Endless world -咬龍の庭-
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創作小説『バルドフォースG』第二十一章
こんばんわ。
今話を読んでくださる皆様に、一つ注意をば。
今回は、非常に長いです。原稿用紙にして50枚分、今までの分量のおよそ1.5倍~2倍はあるでしょう。ええこれも、原作での二章分、物語の分量は一章分なんですが原作では二つのシナリオでそれぞれ別々に語られた事柄を無理に一章に纏めたが故の必然です(>_<。
というわけで、読者の皆様は無理に一気に読もうとはせず、数回に分けて閲覧することをお勧めいたします。
にしても、これより長いお話もあるのですが・・・(激汗)。まあ、大体はこれより短いですけどね(^-^;。
では、いつも通り「READ MORE」にて、本文へ。








バルドフォース エグゼ
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劇場公開記念限定版 1/144 HGUC Ζガンダム エクストラフィニッシュVer.
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バンダイ




バルG第二十一章 『陰謀』




その日は、レベル7の中は、朝からピリピリと殺気立った雰囲気が充満していた。
中央ホールでは、クーウォンが壇上に立って、そのよく通る声を荘厳に振わせ、皆の士気を高揚させるための演説をしている。
クーウォン:「今回の作戦によって、必ずや、奴等の野望は、後退を辞さなくなるだろう!そうなれば、奴等の陰謀が潰える日も近い!!同志諸君!!君たちは、奴等と戦うため、自分の意思でここに集まった!!諸君らのその意思は、いかに武装を固めていようとも、己の意思を持たぬ者たちには、到底止めることはできない!!さあ、ゆこう!!我々に更なる高みを約束する英知の結晶が、正しき姿で用いられるその日を、我々の手で掴み取ろうではないか!!!!」
民衆:「クーウォン!!クーウォン!!クーウォン!!!」
 クーウォンの演説に、レベル7に住む全ての民衆が、大歓声で応えた。
 その様子を、アシュランは複雑な面持ちで見つめていた。


アシュラン:「・・まったく、見事なものですね。『飛刀』の首領、リー・クーウォン」
 大歓声の波も引き、民衆が全て各々の持ち場に散っていった後、クーウォンがアシュランに何かを話しに近づいてきた。それを見て、アシュランの口からは、開口一番でつい皮肉が飛び出る。しかしクーウォンはそれを全く気にせず、アシュランに向かって柔和な顔で微笑んだ。
クーウォン:「いや、それほどでもないさ。私が指導者としてやっていけるのは、多くの者が私に力を貸してくれるからだ。そして、今回は君も、な」
アシュラン:「俺は、ただあなたの言う『真実』が知りたいだけです。それに俺は、軍やV・S・Sのシュミクラムとは、戦わないと言ったはずです」
クーウォン:「ああ、しっかり覚えているよ。そして、これは私が君に頼み込んだことだからな。私は君の意志に、介在する権利を持たない」
アシュラン:「・・随分あっさりと、許すんですね」
 アシュランがクーウォンに、今回の総攻撃に同行したいと申し出たのは三日前だ。その時、同時に「軍やV・S・Sのシュミクラムとは戦わない」という条件を付けたのだが、正直、アシュランはその条件が通るとは思っていなかった。何故なら、戦場に出れば、向かってくる者は無条件で敵となる。その敵を倒せないような味方がいたところで、それはかえって足手まといだ。その上、クーウォンにはアシュランに真実を見せるという約束があるので、アシュランを守って戦わねばならない。そんな人間、一人いただけで部隊の戦力を、著しく減少させてしまう。
 しかし、クーウォンはすんなりと、ほぼ即答に近い速さで、それを了承したのだった。
 そしてクーウォンは、その時と同じ表情、同じ言葉で語りかける。
クーウォン:「真の『同志』とは、誰に従うでも、誰の言いなりになるでもなく、自分の頭で考え、自分の道を選んでいくものだ。我々は、その道が同じだと確信しているから、共に戦うだけのこと。君が君の頭で考え、決めたことなら、私には何も言うことは無い」
 クーウォンの言葉は、アシュランの頭に、とてもすんなりと入っていった。アシュランは、慌ててこのテロリストの親玉を信用し過ぎないように密かに自戒すると、クーウォンを見上げ、そしてはっきりと言った。
アシュラン:「わかりました。では、今回の作戦は、俺の意思で同行します!!」
 クーウォンは一瞬、そんなアシュランを、まるで我が子に対するような温かい表情で見ると、その表情を一瞬で引き締め、話を続けた。
クーウォン:「それで、もう一度今回の作戦を確認しておこう。今回我々が攻め込むのは、I・V・Sインダストリーの環境建築都市(アーコロジー)の構造体だ。作戦形式は、ネットと実世界の両面からの二面作戦。我々ネット部隊がまず、セキュリティーの穴から進入しセキュリティコアを占拠、その後、実働部隊でバイオチップの製造工場を破壊、新型脳内チップのデータを手に入れ、それを全世界に通じる国際チャンネルで流す」
 I・V・Sインダストリーとは、国内最王手、世界でも有数の、脳内チップ製造工場だ。飛刀が総力戦に選んだ標的は、ここだった。
 I・V・SはV・S・Sとも密接な業務提携を結んでおり、現在ではほぼV・S・Sの子会社のような状態だと、アシュランは聞いたことがある。そして、V・S・S同様、本社の周囲には、社員やその家族が住まう環境建築都市が広がっており、その住人は、いまや数十万とも言われている。
アシュラン:「本当に、あの規模の都市のセキュリティを司るコアを、少数精鋭のネット部隊だけで落せるのですか?」
クーウォン:「大丈夫だ。セキュリティは中心だけ落せれば、一時的にだが、あそこは全くの無防備になる。こういうところは、中央集権体制の極地である今日の世相が、ありがたいよ」
 そう言って、クーウォンは自信たっぷりな様子で微笑んだ。アシュランが見る限りでは、彼はかなりの知識人で、情報の分析能力も高い。なので、こういう部分では信用していいと、アシュランは思った。
 すると、クーウォンはにわかに表情を曇らせた。
クーウォン:「さあ、アシュラン。もうすぐリャンたち実働部隊も出撃だ。行って、見送ってきてあげるといい」
 そう。リャンも、行くのだ。銃弾が飛び交う敵地へ。アシュランの脳裏に、『発作』によって記憶を失いかけ、この世の全てに怯えるリャンの姿が蘇った。
アシュラン:「なぜ、リャンまでそんな危険な場所に!」
クーウォン:「大丈夫、念入りに薬は飲ませた。少なくとも今回の作戦中に、『発作』が起こることは無い」
アシュラン:「それもそうだが・・・!!」
クーウォン:「あれは、彼女の意向だ。先ほども言ったように、私は彼女らを強制する権利は無い。それに、彼女は武術の才能も、そして通信兵としての能力も一流だ。今回の任務で、敵陣から我々をサポートするには、これ以上無い適任なのだよ・・・」
アシュラン:「だとしても、あの子はあなたを!!」
 クーウォンを兄だと思っていると言ったリャンの言葉が思い出された。
アシュラン:「そんな、家族同然の者に、あなたはどうしてそんな危険な任務を負わせることができるのですか!!」
クーウォン:「例え家族同然の者だとしても、彼女は私の同志だ。他の同志と、差別することはできないのだよ・・・・」
 クーウォンの表情は、あまりに沈痛だった。アシュランは思う。彼は、非常に不器用な人間なのだろう。全てを公平に見ようと、努力し過ぎる。正しい人間であろうと、気を張り過ぎている。しかし、彼の在りようは、父に終ぞ見出すことができなかった好ましさがあり、アシュランの気持ちは、自然と穏やかなものになってゆく。
アシュラン:「わかりました。では、少し行ってきます」
 そう言って、リャンを追いかけて去っていったアシュランを見て、クーウォンは呟いた。
クーウォン:「こういうものなのだろうかな。娘を嫁がせる父の心境というのは・・・」


 周囲を螺旋状に取り巻く外層の最上層に駆け上がると、そこには武装した屈強そうな男たちと親しげに話す、リャンの姿があった。
アシュラン:「リャン!!」
 アシュランが叫ぶと、リャンはすぐに振り向いた。
リャン:「アシュラン!!なんだ、わざわざ来てくれたのかい?」
 呆れたように言うリャンは、しかしどこか嬉しそうだった。そんな、あどけない少女そのもののリャンを見て、アシュランの胸が強く締め付けられる。
アシュラン:「リャン!なんで君が、そんな危険な任務を・・・」
 ただでさえ好ましく思い始めているのに、恋人だった少女にそっくりな女の子が、銃弾にさらされる場面なんて想像したくもない。
 しかし、リャンはそんなアシュランの心情に気付く由もなく、顔を不満そうに曇らせた。
リャン:「あのなあ、あたしだって、並の男にゃ負けないくらいの腕前はもってるんだぞ」
 そう言って、リャンは中国武術らしい型をとってみせた。流れるように滑らかな、美しい技の連携に、アシュランだけでなく、その場にいた誰もが魅了される。
リャン:「ふっ!!・・・どうだ。はっきり言って、現実世界ならあんたなんて秒殺できる自信もあるよ」
アシュラン:「び、秒殺って・・・。間違っても実行には移さないでくれよ」
 でも、確かにリャンの武術の腕前は、今まで散々(文字通り)身をもって味わされてきたし、以前も「ゲンハに負けない」と言われていたのを聞いたような気がする。ならば、リャンは本当に優れた武道家なのだろう。
アシュラン:「しかし・・・・」
 だからといって、リャンが危険な目に遭うのを看過できるかといえば、それとこれとは話が別だ。
 そのとき。
ゲンハ:「おうおうおう!!出撃前に、熱い愛の抱擁かぁ!!」
 ゲンハが、部下のパイロットと思しきならず者数人を連れて、現われた。
ゲンハ:「全く、侮れねえなぁ、ZAFTの小僧!!いつの間にやら、リャンとそんな関係になりやがったんだぁ!!どうよ、リャンの抱き心地はどうだったよぉ!!俺サマに、ちょいと、教えちゃくれねぇかぁ!!」
 アシュランの脳内が、瞬時に怒りに沸騰する。
やはり、この男の声は、何度聞いても慣れない。その上、今度はリャンを、彼に踏みにじられた者にそっくりな少女を侮辱されたのだ。我慢できるはずも無い。
 しかし、ゲンハに殴りかかる寸前で、アシュランの肩を、リャンが強くおさえた。
リャン:「アシュラン、気にするな!アイツのあれくらいの言葉でキレてちゃ、身が持たないぞ」
アシュラン:「くっ・・・」
 しかし、そんな様子を見て、ゲンハの表情が、奇妙に変化する。それは、言うならば、今までは単なるからかいに過ぎなかったのが、この時は珍しく、ゲンハも真剣な表情になったような感じであった。
ゲンハ:「くそっ、この小僧が!テメェは、リアルで初めて見たときから、気に入らなかったんだよぉ!」
アシュラン:「俺は元々、お前に気に入られたくはない!」
ゲンハ:「ちっ!今すぐ、リャンに入れたてのそのフニャチン、ぶった斬ってやろうかぁ!!」
 その瞬間、アシュランに「気にするな」と言ったのも忘れたのか、リャンが物凄い形相で駆け出すと、ゲンハに鋭いとび蹴りを入れた。
その、あまりにも強烈な飛び蹴りは、しかしゲンハの顔面に届く寸前で、ゲンハの細長い腕に、しっかりと防がれてしまった。
アシュラン:「な・・・・?」
 アシュランも、周囲の人たちもそうだが、何よりも一番、リャンが面食らっていた。
リャン:「あ、あたしの技が、そんな・・・・」
 リャンの表情に気付くと、ゲンハは「チッ!」と舌打ちをし、掴んでいたリャンの足を離した。そして、
ゲンハ:「へ、テメエ、まだその小僧に貫かれた痛みが残ってんじゃねぇのかぁ?」
と下卑た台詞を吐き捨てるように言うと、部下たちを伴って、その場を離れていった。
 場の雰囲気が、さっきとは打って変わって、一気に重苦しいものになる。
リャンの仲間の男:「ちっ、あの屑め、もう我慢ならねぇ!!クーウォンさんに言って、今度こそ、どっかに追い出しちまおう!!」
 すると、リャンが、険しい声で男に言った。
リャン:「こら、クーウォンを困らせるな。あんな奴でも、うちには得がたい戦力だって、あんたも知ってるだろ」
男:「・・・すいません」
 しかし、アシュランの目には、リャンは単に戦力のことだけではなく、何かそれ以上の理由でゲンハを庇っているように見えた。
 アシュランは、なんだか心底面白くなくなって、
アシュラン:「・・・とにかく、まあ、そういうことだから、リャン、くれぐれも気をつけろよ・・・・」
 それだけ言うと、その場を去った。
 リャンも、アシュランを呼び止めはしなかった。


クーウォン:「どうしたのかね、アシュラン君?」
 没入スペースを兼ねた作戦室に入った途端、クーウォンに目敏く問いただされた。
アシュラン:「い、いえ、何でもありません・・・」
クーウォン:「そうか、ならいい」
 クーウォンはそれ以上詮索を避け、手近にあったニューロジャックを握り締めた。
クーウォン:「あきら、そっちの様子はどうなってる」
 すると、横にいたあきらが、ブラウン管の画面とにらめっこしながら答えた。
あきら:「クーウォンさん、オールオッケーです。全ての部隊、順調にダイブしました。まだ連中は一切気付いてないようで、功性防壁その他のトラップも、簡単に解除できましたよ」
 そして、あきらはアシュランに向き直った。
あきら:「アシュラン。正直、最初はあんたのこと、いけ好かねぇヤロウだって思ったけどよ・・・今はそれ、取り消すぜ」
 そう言って気持ちよく笑うあきらの顔を見ると、アシュランも、第一印象で「軽薄そうな不良」という悪いイメージを抱いたことを恥じる心境だ。彼は、先日の戦いの時も、身を挺して仲間のために動いていた。やはり、彼はあの透の友達だったのだと、今なら強く納得できる。
あきら:「だからよ、サポートは俺にまかせな!あんたの命、俺がしっかり守ってみせるからよ!」
アシュラン:「ああ、信用してる。いや、信頼してるよ」
 そう言って、二人は笑顔を交わした。
クーウォン:「さあ、アシュラン君。我々も行こう!!」
アシュラン:「はい・・・。アシュラン・ザラ、出るぞ!!」
 そして、アシュランとクーウォンは、首にニューロジャックを突き立てた。


『没入(ダイブ)』


程なくして、アシュランの視点は、I・V・Sインダストリーの構造体内の、MS“アレックス”のものに切り替わった。隣を見てみると、濃い青色をした重厚な装甲に包まれた、アレックスより一回り大きなシュミクラムが立っていた。これは、確か“ゼクアイン”というタイプのシュミクラムではなかったろうか。非常に厚い装甲と高い火力を備えた機体だが、その装甲の厚さのせいでかなり動き易さを犠牲にしてしまうため、このMS機動力至上主義時代、使う人はあまりいないタイプだ。おそらくクーウォンは、飛刀のリーダーということで、動き易さよりも装甲の厚さを重視し、生還率を高めたのだろう。
アシュラン:「それにしても、いいのですか?指導者が、こんな前線に出てきて・・・」
クーウォン:「後方に座っているサポート部隊など、今では時代遅れなだけだ」
アシュラン:「サポート部隊を編成する余力も、無さそうですしね」
クーウォン:「ふふ、そんなことは無いさ。あきらたちは、得がたい優秀なサポートだ。彼らだけでも、十分我々は戦ってゆけるよ。さあ、行こう。まずは君に、『真実』を見せないとな」
 そう言って、クーウォンは移動を開始する。しかし、周囲に警護のダガーは一機もいない。
アシュラン:「え、あ、あの、俺ら二人だけで、ですか?」
クーウォン:「ああ、そうだが?」
 そう言うと、クーウォンは画面ウィンドウを開き、微笑んで見せた。それは、今までの、指導者や学者としてのものではなく、いち武道家としての、不敵な自信に満ちた笑みだった。
クーウォン:「まあ、道中は私に任せろ。私自身、こうやって前線に立つ方が、性に合っているのだからな」



 ほぼ同時刻。V・S・Sの移動式没入スペース内にて。
 透は、出撃前にシュミクラムのデータをチェックしながら、どうしようもない焦燥感にかられていた。
今日は、橘社長が前もって飛刀の動きを掴んでいたとかで、飛刀のI・V・S侵攻に対する、軍とV・S・Sの共同作戦の日だが、透には半分も興味が持てなかった。今、外に出ればZAFTの軍人たちと顔を合わせる事はできるが、そうしたいとも思わない。アシュランには今会ったとして何て言えばいいのかわからないし、優哉の仇が判明してしまった今、透は軍に対して興味をほとんど失っていた。そもそも、今の透には、優哉の仇討ちのことさえ思い出す余裕もなかったのだ。
 透が月菜と会えなくなってから、既に数日が経過していた。あの日、憐と再会し、バチェラと交戦し、正体不明の恐ろしい存在を目撃し、そして月菜の訓練を覗こうとしたあの日から、月菜はぱったりと、透の前から姿を消してしまったのだ。
 玲佳社長からは、ただ一言、「月菜さんは、訓練の最終段階なの。この段階は、集中してやる必要があるから、彼女は少しの間、こちらで預かるわ」とあったきり。それ以降、透たちに任務は回ってこず、また玲佳も、今回の飛刀の侵攻に対処するため様々な場所を飛び回っていたのだろう、一切の音沙汰が無かった。
 それだけに、今回の作戦では、月菜に会えるのか、それとも傍らに月菜無しで戦わねばならないのか、非常に不安な心情だった。そもそも、最愛の女性と引き離されて、透の苛立ちは限界に達していたのだ。
透:「くそっ!月菜・・・・」
 今まで、あんなに当たり前のように近くにいた存在。時に遠ざけようとしたほど、身近にい過ぎて、身体の一部のように馴染んだ存在。それが、何よりも掛け替えの無いものだと気付き、共に生きていこうと誓ったその日から、何故か彼女はどんどん透から離れてゆき、そして今は会うことすら叶わない。
 更に、今コンソールのディスプレイが示している画面、シュミクラムのデータ図に記された事実が、透の苛立ちを煽っていた。
 フリーダムのデータには、一部、透ほどの腕前の者でなければ見つからないような箇所に、謎のブラックボックスがあったのだ。その部分は厳重なセキュリティがかけられ、パイロットである透でさえ閲覧が許されなかった。命を託すべき機体のデータがだ。あまりにも人を馬鹿にし過ぎている。
 その時、玲佳が他のαユニットたちを伴って、室内へとやって来た。
しかし、その中に、月菜の姿は無かった。
玲佳:「あら、透君。シュミクラムの整備は、我が社の優秀な整備AIがやってくれるというのに、随分熱心なことね」
 透は、もういても立ってもいられず、玲佳に掴みかかる勢いで迫った。
透:「社長、月菜はどこです!!会わせてください!それが無理なら、せめて声だけでも聞かせてください!!お願いします!!!」
玲佳:「ふふ、透君、そんなに心配しなくても大丈夫よ。月菜さんは、もうほとんど『仕上がって』いるから、今回の作戦では、あなたと共に動いてもらうわ」
 ようやく待ち望んだ答えだった。玲佳の言い様が多少変だったが、今の透にはそんなことは気にもならなかった。
透:「本当ですか!!月菜は、月菜はどこに!!!?」
玲佳:「慌てないの。大丈夫。彼女は、別の場所からダイブしてもらってるわ。だから、作戦が始まれば、ちゃんと会える」
 そう言うことなら、一刻も早く、その作戦とやらが始まって欲しかった。
 すると、玲佳は急に、社長としての冷静な表情に戻る。
玲佳:「・・・それにしても、敵もさるものね。奴らがI・V・Sを狙うということはこちらも想定できていたのに、それでも既に奴らに潜入を許してしまっている。奴らの中には、よほどのクラッカーがいるのか・・・」
 ちょっと考えれば、それがあきらのことであることはわかっただろうが、今の透には、そのことさえも気付くことはできなかった。
玲佳:「いえ。そもそも、この私が奴らのターゲットをほんの三日前まで正確に特定できなかったことこそが、真に恐るべき所ね。やはり、流石はクーウォンだわ。あの頃よりも、更に切れている・・・」
 玲佳の口調には、クーウォンに対する憎しみにも混じって、なぜか誇らしさも見え隠れしていた。しかし透は、そんなことを気にしていられる心境ではない。
透:「それで、俺らは侵入した奴らをぶっ潰せばいいんですね!!」
玲佳:「ふふふ、仕事熱心なのね。そうね、奴らはセキュリティコアを既に落としてしまっているからね、あなたたちはその奪還にでも行ってもらおうかしら」
透:「はい!」
玲佳:「いつもなら、そういう厄介ごとは、軍の人柱さんたちに任せるのだけれどね。でも、たまには私の可愛いこの子たちの力を見せ付けておくのもいいわ」
 月菜に会える!その一心で、既に気持ちはネットの中に飛んでいた透には、玲佳の呟いた不穏な言葉も、耳には入らなかった。
玲佳:「それじゃあ、α―Ⅶ、あなたはα―Ⅵと共に、中央の敵を引き付けなさい」
透:「了解(ヤー)!!」
 そして、透はニューロジャックを、首に突き立てた。
透:「相馬透、フリーダム、行きます!!」


『没入(ダイブ)』


 透のフリーダムが構造体内に降り立つと、ほぼ時を同じくして、傍らにアストレイ・ブルーフレームが出現した。
透は、いても立ってもいられない勢いで、回線を開く
透:「月菜、月菜!!俺だ!!月菜!!」
月菜:「とおる・・・・」
 回線の向こうから聞こえた月菜の声は、なんだかやけに冷たく、まるで赤の他人のようだ。それでも、あれは紛れも無い月菜の声だ、と透は自分に言い聞かせ、生まれかけた疑念を懸命に振り払う。
透:「月菜、会いたかった!!今まで、お前がいなくて、俺、本当に寂しくて・・・」
 しかし月菜は、全く感慨の篭らない声で、ただ冷淡に言った。
月菜:「透、社長から、敵の位置のデータが送られてきたわ。私達の役目は中央の敵の撃破だから、そのまま北に進んで」
透:「つ、つきな・・・?」
 一体、月菜はどうしてしまったのだろう。あんなにも、いつも透と話したがっていたくせに。透がいないと自分は駄目なんだとまで、言ったくせに・・・。
 月菜が、スラスターを吹かせて発進した。透も月菜を見失わないように先を急ぐ。
 透は、ようやく月菜と再会した嬉しさを、どうしても感じることができなかった。それ以上に、月菜と再び引き離されたような、妙な孤独感を覚えたのだった。



 一方。
アシュランとクーウォンは、緊急時の対策のためセキュリティから切り離されて自動操縦(オート)になっていた大量のウィルスを、掻き分けるようにして撃破しながら前に進んでいった。
 クーウォンは、腰だめに構えた連射式超高火力ナパーム砲から強力な火弾を連射し、辺りのシュミクラムを撃破していった。アシュランも、相手がウィルスなら遠慮はいらず、ウィルスたちを次々とビームライフルで打ち抜いていった。
 そのとき、ウィルスのビームが、クーウォンのナパーム砲に被弾。ナパーム砲は閃光を発し消滅した。
アシュラン:「クーウォン!」
クーウォン:「ふん!これしき!!」
 クーウォンは、いささかも怯んだ様子は無く、全身の火炎放射器も兼ねたバーニアから炎を吹き上げながら、ウィルスの一団に迫ると、
クーウォン:「奥義!!ヤァ!!ハァ!!トウ!!テリャァ!!ハァァァ!!」
 なんと素手で、全てのウィルスを撃破したのだ。しかもその動きは、その重装甲の巨体からは考えられないような、素早く滑らかな連続技(コンボ)だった。そしてそれは、今朝にリャンがみせた大陸系の武術に酷似していた。
アシュラン:「クーウォン、リャンに武術を教えたのは、あなただったんですか・・・」
クーウォン:「そうだ。まあ、私としては教えるつもりはなかったのだが、あの子が、どうしても、とせがむものでな・・・」
アシュラン:「それにしても、こんな重シュミクラムで、よくそこまでの動きを・・・」
クーウォン:「現実世界(リアル)での武を制する者は、ネットの武も制するものだ。シュミクラムでは、リアルの筋力は関係ないからな、シュミクラムのパイロットには、どうしてもリアルの武術はおろそかにされがちだ。だが、人の動きの速度を決めるのは、脳内の電気信号の伝達の効率の良さ、即ち『意思の速さ』だ。それはネットでも、シュミクラム体でも変わらん。よって、普段から動きのパターンを鍛錬によって脳に刻み込んでいれば、どんなに重い装甲を背負っていようとも、最高の速度で連撃を繰り出すことができるものだ。君も、覚えておいた方がいい」
アシュラン:「はあ・・・・」
 アシュランが何となく感心していると、あきらからクーウォンに伝達が入った。
あきら:「クーウォンさん。セキュリティコアの制圧、ほぼ完了しました!」
クーウォン:「そうか、ご苦労」
 すると、次にリャンからも連絡が入る。
リャン:「クーウォン、こっちもバッチリ!一人も欠けることなく、任務成功だよ!!」
 画像回線に映ったリャンの元気な姿を見て、アシュランの心は軽くなった。しかし次の瞬間、回線に映った映像を見て、再び心に重いものがのしかかる。
リャン:「それでさ、こいつ、どうやらデータベースの責任者らしいんだけど・・・」
 映像には、テロリストの一人にナイフを突きつけられた、若い男が一人、心から怯えた表情で映っていた。
責任者の男:「た、助けてくれ!!頼む、家には、結婚したばかりの妻が待ってるんだ!!」
 そう言って、若く美しい女性の写真を見せて必死に命乞いをする男の姿を見ていると、アシュランは、自分が今、犯罪者集団の中にいるのだということを、強く実感させられた。
そのとき、クーウォンが、男に優しい声色で語りかける。
クーウォン:「大丈夫だ。我々の目的は君たちの命ではないし、私は君の新婚生活を邪魔する意図も無い。ただ、我々に、I・V・Sインダストリーが創っている新型チップのデータを、提供してくれればいい。それ以降、君に一切の危害は加えないことを約束しよう」
 つまり、クーウォンは、「命が惜しければデータをよこせ」と言っているのだ。これは、ただの無法者集団と、なんら変わらないではないか。アシュランに、裏切られたという気持ちが強まっていく。アシュランは、我慢できなくなり、プライベート回線をクーウォンに繋いだ。
アシュラン:「・・・結局あなたも、所詮は殺人集団の親玉でしかない、ということなんですね・・・・・」
 すると、今度は実働部隊の一人から、クーウォンに連絡が入る。
男:「クーウォンさん、工場の破壊、完了しましたぜ!後始末はナノマシンが、しっかりやってくれてます」
 ということは、今この眼前の男は、工場にいた従業員を一人残らず殺してきた、ということなのだろうか。
アシュラン:「・・粗雑(クルード)なもんだな!!」
 クーウォンは、眉一つ動かさず、しかし爽やかな口調で応えた。そこには、人を殺した者特有のやましさは、微塵も感じられない。
クーウォン:「私たちは、工場のみを狙って破壊したのだよ。今時、工場プラント内の人々は全員避難させることを指示しているし、それも含めて『完了』ということだ。まあ、工場の残骸は全て生体ナノマシンに食い尽くされるから、生物学的地獄絵図なら演出されているだろうがね。それさえ、対人的には全くの無害だ」
 クーウォンが、嘘を言っているようには感じられない。そして、工場の破壊を連絡してきた男の背後には、テロリストたちに拘束されてはいるが、それ以上の危害を一切加えられていないと思しき工場プラントの職員たちの姿もある。
クーウォン:「私は、できれば犠牲など出したくないのだよ。今拘束されている彼らとて、同じ犠牲者なのだからな。そう言っても、君らには申し訳ないことを沢山してしまったが・・・」
 その時だった、異変が起こったのは。
リャン:「お、おい、あんた、何やってんだ!!!」
 回線の向こうが、にわかに慌しくなった。見ると、リャンたちに拘束されていた責任者の男が、白目を剥き口から泡を出しながら、自分の舌を噛み切ろうとしていた。
クーウォン:「い、いかん!!リャン、筋弛緩剤だ!!!早く!!!!」
 しかし、男は歯を躊躇うことなく噛み合わせ、そして口から大量の血を流し、二三回ほど痙攣して、それきり動かなくなる。
リャン:「ま、間に合わなかった・・・・」
 リャンの顔は、予想外の事態に蒼白になっていた。
 更に、今度は工場プラントを制圧していた男たちも、悲鳴を上げた。
男の一人:「ク、クーウォンさん!!やつら、情報漏洩をおそれて、根こそぎやっちまいましたぜ!!!」
 画面には、まるで脳内が沸騰したかのように、耳から、鼻から、口から、目から血と脳漿を流して死んでいる職員たちの姿が映っていた。これは、地獄絵図だ。クーウォンが起こした、生物学的地獄絵図などではない。正しく本物、正真正銘の地獄だ!
クーウォン:「お、おのれ、女狐め!!!まさか、まさかここまでやるとは!!!!」
 クーウォンの顔は、見た事も無いほど激しい怒りに歪んでいた。
アシュラン:「こ、これは・・・?」
 アシュランの声が聞こえたのだろう、クーウォンは努めて平静を取り戻すと、静かな、しかし深い怒りを込めて言った。
クーウォン:「これが、奴らのやり方だ。そして、おそらく彼らも、奴らの野望、新型脳内チップの犠牲者なのだ・・・」
 アシュランには、もはやこれが、クーウォンの作り話などとは思えなかった。何しろ、この事態は異常すぎる。いくらクーウォンたちの要求していた秘密が、社の存続に関わるものであったとしても、職員が集団自殺なんて、正気じゃできない。そもそもあの死に方は、異常という以外の何と言えよう!
 そのとき、クーウォンはアシュランに、決意に満ちた表情で言った。
クーウォン:「・・・さあ、アシュラン君、君にも見せよう。多くの人を苦しめ、そして今、尊い命を虫けらのように奪っていった、悪魔の計画の真実を!」



透:「お、おい、月菜、ちょっと待てよ!!」
月菜:「・・・・」
 透の声を全て完全に黙殺し、月菜は一路、セキュリティコアに向かっていた。
透:「おい、月菜!!一体どうしたんだよ!!」
 透の声は、もはや涙さえも混じっていた。月菜の様子がおかしい。いや、はっきりと異常だ。一体月菜はどうしてしまったのか。あの、ちょっとバカで、明るく優しい月菜はどこへ行ってしまったのか・・。
 そのとき、飛刀のダガー部隊が、透たちの行く手に立ち塞がる。
月菜:「・・・・目標、捕捉」
 月菜は無機質な動きでライフルを構えると、銃口からパルスレーザーを放ち、ダガーたちを容赦無く葬った。
月菜:「・・二機撃破、確認」
 月菜は、今自分が、敵とは言え二人の人間の命を奪ったことを、まるで何とも思っていないようだった。
透:「月菜、お前・・・・・」
 その時、複数のダガーと共に、見慣れた鳥形のウェブライダー形態のシュミクラムが、こちらに真っ直ぐ向かってきた。
透:「あれは、確か、レイダー!」
 月菜は、飛刀の中でも最強クラスの力を持つ強敵に向かって、何ら臆することなく(というよりも、その事実さえ認識できていないのではないかというほど無造作に)ビームを放った。しかしレイダーは、かわしにくいはずの波状のレーザーを事も無げにかわし、逆に全身の機銃と口部の高エネルギー砲“ツォーン”で月菜を狙い撃ちにした。月菜はそれを辛うじてかわすが、更に背後に控えていたダガーが月菜に集中砲火を浴びせ、それを防ぐので手一杯の月菜目掛けて、再びレイダーが鉤爪内の短射程プラズマ砲の餌食にしようと、猛スピードで飛来する。
透:「月菜!!!!」
 透はスラスターを全速力で吹かしてレイダーに突進、ライフルのビームと収縮プラズマ砲を連続で放ち、レイダーの月菜への突進を、辛うじて妨害する。
クロト:「ちっ、何なんだよ、オメーは!!」
 『飛刀三悪』の一人、レイダーのパイロット、クロト・ブエルは口汚く毒づくと、狙いを透に切り替え、おもむろに変形を解除、破砕球“ミョルニル”を投げつけた。
クロト:「そらー!!滅殺!!!」
 半ばそれを予測していた透は、鉄球を紙一重でかわしざま、ビームサーベルを引き抜き、ワイヤーを切断した。
クロト:「くっそー、生意気なーー!!!」
 クロトは素早くミョルニルを捨てると、間を置かずして機体を再び変形、鉤爪を広げて猛スピードで透につかみかかってきた。透はビームライフルと、腰部のレールガンを発射するが、ずば抜けた機動力を持つレイダーには容易にかわされてしまう。
クロト:「へへーん、当たらないよーだ!!・・・もらいぃ!!」
 レイダーは物凄いスピードで透に接近、必殺のクローを伸ばしたが・・・。
クロト:「なに!?」
 クローが届いたと思われた刹那、フリーダムは易々と、その鉤爪をかわしたのだ。
 再び透をクローの餌食にせんと、全速力で突進するクロトだが、フリーダムはレイダーさえも上回る機動力を見せ、あっさりとレイダーを振り切った。
クロト:「な、何!?こいつ、オレより速い!!」
 次の瞬間、透は急速に機体を旋回、レイダーに向けて逆に突進し、すれ違い様ビームサーベルで、二本のクローを叩き斬った。
 クロトは慌てて機体を人型に戻し、ツォーンと左腕の超高初速防盾砲を放ったが、透はそれを難無くかわすと、再びレイダーに急接近してビームサーベルを一閃、防盾砲の二門の砲身を切断し、更にシールドを捨てて左手でもビームサーベルを引き抜くと、唖然としているレイダーの背後に回り、レイダーの両翼を、両脚を、一瞬の内に斬り裂き、レイダーを地面目掛けて蹴り飛ばした。
 文字通り「翼を捥がれた」レイダーは、激しく地面に叩きつけられたまま、立ち上がることもできない。おそらく、機体の損傷だけでなく、クロト自身のプライドもズタズタに切り裂かれたからだろう。
透:「フリーズ!凶悪犯、クロト・ブエル、大人しく除装し、投降するんだ!!」
 透は、身動きできないレイダーのコックピットに、銃口を向けた。とは言え、透はこの目の前に転がっている敵を、撃ち抜くつもりはなかった。クロト・ブエルは確か、まだ十代半ばの子供(ガキ)だったはずだ。いくらテロリストの凶悪犯とはいえ、そんな子供を、できる限り撃ちたくはなかった。
 その時、いつの間にダガー部隊を倒したのか、月菜がゆっくりとレイダーに歩み寄り、ビームサーベルを淀み無い動作で引き抜いた。
透:「お、おい、月菜、何を・・・・」
 透が面食らっている間に、月菜はビームサーベルを両手で逆手持ちすると、抵抗できないレイダーのコックピットに、それを躊躇い無く挿し込んだ。
クロト:「おい、おい、ちょっと、ちょっとタンマ・・・!!?うぎゃぁぁぁぁぁ・・・・・
 クロトは断末魔を上げながら、レイダーの全身をビクビクと数回痙攣させると、そのまま全身の力を抜いたようにぐったりとし、そのまますぅっとネット空間から、そしてこの世から掻き消えた。
透:「つ、月菜、お前・・・・」
 透は、目の前で起きたことが信じられなかった。
いくら、今まで散々月菜の容赦無い戦いぶりを見せられてきたとはいえ、あの月菜が、まだ幼さの残る少年を、こうも無慈悲に殺してしまうとは・・・・。
 そんな透の心情を知ってか知らずか、月菜はまるで月菜以外の何者かのような冷たい声で、はっきりと言った。
月菜:「透、あいつは未成年であるという以上に、何人もの人間を殺している第一級の凶悪犯よ。接触した時点で、無条件に駆除することは許可されているわ」
透:「だからって、お前・・。それに、『駆除』って・・・・・」
月菜:「いい、透。そんなに甘いことを言ってたら、すぐに殺されるわ。あいつらは、そういう奴らなの。あなたもわかってるでしょ」
 信じられなかった。聞きたくなかった。月菜の、こんな言葉は。昔の、透が知る月菜は、こういうことを、一番嫌っていたはずではないか。こんな、いくら凶悪犯だからとはいえ、人を、それも子供を、こんなに簡単に殺せるような人間ではなかったはずではないか・・・。
 しかし、透のそんな思いを打ち砕くように、月菜は無味乾燥な声で言った。
月菜:「さあ、透、さっさと行くわよ・・・」
玲佳:「その必要は、もう無いわ」
 突然、玲佳社長の指令が割り込んできた。
玲佳:「あなたたちのチームは、急遽目的を変更。ポイント、1-0-3に急いでもらうわ」
透:「な・・・。橘社長、それって一体・・・・」
玲佳:「どうにも、困ったことが起こったらしいの・・・」
 玲佳がそう呟いた瞬間、構造体全域に、けたたましいワーニングランプの音が鳴り響いた。



アシュラン:「こんなことが・・・・こんなことが、許されていいのか!!?
 目の前に突きつけられた『真実』のあまりに酷すぎる内容に、アシュランは堪えきれず、ここが敵陣の真ん中だということも忘れて、叫んだ。そんなアシュランに対し、クーウォンは同情と憐憫の篭った嘆息を漏らした。
クーウォン:「・・・私も、このデータベースにあることが、何かの間違いであればよかったとどれほど思ったことか・・・。しかしこれは、紛れも無い事実なのだよ」
 そんなこと、アシュランにもわかっている。今までアシュラン自身が見聞きしたこと、それとこのI・V・Sの最重要シークレットデータベースの中にあるファイル『プロジェクト・リバイアサンについて』に収められているデータは、あまりにもピタリと辻褄が合ってしまう。
 もはや、疑う余地は無かった。クーウォンの言っていることは、真実なのだ。
 しかし、頭ではそう理解してはいても、心の奥深くでは、アシュランの中の何かがそれを『真実』と断定することを拒否する。それほどまでに、この『真実』は、アシュランが今まで拠って立ってきたもののほとんどを破壊するものだったのだ。
アシュラン:「そんな、そんな・・・。では、父は!ZAFTは!!!」
クーウォン:「わかるよ、アシュラン君。真実を知るということは、時に非常に辛いことだ。自分の立っている足元が、根底から崩れて無くなるような感じがするだろう。しかし・・・」
アシュラン:「・・・わかっています。俺は、『真実』から目を背けるつもりは無い。元から薄々は感付いていたことですし、それに、もしこれが本当のことだとしたら、もう迷っている暇は無い。俺の大切な人たちが、仲間が大変な目に遭うかもしれない!!」
 アシュランは、強く、強く頷いた。自分が未だ持つ、小さくない迷いを完全に捨て去るために。
クーウォン:「そうか・・。なら、アシュラン・ザラ君。我々は、君を新たなる『同志』として歓迎するよ」
 クーウォンは、その無骨で大きな掌を、アシュランに差し出した。アシュランは、確かな父性を感じるその掌を、ゆっくりと握り返そうとした、その時・・・。
※:「緊急事態発生!緊急事態発生!本構造体内にいる各人員は、至急この全構造体領域から退避してください。繰り返します・・・・」
突然、けたたましい緊急警告(ワーニング・ランプ)の音が鳴り響いた。
アシュラン:「な、何だ、一体!?まさか、もうセキュリティが復活したのか!?」
クーウォン:「いや、違う!ゲンハの部隊がそう簡単にやられるはずは無いし、それにこの警告音声、対侵入者用のものとは明らかに異なっている」
 その時、飛刀の通信チャンネルから、ゲンハの声が届く。
ゲンハ:「おい、クーウォン、それにそこの小僧!そんなところでぼさっとしてんなよ。さっさと逃げちまった方がいいぜぇ。」
クーウォン:「ゲンハ、これは一体、どういうことだ!!」
 クーウォンは、普段の彼からは考えられないほど、取り乱していた。おそらく、彼は今起こっている事態に、予測が付いているのだろう。アシュランも、そのクーウォンの様子を見て、最悪の事態を思い描く。
 そして、その予測は、ゲンハの言葉で、無情にも裏付けられた。
ゲンハ:「ワリィワリィ、溶鉱炉制御プログラムに設置したウィルス、作動させちまったぜ」
クーウォン:「何!!?」
アシュラン:「何だって!!!?」
 この作戦でのゲンハらの役目は、セキュリティ・コアを制圧し、その状態を出来るだけ長く持続させることが一つだが、もう一つ、別の任務があった。それは、セキュリティ・コアの付近にある、この環境建築都市一帯の電力を賄う為の原子力プラントの制御プログラムを、乗っ取ることだった。そこに、制御プログラムを暴走させるウィルスを配置し、政府に『真実』を民衆へ向けて発信させるための交渉の切り札にするつもりだったのだ。
 もっとも、事前にアシュランが聞いた話では、「それはあくまで『脅し』。実際に暴発させるつもりなど無い」ということであり、相手が証拠隠滅を図ったことからも、明らかに向こうに交渉の意思が無いとわかった今では、その存在も明らかにせずに速やかに退去させよとクーウォンがリャンに命令したはずだったのだが・・。
ゲンハ:「いや~、V・S・Sのシュミクラム部隊が攻めて来やがってよぉ、俺サマの可愛い部下を何人かぶち殺しちまったんで、ちーっと頭にきちまってよぉ」
 ゲンハは、全く悪びれずにとんでもないことを言う。
クーウォン:「馬鹿な!!ゲンハ、キサマ、自分のしたことがどいうことなのか、わかっているのか!!!?」
ゲンハ:「馬鹿はそっちの方だぜ、えぇ、クーウォン!!そんなご大層な爆弾使うと決めた時によぉ、どうしてこんな事になる覚悟もできてねぇんだぁ!!?」
クーウォン:「く・・・・」
 確かに、ゲンハの言うことは正しい。間違っていたと言うなら、こんな爆弾を例え脅しのためにでも、こんな所に持ち出したクーウォンこそ間違っている。クーウォン自身もそう感じたのか、彼は険しい表情できつく歯軋りすると、回線の向こうに叫んだ。
クーウォン:「ならば、私が解除して来る!!」
 回線の向こうで事の成り行きを見守っていたと思われるリャンが、慌てて会話に割り込む。
リャン:「ダメだ、クーウォン!!その爆弾は、ウィルスを駆除することでしか解除できない!!つまり、あんたが直接そこへ行かないといけないってことなんだぞ!!!」
クーウォン:「構わん!!これは、私の責任だ。原子炉が暴発すれば、この工業都市に住む何十万という人が一瞬にして消滅する!! 彼らの命には代えられん!!」
アシュラン:「ふざけるな、クーウォン!!!」
 アシュランは、もう聞いていられなかった。クーウォンの肩口を思い切り掴んで振り向かせると、その顔面に、ありったけの力で殴りつけた!
クーウォン:「ぐうっ!!・・な、何をする、アシュラン君」
アシュラン:「何をする、じゃない!!いっぺん頭冷やして、よく考えてください!!!今、こんな状況で、総大将のあなたが出て行ってどうなるんです!!それに、『責任』というなら、あなたは万が一にも、こんな所では死ねないでしょう!!」
クーウォン:「・・・・・」
アシュラン:「あなたは、俺をこの戦いに巻き込んだ責任がある!!そうじゃなくても、あなたは、パイロットに志願して散って行ったあの子たち、そしてこの抗争に巻き込まれて死んでいった、レミーや、一般市民たちや、軍人たちや、そういった人たちの命を無駄にしないためにも、最後まで戦い抜く責任があるんじゃないですか!!!!」
クーウォン:「・・・・。では、どうする気だね?」
 確かに、今この状況で、ここから離れた溶鉱炉制御スペースまで行くことは、自殺行為に等しい。かと言って、今ここで離脱すれば、クーウォンは歴史上稀に見る大殺戮を犯した極悪人として歴史に残ることになるだろうし、そんなことよりも、何千何万の無辜の民が、訳もわからぬまま一瞬にして焼き殺されてしまうのだ。
ゲンハ:「へへ、ついでに言っとくとよぉ、溶鉱炉が臨界したときのエネルギーは最大級になるようにウィルスを設定しといたぜぇ。さあ、とっととこんな所からはオサラバしてよぉ、至上稀に見る大カタストロフ、バカデッケェ大花火を、見物といこうじゃねぇか!」
 そのゲンハの一言が、アシュランに決意を促す。
今、またここにいる、この兇漢によって無慈悲に殺されようとしている人々。そんな人々を、もう見たくないからと、始めたこの戦いのはずだ。ならば・・・。
アシュラン:「・・・わかった、俺が行く」
 道は、元よりそれしかないのだ。
リャン:「アシュラン!!?お前まで、何馬鹿なことを!!!」
アシュラン:「クーウォンが行くよりはましだろう?それに、心配するな、リャン。必ず無事に、帰ってくるから」
 リャンも、通信越しに、アシュランの固い決意を見て取ったようだった。
リャン:「・・・わかった。必ず帰ってくるんだよ」
 その一言だけで、アシュランが密かに感じていた小さくない不安は、一気に霧散した。
アシュラン:「リャン。あきらに頼んで、俺とセキュリティ・コア維持のための必要最低限以外の全部隊をここから離脱させてくれ。あと、付近の住人と、それから軍にもこの事態を知らせてくれ。俺の仲間たちなら、もしかしたら、動いてくれるかもしれない」
リャン:「わかった!!」
クーウォン:「・・・アシュラン君、済まない。結局、君に任せることになってしまうとは」
アシュラン:「大丈夫です。これは、俺が『自分の意思で決めたこと』ですから」
 そう言うと、アシュランは再びMS体に転移、全速力で、忌まわしい真実が記された部屋を後にした。


 長い長い通路の半ば程で、アシュランの目の前に、V・S・Sのアストレイ部隊が出現する。
アシュラン:「味方!・・・か?」
 しかし、アシュランのその考えを否定するように、アストレイたちはアシュランに銃口を向ける。
パイロット:「こちら、テロリストに拿捕された機体“アレックス”を確認。進行方向から見ても、パイロットはテロリストであると断定、攻撃を開始します」
アシュラン:「違う!!俺はただ、今起ころうとしている大惨事を止めようとしたいだけだ!!!」
 しかし、彼らはアシュランの説得に耳を貸す素振りも見せず(無視しているというより、まるで耳に入っていない、あるいは彼らが物理的に耳が聴こえないかのようだった)、間をおかずにアシュランの、しかもコックピット目掛けてビームを浴びせかけた。それをかわすアシュランに、リャンから嘆息と共に通信が入る。
リャン:「無駄だよ。あのデータ、読んだだろ?それに奴ら、この騒ぎのことを、うちらに汚名を被せるのと証拠隠滅が一石二鳥にできる、程度にしか考えて無いらしい。あたしらの避難勧告も、全てシャットアウトされてるんだ」
 確かに、今のV・S・Sのパイロットたちの声には、あまりにも抑揚が、生気が無さ過ぎた。そのことは、『真実』にV・S・Sとういう企業が深く、加害者の形で関与していることを、裏付けるものだった。
アシュラン:「ならば・・・畜生、彼らも洗脳の被害者か!」
 アシュランは、なおも放たれるビームを的確な動きでかわし、その僅かな合間に素早くビームライフルのトリガーを連続で引き、敵機のビームライフルを、動力部を過たず撃ち抜いて、戦闘不能状態に追い込む。
 しかし、こういった『敵を殺さずに戦闘能力だけ奪う』などという戦い方は、軍のエースパイロットの中でもトップクラスの実力を持つアシュランだからこそできるやり方だ。他のパイロット、ましてや、ロクな訓練を受ける間も無く志願したような幼い少年パイロットたちには、到底不可能な芸当なのだ。そんな彼らが、あの許すことなどできない『真実』との戦いの中で、敵に、軍人に犠牲を出さずに済ませることなど、どうしてできよう。
アシュラン:「これじゃあ、俺も彼らを、単純に『人殺し』と罵ることはできないな・・・」
 その場にいた全てのアストレイを戦闘不能に追い込んだとき、リャンから切迫した声で通信が入った。
リャン:「アシュラン、そこをゲンハの部隊が通る!!」
 同時に、アシュランの進んでいる通路に合流する形の通路から、ゲンハの“フォビドゥン”が部下のダガーを少数引き連れて出現した。
ゲンハ:「いよぉ、小僧!テメェ、まだそんな所にいたのかぁ? さっさと逃げねぇと、この、世紀の大っ大ジェノサイドショーを、楽しめなくなっちまうぜぇ!!」
アシュラン:「生憎、そんなものは観たくない。だから、俺はそれを止めに行くんだ」
 アシュランは、思わずゲンハを、ありったけの殺気を込めて睨みつける。
リャン:「アシュラン、そんなヤツに構うな!!もう時間があまり無い!!」
 そのとき、回線のウィンドウの向こうで、ゲンハの顔が僅かに引きつった。
ゲンハ:「おい、リャン!テメェもぼさっとしてねぇで、とっとと逃げやがれ!テメェのいる位置にゃあ爆風は届かねぇが、兵隊どもが来ちまうぜ!!」
 そのとき、アシュランも、リャンが今、自分たちと同じ、極めて危機的な状況にあることに始めて気が付いた。
アシュラン:「そうだ、リャン!!ここは俺に任せて、そこから速やかに退避するんだ!!」
 しかしリャンは、静かな決意を込めて言った。
リャン:「いや、駄目だ。それじゃあ、もし万が一の事が起こったときは、あたしはクーウォンに汚名が被さるのを黙って見ていることになる。あんたを、仲間を見殺しにしちまう。そんなの、そんなの絶対嫌だ!!」
 それを聞いて、ゲンハの表情が、完全に変わった。それは、アシュランもかつて見たことの無い、一切の獣的な狂気を含まぬ、しかしこれ以上無いほど人間的な怒りに満ちた男の形相だった。
ゲンハ:「テメェ!!!・・・そうか、テメェはこのクソガキを選ぶのかよぉ!!!だったら、今すぐこの場で、このクソガキをミンチにしてやらぁ!!!」
 そして、何とゲンハは、立場的には『味方』であるはずのアシュランに向けて、これ以上無いほどの殺気を込めて、ニーズヘグを振り上げたのだ!
アシュラン:「何だって!!?」
リャン:「おい、ゲンハ、何を!!!??」
 そして、悪魔の処刑鎌がアシュランに向けて振り下ろされようとした、そのとき。
 ビシュッ!
 一条のビームがフォビドゥンに向かって放たれ、ゲンハはそれを、驚異的な反射神経で飛び退いてかわす。
 次の瞬間、突然乱入してきた、金色の光の尾のような何者かが、ゲンハに向けて続けざまにビームを放つ。
ゲンハは全く動じずに素早くリフターを上げ、ビーム偏向板でそれらを全て逸らした。
??:「やれやれ。君の相手は『彼』ではなく、この私だよ。『狂戦士(バーサーカー)』ゲンハ・ヴァンガード!!」
 金色の光の尾が、急制動をかけて停止する。そして、そこには見覚えのある、黄金のシュミクラムが立っていた。
アシュラン:「ギル隊長!!」
 アシュランは、思わぬところでギルの“百式”を見て、思わず叫んでしまった。そして、次の瞬間、今自分がここにいることが軍に知れ渡ることがどれだけまずいかを思い出し、己の失言に顔を青ざめさせる。
 しかしギルは、アシュランがここにいるということについては全く驚いた様子も見せず、妙に手際よく通信回線を開く。
ギル:「やあ、アシュラン君、久しぶりだね。君の安否に関しては、御父上が大分心配しておられたよ」
アシュラン:「あ、あの・・・・」
 動揺するアシュランに、ギルは柔らかく笑いかけた。
ギル:「いや、君が何故ここにいるのかは、敢えて聞くまい。そんなことより、今君には、大事な使命があるのだろう?だったら、私なんぞに構わず、さっさと君の目的を果たしに行きたまえ」
アシュラン:「は、ハイ!!」
 アシュランは、やっとのことでそう答えると、この場をギルに任せ、原子炉への道を再び急いだ。
その時、リャンが冷や汗にまみれた顔で、通信回線のウィンドウに映る。
リャン:「しっかし、助かったな、アシュラン。・・・それにしても、ゲンハの奴、全く、何てことをしやがるんだ!!」
 ゲンハのこともそうだったが、アシュランには、ギルのことの方が余計に気に掛かった。
 さっきのギルの行動を思い起こしてみると、合点のいかない事が多過ぎる。そもそも、何故彼は、あからさまに怪しい状況にいるアシュランに、一切の質問をしてこなかったのだ?そして、あの時のギルの笑顔、あれは(仮面に隠れて表情はわからないが)確かに優しい笑顔だったにもかかわらず、アシュランにはあれが、この上もなく禍々しいものに見えた。
アシュラン:「・・・・いや、今は考えている暇は無い。とにかく、一刻でも早く、原子炉の暴発を止めなければ!!」


 しかし、時は無情にも過ぎ去ってゆく。
 V・S・Sのシュミクラムを退けながら、アシュランは、原子炉の暴発予定時刻が着々と迫っているのを感じていた。
アシュラン:「くそっ、退け、退いてくれぇ!!」
 アストレイたちの武装を撃ち抜きながら、アシュランは全速力で原子炉への道程を急いだ。しかし、アストレイたちの妨害は執拗で、いくらアシュランが撃退に全力を注いでも、原子炉までの道程は思うように縮まらない。
 そして・・・。
アシュラン:「クソッ、あと・・・一分も無いか!!」
 最後のアストレイを撃退しながら、アシュランは絶望に満ちた叫びをあげた。もはや、何をしても間に合わない・・・。
アシュラン:「みんな・・・済まない!!」
 残り時間のカウントがゼロを指し、アシュランは覚悟した。しかし・・。
アシュラン:「・・・・何も、起きない?」
 構造体の中は、今までと全く変わらず、ただ軍とV・S・Sが飛刀のシュミクラムと戦う喚声が、度々聞こえるだけだ。
 その時、通信回線が開き、ウィンドウにリャンの姿が映る。
リャン:「アシュラン、安心しな!!今、あたしたちが爆発の時間を遅らせようと、何とか踏ん張ってる!!」
 リャンの顔は、べっとりと汗に覆われていた。リャンも、アシュランを、ここの住民を守るため、必死に戦っているのだ。
 しかし、アシュランはふと、リャンの背後から、何か怒声のような音声が聞こえることに気が付いた。アシュランを不意に、嫌な予感が襲う。
アシュラン:「おい、リャン!一体、背後のそれは、何なんだ!!?」
 リャンは一瞬、何とも気まずい表情になり、そして、儚げに笑った。
リャン:「ちっ、あんたもつくづく、変なところに勘がいいね・・・。軍の部隊が、もうこっちに押し寄せている。今は何とか立て篭もってるけど、ここはそう長くはないね・・・・」
アシュラン:「な・・・・。は、早く逃げろ、リャン!!!」
リャン:「それは出来ないさ。今あたしらが逃げたら、そこはすぐにでも爆発する。それに・・・どうやらもう、逃げ場も無いみたいだ・・・・」
アシュラン:「クッ!!」
 アシュランは、悟ってしまった。もはや自分は、どうあがいてもリャンを助けることが、出来ないのだということを。誰よりも守りたかった存在。彼女によく似た、そして彼女と同じくらい、守りたいと思った存在。しかし、今正に、彼女もまた、自分の両手をすり抜けていってしまおうとしている・・・・。
 ならば、せめて、せめて・・・。
アシュラン:「・・・わかった、一刻も早く、爆弾は解除する。だから、君も、逃げる準備をしておくんだ・・・・」
リャン:「・・・わかった、頑張れよ、アシュラン・・・・・」
 そして、リャンからの通信は途絶えた。
アシュラン:「・・・・くそ、くそぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 V・S・Sのシュミクラム部隊が、再びアシュランに迫ろうとしていた。
 しかし、アシュランはそれらを鬼神の如き戦い振りで瞬く間に退け、機体の限界を超えんばかりの速度で溶鉱炉に向かっていった。


ゲンハ:「うりゃぁぁ!!」
 ゲンハの放ったフレスベルグを、ギルは事も無げに、百式の右腕のビームコーティング装甲で払い除ける。
ギル:「この程度の攻撃、よけるまでもないな!!」
 そう言うと同時に、ギルはビームライフルで、矢継ぎ早にビームを浴びせかける。それらは、ゲシュマディッヒパンツァーに全て変曲させられるが、それらは目暗ましに過ぎない。ギルはゲンハがフラッシュされている間に、瞬時に背面に回ると、一瞬の間も置かずにゲンハにビームを何発も浴びせる。ゲシュマディッヒパンツァーは、前面からのビーム攻撃に対してしか用を成さないという弱点を読んだ、必殺の攻撃だった。
 しかし、ゲンハは驚くべき反射力で振り向き、背面から放たれたビームを全て、ゲジュマディッヒパンツァーで裁き切る。
ゲンハ:「遅ぇな~、アクビが出るぜぇ!!」
 ゲンハは雄叫びと共にレールガンを放ち、同時にフレスベルグを二発ほぼ同時に放った。レールガンを左方向に回避したギルに向かって、フレスベルグが軌道を変え、やはりギルの真左から襲い掛かる。ギルが左腕を失っており、それ故左がどうしても死角になってしまうということを、ゲンハもやはり完全に読んでいたのだ。
ギル:「クッ!厄介なものだ!!」
 ギルは、それでも一撃目は辛うじて完全に回避したが、二撃目は回避しきれず、ビームライフルを貫かれる。ギルは素早く武器をビームサーベルに持ち替え、ニーズヘグで追い討ちをかけようとして飛び掛ってきたゲンハの斬撃を受け止めた。
ゲンハ:「けっ、やるねぇ!!あんた、思ったより楽しめそうじゃねぇか!!だったら、そろそろ本気でかかって来たらどうだい、『同類』さんよぉ!!?」
ギル:「ふふ、生憎と、私はこういった茶番も、嫌いではないのでね・・・」
ゲンハ:「俺サマは一切、知らされてなかったんだがな!!ってかよぉ、あんたら、一体何をたくらんでやがんだ!!?」
ギル:「それは言えないな。君は案外、口が軽いからな。・・・ふふふ、まあ、『どっちに転んでも依頼主が楽しめるショーをセッティングした』とだけ、言っておこう」
ゲンハ:「へ、どっちかってーと、『依頼主』より『アンタが』楽しんでる、って感じだぜ」
ギル:「・・・君は、どこまで知ってるのかな?いや、知るはずはないか・・・・。だとしたら、君『特有』の、勘かな? まったく、それもまた、厄介なものだ」
ゲンハ:「ケッ、それをくれたのは、テメェらだろうがよぉ!!ま、そんなこと、俺サマにとってはどうでもいいがな!!」
 そして、再び兇漢と鋭い刃を交えながら、ギルは思った。
(確かに、これでどちらも消えてくれれば、私にとってこれほど愉快なことは無いが・・・。まあ、『依頼主』の思惑通りになったとしても、それなりに面白い展開が楽しめるか・・・・)
 そして、ギルは心の中で、この上ない邪悪な笑みを浮かべた。


透:「くそぉ、こいつら!!」
 透は、溶鉱炉暴走ウィルスに向けて、矢継ぎ早にビームライフルを放った。しかし、ウィルスは仮想光化学シールドを展開し、それを防ぐ。
 流石に、これほどデカイ作戦に使われる代物だけはある。性質の悪さは、超一級だ。
透:「なら、これでどうだ!!」
 ウィルスの光化学シールドも、フリーダム最大の火力を持つ収縮プラズマ砲の直撃には耐え切れず、強烈なビームの奔流はシールドを貫通し、一匹のウィルスを完全に飲み込んだ。
 横を見ると、月菜は相変わらず無味乾燥な動作で、シールド未展開状態のウィルスを、パルスビームライフルで打ち抜いていた。
透:「しかし・・・全く、飛刀は何て事しやがるんだ!!こんなこと、正気じゃないぜ!!」
 玲佳からの指示通り、溶鉱炉制御プログラムに辿り着いた透は、本当に肝を冷やした。もし、玲佳が『これを発見し、透たちに知らせねば』、何十万もの人間が犠牲となる大惨事が起こるところだったのだ。
透:「とりあえず・・・これで、最後か!!」
 最後のウィルスがプラズマ砲で貫かれるのを見て、透は心底安堵した。同時に、溶鉱炉の嫌な駆動音もピタリと止む。ウィルスが全滅し、溶鉱炉の暴走は未然に防がれたのだ。
テロリストたちも、どうやら引き揚げ始めているようだ。どうやら、これで今回の自分たちの役目も、終わりのようだった。
 その時だった、玲佳から新たなる指示が入ってきたのは。
玲佳:「透君、よく頑張ったわ。でも、もうちょっと離脱は待ってちょうだい。あなたたちには、しばらくここで待機してほしいの」
透:「待機?となると、まだ何か、あるのですか?」
玲佳:「ふふ、大丈夫、安心して。深刻なことは、何一つないわ。これは、今回見事に大惨事を未然に防いだ優秀な可愛い部下への、私からの心ばかりの『ご褒美』と考えてもいいわ」
 そして、それきり、玲佳からの通信は切れた。
透:「『ご褒美』・・・?」
 全く、今日は何から何まで、ワケがわからないことばかりだ。そして、それらの出来事は、何か言い様もないような、不吉な雰囲気を漂わせている。
透:「まったく・・・一体、何がどうなってやがる!!」
 透の苛立ちにも、隣の月菜は、我関せず、といった様子だった。


アシュラン:「クソッ、しつこい!!・・・でも、あと一歩か!!」
 最後のアストレイを戦闘不能にしたアシュランの目の前には、巨大で重々しい巨大な扉がそびえ立っていた。扉に描かれているお馴染みのマークからしても、ここが原子炉の制御プログラムのある部屋に、間違いは無かった。
 その時、アレックスのレーダーに、不意に一機のシュミクラムの機影が映し出される。そして、これは・・・。
アシュラン:「デュエル!?となれば、近くにはブリッツもか!?」
 掛け替えの無い仲間の機体だ。例え搭乗機は変わっても、その波長パターンは真っ先にレーダーのプログラムに組み込んである。
 そして、程なくして、あまりにも見慣れた二機のシュミクラムが現われる。
アシュラン:「イザーク!!ニコル!!」
イザーク:「フリーズ!!・・・って、なにぃ!!??」
 回線から聞こえるのは、あまりにも耳に馴染んだ声。そして、アシュランは、この声をもう何年も聞いていないのではないかとさえ思った。
ニコル:「え、ええ!?じゃ、じゃあ、やっぱり“アレックス”に乗っているのって、アシュランだったんですか!!??」
イザーク:「くっ・・・、キサマ、一体そこで、何をやっているんだぁ!!」
 積もる話は、山ほどあった。そして、アシュランは一瞬、ここでゆっくりと、この掛け替えの無い戦友たちに、今まで見聞きした全てのことを話し込みたい衝動にかられた。しかし、今はそんな場合では無かった。
アシュラン:「イザーク、ニコル、これには、訳があるんだ。そして、それを話したいのは山々なんだが、今はそんな時間も無い」
イザーク:「何だと!それじゃあ、サッパリ訳がわからんぞ!!」
アシュラン:「済まない。だが、今にもこの奥の原子炉が、暴発しそうなんだ!すぐにでも止めないと、大変なことになる!!」
 その瞬間、回線の向こうの二人の表情が、驚愕と戸惑いに見開かれる。
イザーク:「キサマ、一体何を言ってるんだ!!そんな情報、軍の上層部からも、V・S・Sからも、一言もないぞ!!!」
 やはり、とアシュランは思った。奴らは、秘密が隠蔽できさえすれば、最前線の兵士が、アシュランの仲間たちがどれほど死のうとも、構わないのだ。
イザーク:「それを、突然出てきたキサマの話を、どう信じろと・・・」
 すると、取り乱すイザークに向かって、ニコルが静かに、しかし決然とした声で言った。
ニコル:「イザーク!上の人たちとアシュラン、あなたはどっちを信じるつもりですか?」
イザーク:「そ、それは・・・・」
ニコル:「僕は、アシュランが嘘を言ってるなどとは、全く思えません。それに、先程から、この扉の向こうで、何か不吉な唸りと、それから戦闘のような音が聞こえます」
イザーク:「む、言われてみれば・・・・」
 とは言え、実はアシュランも、それには全く気が付かなかった。やはり音楽家志望のニコル。耳がよく利く。
イザーク:「・・・ふん!後で話だけでも聞かせろ!!わかったら、行くぞ!!」
アシュラン:「ありがとう、イザーク!!」
ニコル:「・・・ちょっと待ってください!東の方向より、ダガー、三機接近中!!」
 おそらく、アシュランを援護するつもりでやってきた、別働隊だろう。
アシュラン:「だが、クソッ、よりにもよって、こんな時に!!」
イザーク:「チッ!!アシュラン、ここは俺たちに任せて、お前は先を急げ!!」
 別働隊の者たちを説得する時間さえ惜しい現状では、それしかないようだった。
アシュラン:「わかった!・・・あと、済まないが、彼らは殺さないでくれ!大半が、まだ年端もいかない子供たちなんだ!!」
イザーク:「なんだとぉ!!?・・・クソ、土壇場でとんでもない注文つけやがって!!しかし・・・わかった。そんなこと、楽勝だ!!」
ニコル:「了解です、アシュラン、いえ、隊長!」
 そして、ダガーたちに向き直ったデュエルとブリッツを横目に、アシュランは鋼鉄の扉を開け、飛び込まんばかりの勢いで突入した。
アシュラン:「・・・何!!!???」
 しかし、そこにはウィルスの姿は一切無く、代わりに二機のシュミクラムがいるだけだった。
一機は、フレームの青いアストレイ。そして、もう一機は、翼のような背面スラスターを装備した、特徴的なフォルムのガンダムだった。どうやら、V・S・Sのいち部隊らしいが・・・。
アシュラン:「・・・既に、終わっていたのか・・・・?」
 すると、その声に弾かれたように、翼のガンダムが通信回線を開いて叫んだ。
?:「その声は、アシュラン!!?」
 この声、聞き間違うべくも無い。
アシュラン:と、透!!!?


 透は、一瞬、我が耳が信じられなかった。目の前にあるシュミクラム、これはかつて月菜が乗っていた“アレックス”ではないか?それに、なぜ、あのアシュランが・・・。
 しかし、度重なる理解不能な事態に混乱していた透の頭も、次第に落ち着きを取り戻す。そして、冷静になってゆくと同時に、今度は透の中を、様々な感情が激しくうねりながら流れていった。
 アシュラン・ザラ。透にとっては、色々な意味で特別な存在。
 優哉によく似た雰囲気を持ち、優哉以来の最高の親友になれると思った人。
 そして、透の最高の親友だった優哉を、殺した人。
透:「ア、アシュラン、お、俺は・・・・」
 透の口からは、上手く言葉が出てこなかった。今、彼に一体自分は、何を言うというのだ!?彼に大事な人を殺され、そして彼の大事な人を殺してしまった、この自分は・・・。
 その時、月菜が、まるで幽鬼のようにゆらりと揺れ、異様に淀みない動作でアシュランに銃を向けた!
透:「おい、月菜!!?」
アシュラン:「!!?」
月菜:「あなたのせいよ・・・
アシュラン:「月菜!?」
月菜「あなたが、あなたが優哉を殺さなきゃ、あたしたちはこんなことにはならなかったのに!!!!」
 アシュランは咄嗟にビームライフルを構えるが、同時に月菜はパルスレーザーを放ち、アシュランのライフルを右腕ごと薙ぎ払った。
アシュラン:「くっ!!」
 アシュランは、月菜の第二射をシールドで受け止めつつ突撃、左腕で月菜のライフルを持った右腕をカチ上げながら体当たりし、同時にシールドを捨て、更に腕部ガトリングガンを展開、PS装甲に覆われているアストレイ・ブルーフレームに致命傷とならない程度のダメージを与えると同時に、ビームライフルにも弾丸を浴びせて破壊する。
月菜:「うっ!!」
アシュラン:「月菜・・・・」
 強烈な弾丸の連射の衝撃で吹っ飛ばされて倒れた月菜は、しかし、すぐさままるでゾンビのように起き上がると、ビームサーベルを引き抜く。
月菜:「あんたさえ、あんたさえいなければ、あたしたちはずっと、ずっと幸せだったんだ!!!」
 鬼のような咆哮を上げながらアシュランに飛び掛る月菜を見ても、透は微動だにすることもできなかった。
 しかし、透の中で膨れ上がっていた違和感は、この様を見て、もはや疑いも無いほど決定的になっていた。
 今の月菜は、もはや疑いを挟む余地など無いほど、ハッキリとおかしい!確かに、月菜だって優哉を奪ったアシュランに対して、全く憎しみを感じていないはずは無い。だが、こんなにも殺意を剥きだしにし、アシュランに容赦無く襲い掛かるようなことを、月菜がやるはずが無い。月菜は、もし透が同じことをしたのなら、必ず止めたはずだ!きっとそうするという、確固たる確信が透にはある。何故なら、今までずっと、それこそ優哉よりも長く、透は月菜と共に生きてきたからだ。
 それに、今の月菜の動きは、どこか、月菜以外の意思が介在しているようにも見えた。月菜の声と形をした、別の何か。いや、月菜の身体の中に入って月菜を操っている別の何か、と言えば適当だろうか。
透:「・・・つ、月菜、ダメだ!!!」
 透はやっとのことで叫んだが、月菜の攻撃は止まらない!ビームサーベルを大振りの動作で振り下ろす月菜に対し、アシュランは牽制のガトリングガンとイーゲルシュテルンを浴びせるが、異常な気迫の篭った月菜の斬撃は、そんなものではいささかも止まらなかった。
アシュラン:「月菜、まさか君も・・・」
 月菜の振り下ろしたビーム刃がアシュランを捉える寸前、アシュランもビームサーベルを引き抜き、月菜の斬撃を受け止める。そしてそのまま月菜のビームサーベルを弾こうと勢いよく斬り上げるが、月菜は辛うじてサーベルのグリップを力強く握り直す。
 その様を見て、透は一瞬、ヒヤリとした。アシュランは、よもや月菜を殺す気などありはしないだろうが、それでも今の月菜は手加減して簡単に勝てるような相手ではない。しかも、お互いが持っているのはビームサーベルだ。アシュラン程の腕前の者でも、『万が一』の事故があり得ないとは限らない。おまけに、今の月菜は、明らかにおかしい。自分より明らかに強い相手だとわかっても、いつものように逃げを選ぶとは、考え難い。それどころか、今の月菜なら、例え自分が死んでも、特攻で相手を道連れにしそうに思える。そして、いくら月菜が別人のようでも、あれは多分間違い無く、月菜なのだ!万が一など、あってはならない!!
 月菜が、再度アシュランに斬りかかる。アシュランもまた、やむを得ずこれに応戦しようとする。
透:「やめろーーー!!!!」
 両者が激突する寸前、透は超高速で二人の間に割り込むと、ビームサーベルを抜いて、月菜の斬撃をシールドで、アシュランのビーム刃をビームサーベルで受け止める。
アシュラン:「透!!」
透:「二人とも、止めるんだ!!!」
 透は月菜をシールドで弾き飛ばすと、アシュランに向き直ってビームサーベルを払いのけ、更にビームサーベルを掲げて突進した。
透:「アシュラン!済まないが、月菜を傷付けさせるわけにはいかない!戦闘不能にさせてもらうぞ!!」
アシュラン:「くっ!!」
 透の斬撃をアシュランは受け止め、二人のビーム刃が凄まじい火花を散らした!しかし次の瞬間、透はイーゲルシュテルンをアレックスの顔面に撃ち込んでアシュランをフラッシュ。その間に透はアシュランのビームサーベルを勢いよく弾き飛ばした!アシュランは咄嗟に苦し紛れの蹴りを放つが、その蹴りはフリーダムの体に届くことさえなかった!いつの間に構え直したのか、透のビームサーベルによる超高速の斬撃が、蹴りを放とうとした右足を瞬時に斬り飛ばしたのだ!アシュランは、機体のバランスを失ってその場に倒れる。これで、おそらくアシュランは、もう動くこともできないだろう。
透:「さあ、もう終わりだ。月菜も、これで気が済んだだろ、なあ、つき・・・な!!?」
 透は、息を飲んだ。なんと月菜が、プラズマバズーカを片手に、アシュランのコックピットに標準をピタリと付けてていたのだ!
月菜:「・・・・まだ終わらない、コイツを殺すまでは。透も、コイツをこうしたかったんでしょ?」
透:「そ、そんなことあるわけが・・・・」
 その時、回線から、何故か玲佳の声が聞こえてきた。
玲佳:「ふふ、月菜、よくやったわ。さあ、透君、あなたの本懐を、遂げなさい」
 玲佳の声は、まるで子をあやす母親のように優しく、それがかえって透の背筋をゾクリとあわ立てる。
透:「しゃ、社長!!これは一体・・・・」
玲佳:「ふふ、気に入ってくれた?これが私の、『ご褒美』よ。彼の動向は、大まかにだけど掴んでいたからね。丁度いい機会だし、こっちで少し、セッティングさせてもらったの」
 それでは、先の待機命令は、玲佳が透にアシュランを、殺させる目的でのものだったのだろうか!
玲佳:「さあ、あなたの好きなように、彼を煮るなり焼くなりしなさい。ふふ、大丈夫よ。このことは、一切表に出ないようにもできるし、それでなくても、今あなたの目の前にいる機体は『テロリストの機体』として登録されているわ。アシュラン・ザラも、現在は『テロリストに拉致されて行方不明』。今彼が消えても、誰もあなたを疑う者はいない」
月菜:「透、何故討たないの?こいつは、優哉を、あたしたちの大切な優哉を、虫けらのように殺したんだよ!!」
 確かに、そうだ。アシュランは、優哉を殺した。誰よりも賢く、誰よりも優しかった最高の親友を、全くの無慈悲に、クローで貫いた。そして、優哉の無念を晴らすには、奴に天誅を下すには、今はこれ以上無い機会だった。
アシュラン:「・・・・・」
 アシュランは何も言わない。命乞いなど、一言も発さない。まるで、自分の罪を、しっかりと真正面から受け止めているかのようだ。
 そうだ。もう、復讐なんて意味は無いと、そんなことは透にもわかっていた!復讐など、優哉を死なせてしまった自責の念から、己の罪から、ただ逃避するための行為でしかないことは、もうとっくにわかっていたはずだ。かつては、それがわからなかったから、アシュランの罪も無い仲間を殺し、親友になれるはずだったアシュラン自身も深く傷付けてしまったのだ。
透:「俺は・・・できない!!俺にはできない!!できるはずがないだろ、こんなこと!!!!」
アシュラン:「とお・・・る・・・・」
透:「優哉を殺したのは、アシュランじゃない、俺たちなんだ!!俺たちこそ、アシュランの友達を殺した。俺たちに、アシュランを仇と憎む資格は無い!!それに、優哉だって、絶対にこんなこと望むはずは無い!!そして、何より、何より・・・・」
 透の頭の中に、大好きだった優哉の笑顔が浮かぶ。それは、ゆっくりとよく似た笑顔に、どこか悲しげで、でも限りなく暖かい笑顔に、穏やかな碧の瞳に、アシュランの笑顔に変わってゆく。
いくら、彼が優哉の仇だとしても、透が彼の笑顔を大好きだと思ったことに、何の偽りも無い。
透:「俺は、こいつを殺したくはない!!死なせたくはない!!こいつは・・・・、もう俺にはこんなこと、言う資格は無いのかもしれないけれど、それでも、こいつを、俺は今でも、ダチだと、仲間だと、そう思ってるんだ!!!
アシュラン:「透・・・・・・」
 その時、月菜がゆっくりと、無言でバズーカを構え直した。途端にあたりの空気が、明らかにサッと冷える。
月菜:「・・・そう、透ができないのなら、あたしがやるわ」
玲佳:「そうね・・・。いいわ、月菜、やりなさい!!」
 透は、身動き一つできなかった。もし今自分が動けば、この危うい世界の均衡が崩れて、取り返しのつかない事態になると、そう直感したのだ。
 しかし、透はそれでも、全てを振り絞って、血を吐く思いで叫んだ。
透:「止めろ、月菜!!お前だって、言ってただろ!!仇討ちなんて、優哉は喜ばないって!!お前だって、優哉が好きなんだろ!!そして、俺が好きなんだろ!!だったら、俺と優哉が悲しむようなことなんて、するんじゃない!!!」
 その時、一瞬だが、月菜の動きが僅かに止まる。
月菜:「ゆう・・や、アシュ・・・ラン、とお・・・・る・・・?」
玲佳:「くっ!! 月菜、いいからやるのよ、やりなさい!!!」
 その時、明らかな異変が起きた。
 玲佳の声に弾かれたように、月菜はビクッと震えてバズーカを持ち直すと、全ての思考を放棄したように、突然トリガーを引いたのだ!!
透:「止めろ、月菜、つきなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
月菜:「っ!!!?うう、とおる、う、うあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
 バズーカのエネルギーが臨界に達し、砲口から、強力なエネルギー弾が真っ直ぐに放たれた!!
 しかし、プラズマ化した砲弾が放たれる寸前、砲口が大きく上を向き、そし砲弾は、アレックスのコックピットを大きく逸れ、頭部を粉々に破壊した・・・。
透:「アシュラン!!月菜!!」
アシュラン:「俺は大丈夫だ・・・。それより、透、月菜を!!」
 月菜は、アシュランへの一射を外したと同時に、まるで糸がプッツリと切れたように、不自然な形でその場に崩れ落ちた。
透:「月菜、月菜、しっかりしろ!!!」
 しかし、いくら呼びかけても、月菜は一切の反応を示さなかった。
 その時、玲佳から、苛立った声で通信が入る。
玲佳:「ちっ、『措置』が少々、不完全だったか・・・・。まあいいわ、透君、今すぐ戻ってらっしゃい。でないと強制離脱(アボート)をかけるわよ!!」
 同時に、月菜のシュミクラムが、掻き消えるようにネット空間から離脱(ログアウト)する。
透:「月菜!・・・くそっ、何が一体、どうなってやがる!!」
 透は、月菜を追うために、すぐさまログアウトのアイコンを押した。
アシュラン:「透、待ってくれ、君は・・・・・」
 アシュランが何か言いたがっているようだったが、聞いている暇はなかった。
 アシュランの無事を確認した今、透はただ、月菜のことが心配だった。


玲佳:「ちっ。折角の措置の『最終段階』が、失敗したか・・・・」
 玲佳は、画面を覗きながら毒づいた。しかし、画面の端に映った人物の姿を見て、にわかにその表情が変わる。
玲佳:「・・・ふふ、やはりいたわね。まあ、こっちもあらかた、いるのではないかと踏んでいたんですけれども・・・・」
 『飛刀専門の情報網』から、今回の作戦の概要と、アシュランが向こうにいて作戦に参加する可能性が高いことを聞いた時から、玲佳は今回の計画を考えていた。
 上手くいけば、邪魔者が一人消え、玲佳が一番欲していたものの一つが手に入り、更にもう一つの一番欲していたものも芋蔓式にこちらに転がり込んでくるという、最高の計画だった。まあ、性急に立てた計画だったことは否めなかったせいか、最初のは完全に失敗、二番目のはまあ『後のフォロー』をきちんとすれば問題は無いとはいえ完全な成功ではなかったが、最後の一つは、完全に成功した。
 画面の隅、物陰に隠れるように、幼い少女の電子体が、不安そうな表情で映っていた。この表情を見ただけでも、彼女がいかに目の前で行われたこと、もっと言えば、透たちの身に起こったことに動揺していることは、明らかだった。
玲佳:「ふふ、数日前、あなたが透君と再び接触を持ち、更に『あの力』までも発現させたのを見た時は、流石に驚いたわ。そして、震えた。神は私に微笑んでいると知ってね。もっとも、彼を手元に置いたのは、元々その理由もあったのだけれど。でもまさか、こんなに早く、あなたを『我々の物』にできる機会が巡ってこようとはね・・・」
 隣では、透が意識を回復しようとしている。さあ、あと一押しだ。次にする事によって、玲佳は『最も欲しかったもの』を、一気に二つ、手に入れることができるのだ。
 最後に、玲佳は一言、妖悦な笑みを浮べながら呟いた。
玲佳:「ふふふ、早く来ないと、『あなたのお兄ちゃん』が大変な事になってしまうわよ、幽霊ちゃん・・・・」


 透のシュミクラムが、目の前から消えた。おそらく、月菜を追ってログアウトしたのだろう。
アシュラン:「透・・・・くそっ!!」
 まさか、透たちまでもが、V・S・Sの犠牲になっているとは!!クーウォンの話を聴いたとき、これが重大なことであるという認識はしながらも、アシュランは、それでもどこか『対岸の火事』のような認識を、消せないでいた。しかし、この通り、奴らの計画は、自分の近しい人たちにまでも、既にその魔手を伸ばしていたのだ!
 クーウォンが、これほどまでに必死に戦う理由が、今のアシュランにはよくわかった。
アシュラン:「とにかく・・・原子炉の暴発は食い止めた。最悪の事態だけは、免れたか・・・・」
 アシュランが制御プログラムの外に出ると、今まで待っていてくれたのだろう、イザークとニコルが、真っ直ぐに駆け寄ってきてくれた。
イザーク:「アシュラン!?お、お前、酷くやられて・・・・一体、中で何があった!!?」
ニコル:「まあ、僕らも人のこと言えない程度にはやられてますがね」
イザーク:「それは、こいつが突然無茶な注文をつけやがったからだ!!」
 イザークもニコルも、所々シュミクラムを破損させていたが、アシュランと同じく、特に大事に至る破損では無いらしい。
ニコル:「まあ、確かに骨が折れましたけどね。でも、アシュラン、安心してください。あの子たちは皆無事ですよ。・・・拘束させてはいただきましたけど」
アシュラン:「そうか。有難う、ニコル、イザーク」
イザーク:「そんなことはどうでもいい!!それより、一体どうなってるんだ!そろそろ事情を、説明してもらうぞ!!」
アシュラン:「すまない、今はできない・・・」
 アシュランは考える、今回の作戦で垣間見えた、クーウォンと玲佳の、自分たちには想像もつかないほど深い情報網を。今ここでも、会話が盗聴されていないとは限らないのだ。その場合、イザークたちまでもこの戦いに巻き込んでしまうことになる。
イザーク:「なんだとぉ!!?」
 カッとなって掴みかかろうとしたイザークを、ニコルがさっと制止する。
ニコル:「・・・アシュラン、僕らは、あなたを信頼しています」
 ニコルは、アシュランを真っ直ぐに見つめていた。
ニコル:「だから、今話せないと言うなら、それ相応の理由はあるのでしょう。だとしたら、僕らも今は何も聞きません」
アシュラン:「ニコル・・・・」
ニコル:「ですから、いつか、時が来たらでいいです。必ず、僕らにも声をかけてください。僕も、それからもちろんイザークも、あなたの力になりますから」
 そう言って、ニコルは回線のウィンドウの中で、神秘ささえたたえた笑顔で微笑んだ。イザークも、不満は隠せないものの、「一応納得した」というような表情だ。
 アシュランの胸の中に、不意に熱いものが込み上げる。
アシュラン:「・・・わかった。約束する。だから、今はもう離脱するんだ。飛刀ももうここからは引き揚げている。軍からも離脱命令が出ているはずだ」
ニコル:「流石はアシュランですね、いい読みです。丁度今、サポートから離脱命令が入ったところですから。では、アシュラン、気を付けて・・・」
 そう言って、ニコルのブリッツが、ネット空間からログアウトした。
アシュラン:「イザーク、ちょっと待ってくれ!」
 ニコルに続いて離脱しようとしていたイザークを、アシュランは慌てて呼び止めた。ニコルが言った「サポート」という表現に違和感を覚え、それに先ほど『真実』の記されたデータベースで見たことが重なり、嫌な予感がしたからだ。
アシュラン:「今のお前たちのサポートは・・・マリアか?」
 すると、ウィンドウの中のイザークの顔色がさっと青くなり、続いて、イザークは何ともやりきれない表情で、首をゆっくりと横に振った。
イザーク:「・・・彼女は、軍を辞めた」
アシュラン:「な・・・・・」
イザーク:「というか、軍にいられなくなった、と言った方が正しいか・・・。あれ以来、トラウマが完全にフラッシュバックしてしまったらしい。日常生活も満足におくれなくなって、少し前までは、都立の病院の精神科に入院していた。そこから先は俺もわからないが、実家に帰った、という噂まである・・・・・。くそぉっ!!!」
 悲痛な叫びを残して、イザークもネット空間を後にした。
アシュラン:「そんな・・・」
 アシュランは、想像以上に悲惨な事実に、一瞬の間我を忘れて呆然と立ち尽くしたが、すぐに正気を取り戻すと、ずっと気に掛かっていた仲間に回線を繋ぐ。
アシュラン:「・・・・もうこれ以上の犠牲はいらない。繋がってくれ!」
 祈るような思いで、アシュランは相手からの応答を待った。そして、その祈りが通じたのか、向こうからは今一番聞きたかった少女の声が聞こえる。
リャン:「アシュラン!!よかったぁ、やっと繋がった。」
アシュラン:「リャン!!!」
リャン:「それにしても、お前、やったな!有難う。これで、クーウォンを殺人鬼にしないで済んだよ・・・」
アシュラン:「そんなことより、リャン、そっちは・・・・・」
リャン:「有難う。これで、もう思い残すこともない。あたしはこれから、軍に投降するよ・・・・」
 アシュランの背筋が、さっと冷えていった。よく見れば、リャンの背後に、彼女に銃を突き付けた軍の兵士たちが見える。他の飛刀の男たちも、全員拘束されてしまったようだ。
アシュラン:「リャン、おい、待て!!」
 アシュランは、リャンに必死に呼びかけるが・・・。
リャン:「・・・アンタのこと、嫌いじゃなかったよ」
 その言葉を最後に、リャンからの通信は途絶えた。
 その時、ゲンハのフォビドゥンが、凄まじい勢いでアシュランに突撃してきた。ゲンハはそのまま、既に満身創痍のアレックスに強烈なタックルを食らわせると、倒れかけるアシュランを無理やり立たせ、一切手加減無しの力でアシュランのボディを強烈に殴りつけた!
アシュラン:「がはっ!・・・ゲ、ゲンハ・・・・」
ゲンハ:「テメェのせいだぜ!!テメェがわざわざ残んなきゃ、リャンだって残りゃあしなかったんだ!!!」
 自分でそのきっかけを作っておいて、理不尽にも程がある怒りだったが、アシュランには何故か、そのことを嘲笑する気にはなれなかった。ゲンハの語気からは、彼がリャンのことを、アシュラン以上に大切に想っていることが、真に迫って感じ取れたからだ。
 ゲンハは、アシュランの胸倉を再び掴み、更に拳を握り締める。
アシュラン:「くっ・・・・」
ゲンハ:「この場じゃなかったら、今すぐミンチにしてやりてぇところだぜ!!・・・それとも、本当にそうしてやろうか!!あぁ!!?」
あきら:「おい、ゲンハ、止めろ!!クーウォンさんから撤退命令が出てるぞ!!軍の掃討部隊がそっちに向かってる。セキュリティも程無く奪い返されるだろうから、急がないと離脱不能エリアが張られるぞ!!」
 あきらが回線に割り込み、ゲンハの顔が、みるみる不愉快そうに歪む。
ゲンハ:「ちっ!!小僧、運が良かったなぁ!!だがよぉ、この事は、一生、一生忘れねぇからな、よく覚えておきやがれ!!!」
 そう言って、ゲンハはアシュランを乱暴に投げ出すと、そのままネット空間からログアウトした。
アシュラン:「く・・・どうして、こんなことに・・・・・」
 アシュランはログアウトの操作を開始しながら、今日、僅か数時間のうちに起きた出来事を思い起こした。
 想像を絶する『真実』を知り、そしてその禍々しき『真実』の魔手が、アシュランの近しき人たちを次々と絡め取っていく。マリア、月菜、透、そしてリャン。
アシュラン:「俺は・・・本当に、何も知らなかったんだな・・・・」
 アシュランは、あのデータベースで聴いた、悪夢のような『真実』を思い返しながら、戦場をあとにした。



玲佳:「ブザマなものね・・・」
 現実世界に戻ってきた透を出迎えたのは、玲佳の冷たい失笑だった。
玲佳:「折角こっちが親友の仇を討つ『お膳立て』をしてあげたのに、相手を仕留めるどころか、逆に助けちゃうなんてね」
透:「・・・アシュランは、優哉の仇なんかじゃない!優哉を殺したのは俺だ。それに、アシュランは、優哉と同じくらい大切な、俺の親友だ!!」
玲佳:「それで、天国の優哉君が、本当に満足するとでも?」
 玲佳の双眼が、妖悦な笑みに歪む。
玲佳:「知ってるわよ。優哉君、あなたと商売始めるつもりだったんですってね。ハックで稼いだ金とは別に、相当ハードなアルバイトをして溜めたお小遣いが、かなりの額、彼の口座に振り込まれていたんでしょう?」
透:「な、なんで・・・・」
玲佳:「それに、あなたは知らないかもしれないけれど、彼、死ぬその日まで、自分とあなたのコンビを周囲の人たちに盛んに売り込んでいたわ」
透:「何で・・・・」
玲佳:「それなのに、現実は無情よね。標本にされる虫みたいに、お腹の真ん中をグッサリ貫かれちゃって。そして、もう誰も彼のことなど、覚えてはいない・・・」
透:「何で、そんなことを・・・」
玲佳:「「何で知ってるのか?」って?あはは、この前言ったじゃない。私はね、このネット内に、それこそ網目のような情報網を張っているの。私が直接雇おうとしたパイロットの素性なんて、それこそ何だって知っているわ。その周辺の友好関係も含めてね」
透:「・・・・・」
玲佳:「そう、こんなことも知っているわよ。あの子、小さい頃から両親に虐待されて育ったんですって?それでね、優哉君が死んだことを知ったとき、あの子の両親ったらねえ・・・・」
透:「やめろ、やめてくれ!!!」
 玲佳の口調は、他人の尊厳を弄ぶことに慣れた者特有のものだった。透は、改めてこの、橘玲佳という人物の恐ろしさを、心底思い知った。しかし、だからといって、彼女に簡単に屈することはできない。透には、大切な人のことで、玲佳に問いたださねばならぬことがあるのだ。
透:「社長、あんた、月菜に何をした!?」
玲佳:「何って?」
 玲佳の表情は、いささかも動かない。これは、とぼけている表情ではない。それでも玲佳が本当に何も知らないはずなど無い。とすると、玲佳は、己の行った事に、何のやましさも、罪の意識も抱いてないのだ。
透:「あんたの『特訓』とやらを受けてから、月菜がおかしい。いや、もう『おかしい』なんてレベルじゃない!!今日だって、テロリストとはいえまだガキだったやつを容赦無く殺し、挙句、アシュランまで殺そうとした!!!」
玲佳:「ふふ、彼女もアシュランを恨んでいたのよ。あなたみたいにね」
透:「違う!!俺はアシュランを恨んでないし、月菜だってもう恨んでいるはずは無い!!月菜は、俺なんかよりもずっと大人で、優しくて、暖かいやつなんだ!お人好しなあいつが、アシュランみたいなやつを、殺すほど恨むはずは無い!」
 そう。憎しみに逸る透を、ギリギリのところでいつも抑えてくれたのは月菜だった。優哉を殺されて悲しいのは同じはずなのに、それでも、月菜はいつでも、日溜りのような優しい笑顔で透の心を支えてくれたのだ。
透:「あんなこと、月菜が望むはずは無い!十二歳の頃から、年中一緒にいた俺が言うんだ、間違いは無い!!・・・あんた、月菜に何をした!?」
玲佳:「ふふふ、やはり、あなたは賢いわ。でも、そこまで気付いたのなら、今までの周囲の環境も併せて考えれば、もう全部わかっていてもよさそうだけど?」
 豹変した月菜。玲佳が命令した途端、普通なら絶対にするはずの無いことをしようとした月菜。そして、感情の、『自我』の感じられない、V・S・Sのパイロット達・・・。それらが導くところは、一つしか無かった。
 しかし、玲佳の表情には、いささかの罪悪感も無かった。だから、透は、『正解』を導くのが一瞬送れてしまった。
 何故なら、透が導き出した『正解』は、今の世の中、最大級の犯罪行為に値するものだったから・・・。
透:「・・・・まさか、まさか『洗脳措置(マインドコントロール)』!!!?
 そして、玲佳は微笑んだ。一切のやましい所の無い、満面の笑みで。
玲佳:「そう、ご名答よ」
透:「そんな、バカな!!!そんな、第一級の、いや、特級の犯罪行為が、許されるはずは無い!!それも、たかが一企業に!!!」
玲佳:「ふふふ、それがね、許されてしまうのよ。この計画には、あなたもよーく知ってる最先端企業、I・V・Sも関与しているんですもの」
透:「I・V・Sって、今さっき飛刀に襲われた、脳内チップ製造の最王手?・・・・・!! ま、まさか・・・・」
 透の中で、今までバラバラだったピースが、音を立てて合わさってゆく。
 「脳内チップには洗脳用のブラックボックスがある!」という、リー・クーウォンの狂的な思想。そんなクーウォンを、完全に信頼していたあきら。実際に会ったクーウォンの、『狂気のテロリスト』などという言葉からは最も程遠い印象。そして、今ここで、V・S・Sの社長である玲佳から発せられた言葉・・・。
玲佳:「そう。クーウォンの言葉は真実よ。脳内チップを使った洗脳計画は、実在するわ」



 ニューロジャックを外しながら、アシュランは思い出していた。あの時、I・V・Sのデータベースで見た『真実』のことを・・・。


 目の前に、重厚な扉が見えた。おそらく様々なセキュリティを張り巡らしているであろうこの扉の厳重さは、中にある物がそれほどまでに重大、且つ後ろ暗いものであることを、暗に示しているようだった。
 クーウォンが、気遣わしげな声で言った。
クーウォン:「本当に、いいのかね?これを見てしまったら、君はもう、後戻りはできないのだぞ」
アシュラン:「くどいですよ、クーウォン。俺はここに来ることを決めた時から、覚悟はできていましたから」
 アシュランの決然とした返答を聞いて、クーウォンもまた、しっかりと頷いた。
クーウォン:「そうか。わかった。・・・あきら、そちらの方はどうだ?」
 回線から、あきらの得意気な声が聞こえてくる。
あきら:「バッチリですよ!もう、この扉も、開けっ放しの襖と変わりませんや。どうぞおいでませ、って感じです!」
クーウォン:「そうか・・・。なら、行こう、アシュラン。君に、『真実』を見せよう!」
 そう言うと、クーウォンは扉を開けて、その中へと入っていった。
 アシュランもそれに続こうとしたとき、あきらが遠慮がちに言った。
あきら:「アシュラン・・・、気を、しっかり持てよ」
アシュラン:「わかってる。心配してくれて、ありがとう」
 そして、アシュランも、何重にも隠された『真実』の中に、足を踏み入れたのだ。


 中は、案の定データベースだった。各種データを示すグリットが、無機質なまでに規則正しく並んでいる。
 しかし、普通と違うのは、全てのデータの表面に『最重要機密(トップ・シークレット)』の文字があることだった。
 クーウォンは最早何も言わずに、その中の一つに無造作に触れ、『音声再生』のアイコンを押した。
 途端に、録音されていた機械音声が、その中に封じられていたデータの内容を、再生し始めた。


※:「脳内チップによる民衆洗脳計画、『プロジェクト・リバイアサン』の概要に関するデータの総覧。
洗脳措置は、今世紀に入り、脳内チップと神経挿入子(ニューロジャック)の開発、およびそれに伴うネットへの接続形態の変化によって、前世紀より遥かに容易なものとなりました。ネットへの接続が、脳内チップとニューロジャックを使用して接続者の脳内に構成されている情報を仮想空間にアウトプットする者である以上、同じ原理で他の情報を接続者の脳内にインプットすることもまた、可能であるからです。
大衆を思いのままに操る、という、為政者たちの永年の夢の実現のため、洗脳技術は、社会の裏側で、常に試行錯誤されていました。この計画の実現のためには、従来型の洗脳措置に加え、外部から不特定多数の者たちに具体的かつ精密な指令を送り、大衆がこれを正確に実行に移す、ということが可能なシステムの確立が必要不可欠でした。
そして、今回遂に完成したのが、現在考えうる上で最も効率的な大衆洗脳プロジェクト『プロジェクト・リバイアサン』と、そのためにV・S・Sの水坂博士夫妻が開発、我がI・V・S社が製造を担当した新型脳内チップ『ジーク・カイゼル』なのです」


アシュラン:「ま、まさか、本当にこんな事が・・・・」
 まだ冒頭だと言うにもかかわらず、既に我が耳を何回も疑う内容だった。
クーウォン:「驚いている暇は無い。一語一句漏らさず聴きたまえ」
アシュラン:「あ、ああ・・・・」


※:「このチップの実験のため、V・S・Sは、外部からの指令を被洗脳者に正確に実行させるための補助チップを開発、V・S・Sと本社を含む、一部の最先端企業の社員に秘密裏に埋め込みました。
この補助チップは、ある特定のマザーAIから発せられる外部からの電気信号により、ネット内、現実内において、被験者達の脳内の電気信号をある程度コントロールすることにより、マザーAIの意思を、被験者全員に忠実に実行させることができます。
しかし、唯一の欠点として、被験者達に通常レベルの『自我』が存在している場合上手くいかないことが多く、その場合、指示できる行動が極端に単純なものに限定されてしまいます。この欠点を解消するためには、被験者達の自我を予め従来型の洗脳措置によって封殺する必要があり、これでは何十億の大衆を思いのままにコントロールすることは、不可能でした。」


アシュラン:「これが、さっきの・・・・。」
 アシュランの脳裏に、自ら舌を噛み切って絶命したI・V・Sの社員の姿が思い起こされる。つまり、あの惨劇は、この悪魔のような補助チップの統率者であるI・V・SのマザーAIの命令によって引き起こされた事態である、ということなのだろう。
クーウォン:「その通りだ。脳内チップの埋め込みの義務化によって、この手の外科手術は格段に進歩し、その痕跡が全く残らないようにさえなった。故に、企業全体が本気で企めば、その中にいる社員たちに全く気付かれずに、このような措置を行うことも不可能では無いのだよ。さあ、まだ続くぞ」


※:「そこで開発されたのが、前述の新型脳内チップ『ジーク・カイゼル』です。
このチップは、一見すると従来型のチップと何ら違いは無く、その差異を発見することは、現在の技術では完全に不可能です。
ですが、このチップには特殊なブラックボックスが存在します。これは、上記したV・S・S開発の補助チップと同じ働きをする他、ある特定の波長の電波を繰り返し受けることによって、脳内に特殊な機関を形成する働きがあります。その機関は、ある特定の思考パターンの脳波に反応し、最新型の脳内チップと連動することにより、被験者に対し、ほぼ無意識の大きな快楽又は苦痛をもたらします。
この機能は、昨今、囚人の更正のための補助チップ、という形でテストが成され、既に一定の成果を挙げたことが確認されております」


 ここで、アシュランはあきらの話を思い出した。非社会的なことを考えると大きな苦痛を、社会貢献するようなことを考えると天上の快楽をもたらす補助チップの話を。そして、粗暴な凶悪犯が、異常なまでに社会的な人物に造り替えられてしまった、という話を。
 この『新型脳内チップ』というやつは、これらの状況をより隠密的に作り出し、多くの人の感情パターン、ひいてはその人の価値観までも、自在に造り替えることができるのだ。


※:「なお、この機関形成に必要な種類の電波は、現在使われている全ての映像、音声メディアに、サブリミナルとして載せて流すことが可能です。
また、これらの外部的な感情コントロールによって、被験者の『自我』のレベルを、被験者本人にはほとんど気付かれずに、著しく低下させることが可能です。この状態では、マザーAIを使用しての指示の伝達も可能であることが確認されています。
また、マザーAIの指示も、全てのメディアを使用して伝播させることが可能です。現在、メディアの普及率は世界的に見ても、99.76%。この新型チップを使用することにより、ほぼ全ての人間を、ネット・リアルを問わず、思い通りに操ることが可能です」


 普段通りに、日常生活を営む人々。しかし、この時代には欠かせない、メディアへの接続によって、現実世界でテレビを見ている時に、音楽を聴いている時に、そしてネットに接続した時に、悪魔のような電波が新型のチップに流れ、それは知らず知らずのうちに、悪魔の機関、悪性の腫瘍のようなものを脳内に形成する。
 そして、人々は無意識的且つ抗い難い快楽と苦痛によって、一方的な道徳を知らぬ間に押し付けられ、いつしか己の頭で判断する能力を失い、一部の権力者たちがデメディアに載せて流す指令に忠実に従うだけの、単なる操り人形と化す。


※:「これらのチップは、現在そのプロトタイプが、チップの植え付け義務を課される年齢である初等教育就業時の児童たちに、従来型のチップの代わりに秘密裏に埋め込まれました。
なお実験は、一部の生徒たちに対し、チップにより形成された機関が後に脳に致命的な損傷を及ぼすという、言わば失敗作を形成するという不具合が発生。機密保持のためこれらの児童を、悪質なハッカーによるウィルス事件に見せかけて『削除』。
更に、これらの不具合も、早急に改善することに成功しました」


 流れる音声と同時に、『資料映像ファイル』のアイコンが数個点灯する。
クーウォン:「・・・見るかね?」
アシュラン:「・・・・はい」
 凄惨な、胸糞悪い映像が流れることはわかっていた。しかし、全ての『真実』を見る、と決めた以上、その全てから目を逸らすことは許されない。アシュランの決意を受けて、クーウォンはそのアイコンのうちの一つを押した。空中に、正方形の大きなウィンドウが開く。
 そこには、教師と思しき若い女性が、目を見開き顔中から血を流してぐったりしている子供を抱かかえ、半狂乱で泣き叫ぶ姿が記録されていた。そして、アシュランには、この若い女教師に見覚えがあった。
上品で知的そうな眼鏡。清楚で艶やかな、流れるような長い黒髪。そう、この女性は・・・。
アシュラン:「マリアさん!!?」
 過去にマリア・ハウを襲った不幸は、それこそ悪質なハッカーの仕業であると、アシュランも思っていた。しかし、真相は、こんな所に転がっていたのだ。
 あの優しいマリアが、こんなことのために、あんなにも酷い苦しみを受けねばならない道理など、あるはずが無い!
アシュラン:「くそっ!!!」
クーウォン:「そうか、あの女性は知り合いか・・・。心中を察するよ・・・・」
 音声の再生は、更に続いていた。


※:「この新型脳内チップは、来年以降、各国各地の教育機関で、本格的に使用される予定。また、従来型のチップの者たちにも、軍、警察、その他各職場、地域において、健康診断などの体裁を取り、V・S・Sの補助チップと囚人更正補助チップの機能を併せて更に改良した型の補助チップを秘密裏に埋め込むことにより、新型のチップと同様の機能を持たせることを企画しています。
これらの措置によって、三年後にはこの全人口の約70%がこの計画の影響下に入ることが予想されます」


 そこで、データは終わった。
アシュラン:「・・・・・・」
 アシュランは、あまりの内容に、しばらく声も出なかった。
 そして、こういったことがまかり通っているということは、これはV・S・SやI・V・Sらの一部の企業の陰謀、というわけではあるまい。
脳内チップは、いくつもの第三者機関による厳正なチェックを受ける。中には、当然政府の機関も存在する。それも、ほぼ全ての国で、だ。
つまり、この計画は、国家ぐるみ、いや、世界中のあらゆる国家が絡んでいることが、大前提なのだ。
 そして、その中には、今までアシュランが所属していたZAFTの上層部も含まれているだろう。下手したら、その中には父も・・・。
 アシュランは、急に世界中全てのものが敵になったかのような錯覚におそわれる。いや、これは、完全には『錯覚』ではない。こんな非人道的なことが、世界中の指導者たちの手によって、着々と行われているのだ。
 やっとのことで現実を認識したアシュランは、思わず声の限りに叫んだ。
アシュラン:「こんなことが・・・・こんなことが、許されていいのか!!?



透:「・・・・こんな、こんなことが、許されていいのか!!?
 玲佳が語った『真実』のあまりの酷さに、透は声の限りに叫んだ。
玲佳:「もちろん、許されるわ。この計画実現のために、色々苦労したんですもの。そう、色々と、ね・・・・」
 一瞬、玲佳は悲しげな視線を遠くに彷徨わせたが、次の瞬間には、この上なく邪悪で妖悦な笑みを浮かべていた。
透:「全世界の大衆を洗脳って・・・旧世紀の独裁者みたいに、全体主義統治(ファシズム)でも敷くつもりか!!」
玲佳:「ふふ、まあ、過程ではそうなるかもね」
透:「過程?」
玲佳:「そう。確かに、『洗脳による全世界統治』は、愚かな為政者たちの永遠の夢でもあるし、実際にこの計画が発動すれば、彼らは喜んで、ファシズム世界を創り上げるでしょうね」
透:「それが、あんたの目的じゃないのか?」
玲佳:「透君、年上の女性に「あんた」なんて言うものではないわ。・・・・そうね、確かに、あなたから見れば、私もつまらないファシストのように見えるかもね。けれどね、透君。あなたは知っているかしら。『大衆』というのは、あなたが考えるよりも、遥かに愚かで、救いの無い生き物よ」
 玲佳の双眼が、ひどく悲しく、冷たい色に彩られる。
玲佳:「自分で考えることもせず、ただ周囲からの、あるいはマスメディアからの情報に踊らされ、まるで意思など存在しないように右往左往し、他人を傷付けてもその自覚さえない。そして、確かに個人には『意思』はあるかもしれないけれど、彼らはそれを、自分の欲望を満たすためだけにしか使わない。人が『自由』という言葉を使うのは、他人を踏みにじる時だけ。そのせいで、戦争、環境破壊、貧困、身分格差、その他諸々、どれだけ多くの悲しみが生まれたことかしら・・・」
透:「・・・・・」
玲佳:「無論、今この計画を支援している人たちも、それは変わらないわ。だから、そんな彼らが、手に余る玩具でこの世界を上手くコントロールしていけると思う?」
透:「100%、思わないな。」
玲佳:「そうね。だから、遠く無い未来、必ず破局は訪れる。でも、訪れてしまえばいいわ。その方が、世界は綺麗になる・・・」
透:「な・・・」
玲佳:「そう。愚かな指導者たちも、半端な『自由意志』を持った愚かな大衆たちもいなくなった世界。『意思』などという余計なものを削ぎ落とした、『あるべき形の世界』でこそ、我々は幸せになるのよ!!」
 透の目には、玲佳の顔にハッキリと『狂気』の二文字が見えた。
玲佳:「そして、V・S・Sはその中心母体とするために、私が作ったの。これこそ、未来の世界のあるべきモデルケース。そして、『正しい世界』の中心に位置すべき存在なのよ!!」
透:「・・・狂ってやがる!!」
 これならば、クーウォンら『飛刀』があのような行動に走るのも、わかる気がする。彼らは玲佳の企みに、幸運にも、あるいは不幸にも気付いてしまった者達なのだ。
透:「そんなことのために、あんたは、月菜までも!!」
 玲佳に殴りかかろうとした透を、いつの間にか現れたボディーガードと思しき男が、思い切り殴りつけた。透は吹っ飛ばされ、そして透を全力で殴った拍子に男の目を覆っていたサングラスが落ちる。
透:「ぐぅ、っててて・・・」
 透は痛む頬をさすりながら立ち上がり、自分を殴りつけた男の顔を見た。やはり、彼にも一切の表情は無かった。
玲佳:「ふふ、透君、そう焦っては駄目よ。約束通り、あなたはきちんと月菜に会わせてあげるから。さあ、付いていらっしゃい」
 玲佳はそう言うと、洗脳されて人形と化しているボディーガードを伴って、移動式ダイブスペースを悠々と後にする。透は、慌てて玲佳の後を追った。
 
 移動式ダイブ用トレーラーは、いつの間にかV・S・S本社の目の前に到着していた。
 玲佳はすぐに地下への階段を下り、そしていつか透が月菜の呻き声を聞いた、地下の医療質の前で立ち止まった。
玲佳:「さあ、透君。愛しの彼女が待っているわよ」
 玲佳の不敵な笑みに、限りなく不安を急き立てられながらも、透は意を決してその扉を開けた。
 途端、異様な空気が部屋中に漂っているのを、透は感じた。周囲には、白衣を着た医療スタッフと思しき人達が、何の感情も篭らぬ動作で、ただ黙々と機械やデータと向き合っていた。
そして、その悪夢的なまでに無機質な光景の中で、月菜は全裸で、仰々しい椅子に手足と胴を拘束されて座っていた。
透:「月菜!!」
 月菜の白くきめ細かい肌には、無数の電極が、びっしりと張り付いていた。顔には未だに無数の玉のような汗が浮かび、目元にはまだ新しい涙の跡がくっきりと残っていた。首筋には数個のニューロジャック、頭には無数の配線が通った物々しいヘッドギアが被せられており、その様は、まるで電気椅子で処刑される死刑囚のようだった。
透:「玲佳!!月菜に、何をしたんだ!!!!」
玲佳:「あら、遂には呼び捨て?」
 憤怒のままに玲佳に詰め寄る透だが、玲佳はただ、自慢げに微笑むだけだった。
玲佳:「何って、言ったでしょ、『訓練』よ」
透:「こんなメチャメチャな訓練があるか!!」
玲佳:「論より証拠、ってことね。なら、いいわ。スイッチ入れなさい!」
 玲佳が指示を出すと、医療スタッフの一人が、操り人形そのもののぎこちない動作でスイッチを入れる。途端に、低くくぐもった機械の駆動音が辺りを震わせ。
月菜:「!!ぐうぅ、ぐ、ああぁっ!!!」
 月菜が、弾かれたようにビクン、ビクンと大きく痙攣し、地獄の業火に焼かれたような曇った悲鳴を上げて苦しみ出した。
透:「月菜!!やめろ!これは、ただの拷問じゃないか!!」
玲佳:「透君、これも立派な訓練なのよ。ねえ、透君。あなたほどではないとは言え、非常に高い才能を持った月菜が、何故今まで開花しなかったか、わかる?」
透:「何だよ、こんな時に!!そんなの、知るわけ無いだろ!!」
玲佳:「あらあら、月菜も可哀想ね。いいわ、教えてあげましょう。まあ、これには多分、彼女が大器晩成型だったとか、色々な要素があるんでしょうけど、大きな原因の一つは、彼女があまりにも優しく、素朴で、穏やかな、つまり『戦い向きの粗雑(クルード)な性格』をしていなかったからよ」
 確かに、そうだ。月菜は、平気で人を傷付けられるような性格じゃない。少々乱暴な所はあるが、お人好し過ぎるくらいにお人好しなやつなのだ。戦士になんて向いているはずは無い。
玲佳:「だから、彼女には『戦いの心構え』から教えなくてはならなかった。ふふ、こんな時、洗脳技術には応用が利くのよ」
透:「何!?」
玲佳:「洗脳技術の一つ、『サブリミナル効果』を利用してね。ニューロジャックによって、無数の戦い方、シュミクラムの操縦の仕方、武器の使い方のパターンを、無意識下に丹念に丹念に刷り込んだの。そして、その効率を上げるために、彼女には機械で常に、極限状態を体感してもらっているわ。地獄の飢え、最悪の乾き、瀕死の苦痛、或いは狂わんばかりの快楽なんかもね。そうそう、性的絶頂(オルガスムス)、なんてのもあったわね、ふふ」
透:「じゃあ、あの機械は・・・」
玲佳:「そう。彼女に幾通りもの極限状態を、ランダムに、短期間に何百回、何千回も体験させるための機械。ここまですれば、大抵の人間は余計な『自我』など跡形も無く吹き飛ぶ。暗示にはこの上なくかかりやすくなるし、無論、洗脳するにも最適の状態になるわ」
透:「なんだって!!? それじゃあ・・・・」
玲佳:「ふふふ、大丈夫よ、安心して。月菜の自我は、まだ死んでないわ。・・・というか、こちらとしてもこれは驚くべきことなの。大抵の天才パイロットが、一日と持たず、戦闘人形どころかそれすら通り越して廃人になるようなレベルでやってるにもかかわらず、彼女は一週間以上、ギリギリのレベルで自我を保っているのだから」
 その言葉に反応したわけではないのだろうが、月菜が苦しげに、息も絶え絶えに喘ぐ。
月菜:「とおる、とおる、助けて・・・。痛いよ、苦しいよ、とおる、とおる・・・・」
透:「月菜!!くそっ!!!」
 透はあらん限りの力で医療スタッフたちをなぎ倒し、機械のスイッチに飛び付き、それをオフにした。
月菜:「とお・・る・・・・・・・」
 地獄の苦痛と天上の快楽から、一瞬にして同時に開放された月菜は、白目を剥いて口から泡を吹きながら、がっくりと気を失った。
透:「月菜!!」
玲佳:「はい、それまでよ!!」
 気が付くと、辺りの医療スタッフたちが皆、拳銃を構えて、透を取り囲んでいた。
透:「くそっ、そりゃ、秘密を知った俺たちをおいそれとは帰してくれないよな!!すまない、月菜!!結局、お前を守れなさそうだ!!!」
 透が覚悟を決めた、その時。
玲佳:「ふふふ、まったく、あなたはせっかちね。まあ、そこが可愛いのだけれど・・・」
 玲佳の声は、場違いにも母性に溢れていた。
玲佳:「私はね、あなたたちがとても気に入っているの。無論、戦闘人形としてだけではなく、ね。だから、透君、あなたが何としてでも月菜を自由にしたいと言うのなら、一つ、賭けをしましょう。それにあなたが勝てば、あなたは自由よ」
透:「賭け、だって!!?」
 この状況で『賭け』など、ただの罠か、いや、玲佳が自分たちを玩具にして遊んでいるとしか思えなかった。
玲佳:「あらあら、そんな目で見ないでくれないかしら。本当に傷付いてしまうわ。安心しなさい。約束は守るし、条件は対等にするわ。私もあなたも、等しくチャンスがあるものよ」
 玲佳の口調は、このときばかりは何故か、とても誠意に満ちて聞こえた。それに、どの道、このままじゃどうあっても逃げる道など無い。透には、賭けに乗る以外の選択肢は残されていないのだ。
透:「・・・それで、勝負は何だ?」
玲佳:「あら、ようやくわかってくれたようね。ふふ、勝負は『MSによる一対一での一本勝負』よ。無論、フリーダムの使用も認める。これなら、あなたに不満は無いでしょう」
透:「ああ・・・」
 確かに、透にとっては、これ以上無い好条件だ。それに、透とフリーダムのコンビに勝てるパイロットなど、V・S・Sにもいるとは思えない。
玲佳:「さあ、ニューロジャックならここにあるわ。大丈夫、小賢しい細工は、絶対にしない」
透:「・・・信用するしか、無さそうだな」
 透は手近なニューロジャックを掴むと、ままよとばかり、それを首筋に突き立てた。


『没入(ダイブ)』


そして、透はシュミクラム体で、V・S・Sのシュミクラム戦闘訓練フィールドに降り立った。
透:「さあ、玲佳、相手は誰だ!!!」
玲佳:「ふふ、言われずとも、すぐにあなたの目の前に現れるわ。」
 すると、確かに透の目の前に、一機の見た事も無いガンダムタイプのシュミクラムが出現した。
全身はトリコロール、しかし青や白を前面に押し出したような、清潔感のある配色だ。背面には戦闘機の翼のようなバックパックスラスターを左右に一つずつ、鶴のくちばしのような物が折りたたまれたスラスターを中心に一つ背負っている。頭部は白、角は四本。左腕には、妙に細長い、先端が三角形状になった小振りなシールドを装備していた。
玲佳:「我が社の最新型、“ゼータガンダム”よ。実戦使用は今日が初だけど、稼動試験もインストールも済んであるから、動作に問題は無いはず。これがあなたの“フリーダム”を除いた、我が社の現在の最高のシュミクラムよ。パイロットも、多分、今ならあなたに匹敵するんじゃないかしら」
透:「なるほど、最強の機体に最強のパイロットか・・。確かに、条件は対等だな。相手にとって不足は無い!!俺は、どんなことをしてでも、月菜を助けて自由になる!!」
玲佳:「いいわ。それじゃあ、勝負はどちらかが戦闘不能になるまで。さあ、行きなさい、月菜!!」
透:「何!!?」
月菜:「了解しました。標的確認、これより排除します・・・」
 透が事態を理解するより早く、ゼータはビームライフルを出現させ、透に向けて容赦無くビームを放つ。
透:「くっ!!これは、一体どういうことだ!!?」
 透はビームをかわしながら、こちらもビームライフルを召喚、ゼータに向けて構えた。しかし、トリガーを引こうとした時、透は半ば本能的に、ある違和感を思い出した。
透:「・・・そうだ、『ここが模擬戦場』だとは一言も言ってなかったな、玲佳!!やっぱり、貴様、騙したんだな!!!!」
玲佳:「あらあら、人聞きの悪い。私は、きちんと勝利条件を『相手を戦闘不能にすること』に設定したわ。月菜を救うには、十分な好条件よ」
月菜:「・・・・収束」
 月菜がビームライフルのグリップを後ろに倒し、ライフルを銃口を上にして縦に持ち替えると、銃口からは収束したビームがビームサーベルのように延びた。月菜は、銃剣と化したビームサーベルを振って、透に突撃する。
透:「くそっ!月菜を盾に取るなんて、見下げ果てたぜ、橘玲佳!!!」
 透は斬撃をかわしながら反撃しようと試みるが、相手が月菜、しかも実戦フィールドのここでは、万が一の事故を恐れて、迂闊に発砲することはできない。
玲佳:「まったく、失礼ね。いい、透君。あなたは、ハッキリ言って強すぎるわ。我が社の恥を曝すようだけど、あなたに匹敵しそうなパイロットは、今の我が社にも月菜くらいしかいないの。だから、例えあなたの恋人でなくとも、この状況なら私は月菜を差し向けたでしょうね」
透:「だからって!!それに、月菜は戦える状態じゃないはずだ!!」
玲佳:「洗脳は、意思に働きかけるものよ。そして、意思が物を言うネット空間では、いくら現実の肉体が疲弊していたとしても、全く問題はないわ。それにね、透君。あまり、月菜とゼータをなめない方がいいわ!」
 透は月菜の攻撃をかわしながら、慎重にビームで狙撃、月菜のビームライフルを過たず撃ち抜いた。しかし、月菜はそれと同時にシュミクラムの身長以上の大きさを持つ巨大な超高出力ビーム砲“ハイパーメガランチャー”を召喚する。透は、その威圧的な巨大なビーム砲に嫌な予感を覚え、反射的に後退しようとした。
月菜:「・・・逃がさない!」
 何とゼータは、飛び上がると瞬時にウェブライダー形態に変形し、猛スピードでフリーダムを追った。
透:「こいつ、可変機なのか!?・・・くそっ、月菜となんて戦えるか!!」
 透は、フリーダムを最高出力で飛ばして月菜から逃れようとした。しかし、ウェブライダーと化したゼータは、物凄いスピードでフリーダムに追いつくと、更に加速、あのレイダーをも遥かに凌ぎ、透をして史上最高の機動力と思わしめたフリーダムを、あっさりと抜き去った。
透:「なんだって!!!?」
 そして、透が「追い抜かれた」と思った時には、月菜は既に変形を解除して透の死角に回り込み、両手でハイパーメガランチャーを構えていた!
月菜:「ロック、完了」
 ハイパーメガランチャーの銃身が伸び、凄まじいまでの破壊力を持ったチャージショットが放たれた!強大なビームの奔流は、フリーダムの左翼を、左腕を、更には左のレールガンまでをも飲み込み、消滅させる。
透:「ぐあっ、クソッ!!」
 一気に窮地に追い込まれた透は、一瞬、相手が月菜であることを完全に忘れ、ゼータに向かって矢継ぎ早にビームを放った。しかし、針をも射抜く正確な射撃を、月菜は機体を再びウェブライダーに素早く変形させると、さも当然のことのように、すいすいと簡単に全弾をかわしてみせたのだ。
 更に、今度は目にも留まらぬスピードで透の死角に再び潜り込むと、腰部アーマーからビームサーベルを引き抜き、透に斬りかかった。
透:「くそっ、確かに・・・」
 瞬時にビームライフルが斬り裂かれ、透は素早くビームサーベルを抜いて応戦するが、常識からも人道からも外れた『特訓』を受けて驚異的に実力を伸ばした月菜には、いくらフリーダムとは言え、半壊の状態では太刀打ちなどできはしなかった。透は斬り合いにおいても瞬く間に押され、遂には右腕も斬り落とされた。更に、トドメとばかりに放たれた強烈な蹴りを透はまともに食らい、地面に背中から勢いよく打ち付けられる。
透:「つ・・強い!!」
 そして、月菜は透の上に馬乗りになり、右腕の裏面に装備されたハンドグレネードを透のコックピットに向けた。
透:「く、くそ、月菜・・・・」
玲佳:「あらあら、これはまた、随分と呆気なかったわね。・・・まあ、確かに実戦フィールドで相手が月菜では、どうやったって全力を出すことはできなかったんでしょうけどね。でもね・・・」
 ハンドグレネードの銃口から、閃光が迸った。
玲佳:「あなたが“何としてでも”月菜を助けたかったように、私は“何としてでも”あなたたちが欲しかったの。これで、イーブン。条件は対等よ」
 透のコックピットを、まるで巨大な岩石を叩きつけられたかのような、強烈な衝撃が襲う。
透:「ぐがぁぁぁぁぁ!!!!」
玲佳:「ふふ、月菜の強固な自我を崩すには、どうしても『彼女が絶対的に意図しない行動』を強制的に取らせることが必要だった。さっきの仇討ちの件では失敗したみたいだけど、これなら、十分月菜の自我も壊せるわ。何しろ、最も愛する人を、自分の手で傷付けたのだから・・・・」
 月菜は更に容赦無く、第二射、第三射を放つ。
透:「ぐあぁ!!があぁっ!!!」
 PS装甲によって、グレネードによる装甲の損傷はほとんど零だったが、その圧倒的な衝撃は、コックピット内部の透を容赦無く打ちのめしてゆく。
 そして、第五射目が放たれた時、透の意識は完全に淀み、最早立ち上がる気力も残っていなかった。
玲佳:「勝負有りね。それじゃあ、あなたも私のものになってもらうわ。医療班、彼にも措置を!・・・・さあ、あなたもいらっしゃい、天上の楽園、天獄へ!!」


『強制離脱(アボート)』


 透の中に、圧倒的な暴力を伴って、あらゆる苦痛が、快楽が、雪崩を打って侵入してこようとする。
透:「うあぁぁぁ、やめろぉぉぉぉぉ!!!」
 透は、必死にそれらを押し留めようとするが、身体の節々が先程から激痛に苛まれており、あまりにも暴力的過ぎる外部からの侵略を、思うように止めることができない。
透:「やめろぉぉ、俺の中に、入ってくるなぁぁぁ!!!」
 しかし、透の叫びも虚しく、外部からの凶悪な侵入者たちは、透の脚から、手から、背から、腹から、そして頭から、次々と透の中身に殺到する。
透:「やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
 侵略者たちは、透の中身を、透が何より大切にしていたものを、まるで貪るように、バリバリと、食い始めた。
透:「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 苦痛が、今はテロリストに身を投じている悪友の姿を食い尽くした。
 快楽が、透に憧れ、そのせいで幼い命を散らした少年の姿を食い尽くした。
 痛みが、全てを失った透を拾い、育ててくれた男の姿を食い尽くした。
 今は亡き唯一無二の親友の姿が、その親友と似た雰囲気を持った碧色の瞳の青年の姿が、これからもずっと一緒に生きていこうと共に誓った愛しい少女の姿が、次々と無残に食い尽くされ、消えてゆく・・・・。
?:「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!!!」
透:(あれは・・・誰だっただろうか・・・・?)
 最後に残ったのは、とても懐かしく、とても大切だった人の存在。絶対に守り抜くと誓った、幼い少女だった。だが、透には、それが誰だったのか、どうしても思い出せなかった。
 そして、最後に残った、その少女の不鮮明な輪郭までもが食い尽くされた時・・・。


 『相馬 透』は、この世から消え去った。


『洗脳完了』




第二十一章『陰謀』完

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現在社会人として東京都心の企業に勤めている。出身地は北海道。
一人っ子。故に(?)わがままでせっかちなところがある。趣味はドライブと創作作品鑑賞。ただし基本的に超インドア。
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