Endless world -咬龍の庭-
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ピコ感想特別企画 劇場版『仮面ライダーカブト』VS劇場版『ウルトラマンメビウス』

今日(正確には昨日)思い出してレンタルショップへ行き、『仮面ライダーカブト』と『ウルトラマンメビウス』の劇場作品を借り、そして一気に視聴しました。

今回のピコ感想は、普段と少し趣きを変え、折角『仮面ライダー』と『ウルトラマン』という日本を代表する二大特撮シリーズの最新作を同時に視聴したということで、両作品のどちらが優れていたか、ひいては今どちらのシリーズの方が前に進んでいるのか、を僕なりに少し考察してみたいと思います。


んで、結果から先に言いますと・・・・。
正直、『ウルトラマン』の圧勝、といった感じです。
『カブト』の劇場版も決して悪い作品では無いのですが、正直、作りこみに甘いと思える箇所があるなどして、ハッキリ言って『ウルトラマン』には及ばない出来栄えでした。
そしてそれは即ち、今現時点においては『仮面ライダーシリーズ』が『ウルトラシリーズ』に少々押されがちであることをも端的に表している、と僕には思えました。
さて、そこら辺の詳しい話ですが、それをするにはどうしても両作品のネタバレは避けられないので、本格的な感想・考察は「READ MORE」の下で行いたいと思います。
両作品を未視聴の方は申し訳ありませんが、僕の拙い考察に興味を抱いていただけたならば、両作品を視聴してくださるようお願いします。
『カブト』も近くのレンタルショップで借りる分には値段相応の作品だと思いますし、『ウルトラマン』に至ってはもし劇場に足を運んで1500円払ったとしても十分釣り合うほどの作品だと思いますので。

では、本文へは「READ MORE」にてどうぞ。








劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE
劇場版 仮面ライダーカブト GOD SPEED LOVE
水嶋ヒロ
東映









ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟
ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟
五十嵐隼士
バンダイビジュアル

 


ではまず、『仮面ライダーカブト』から。

この『カブト 劇場版』という作品、前回の『響鬼』ほど観ていて不満を抱いたわけではありません。(前作に僕が強い不満を抱いた理由として、『響鬼』のテイストが再現されていない、折角金を出してまで『響鬼』を客は観に来るのだからスタッフもそれに答えるべきだろう、という僕の思想があります)。
ただ、どうも“作りこみが甘い”気がするんですよね。


まず気になったのは、キャストの使い方の拙さ。

まず際立つ点として、ラスボスの出現の唐突さが挙げられます。これは多分誰が見ても「これはおかしいんじゃないか?」と思えるレベルでしょう。
“唐突なラスボス”の例として、よくゲーム『FFⅨ』が挙げられますが、あれはよく考えてみればラスボスの存在は“作品のテーマそのものの具現”であり、唐突に出現してもおかしくない理由があるのがわかると思います。
しかし、今回の『カブト』は、別にラスボスがテーマを背負っているわけでもなく、ただ単に“とんでもなく強い敵”としか描写されていませんでした。そして最も盛り上がるべき彼とのラストバトルも作品のテーマから乖離したところで行われており、ハッキリ言って「ただ戦っているだけ」にしか見えなかったです。更に、ラスボスの人間体にゲストの武蔵を起用した事が、その浮きっぷりに拍車をかけてしまっているように僕には感じられました。
正直、あれならば、ゲストの武蔵は別のライダーにするか、或いは武蔵を銅色のライダーのように序盤から強い存在感を放つキャラに設定するかした方が良かったと思います。
『555』や『剣』の様な、過去「面白かった」と言える映画作品においても、ラスボスとなるキャラは映画ストーリーの序盤からきちんと存在感を放っていましたから。スタッフは、そこら辺に対する研究が少し甘かったのではないかな、と思えます。

また、冒頭から突然劇場版オリジナルのキャラが登場し、彼らが常に中心に近い位置を占めてしまっている、というのも正直気になった点でした。
前述のように、映画館に足を運んで安くないお金を払ってまで作品を観ようとする人は、“その作品らしさ”が溢れんばかりににじみ出た作品を期待するものだと(少なくとも僕は)思うんですよね。そして、“その作品らしさ”の形成には、やはり元の作品の登場人物がしっかり中心を固めることが必要不可欠でしょう。
ですが、この映画では元の作品の登場人物が占めるべき位置の多くがゲストキャラにとって変わられているんですよね。ハッキリ言って、ネオゼクトのメンバーは、多少テレビ版の設定と食い違ってもいいですから(っていうかそれが前提の劇場版なんですし)もうちょっとテレビのキャラで何とかならなかったのか、という感じです。特に銀のライダーの位置なんかには、影山あたりどうですか?と思わず言いたくなってしまいます。


そして、次に気になったのが、全体的な説明不足。
何故ネオゼクトはゼクトに反抗するのか?(ゼクトの負の一面は終盤まで描かれませんでしたし、それは作中のキャラさえ誰も知らない設定でした)、また、何故加賀美パパは地球をワームの星にしたがったのか?など、作中の根幹であり、観客が作品に感情移入するための土台となるべき部分が妙にすっぽりと抜け落ちていました。
そして、ここら辺はおそらくスタッフの言い分を取れば「疑問点はテレビシリーズで補完してください」ということなのでしょうが、残念ながらテレビシリーズもあらすじだけは追っていた僕でも、その疑問の答えは出ないままでした。


次に、印象に残るシーンが少なかったこと、が挙がります。
前述の問題点とも関連があるのですが、とにかく印象に残る、“テレビシリーズの設定の「なるほど!」と思えるような使用法”が少なかったのは痛いと思います。
印象に残ったシーンと言えば、カブトやガタックがクロックアップして軌道エレベーターを駆けるシーンくらいです。後は、やってることは何かテレビシリーズと大差無いように思えてしましました。
『555』のアクセルフォームでの多段クリムゾンスマッシュ、カイザに変身する啓太郎、剣術の抜き銅のようなファイズのサイガへのトドメの一斬、お馴染みのオルフェノクたちの劇場版オリジナルの形態、或いは『剣』の、ギャレンジャックフォームの銃剣をぶっさしたままのゼロ距離射撃、リモートでの始さん救出、「もう一度戦うんだ、俺たちの力で!!俺たちと、始の力で!!」の台詞、などなど、こういう“テレビシリーズの設定に劇場版ならではのもう一捻りを加える事”は、ヒットした劇場版作品には欠かせない要素でした。しかし、残念ながら、この『カブト』劇場版にはそれが正直言って乏しかったと言わざるを得ませんでした。
例えば、最終決戦にて金色ライダーのキックを加賀美が天道を庇って食らうシーン、あれに“プットオン”の設定を混ぜて、「食らう直前にプットオンし、ライダーフォームの装甲でキックの威力を軽減した」くらいのハッタリを効かせるような一工夫あれば、また話は少しは違ったかもしれません(実際、あそこで加賀美が致命傷を食らう必要は無く、ただ動けないほどの重症であれば事足ります)。しかし、にもかかわらず、そのままバカ正直にライダーフォームでキックを食らわせてしまったスタッフのシナリオの練りこみの甘さが、この作品を「悪くは無いがどうにも物足りない」ものにしてしまった気がします。
(因みに、いくらテレビ版と違う事をやっていても、作品の世界観そのものを無視した『響鬼』劇場版のようなやり方は、僕から言わせて貰うと『論外』ですが)


結局、天道のキャラクター造詣やテレビシリーズとは一味違った天道と加賀美の絆物語、タイトルにもある“LOVE”を深く描ききっている、『カブト』に漂う“終末的な世界観”をテレビシリーズよりも深く醸し出すことに成功している、など、非常に評価できる点はあったのですが、後述のようにほぼパーフェクトに近い『ウルトラマン』や、それどころかかつてのライダーシリーズの劇場作品と比べてみても、どうにも見劣りするなぁ、というのが正直な感想です。
この作品への評価を端的に表すと、「400円程度のレンタル料となら十分釣り合いの取れる作品ではあるが、正直映画館の1500円とは釣り合いが取れない作品である」と言ったところでしょうか。


 


さて、お次は『ウルトラマンメビウス』にまいります。

これは、ハッキリ言って、非常に質の高い作品でしたよ(^-^)!!


まず何より、作品の土台が非常にガッチリしていることがその大きな要因の一つだと思います。
過去作品の設定をきちんと検証した上で洗い直し、新たな設定を作り、更にその設定そのものだけではなくそれに至る軌跡まで極めて短時間の無駄の無い映像できちんと表現されている素晴らしさ!『スターゲイザー』の感想でも書きましたが、膨大なつ濃密な設定を短時間の映像にギュッと押し込むには非常に高いスキルが要求されると僕は考えています。しかし、この映画のスタッフさんたちはそれをしっかりとやってのけたのです!
その結果、「長年続いてきた『ウルトラシリーズ』」というただでさえ頑強な土台は更に補強され、「かつて地球を去ったはずのウルトラマンが年老いた人間体となって地球に留まっている」というある意味無茶な設定も、自然にすうっと飲み込めました。これは素晴らしいことです!!


また、『カブト』とは対照的に、“映画ならではのハッタリ演出”もきちんと効いていました。
まず、しょっぱなから出てくる怪獣“Uキラーザウルス”がまず「ハッタリの具現化」とも言うべき存在でした。何しろ、「体がゴツイ怪獣なエースキラー(偽ウルトラマン的存在)」ですよ!!これをハッタリと言わずしてなんと言おうか!!
更には、いきなり出てきてメビウス一人にアッサリやられちゃうテンペラー星人(コイツはかつてはウルトラマン六人がかりで倒した相手でした)、メビウスに化けて暴れまわるザラブ星人(かつては初代ウルトラマンに化けました)、かつてセブンにやったのと同じくウルトラ兄弟全員を十字架に閉じ込めてしまうガッツ星人、やけに強いナックル星人(かつてコイツは帰マンの恋人を殺して動揺を誘う手段でしか勝てませんでした)、更には敵の触手を切断するために小技的に用いられる“八つ裂き光輪”・“アイスラッガー”・“ウルトラブレスレット”・“バーチカルギロチン”(何故か技の名前を空で言えました^-^;。忘れていた筈なのに、僕、記憶の奥底でしっかり覚えていたんだなぁ)。
そして、ハッタリ演出の集大成とも言うべきUキラーサウルス完全体とウルトラマン全員が合体した“ウルトラマンメビウス・インフィニティー”。最早、ハッタリ演出は留まるところを知らず、です!!
前述のように、テレビ版の設定を踏まえた上でそれを更に発展させる、劇場版ならではのハッタリ技の数々は、お客さんに「劇場までわざわざ足を運び、高い金払っても観てよかった!!」という満足感を抱かせるでしょう。この作品には、その要素が最高のレベルで備わっていました!!


これらの要素に加え、更にこの映画は“オヤジ復帰型物語”であり、“若者へオヤジがその技術や想いを継承してゆく物語”であり、“若者がオヤジを超えていく物語”でもあるわけです。個々でも十二分に燃えられる要素が、三つちゃんと合体しているのですから、この作品が面白くないわけがありません!
これはウルトラマンのキャラクターが皆等しく基本的には真面目で優等生的な性格であるが故の幸運、の要素もあるのでしょうが、それにしたってこの三つがテンポよく客を飽きさせずに次々と展開されるのです。これも、スタッフの頑張りの勝利でしょう!
更にこの要素は、子供は若者でありオヤジたちを越えてゆくミライ君に感情移入でき、付いて来た親たちは在りし日の力を以って再び立ち上がり若者に魂を受け継がせるオヤジたちに感情移入できる結果となります。
誰が見ても大満足!これ、いい映画の基本です!!

後は、ちょっとマニアックな話として、ザラブ星人がピッコロ大魔王の声の方だったり、ナックル星人がフリーザの声の人だったりしたのには感動すら覚えました。っていうか、宇宙人連合のリーダーの声がフリーザですよ!!ちょっとでも『ドラゴンボール』にハマッた事がある人(っていうか、それだと10代後半~30代までの日本人男性のほとんど?)にはたまらないキャスティングでしょう!!
本当、カバーできる年代層の広さが異常です!!


オマケに、これはレンタルで観る方限定ですが、我々はこの『メビウス』という作品がその後ウルトラシリーズ全体を発展させる可能性を孕んだものに成長したことを知っているわけですから(詳しくはこちらの感想を参照)、ミライ君のオヤジ越えに対しそれが更に説得力を帯びたものとして、より素直に燃えられるわけです。
もう、ここまできたらこりゃ『贅沢』の域ですよ!!

その『贅沢』の域に達した作品が、レンタル料たったの400円少々、映画館の大スクリーンで観るんでもわずか1500円で観れるんです!もはや、十分どころか、1500円払っても少々お釣が来そうな感じです。
点数にすると100点満点中限りなく100点に近い99点!!その小数点以下の原点も結局は「まあ子供用の映画なんだし、細かい事は言いっこなしか♪」で済ませられるものです。
もう、文句なしですね(^-^)!!


 


ではお次に、両作品の比較検討、ひいては両シリーズ全体の比較に入りたいと想います。

両作品を個別の作品として比較検討してきた場合、これは言うまでも無く『ウルトラマン』の圧倒的勝利です。
映画ならではの演出、ストーリーの作り込み、更には作品そのものとしての質など、どれもが『ウルトラマンメビウス』の方が上回っていると僕には思えます。
そして、両作品の最新作にここまでれっきとした差が出たということは、それ即ち、現時点における両シリーズの発展度合いを比較した場合、『ウルトラマン』の方がやや優勢と言えるような気が僕にはいたします。
では、何故どうして、どのように『ウルトラマン』の方が現時点では上回っていると、僕がそう言えるのかを説明したしましょう。

正直、『ウルトラシリーズ』は、この『メビウス』が始まるまでは完全に『ライダーシリーズ』に敗北していたと思います。
僕は前作『マックス』を観ても僅かなノスタルジー以外感じられず、その前作である『ネクサス』に至っては中途半端でどこかチグハグな印象を受けて途中で観るのを止めてしましました。
それはおそらく、平成ウルトラマンによってウルトラシリーズが“大人も観れるウルトラマン”の方向性を打ち出したにも関わらず(僕は『ダイナ』から『コスモス』まではほとんど見ていないのでここは憶測ですが)、それに続く“更なる発展”をもたらす作品をウルトラシリーズは生み出しえなかった故、シリーズ全体が迷走気味になってしまったからだと、僕には思えます。
しかし、ここでウルトラシリーズは、原点に立ち返りそれを更に発展させる、という、今までの「全く新しいものを作る」というのとは逆転の発想で、シリーズに新しい風を吹き込むことに成功したと思います。それが『メビウス』における、「地球人と対等の目線で話し合えるウルトラマン」の登場です(詳しくは上記リンク参照)。これにより、「ウルトラマンは最終回まで地球人の仲間にも正体をバラしてはいけない」というシリーズの根本に関わった不文律の一つを見事に破壊し、新しい価値観をシリーズ全体に提示したのです。
故に、今『ウルトラシリーズ』はめまぐるしい発展の真っ最中!当然ながら、勢いも十分でしょう!



対して、『仮面ライダーシリーズ』はどうでしょうか。
仮面ライダーシリーズは平成に入り、やはり『クウガ』で新しいヒーロー像に挑戦しました。単独では敵に勝てず、周囲の人間たちや公的な組織の力を借りて怪人たちを合理的に追い詰め倒す、そんな独自のヒーロー像は、ライダーシリーズに新しい風を吹き込んだと思います。
その後、『アギト』においては元来基本一人だった従来の作品とは異なり複数の主役級ライダーがいてもおかしくなくなり、『龍騎』で善人とは言えない人物がライダーになってもおかしくなくなり、『555』ではそれまで一話(或いは数話)限りのゲストとして最期は死する運命だった怪人たちにも主役や仮面ライダーとして最後まで活躍する機会が与えられました。この頃には、シリーズに常に新しい風、新しい価値観が常に提示され、古くて時代遅れになった価値観は次々に壊されていきました。シリーズにも勢いがあったと思います。

しかし、どうにも、『剣』の辺りからシリーズの勢いが減少してきたように思えるのです。思えば、『剣』には、“新しい価値観”といえる程の目新しい要素は皆無だった気がします。
“カードライダー”は既に『龍騎』で提示されていましたし、“体術以外の武器で戦うライダー”というのは既に『RX』で提示されてしまっていました。“怪人ライダー”も『555』で既出でしたし、ラストの“主人公が怪人になってしまう”というのもやはり『555』では主人公が既に怪人だったことから目新しいものとは言えませんでした。

そして、『響鬼』においてようやく“若者ではない、大人の主役ライダー”という新たな風が吹きかけたにも関わらず、劇場版はあのていらく、続く『カブト』では再び主人公を成長途中の若者に戻してしまい、どうにも『響鬼』は失敗作と評価されてる雰囲気が漂っています。風は最早止みかけです。
その上、『カブト』も“新しい価値観”という点では、何一つ突き抜けたものがありませんでした。変身アイテムを奇抜なものにしてみたところでそれは『555』の脱着自在なベルトの延長戦上に過ぎません。ヒロインが怪人だったとて、そんなもの主人公が怪人であった『555』の驚きには足りません。ストーリー最大のウリであった“クロックアップ”も、結局は『555』のアクセルフォームと『龍騎』のミラーワールドの合成だろう、という感慨しか抱けませんでした。
そして、現在の『電王』も、この前ちょっと観てみたところ確かに面白そうではありますが、“バイク以外を移動手段とするライダー”も既に『響鬼』で行われていた改革です。
要は、今の『仮面ライダーシリーズ』は、かつての『ウルトラシリーズ』と同じ、新しい価値観の供給が止まってしまった状態である、と言えるでしょう。
勢いも最早失われて久しいと僕には思えてなりません。


そして、勢いが失われた先に待っているのは、マンネリズムか迷走かです。そのどちらも、シリーズものにとってはマイナスでしかないでしょう。


今回視聴した映画を振り返ってみると、その明暗がくっきり浮き出た形です。
『ウルトラシリーズ』は過去の作品(直系にあたる昭和ウルトラマンのみならず、フォームチェンジなど平成的なものも含む)をしっかり踏襲した上でそれを更に先に進めており、迷走もしなければマンネリにも陥っていない、順調に道を真っ直ぐ進んでいるのが窺えます。
しかし、『ライダーシリーズ』は、過去作と似たようなことがただ何の発展も無く、変化といえば表面的に「手を変え品を変え」しているレベル止まり。その上明らかに悪くなっている所、過去作と同じジャンルで勝負しても超えられていないところも散見されます。これは、迷走しかかっている状態に非常に近いと、僕には思えます。
これはもう、もしかしたらライダーシリーズは今、『電王』なんてやってる場合ではないのかも知れません。むしろ、ウルトラシリーズのように、原点に立ち返り過去のライダーシリーズの正当なる続編を出すべき状況である可能性もあります。


などと、随分自分勝手な憶測で物を書いてしましましたが、これはあくまで私見なので、異論反論は大いに賛成です。
ただ、このレビューは『カブト』や『電王』を貶めたいがために書いたものではなく、あくまでライダーシリーズもウルトラシリーズも好きな一ファンとして書いたものであることをご留意いただければ幸いです。

『ウルトラシリーズ』と『ライダーシリーズ』は、今や日本の子供であればその名を知らぬものは無く、特に男の子であれば一度たりとて夢中にならなかった人を数える方が早いでしょう。両シリーズは、間違いなく日本が世界に誇れる文化の一つにまで、今や成長しているはずです。
そして僕は、かつて両シリーズに夢中になったことのある子供の一人だった者として、それを誇りに思うと同時に、両シリーズの更なる発展を心から願わずにはいられないのです。

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ウルトラシリーズウルトラシリーズは、円谷プロダクションがテレビ番組として制作した、主人公がウルトラマンと呼ばれる巨大な超人に変身して怪獣と戦うことを骨子とした一連の特撮作品群である。「仮面ライダーシリーズ」「スーパー戦隊シリーズ」と並ぶ、日本の代表的な特 仮面ライダー!情報局【2007/08/10 16:20】

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