだ。
優哉:「あんた・・いや、アシュラン、っていったっけか。なんていうか・・・その、ありがとうな、色々と。うちの相棒が、すっかり世話になったみたいでさ。それと、あと、ゴメンな。あいつ、あんたにかなり迷惑かけただろ? ホント、何回言っても、あいつのああいう所、直らないんだよな。まあ、そこがあいつのいい所、でもあるんだけどさ」
アシュラン:「いや、俺は・・・・・」
 アシュランは、改めてこの青年を見る。透はよく、アシュランはこの青年に似ている、というが、本当にそうだろうか? 自分は、そもそもこの青年に、及んでいるのだろうか?
 すると、優哉は目を細めて、見ているだけで穏やかな気持ちになれそうな顔で微笑みかけた。
優哉:「しっかし、こんな言い方はなんだけどさ、俺を殺した相手が、あんたでよかったよ。あんたなら、色々、任せられる気がするからさ」
 『殺した相手があんたでよかった』。その一言を聞いた瞬間、アシュランの中の罪の最後に残っていた一部分が、完全に許された気がした。
アシュラン:「あ・・あ・・・・・」
優哉:「それにさ・・・、『それ』、あんたが持っていてくれたんだな。ありがとう」
アシュラン:「え・・・?」
 優哉に軍服の胸ポケットを指差されて、アシュランは慌ててそこを探ってみる。すると指に当たる固い感触。そうだ、これは・・・・。
アシュラン:「あ・・・」
 すっかり忘れていた。軍に捕縛された透から没収されたものをアシュランが何気なく持っていて、そのまま色々あって、いつの間にか、その存在を失念していた。覚えていれば、いつでも透に返せる機会はあったというのに。そして、本当はこれは、“透のもの”ではないのだ。これは・・・。
アシュラン:「この首飾りは、あなたのものだったんですか!?」
優哉:「そういうこと。とは言っても、今は俺が持っててもどうしようもないから、持ってる奴のものなんだけどな。でも・・あんたが持っててくれて、俺はうれしいよ」
 そう言われると、アシュランには、手の中にある首飾りが、一段と重く感じられた。これは、優哉の形見。『野々村優哉』という人物が生きていたという、一つの証だ。
優哉:「けど・・・まあ、今の状況的には、透が持っていてくれた方が話は早かったんだけどな。・・ああ、いやいや、あんたが持ってることには何の問題もないさ。ただなあ・・・俺の考えが正しければ、これを上手く使えば、ここから出られるはずなんだけど・・・」
アシュラン:「え・・? それはどういうことです!! 教えてくれませんか!!」
優哉:「う~ん・・。まあ、かなりぶっ飛んだ方法だけど、あんたになら話せるか・・。よし、まあ聞くだけ聞いてくれ」
 そして、優哉はその“方法”を話して聞かせた。
アシュラン:「・・・・・・」
 確かに、その“方法”はぶっ飛んでいた。さすが、大人しそうに見えても、この青年もステッペン・ウルフ。発想が、目の付け所が違う。
アシュラン:「でも、それは・・・確かに、分の悪い賭けでは無いかもしれない・・・」
 そう。その方法は、確かに一見無茶ではあるが、それでも、今アシュランが考えうる中では、一番可能性の高い方法のように思えた。要は、ハイリスクハイリターン。この危険極まりない方法を、実行する勇気があるかどうかの話だ。
アシュラン:「ならば・・早速、俺がやってもいいです。俺にはもう既に覚悟はできてますし、それに・・・あなたのその“方法”なら、俺にも実行可能なはずです!」
 アシュランは早速優哉のペンダントを電子体アイテムに変化させようとしたが、すぐに優哉に止められた。
優哉:「ちょっと待ってくれ!・・・これは俺の想像だが、きっと透のやつは、この方法を聞けば、自分で試したがるだろう。あいつ、この件に、かなり責任感じているからな。決着も、できれば自分の手で付けたいはずだ」
 確かにそうだ。透は、妹を止めるのは、できれば自分の手でやりたいと思うだろう。それこそ、どんなリスクを負うことになっても・・・。もしアシュランが透の立場だったら、間違い無くそうするだろうという自信もある。もし透が、この危険の方法を実行する決断をしても、アシュランはそれを止める事はできないだろう。
優哉:「というわけだ。あとは何とか二人で落ち合って、どちらが実行するか、決めてくれ。そうした方が、後腐れが無くていい」
アシュラン:「・・・そうですね。わかりました」
 アシュランが淀み無く頷くと、優哉は感心したように、目を見開いた。
優哉:「本当にあんた、ずいぶん飲み込みがいいな・・。それに、いさぎいいし、決断力もあって頭もいい。あんたなら・・・本当に、透のやつを任せられるな」
アシュラン:「え、あ、俺は・・・」
優哉:「というわけだ。透を頼んだぞ、アシュラン。あいつは、熱くて向こう見ずで手のかかるヤツかも知れんが、それでも・・・最高に、いいヤツだ」
 そして、優哉の体が唐突に薄らぎ・・・すうっと虚空に掻き消えた。
アシュラン:「・・・優哉、か。あれが、透の親友・・・・」
 アシュランは、手の中のペンダントを強く握り締める。
アシュラン:「よし。ここから出る手掛かりも掴んだ! あとは、透と合流できれば・・・・」
そして、アシュランは、透との合流場所に定めた、あの山荘を、強く心に思い浮かべた。
 アシュランの心の中には、あの、見るもの全てを癒すような、とても優しい、それでいて、とても強い意志を秘めた笑顔が残った。
その日から、野々村優哉は、アシュラン・ザラの目標の一つとなった・・・。


??:「いよう、そこのあんた」
 手掛かりを求めて都市区を彷徨っていた透は、不意に、一人の青年に呼び止められた。
??:「あんただよな、相馬透って」
 透を呼び止めたのは、金髪で碧眼の、かなりの整った容姿をしており、それでいてどこか不敵そうで、でもそれが全くイヤミな感じにはなっていない、不思議な魅力を持った青年だった。
透:「あ、ああ、そうだが・・・」
 すると青年は、ニッと笑って、左手を差し出した。
青年:「会えてよかった。探したぜ」
透:「・・・・?」
 透がどう反応していいものか戸惑っていると、青年の背後から、青年を呼ぶ、聞き覚えのある声がした。
イザーク:「おい、ミゲル、何やってんだ!! 久しぶりにみんなで街回ろうって言い出したの、お前だろう!!」
ミゲルと呼ばれた青年:「お、ああ、イザーク、わりい。ちょっと待て、な」
 その瞬間、透は全てを悟った。『ミゲル』という名前にはどこかで聞き覚えがあったが、そうだ、イザークの、アシュランの仲間で『ミゲル』といえば、確か・・・。
透:「あ・・・ああ・・・・・」
 確か、透が殺した青年の名だ!
ミゲル:「始めまして、かな? 俺はミゲル・アイマンっていうんだ」
 あまりにも気楽に自己紹介する青年・ミゲルの態度に、透の心が、罪悪感で一杯になる。
 自分は、逆恨みでしかない勝手な復讐劇の果てに、この罪の無い、とても感じのいい青年の命を、奪ってしまったのだ。
透:「そ、その・・俺は・・・・」
 謝って許される事じゃない。言葉に詰まる透に、しかしミゲルは、爽やかな笑顔で笑いかけた。
ミゲル:「ま、お前さんの考えてる事はわかるけどさ。だが、あれは過ぎちまった事だ。あまりクヨクヨすんなよな」
透:「え・・・・?」
ミゲル:「俺がお前を探してたのはさ、礼を言いたかっただけなんだ。俺のダチ、アシュランを、お前さんは随分助けてくれたからな。そのお礼をさ」
透:「え・・・・・」
 何ということだろう。透は、恨み言こそいわれ、お礼を言われる立場などでは無いのに・・・。
 しかし、ミゲルは更に続ける。
ミゲル:「それにさ、俺、ちょっと嬉しいんだ。お前さんが俺を殺したこと、そんなに悔やんでくれてさ。そこまで悔やんでくれるなら、お前さんを恨む気、俺はさらさら無いね」
透:「・・・・」
ミゲル:「それにさ、俺の“心残り”だったアシュランの事もさ、あんたがしっかり支えてくれてるみたいだからさ・・・。俺の心残り、もう何もねえや」
 そう言って、ミゲルは快活に笑った。
ミゲル:「死者が思うことっていうのはさ、大抵はさ、この世への未練とか、殺した奴への恨みとか、そんなんじゃないんだわな。ただ、生き残った奴らが、幸せになれるかどうか、そういうことを心配してるんだ」
透:「あ、ああ・・・」
ミゲル:「だから、これからは俺の“お願い”な。アイツさ、見ての通り、中々友達できないんだよ。でもさ、あんたは、アイツ久々の大ヒットみたいでさ。だから・・・アイツとは、アシュランとは、ずっと仲良くしてやってな」
透:「わ、わかった」
 透は、何とかそれだけ返事をした。アシュランのことを、自分を殺した相手に託して笑うミゲルの姿は、とても眩しかった。
ミゲル:「っちゅうわけだ。それを約束してくれるんだったら、本当にもう、俺たちの間に後腐れは無い。だからさ、握手だ」
 そう言って差し出された手を、透は握る。とても暖かく、力強い手だった。そして、その暖かさから、力強さから、透は“遺された者としての責任”を、強く感じていた。
ミゲル:「・・ふう、安心したよ。あんた、予想以上にいいヤツみたいだな。あんたに会えて、良かったよ」
透:「俺もだよ・・。ミゲル、本当に済まない。俺はもう、絶対同じ過ちは、繰り返さない」
ミゲル:「サンキュ。それじゃ、俺はもう行くな。頑張れよ、じゃあな」
 どこまでも感じのよい笑顔を残して、ミゲルは彼を待っていたイザーク達と共に、街の雑踏の中に消えていった。
透:「現実の世界に帰ったら、あいつの墓の前で土下座は最優先だな・・・・」
 透はそう呟きながら、先程彼に言った通り、もう二度とあのような過ちは犯すまいと、今までにも増して、固く心に誓った・・・。


 それからしばらく憐の世界の中をぶらついたものの、透は結局、何の手掛かりも得られなかった。
 そして、透の足はいつしか、透が最も馴染んだ場所、下町(ダウンタウン)のアジトへと向いていた。
 途中、透は唐突に声をかけられる。
??:「透さん!!」
 それは、まだ声変わり前の少年の声。そして、聞き覚えのある、その声は・・・。
透:「星野、ミツル・・・」
ミツル:「はい!」
 そう言って元気に頭を下げるミツルの顔からは、かつての危ういまでの生意気さは、すっかり消え失せていた。
透:「ミツル・・・。そうだな、ミツルも確か、ここに来ていたんだよな・・・」
 ネット空間で幼い命が散っていくのを、透は結局、止める事ができなかった。
透:「ミツル、お前を止める事ができなくて、本当にゴメンな・・・」
 しかし、ミツルはゆっくりと首を振った。
ミツル:「いいえ、いいんですよ。あれは、僕が悪かったんですし・・・」
 ミツルの表情には、かつては無かった、“大人びた落ち着き”が身に付いていた。
ミツル:「あれから、僕、自分のした事を沢山沢山悔やみました。両親には、特に母さんにはとても悲しく、辛い想いをさせてしまいましたし、透さんや、僕を止めようとしてくれた軍のみなさんにも、とても迷惑をかけてしまった・・・」
透:「ミツル・・・・」
ミツル:「僕、生まれ変わったら、今度はもっともっと、親孝行してあげられる男になろうと思います。実はまだ、ハッカーになろうという夢は捨ててませんが・・・それでも、あんな危険な事に、無謀に首を突っ込んでいくような真似は、もう二度としません。僕はもう、大切な人を悲しませたくはないから・・・」
 そう言うと、ミツルは本当に純真な子供らしい笑顔で、ニッコリと笑った。
ミツル:「それを伝えたかっただけです。それでは、透さん、さようなら!」
 ミツルはそう言うと、透に背を向けて、元気に走り去って行った。
透:「『大切な人を悲しませたくない』、か・・・」
 透は、その言葉に、ハッカー時代の自分のやってきた、数々の無茶、無謀を思い出す。あの頃は、それが“かっこいいこと”だと、信じて疑わなかった。けれど、本当にそれは、そうなのだろうか? 透は次に、今の自分の大切な人、月菜の顔を思い浮かべる。透のことを心から大切に想ってくれる彼女を、心配させ、悲しませるようなことが“かっこいい”とは、今の透にはどうしても思えなかった。
透:「確かに・・・あの時のあいつの母親みたいに、ああいう風に泣く月菜を、俺は絶対見たくないな・・・・」
 透は、常に心のどこかで考えている『月菜との新しい生活』の形が少し定まったような感覚を覚えながら、再び下町のアジトへ向けて歩き出した。


 『草原の狼』のアジトは、透が最後に使用したときと、何も変わっていなかった。だから、こうして懐かしいアジトを見回してみると、最後にここを使った時、つまりアシュランに『仇討ち』などと称して決闘を挑んだ時のことが、ありありと思い出された。
透:「まったく、今から考えてみれば、俺もつくづく、バカなことをしたもんだよな・・・」
??:「ホント、その通りだと思うぜ」
 突如、背中から懐かしい声がかけられる。
 そして、振り向いたその場所には、予想に違わぬ、懐かしい顔があった。
透:「あきら!!」
あきら:「よう! またバカが一匹、帰ってきやがったな」
 口の悪さとは裏腹に、あきらは相変わらずの気持ちのいい笑顔で透を向かえた。
あきら:「しっかし、お前に会えてよかったぜ。先にアシュランに会ったんだけどさ、お前に会えなけりゃどうしようって、ちょっと焦ってたんだぜ」
 あきらがそう言うのを聞いて、透はアシュランから聞いた話、あきらの死に様の話を、思い出した。
透:「あきら・・。アシュランを、庇ったんだってな・・・」
あきら:「ん? 悪かったか?」
透:「いや・・でも・・・・」
 もちろん、それでアシュランが助かったのは、本当に嬉しい。だが、だからと言って、あきらが死んでいいという話には、もちろんなるはずも無い。
 しかし、あきらはあっけらかんと言った。
あきら:「じゃあ、いいじゃねえか。お前の大事な大事なマブダチは生き残りましたとさ、めでたしめでたし、ってな」
透:「あきら・・・・」
あきら:「そんな顔すんなよ。今まで散々言われてきただろうけどよ、死人の俺としちゃぁ、生き残ったお前にそんな顔されると、こっちは立つ瀬無いんだよ!」
 とは言うものの、そんなに簡単に割り切れるはずもない。あきらだって、透の大切な仲間であることには違いないのだから。
 すると、そんな透の考えを読んだのか、あきらは笑って、こう言った。
あきら:「へ、うれしい事考えてくれてるみたいじゃねえか。まあでも・・・俺は、遅かれ早かれ、ああなってたさ」
透:「あきら・・・・」
あきら:「今までロクな生き方してこなかったからな。自業自得、天罰覿面、ってやつ?」
透:「・・・・」
あきら:「バカばっかりやってたからな、俺は。・・・・・まあつまり、これってよ、普段の行いには気を付けろ、ってことかね?」
 それは、透にとっても他人事では無い。透だって、あきらに負けずと劣らず、バカなことばかりやってきたのだから。
 すると、あきらは急に真剣な面持ちになった。
あきら:「そういやよ、お前、月菜とデキたんだって?」
透:「え・・・?」
 あきらの口ぶりには、それを茶化そうとか、そういった気配は一切無かった。
透:「ああ・・・・」
 あきらは透の目をしっかりと見つめ、そして言った。
あきら:「ダチとして忠告しておいてやるよ。月菜を悲しませるような真似だけは・・・するんじゃねえぞ」
透:「・・・わかってる」
 透が強く頷くと、あきらは急に笑顔に戻って、言った。
あきら:「あ~あ、お前ももう、バカは卒業か。・・ま、潮時だってことだな。そういう意味じゃあ、あのタイミングで引退を考えた優哉は、マジで正しかったのかもな」
 そうだ。あの頃はわからなかったが、きっと優哉には、あのままバカを続けていればこうなる事が、他の誰よりもしっかりと見えていたのだろう。
透:「そうだな・・。あいつは、正しかったよ。・・・そう言えば、あきら、優哉はどこにいるんだ?」
 透は、今までも、常に優哉の姿を探していた。ここにやってきたのも、本当は優哉に会うためだった。しかし、今までかなりの場所を歩き回ったにも関わらず、優哉の姿は全く見当たらなかった。
あきら:「優哉ね。あいつ、さっきまでここに居たんだけどな、残念、入れ違いだったな。お前があんまりにも遅いんで、お前を探しにどっかいっちまったよ」
透:「そうか・・・・」
 透は多少落胆したが、むしろ安心した部分もあった。優哉は、間違い無く、この世界のどこかにいるのだ。だとしたら、きっと、近いうちに会えるだろう。
あきら:「ま、そういうこった。達者で暮らせよ、最高の悪友」
透:「え? お、おい、あきら・・・」
 あきらは別れの言葉だけを言うと、すうっと掻き消えるように、消えていった。あきららしい、アッサリとした去り方だった。
透:「“バカはもう卒業”か・・・」
 あきらが遺していった言葉を、透はもう一度、深く噛み締めた。



 それからしばらくの間、透は優哉を探してあちらこちらを彷徨った。しかし、優哉の姿は、結局影も形も見当たらなかった。
 そして、気が付くと、透はいつの間にか、最初の場所である山荘に戻ってきていた。
透:「つまり、心の中で「疲れた」と強く考えちまった、ってことか・・・。まあいいや。もしアシュランが戻ってきてるなら、相談して仕切り直すか・・・」
 透はとりあえず、探索によって負った体の疲れを癒すため、山荘の中へと入っていった。すると・・。
透:「お!?」
 中には、既に先客がいた。床で何やらパズルを組んでいるバチェラと、そしてそれにしきりに話しかけるゲンハの姿。透を軽いデジャブが襲う。
ゲンハ:「おいおい、何だよ、無視するなよぉ~」
 ゲンハはバチェラにしきりに話しかけるが、難しいパズルに完全に集中しているのか、バチェラは反応さえ示さない。
ゲンハ:「おい、バチェラ。ちょっとくらい聞けよぉ!・・・ちっ、何だよ、こんなパズル!!」
 遂に業を煮やしたゲンハは、バチェラが組んでいるパズルを強引に蹴散らそうとする。
バチェラ:「あっ!!」
 慌ててパズルを庇ったバチェラの腹に、ゲンハの強烈な蹴りが当たる。バチェラは苦しそうにお腹を庇いながら、それでもパズルを続行しようとした。
バチェラ:「く・・うう・・・・」
ゲンハ:「あ・・おい、すまねぇ! 別に、お前に当てるつもりじゃなかったんだ・・・・」
 あの山荘の中では、何度も繰り返された光景。しかし、今、その光景を見ている透には、何故か違和感を喚起する。
ゲンハ:「お・・お前がいけないんだぞ! 俺を無視してそんなパズルなんかやるから。無視されたら、お前だって腹立つだろ!?」
 そう。“あの”ゲンハが罪悪感に苛まれ、自分の所業に怯えていた。
ゲンハの表情には優しさが戻ってきていた。あれは、透がよく知る、少々乱暴ではあるが、誰よりも他人の痛みがわかる最高の親友の一人、昔のゲンハがそのまま成長した姿に他ならなかった。
透:「ゲンハ!!」
あまりにも懐かしい人物との再会に、透が嬉しさのあまり声をかけようとした、その時だった。
ゲンハ:「お・・おい、俺はどうして、こんな気持ちになってるんだ・・・?」
 ゲンハがぽそりと呟き、そして場の雰囲気が、にわかに変わる。
ゲンハ:「そうだよ! なんで俺は、こんなことで罪悪感を感じてるんだ・・? だってそうだろ!! 俺は、俺サマは、もっとひでぇことを、それこそ山ほどやってきたはずなんだからよ・・・」
バチェラ:「うっ!?」
透:「ゲン・・・ハ・・・?」
ゲンハ:「そうだ。山ほど、本当に山ほどやってきたはずだ・・・。これよりももっと、もっと、もっともっとひでぇことを・・・・」
 そう繰り返し呟くゲンハの瞳の色が、見る見る間に人間とは思えない色、“狂気”の色へと変貌してゆく!!
 静かな山荘の中に、修羅の戦場のような殺気が、一気に充満した!!
バチェラ:「ひっ!!?」
ゲンハ:「そうだぁ~!!! 俺サマは、大勢の人間を、壊して、犯して、殺してきたんだぁ~!!!! こんな俺サマが、人傷付けたくらいで、罪悪感なんか感じるはずはねぇだろうがよぉぉぉぉ!!!!!!」
 ゲンハの右腕に、一瞬にして巨大な蛮刀が現れる。それで奴が何をしようとしているのかは、もはや明らかだ!!
透:「待て、ゲンハ!!!!」
 透は慌ててその場に駆け込み、そしてゲンハの肩を掴んだ。ゲンハが反応して振り向き、真っ赤に血走った目で透を睨んだ!
透:「!!!!?」
 透は本能的な危機感を感じ、慌てて身をかわして床に転がった。ほぼ間を置かずして、透が先程まで立っていた空間を、ゲンハの巨大な蛮刀が斬り裂いた!
透:「くッッ!!」
ゲンハ:「よぉ、透ぅぅ!!!! また俺サマと、チャンバラゴッコでもしに来たのかよぉぉぉぉぉ!!!!!
 ゲンハが振り回す蛮刀を、透は必死に転がってよけながら、ゲンハをバチェラから遠ざけるため、山荘の外へと飛び出す。
ゲンハ:「逃げんなぁぁ!!!!」
 ドアから外の草むらに転がり出た透の、その目と鼻の先に、凄まじい勢いで投げつけられたゲンハの蛮刀が突き刺さった!!
透:「!!!?」
ゲンハ:「へへへ、つ~かまえたぁー!!!!!
 一瞬全身の血が凍りついて動きが止まった透の頭を、ゲンハの異様なまでに細く、そして異常なまでに力強い手が掴む。
透:「くっっ!!!」
ゲンハ:「さあて、何して遊ぼうかよぉぉぉぉ!!!!!!
 その時だった。不意に、透の脳に、ゲンハの腕を通じて、ゲンハから何かが流れてきた。
透:「!!?・・・・うっ!!!!」
 その“流れてきたもの”の正体を悟った瞬間、透の喉を、凄まじい吐き気が襲った。続いて、少し遅れて、腸を掻き毟りたくなるような嫌悪感が、背筋を物凄いスピードで這い上がってくる。
 透の頭の中に流れてきたもの。それは、ゲンハの心理風景だった。
 ポエムと流血、クラシック音楽とスプラッタ、賛美歌と悲鳴のシンフォニーに満ち溢れたその世界は、この中で生物がまともな神経を保って生きられるとは到底思えない、正しく地獄絵図の風景だったのだ!!
 気が付くと、ゲンハが凶悪な笑みを浮かべて、しかしどこか悲しそうな瞳で、透の眼を覗き込んでいた。
ゲンハ:「そうだよ。これが俺サマの生きてきた、世界の風景だ!
透:「・・・・・・」
 それでは、ゲンハはあの“実験”を施されてからずっと、こんな地獄を頭の中に抱えて生きてきたというのか!!?
ゲンハ:血と音楽と、歌と絶叫がよぉ、この俺サマの頭ん中を、絶えず駆け巡っていやがるんだ!!! そいでよぉ、そいつを外に思い切り開放するとよぉ、もうこれが信じらんねぇくらい、気持ちイイんだぁぁ!!!!
 ゲンハの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
ゲンハ:「そいつを解放するとよぉ、目の前にはいつも誰かの流した血とか、ひでぇときには誰かの死体なんかが有りやがる・・・。でもよぉ、“あの快感”を一度覚えてしまった俺の脳はよぉ、もっともっと、次の快楽をよこせって、そう叫びやがる!!! しかもよぉ、その快楽ってのはよぉ・・・普段、「やっちゃいけねぇ」って考えてることをやるほど、相乗的にでっかくなっていきやがんだ!!!!!
 そしてその果てが、愛する妹・リャンを自らの手で殺してしまうという悲劇だったのか・・・。
透:「狂気が・・・理性を上回ったのか・・」
ゲンハ:そういうことだぁ!!!! いけねぇことした時よぉ、後悔のために流す涙よりもよぉ、その興奮で射精しちまう精液の量の方が遥かに多いんだよ!!!! だから・・俺サマは、もう止まんねぇ。この世界の穏やかさもよぉ、この俺サマを止めるにゃ、必要の一兆分の一にも満たねぇ!!!!!!
 ゲンハの顔はぐしゃぐしゃに歪み、目からは涙が、鼻からは鼻水が、セキを切ったように次から次へと零れ落ちる。
 そして、透はゲンハの、血を吐くような心の叫びを聞いた。
ゲンハ:「助けてくれ、透!!!! 俺を止められるのは、もうお前しかいねぇ!!!!!!」
 子供時代を共に過ごした親友の、全てを絞り出すような絶叫。
 そして透は、かねてから心に決めていたことを、静かに口に出した。
透:「・・・ああ、わかった!! 俺は・・お前を、止める!!!」
ゲンハ:「そう・・かよぉ・・・・」
 ゲンハは透の頭をゆっくりと離すと、よろよろと数歩、よろめくようにあとずさった。
ゲンハ:「俺は、もう自分の力じゃ止められねぇ。このままだと、リャンを殺しちまったみてぇに、この世界でも俺は手当たり次第に暴れるだろう・・・」
 そして、ゲンハの姿が激しい光に包まれ・・・シュミクラム体“デスサイズ・ヘル”へと移行してゆく。
ゲンハ:「だからよぉ・・・・俺サマを止めるにゃ、力ずくで止めてみやがれ!!!!!!
透:「言われなくとも!!!!!」
 そして、一つの決意と共に、透も自らをシュミクラム体“フリーダム”へと移行する!
 透が十二枚の翼を広げた天使の姿になると同時に、ゲンハも漆黒の翼を広げた悪魔の姿へと変貌を遂げた。
 透の脳裏に、ゲンハと遊んだ少年の日の思い出が駆け巡る。


『へへ、今日も何匹釣れるか競争だ!』
 近くに同世代の男の子がほとんどいなかった透にとって、ゲンハは唯一の男友達であり、そして遊びにおいては、最高のライバルでもあった。
『透がやられてたんだ! だったら、守るのは当然だろ!!』
そしてそいつは、少し乱暴なところもあったけれど、最高にイイ奴だった。例えどんなに自分が傷付いても、必ず透を守ってくれたのだ。
『また明日も、一緒に遊びに行こうな!』


(それが、どうしてこんなことになってしまったんだ!?)
 あまりにも残酷な運命のめぐり合わせを思うと、透の視界が、不覚にも涙で曇る。
 しかし、今はそんな感傷に浸っている場合では無かった。
ゲンハ:「うりゃぁぁぁぁぁ!!!」
 ゲンハが、その身の中の全ての闇を放出し形成したような黒色のビーム処刑鎌、『デスペナルティ』を振り上げ、透に斬りかかる!
透:「うおぉぉぉ!!」
 透もビームサーベルを引き抜き、その一撃を受け止める。
 赤と黒のビームが激しくぶつかり合い、強烈な火花を辺りに散らした。
 そして、二人は同時にお互いを蹴り上げ、その衝撃を利用して大きく後ろに飛び退いた。
ゲンハ:「くらえやぁぁぁぁ!!!」
 ゲンハは着地すると同時に、肩の砲口から無数のワイヤーマインを辺りにばら撒く。しかし、透も武器をビームライフルに持ち替えると、マルチロックオンで機雷を次々にロック、一斉射撃の連射で、瞬時に全ての機雷を撃ち抜いていった。
ゲンハ:「テメェもやるようになったじゃねぇか!!!」
 ゲンハは肩部装甲からビームブーメランをむしり取り、それを叩きつけるように投げつける。透はそれを、チャージショットで迎撃し、貫いた。
 次の瞬間、ゲンハは全身からビーム刃を射出し、透に踊りかかる。透もライフルとシールドを捨て、両手でビームサーベルを引き抜いて応戦した。
ゲンハ:「へへへ、楽しいねぇ!!!!」
 野獣のような俊敏な動きで、全身の刃を利用して四方八方から斬撃を浴びせながら、ゲンハは叫んだ。
ゲンハ:「ガキの頃から、お前と遊んでる時が一番楽しかったぜ!!!!」
透:「俺だって・・俺だって、そうだったよ!!!!」
 信じられない角度から繰り出されたゲンハのビーム刃による蹴撃を、透は咄嗟に反応してビーム刃で斬り上げた。脚のビーム刃を発生させているクローが、斬り飛ばされて消滅する。
いくら野獣じみた化物に成長しても、ゲンハはゲンハ。彼の動きは、幾度と無く彼と取っ組み合いの格闘ゴッコをして遊んだ透には、まるで手に取るように読めた。
ゲンハ:「へっ! 透、やっぱテメェは、最高だぜ!!!!」
 ゲンハは大きく飛び退き、そしてデスペナルティを頭上で大きく旋回させて構え直すと、次の瞬間、全速のスピードで渾身の突撃を仕掛けた!
ゲンハ:逝っとけや、このヤロォォォォォォォ!!!!!
透:「ゲンハぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 透も二本のビームサーベルを掲げ、大鎌を振り上げて突進してくる友目掛けて、フルスピードで突撃した!
 ゲンハが大鎌を振り上げ、そして透も二本のビーム刃を付き立てた!!
 ビシュウゥゥッ!!
 透のビーム刃は、それぞれゲンハのコックピットを貫き、そしてゲンハの大鎌は、透のコックピットを背中から貫く寸前で止まっていた。
透:「ゲン・・・ハ・・・・・」
ゲンハ:「へへ・・・これで、やっと・・楽になれる・・・ぜ・・
 そして、デスサイズ・ヘルが激しい閃光に包まれ、血まみれのゲンハの電子体へと移行していった。
透:「ゲンハ!!!!!!」
 透も電子体に移行すると、倒れているゲンハに駆け寄り、既に肉片に近いその体を抱き上げた。
 ゲンハは既に虫の息で、今こうして生きている事さえ不思議な状態だった。しかし、ゲンハの表情は、雲ひとつ無い青空のように、どこまでも晴れやかだった。
透:「ゲンハ・・・」
ゲンハ:「とお・・る・・・、憐を・・救ってやってくれ・・・・
 ゲンハは、狂気の面影も無い、誰よりも優しい声で、喘ぐように言った。
ゲンハ:「憐は・・・このままだと・・俺と同じ・・・状態に・・・・・
 そうだ。今の憐も、絶望のあまり狂気が理性を凌駕した状態になっている。このままでは、ゲンハと同じ、目の前の者を誰彼構わず無差別に傷付ける、狂気の怪物へと成り果てる。そして、その末路は・・・・破滅だ。
ゲンハ:「この状態の苦しみは・・・マジ半端じゃねぇ・・・・。もう誰にも・・・こんな思いはしてほしくねぇ・・・・
透:「わかった! 絶対に、憐を救うよ!!!
 掛け替えの無い友の最後の頼みを、透は強く強く頷くことで受け入れる。
 ゲンハが、フッと笑った。その体は、既に周囲の景色と同化しているのではないかというほど、薄れていっていた。
ゲンハ:「ああ・・・それにしても・・・いい気持ちだ・・・。なんだか・・・さいこうの気分・・・だぜ・・・・・
透:「ゲンハ・・・・」
ゲンハ:「透・・・・・ありがと・・・・よ・・・・・・
 そして、ゲンハの体は、どこまでも澄み渡る青空の中に、消えていった。
透:「ゲンハ・・・・・・・」
 透は、苦しみから永遠に解き放たれた親友のために、しばらくの黙祷を捧げた。
 その時、背後の人の気配を感じて、透は振り向いた。
 見れば、後ろにはバチェラが、天使の羽が描かれた一枚の小さな絵を持って、佇んでいた。
透:「バチェラ、それは?」
バチェラ:「あ・・・・。」
 バチェラは一瞬、気まずそうな表情を浮かべた。
透:「?」
バチェラ:「あ、いや・・。ただね、ちょっとこのままじゃシャクだから、分の悪い賭けをしてみようと思ったのさ」
透:「分の悪い賭け?」
バチェラ:「うん。もしかしたら・・・本当の意味で、憐を救ってあげられるかも知れない。そのプログラムが、今やっと完成したんだ」
透:「え!?」
 透は驚いて、バチェラが持っている絵を見る。今の話によると、その絵は、先程までバチェラが組んでいたパズルの完成品のようだが・・・。
透:「それは、それはいったい、どんなプログラムなんだ!!」
 透は思わず、バチェラの両肩を勢いよく掴む。すると、バチェラは辛そうな顔で俯いた。
バチェラ:「ちょっと痛い・・・」
透:「あ、すまん・・・・」
 確かに、少し興奮し過ぎていた。
バチェラ:「いや、いいんだよ。期待を持たせるような言い方をした、ボクも悪いんだ。これは、はっきり言って、ボクの悪あがきみたいなもんさ。成功率なんて、ほとんどゼロだ。実際、完全にゼロと言っても差し支えは無いと思う・・・」
透:「そうか・・・・」
 自信家のバチェラがそこまで言う以上、成功率は、本当にゼロに等しい賭けなのだろう。だからこそ、失敗したときの透の落胆を考えて、バチェラは自分に気付かれずに行こうとしたのだろうし、今もそのプログラムの内容を教えようとはしないのだろう。
バチェラ:「うん。ゴメン。このプログラムの大前提自体が、もう既に夢物みたいな話だし、それにこんな類のプログラムを作ったのって、多分世界中でボクが始めてなんだ。無論、試験運用だってできるはずもない。だから、もしその嘘みたいな大前提を万一満たしていたとしても、ハッキリ言って、プログラムが正常に作動するかどうかは全くわからない・・・」
 しかし、バチェラは最後にこう言った。
バチェラ:「でも・・・・、今のままじゃ、ほぼ百%作動はしないけれど・・・。でも、一瞬でもいい、憐の暴走が止まる瞬間さえあれば、あるいは・・・・」
透:「憐の暴走が止まる瞬間?」
バチェラ:「ああ。もし億分の一の確率で、全ての条件が整ったとしても、今のままじゃ絶対にこのプログラムは作動しない。何しろ憐の、セラフィムの周囲には、強力な絶対防御障壁が張り巡らされているからね。どんな攻撃も、つまりどんな外部プログラムも、今の憐には影響を与える事ができない。でも・・・憐の暴走が止まって、セラフィムの力が弱まり、その障壁が破れれば、あるいは・・・・」
 そこまで言って、バチェラははたと我に返る。
バチェラ:「ゴメン。さっきも言ったように、これは全くの夢物語なんだ。だから、忘れて!」
透:「バチェラ!!」
 堪えきれずに駆け出そうとしたバチェラを、透は慌てて呼び止め、そして言った。
透:「ありがとう、バチェラ。憐のために、頑張ってくれて・・・」
バチェラ:「・・・・ボクは、ボクにできることをやっただけだよ。その上、これは多分、無駄に終わる。だから、キミに感謝してもらうことは何も無いよ!!」
透:「わかってる。それでも・・・・ありがとう、バチェラ。」
 透は、心からの感謝をバチェラに捧げた。愛する妹を思ってくれる、この大切な友人に対して。
バチェラ:「うん・・・。どういたしまして」
 そう言って、バチェラは泣き笑いのような表情で微笑むと、森の中へと消えていった。おそらくは、そのプログラムを始動させにいったのだろう。
透:「バチェラも、バチェラにできることをしてくれているんだな・・・。だったら、俺も、さっさと手掛かりを掴んで、ここから脱出しないと・・・」
 その時だった。
??:「お、いたいた。ようやく見つけたよ。おーい、透!」
透:「!!?」
 背後からかけられた声に、透は弾かれたように振り向いた。
 景色はいつの間にか、山荘から、辺り一面の草原に変化している。それは、多分、『草原の狼(ステッペン・ウルフ)』のチャットルームの風景だ。
 そして、透が仮想世界の中で最も大好きな場所に、その青年は立っていた。
??:「いよ、透。お久しぶりだな。」
透:「優哉!!!」
 黄色い坊主頭に、優しげで穏やかな瞳。透の最高の相棒は、最後に透が見た時のまんまの姿で、爽やかにそよぐ風に揺られて立っていた。
透:「優哉、優哉じゃないか!!! 探したんだぞ!!!!」
 透は、一目散に優哉に駆け寄った。もう、二人を隔てる距離を詰める手間ももどかしい。
透:「よかった!!! 優哉、優哉!!!!!」
優哉:「はは、俺に会ったくらいで泣くなよな。しっかりしろよ、相棒」
 そう言って、いつも通りに微笑む優哉の、大好きな笑顔は、涙で霞んでよく見えなかった。


 それから、透は優哉と共に、昔よくそうしたように、仮想の草原に腰を下ろし、そよぐ風に髪をなぶられながら、取りとめの無い話をした。
優哉:「はは。ようやくお前と月菜、くっついたのか。いや~、よかったよかった。俺はてっきり、あと何年かかるかと、やきもきしてたよ」
透:「な・・。っていうか、月菜が俺のこと好きだったって、いつから知ってたんだよ?」
優哉:「んなの、多分あいつがお前を好きになったときから気付いてたよ。それに、もっと言うと、俺だけじゃなくて、周りにいる奴はみんな気付いてたさ。多分、あのバチェラもな。知らなかったのは、お前だけだ」
透:「ま、マジかよ・・・」
優哉:「にしても・・・・」
 突然、表情は笑顔のまま、優哉の口調が少し固くなった。。これは、優哉が真剣な話をしようとしている合図に他ならない。
優哉:「お前、俺の仇討ちしようとしてたんだって?」
透:「う、それは・・・・」
 やはり、当人にこうズバリと言われてみると、覚えるのは、「なんであんな事をしたのだろう?」という恥ずかしさと後悔ばかりだった。
優哉:「やめとけやめとけ。そんなの、お前には似合わないって。俺だって、そんなことされても、少しも嬉しくなんてないしな」
透:「う・・・・」
 そう言えば、いつか月菜に言われたことがあった。仇討ちなんかしても、優哉は喜ばない、と。それは、正しかったのだ。
透:「済まない・・。俺は、お前のこと、本当は全然わかってなかったのかもな・・・」
 透の心の底からの謝罪を、優哉は笑って、穏やかに包み込むように受け止めた。
優哉:「ま、人間なんてそんなもんじゃないのか? どんなに仲のいい親友でも、家族でも、肉親だって、その心の内なんて完全にはわからない。それが、当たり前なんだよ。だから気にすんな、相棒」
透:「優哉・・・・」
優哉:「ただ、アシュランにはもう一度、改めてよーく謝っとけよ。まったく、あいつ、あんなにいい奴じゃないか。無理してまで恨まなくてもいいだろうにさ」
透:「優哉、あいつの事知ってるのか?」
優哉:「さっき会ったよ。お前、あいつの事大切にしろよ。お前には勿体無いくらいの、最高の相棒だろ?」
透:「ああ・・・、そうだな」
 優哉の言う事は、本当に素直に、透の心に染み渡っていった。
優哉:「そういや、お前が俺とアシュランが会ったってことを知らないってことは・・・、お前、アシュランから何も聞いてない、ってことだよな?」
透:「ああ・・。だが、何をだ?」
優哉:「ここから出る方法だよ」
透:「ああ・・・って、え!!?」
 危うく聞き流すところだった。それくらい自然に、優哉は透の求めていたものの存在を、さらりと示唆したのだ。
優哉:「はは。お前がここに来て考えそうなことは大体わかったからな。だから、しっかりと考えておいたぞ」
 やはり、優哉は透の最高の相棒だった。
透:「ありがとう。・・・それで、その方法って、一体・・・・」
優哉:「刺すんだよ。俺のナイフで、自分をな
透:「な・・・・?」
 一瞬、透は優哉に言われた事の意味がわからなかった。
透:「そ、それって、ここで自殺しろってことか!? でも、そんなことしたら・・・」
優哉:「ああ。ここにいる俺らは、いわば電子体だ。それが『死ぬ』ってことは、普通なら本体も死ぬだろうな」
 透の脳裏に、先程立ち会ったゲンハの最期が蘇った。
透:「だったら、どうして・・・・」
優哉:「でも、それは“普通だったら”の場合だ。お前の場合、“普通”じゃないだろ?」
 そう言って、優哉は自分の頭を、コンコンと指差した。
透:「あ・・・」
 確かに透は、普通じゃなかった。普通の人間には埋め込まれていない補助チップが、透の脳には埋め込まれているのだ。
優哉:「まったく、前からお前は普通じゃないと思ってたけど、まさか本当にチップまで普通じゃなかったなんてな。その上、安室嶺の息子だって? 本当、たまげたよ」
透:「あ、ああ・・。でもそれが、何の関係が・・・」
優哉:「お前、『反転(フリップ・フロップ)』とかいう現象で、前に洗脳を破ったことがあったろう。それを利用するんだよ」
透:「え・・・・?」
優哉:「俺が考えるに、『反転』の現象には、どうやら本人には望ましく無い精神干渉を、発動と同時にリセットする効果があるんじゃないかと思うんだ。なにしろ、『自我の完全なる覚醒』だからな」
透:「あ、ああ、そうだな」
優哉:「そして、この世界はお前の妹が創り出した世界。その中にいる俺たちは、常に微弱な洗脳を受けているのと同じなんじゃないか? だから、ここにいるとやけに気持ちが安らぐんだろう」
透:「あ、なるほど!」
 透はようやく、優哉の言わんとしていることを理解した。
透:「つまり、『反転』を発動させれば、その精神干渉を完全に断ち切る事、つまり、元の世界に戻る事ができるかもしれない、っていうことか?」
優哉:「そういうことだ。それに、実際は俺たちは、単に『セラフィム』という名の、一箇所に集められているだけだと思うんだ。その中で、ここが“別の世界である”かのような洗脳を受けていると、俺はそう見ている。ただ、その洗脳は、俺たちの自意識を奪うものじゃないにしろ、“そう認識させる”という点ではかなり強力なんだ。だから、『反転』の力を使わないと、正しい道を戻るのはキツイだろう」
透:「それで、『反転』の発動条件となるのが・・・」
優哉:「そう、お前の危機だ。もっと言うと、“自我による、今ここにある危機に対しての抵抗”かな? 思い出してみろよ、お前が『反転』を発動させた時のことを」
 確かに、『反転』が発動する時、いつも透は、危機の中で「こんな所で倒れるわけにはいかない!」と、強く思ったのではなかったか。
優哉:「だから、お前が「外に出たい」と強く念じながら自分自を傷付ければ、或いは『反転』が発動して、お前は外に出られるんじゃないか、ってことさ。」
透:「なるほど、しかしそれは随分・・・・」
 優哉らしい、筋道立てた論理と、ぶっ飛んだ大胆さを併せた作戦だ。成功すればまず確実に出られるだろうし、成功する可能性も低くは無いが、失敗する可能性も高く、そして失敗した場合の損害は計り知れない。ハイリスク・ハイリターンを、正に地で行く作戦だった。
優哉:「そう。これは、失敗した時のリスクが大きい。だから、『反転』が誰にでも起きる現象だといっても、これを実際にやってある程度の確実さが得られる奴っていうのは、補助チップによって『反転』が起きやすくなっている、お前とアシュランだけだろう。それに、お前やアシュランでも、失敗する可能性はある。だから、よく考えて、覚悟を決めてからやるしかないな」
 そうだ。だが、その部分は問題無い。
透:「覚悟なら決まってるさ! もう、俺には迷いは無い!! でも・・・・」
優哉:「そうだな。俺のナイフ、今お前は持ってないんだったよな」
 そうだ。優哉の仇討ちで軍に捕まった際、『危険物』ということで、軍に没収されてしまったのだ。優哉の気持ちを自分勝手に捻じ曲げて解釈した挙句に起こした行動が、今この状況になって優哉のアイディアの実行の足枷になるとは。
 しかし、優哉はまたもあっさりと、透にとって驚くべきことを言った。
優哉:「ま、それも問題無いんだけどな。あのナイフ、今はアシュランが持ってるらしいし」
透:「な!!?」
 軍に没収されたものを、当時軍人であった人間が持っているのはおかしいことでは無いが、それにしたって、何故アシュランが!? だって、あいつは今までそんなこと一言も・・・。
優哉:「どうにも、存在そのものを忘れてたらしい。・・ああ、それであいつのことを責めたりするなよ。あいつ、あのペンダントがどんなものかなんて知るわけなかったんだしな。それに、俺の命の客観的値段なんて、まあ、そんなところだろう」
 最後、優哉は少し自虐的に笑って言った。
透:「優哉・・・・」
優哉:「ま、そういうことだ。実際、俺の価値なんて、そんなもんだよ。その復讐に、今のお前が囚われるような、そんな上等な値打ちは無い。だから・・・お前は新しい仲間達と、お前の明日をしっかり生きていけ」
透:「優哉・・・・」
 優哉の体が、優哉の笑顔が、徐々に薄らいでゆく。
優哉:「透、お前は『草原の狼(ステッペン・ウルフ)』なんだ。後悔や復讐で立ち止まってちゃいけない。例えどんな逆境であろうと、気高く、しっかりと大地に足を付けて、前を見据えて生きてゆけ。それが、俺の、お前に対しての唯一の願いだ
 そして、優哉の姿は完全に見えなくなった。
透:「オーケー、優哉。・・・じゃあな、俺の、今までで最高の相棒!!
 透も、優哉の最後の願いに、笑顔で応えた。今の透には、それができた。
 そして透は、優哉に言われた通り、この日からしっかりと前を見据えて生きてゆく事を、心に固く、固く誓ったのだった。


 


 


第三十章『離別』完

スポンサーサイト
この記事に対するコメント
デスク
デスクを探すなら http://www.mladickrealty.com/100804/200167/
【2008/09/14 22:15】 URL | #- [ 編集]

フレックスタイム制と30代,40代の転職
フレックスタイム制とは、労働者が自由に始業時間と終業時間を決めることができる制度 http://dart.photobycolin.com/
【2008/10/17 06:18】 URL | #- [ 編集]

ロールプレイングと30代,40代の転職
ロールプレイングとは、役割(ロール)を演じる(プレイ)ことによって気づきを促す学習手法 http://halite5.photobycolin.com/
【2008/11/25 10:33】 URL | #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://gozen1020.blog69.fc2.com/tb.php/137-6b8d7529
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カレンダー

10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -



最近の記事



プロフィール

ごぜん

Author:ごぜん
現在社会人として東京都心の企業に勤めている。出身地は北海道。
一人っ子。故に(?)わがままでせっかちなところがある。趣味はドライブと創作作品鑑賞。ただし基本的に超インドア。
話すのが大好きだが、上手なわけではい。



フリーエリア

このページはリンクフリーです。



フリーエリア

総計 アクセスカウンター 今日 アクセスカウンター 昨日 アクセスカウンター



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。