Endless world -咬龍の庭-
このページは、僕の好きなゲームや漫画、テレビ、そして日常の出来事などのことをつれづれなるままに書いていくブログです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

創作小説『バルドフォースG』第二十三章
ガシガシ掲載していきます、『バルG』の第二十三章です。

そういえば、今日から『スターゲイザー』の第三話配信開始ですね。前二回が非常にクオリティの高い映像作品だったので、今回の最終話もどれほどの作品を魅せてくれるのか、非常に楽しみにしています。近日中に観て、感想も書きますよ~(^-^。

では、本文にはいつも通り「READ MORE」にてお入りください。








バルドフォース エグゼ
バルドフォース エグゼ
PlayStation2
アルケミスト



バルG第二十三章  『孤独』




 奥底に封じられた自我の中で、透は夢を見ていた。とてもとても、永い夢を。とてもとても、遠い夢を。
 何時のことなのか、何処のことなのか。それとも本当にあったことなのかさえもわからない、そんな夢だった。


 病院のような施設の中で、女の子が泣いている。ちょっと日本人とは違った大陸系の顔立ちの、とても可愛らしい女の子が、沢山の白衣を着た男に囲まれ、酷い事をされると、心底怯えて泣いている。
女の子:『いやぁ、おねがい、はなしてぇ!!!』
長身の男の子:『止めろ、リャンに酷いことするな!!!』
 女の子が泣いていると、いつも長身の男の子は飛ぶようにやって来て、いつも白衣の男たちに立ち向かっていったのだ。
白衣の男:『いてぇ!!何すんだ、このガキ!!』
 既に大人の男の人と同じくらいの身長があった男の子は、力も強かった。物凄い力で殴られた白衣の男の人が鼻血を噴出して倒れた。その隙に男の子は女の子の手を引いて連れ出そうとしたけれど、すぐに別の白衣の男たちに捕まって、男の子は残りの数人に囲まれて、何度も何度も殴られた。
女の子:『ゲンハ、ゲンハ!やめて、おねがい、やめて!!!』
男の子:『ぐっ・・・へ、リャン、これくらい、どってこと・・・がっ!!』
 男の子は何度も殴られ、顔中痣だらけになって、目に涙が浮かび始めた時、眼鏡をかけた、長身の男の子よりもずっと背の高い先生が慌ててやって来て、殴っていた大人たちを止めた。
眼鏡の先生:『止めないか、相手は子供だぞ!!少しは愛情を持って接したらどうなんだ!!!』
 すると、さっきまで男の子を殴っていた男の人が、少しも悪びれずに言った。
男:『へ、モルモットに感情移入したって辛いだけですよ、リー先生!』
眼鏡の先生:『なんだと、キサマ!!』
 眼鏡の先生は、普段はとっても優しくて、妹に少しくらい悪戯をされても、笑って許してくれるような人だった。その先生が、今は本気で怒っている。その形相は鬼みたいにおっかなくて、乱暴な男の人たちも皆一様に竦み上がった。
 眼鏡の先生はすぐに優しい顔に戻り、女の子に温かい笑顔で笑いかけた。
眼鏡の先生:『さあ、リャン、それにゲンハ。今日の実験には、先生もちゃんとついていてあげよう。なんなら、君達の好きな歌を歌ってあげてもいい』
女の子:『・・・でもリー先生、音痴だろ。いいよ、そんなの』
眼鏡の先生:『ははは、そうだったな』
 眼鏡の先生の笑顔は本当に暖かくて、女の子はそれを見てようやく笑顔を取り戻した。そして女の子は、先生に連れられて部屋を出て行った。でも、見てしまった。女の子の手が、小刻みに震えているのを。
それはそうだ。あの、得体の知れない『実験』は、痛いとか、苦しいとか、そんな次元を超えていた。酷い時には、まるで自分の魂が身体と引き離されるような苦痛を味わう事さえあった。それが、怖くないはずなんて無い。
 そんな女の子の様子に気が付いたのか、先生も、何ともいえない悲しい表情で、女の子を見ていた。
 そんな様子を、部屋の壁にはめ込まれた大きなガラスの向こうから、同い年くらいの男の子が覗いていた。
男の子の、とても綺麗な碧色の目が、何故か強く胸を打った・・・。


 突然、場面が変わった。
 さっきと同じ研究所の、別の一室で、栗色の短い髪の女の子が、一心不乱にパズルに取り組んでいた。
妹:『ねえ、ひかるちゃん。そのパズル、あたしもやっていいかなぁ?』
 女の子と同い年だった妹が、女の子と仲良くなろうと必死に声をかける。けど女の子は、妹の声なんて耳に入っていないみたいに、黙々とパズルを組み立てていた。
妹:『ねえ、いっしょにあそぼうよ、ねえ!』
 妹が女の子の耳元で大きな声を出すと、遂に女の子は妹に向き直って、言った。
女の子:『うるさいなぁ、あっちへいけよ!ジャマなんだよ!!』
 妹が泣きそうになり、僕はたまらず女の子に向かって言った。
透:『そんな言い方ないだろう!あいつだって、友達がほしいんだ!』
 すると、女の子はついっとそっぽを向いて、こう言った。
女の子:『しょうがないなぁ・・・。でも、このパズル、あの子には絶対無理だよ』
 その子の言う通り、妹は女の子の隣に座ってパズルを解こうとしたけれど、全然できなくて困ったような顔をするばかりだった。そして結局パズルは、数時間後、女の子が一人で完成させてしまった。
 そのパズルは真っ白で、その上何千ピースもあった。後でリー先生に話を聞いたところによると、そのパズルは大人でも、リー先生のように頭のいい人でも、解くのに物凄く時間がかかるものらしかった。


 また、場面が変わった。
 今度は、どこかの森の中のような場所だった。近くに、小川のせせらぎの音が聞こえる。
 その中で、僕はあの長身の男の子に、思い切り殴られていた。
透:『ぐっ!!・・・こ、この!!』
 透は殴り返すが、男の子は透のパンチを、上体を逸らせてあっさりかわし、そのままの体勢で、ものすごく痛いパンチを透の顔面にお見舞いした。
透:『つっ、・・・くぅ』
男の子:『へっ、どうだ、思い知ったか!!二度とあんなことが言えねぇように、コテンパンに叩きのめしてやるから覚悟しろ!!』
 そう言って、男の子が倒れた僕にもう一発蹴りを入れたところで、血相変えた女の子に連れられてやって来たリー先生がやって来て、叫んだ。
リー先生:『ゲンハ!!貴様、何をやっている!!』
 途端に、男の子の体が、ビクッと震える。近所の年上の子供たちに何人いっぺんにかかってこられても全然負け無しだった男の子も、怒ったリー先生だけはおっかなかった。
リー先生:『あれほど無闇に暴力を振うなと、何度も言ったはずだぞ!!!』
 けれど男の子は、逆にリー先生を、肉食動物みたいな獰猛な目つきで睨み返した。
男の子:『今のは、全部透が悪いんだ!!あの猫を、また捨てようなんて言うから!!!』
リー先生:『その話は、皆で決めた事の筈だ!!君以外、皆がそれに賛成している!!』
男の子:『だからって、だからって!!!』
リー先生:『いいから、君は自分の過ちを認めるんだ!そんなことで、透君にここまで酷い怪我を負わせることが、許されることだと思っているわけでは無いだろう!!!』
男の子:『俺は、悪いことなんてしてない!!』
 その時、リー先生の大きな拳が、男の子の頬を勢い良く叩いた。男の子は、三メートルくらい後ろに吹っ飛ばされた。リー先生は、昔武術をやっていたらしく、昔一緒にお風呂に入った時に体を見たら、まるで岩みたいにゴツゴツしていたのを覚えている。もちろん、リー先生はうんと手加減していただろうけど、あんな筋肉の塊に殴られるなんて、想像したくもない。
 それでも、男の子は謝らなかった。
男の子:『悪いのは透なんだ!!透があの猫を捨てようとするから、だからぶちのめしてやったんだ!!』
透:『だって・・・あの猫は、酷いイタズラをするんだよ!!リャンは引っ掻かれたし、ひかるのパズルやリー先生の本だってメチャメチャにされた。せっかく俺とお前が釣ってきた魚だって、半分以上食べられたじゃないか!!もう、家じゃあ飼えないんだよ!!』
 すると、男の子は、物凄い形相でこっちを睨んだ。
男の子:『でも、あいつは捨てられていたんだろ!!山の中で、前の飼い主に捨てられて・・・!!それで、ずっと飼い猫だったから。餌も採れなくて、弱ってたんだろ!!!今俺たちがあいつを捨てたら、あいつ、生きていけないじゃないか!!それなのに、お前は、よくもそんな、残酷なことが言えるな!!!』
透:『・・・・・・』
 透は、それ以上何も言えなかった。
 男の子は、それからも決して自分の非を認めようとはせず、遂にはリャンとひかるにも掴みかかろうとして、結局三発もリー先生に殴られて、何日間か顔を腫らしていた。
 そんな男の子を、リャンとひかるは『自業自得』という目で見ていたけれど、僕だけは、素直に「凄い」と思った。
男の子は、あの、誰もがただ『厄介者』と思うだけだった猫の痛みを感じ取って、それを自分がどんなに傷付いても守ろうとしたのだ。
 男の子は、いつでもそうだった。力が強くて、乱暴者で、それで目つきも物凄く怖いからみんなに誤解されていたけど、本当は誰よりも優しく、一番人の気持ちがわかる子だった。
 翌日、結局猫は自然に返された。湿布の貼られた顔で落ち込む男の子を見かねて、ズキズキ痛む頬を我慢しながら、僕は言った。
透:『ねえ、ゲンハ・・・。その、釣りに行く?』
 男の子は、一瞬、透を力の無い瞳で睨んだが、すぐに、意地の悪そうな、もとの元気な笑顔に戻った。
男の子:『・・・ああ、いいぜ!透、今日はテメェの三倍は釣ってやるからな、覚悟しとけよぉ!!』
透:『へ、釣り名人の僕に、勝てるかな!!』
 そして、僕らは仲良く、穴場の川辺に向けて走っていった。
 この男の子は、この頃の僕とって、最高の親友だった。


?:『お兄ちゃん、おきて』
 声が聞こえる。とても懐かしい声。とても近くにいたはずの声。
?:『ねえ、お兄ちゃん、おきてよ、ねぇ!』
 でも、その声が誰のものなのか、僕は思いだせなかった
?:『お兄ちゃん、おきて!!おねがい、ねえ!!!』
 既に悲鳴に近くなった誰かの叫び声を子守唄代わりにして、僕の意識は更なる深み、自我の底に堕ちていった・・・・。



 レベル7は、リャン救出成功の知らせを受けると、のすぐさまリャン救出作戦の成功を祝うお祭り騒ぎとなった。
 今までの沈鬱な空気が嘘のように晴れ渡り、まるでそれが当然のことであったかのような陽気な空気がレベル7全体に広がっていることを見ても、リャンがいかにレベル7の住人たちに広く深く愛されているかがわかる。
 そんな中で、アシュランは、リャン救出の立役者として、飛刀内でもちょっとした英雄としてまつりあげられていた。
 しかし、当のアシュランの表情は、優れなかった。


 アシュランは、自分のねぐらで、透が持っていたペンダントを眺めていた。
アシュラン:「透、済まない。俺はまた、お前の友人を死なせてしまった・・・・」
 ペンダントは、当然何も応えない。それでも、アシュランは、なんだか自分がこのペンダントに顔向けできない人物になってしまったような気がしていた。


 アシュランはイザークたちと別れた直後、クーウォンに『あきら戦死』の報告を入れた。そして、クーウォンはきちんと遺体を丁寧に整えると、アシュランたちが帰ってくるのを待って、彼を手厚く葬った。
 眠るように安らかな表情をしたあきらを見たとき、アシュランの中で言いようの無い悲しみが再び巻き起こった。それは、強力な新しい機体を手に入れたとか、戦友たちとの変わらぬ絆を確認したとか、そういった嬉しい出来事を全て吹き飛ばすだけの力を持っていた。


?:「よう、相変わらず湿気たツラしてんじゃねぇかよぉ!」
 アシュランの物思いは、聞きなれた、この世で最も聞きたくない声によって中断された。
アシュラン:「ゲンハ・・・」
 バラックの扉の前には、ゲンハがにやけた顔で、こちらを見下すように、立っていた。
ゲンハ:「みんな楽しくハッピーそうな顔してやがんだからよぉ、『英雄』のテメェもよ、もっと楽しそうな顔しやがれよぉ」
アシュラン:「楽しめるわけ、ないだろ!」
 アシュランが叫ぶと、ゲンハは全てをわかったような顔で、意地悪くニタリと醜悪に笑った。
ゲンハ:「はは~ん、もしかして、テメェ、ダチが死んじまったこと、まだ引きずってやがんなぁ?ケッ、くだらねぇぜ!」
アシュラン:「なんだと!!お前に、俺の気持ちがわかるのかよ!!友達も恋人も、いないようなお前に!!」
 言った直後、アシュランは自分の発言の軽率さに気が付いた。今、ここは飛刀のアジト、つまりはヤツのホームグラウンドでもあるのだ。ヤツを怒らせるのは、どっちにしたって得策ではない。
 しかし、ゲンハは意外にも、急に生真面目な顔になると、もっともらしい口調で喋り始めた。
ゲンハ:「いんや、わかるぜ。テメェのその悲しみとか、苦しみとかがよぉ」
アシュラン:「なに!?」
ゲンハ:「このゲンハ様、確かに、愛とか友情とか、そんなもんはこれっぽっちも理解できねぇ。でもな、人の悲しみ、苦しみは、前にも言ったかもしれねぇが、それこそ骨身に染みて、わかってるつもりだ」
アシュラン:「・・・」
ゲンハ:「なぜならよぉ・・・戦場で殺したり犯したりしてるとよぉ、みんなそういう風に苦しみ出すんだからなぁ!!あんまりにも殺しすぎたせいかな、もうそういうもんは俺サマの一部になっちまったぜぇ!!」
アシュラン:「な・・・」
 どうやったら人間、これほどまでに歪めるのか。アシュランは背筋が凍る思いがした。
ゲンハ:「へへ、だからよぉ、俺サマが経験談を交えて、一つアドバイスってやつをしてやる。俺サマはよぉ、自分が傷付けられたり可愛い子分がぶっ殺された時はよぉ、そのぶっ殺した奴をどうやって殺すか考えるんだ。するとよぉ、何とも不思議な恍惚が、俺サマの背筋をゾクゾクと登ってきやがる。そして、それを実行に移した時のキモチよさたるや、もうエクスタシーもんだぜぇ!!」
 そう語るゲンハの瞳には、『狂気』の文字が、ハッキリと見えた。
ゲンハ:「だからよぉ、今も、あの“バチェラ”ってぇクソヤロウをどうやっていたぶるか考えるだけでよぉ、股間が疼いて疼いて仕方ねぇぜぇ!!!」
 そう言うと、ゲンハはギャハハと耳障りな声を残して、バラックから去っていった。
 去っていくゲンハを見ながら、アシュランは呟いた。
アシュラン:「あいつの気持ちなど、わかりたくもないが・・・」
 アシュランは透のペンダントを、しっかりと握り締めた。
アシュラン:「確かに、落ち込んでいる時間は、無いな」


 アシュランがバラックの外に出ると、丁度ゲンハが、荒くれ者たちを連れて出陣する所だった。
クーウォン:「それでは、頼んだぞ、ゲンハ」
ゲンハ:「ああ、任せな!兵隊どもを沢山ぶっ殺して、たーんと食いモンもって帰ってやるからよぉ!!」
 その言葉に、クーウォンの表情がにわかに曇る。
クーウォン:「ゲンハ、こんな任務を頼んでおいて言うのも何だが、あまり無駄な犠牲は・・・・」
 すると、ゲンハが途端に面白く無さそうな顔になる。
ゲンハ:「ケッ、あんたはいつもそうだな!!向こうがぶっ殺すつもりでかかって来んだからよぉ、別にいいじゃねぇか!!」
クーウォン:「・・・それは、わかっている。本当に、済まない・・・」
 クーウォンの表情が沈痛に歪む、それに対し、ゲンハは、一瞬何かに怯んだような表情になった。あの傍若無人なゲンハにこのような表情ができるなどは、とても意外だ。
ゲンハ:「・・・ちっ。いいんだよ、俺サマは、好きでやってんだからな!!」
 そう言うと、ゲンハは「おい、行くぜ、ヤロウども!!」と男たちに激を飛ばし、まるで逃げるようにクーウォンの傍から立ち去っていった。
 アシュランは、呆然とそれらの光景を見ていた。クーウォンとゲンハ。両者の関係は、お互いがお互いを排斥するわけには行かないが故の、利害の一致的な微妙なバランスの上に成り立った関係だとばかり思っていたが、どうやらこの二人には、それだけではない『何か』があるようだ。
 すると、クーウォンがアシュランに気付き、少し気まずそうな顔になる。
クーウォン:「アシュラン君・・。聞いていたかね?」
アシュラン:「え、ええ・・」
クーウォン:「そうか・・・。言い訳をする気は無い。我々は、こうやって君の仲間を犠牲にして、食い繋いでいるのだよ・・・」
 アシュランは、返す言葉が無かった。確かに、これからの作戦で犠牲になる兵隊たちを思うと、自分もいたたまれない気持ちになる。だが、だからと言ってその犠牲が無ければ、ここの住人はいつか飢えて死んでしまうのだ。そして、ここの住人が戦う力を無くした時、あの恐るべき陰謀が大幅に実現に近づくのも、また確かな話だった。
アシュラン:「・・・それは、わかっています。それより・・・」
 アシュランは、そのジレンマをとりあえず脇に置いて、本題を切り出すことにした。
アシュラン:「クーウォン。あなたは以前、『透をここに連れてくるつもりだった』と言いましたね」
クーウォン:「・・ああ、言った。君と共に、できれば彼も、我々の同志としたかったのだが・・・」
アシュラン:「では、彼が現在、V・S・Sに被洗脳パイロットとして捕らわれている可能性が極めて高いということは、知っていますか?」
 クーウォンは、一瞬苦々しげな顔をした後、言った。
クーウォン:「ああ。確かな情報ではないが、君を連れ出した時点で、あらかたの予想は付いていたよ・・・」
アシュラン:「では、では何故!!俺にもあきらにも、それをハッキリと言わなかったんですか!!」
クーウォン:「言ってどうなるものでも無い、と判断したからだ」
アシュラン:「え・・・?」
クーウォン:「軍と違い、V・S・Sには、我々も容易には手が出せないのだよ。何としても彼を助け出したいとは、かねてから思っているが・・・遺憾ではあるが、今の我々、私にはどうしようもない、というのが現状なのだ・・・・」
アシュラン:「どうして!!あなたは、軍から俺を連れ出したじゃないですか!!確かに、V・S・Sはネット上最強の集団だが、それはあくまで一部隊単位辺りでの戦闘力の比較の話だ!軍の方が組織力は遥かに上だ!その軍に躊躇わず勝負を仕掛け、そしてまんまと出し抜けるあなたたちが、V・S・Sに歯が立たないわけがないでしょう!!」
 しかし、クーウォンはゆっくりと首を振った。
クーウォン:「私と、橘玲佳は・・・まあ、『永きに渡る因縁』とでも言おうか、そのような間柄でね・・・・。私が彼女のやり口を熟知しているように、彼女も私のやり方を熟知しているのだよ。だから、つまりな、V・S・Sは、我らが飛刀にとっては、やりにくいことこの上ない、いわば『天敵』と言ってもいいのかも知れんのだ。故に、軍に通じた戦法がV・S・Sにも通じるとは考えにくい。いや、通じないと考えた方がいい、と言ってもいいかも知れん・・・」
 クーウォンの口調は、いつもの率直な物言いとは違って、どこかぎこちない、奥歯に物の挟まったような感じがした。
 しかし、確かに以前の作戦でも、クーウォンはあれだけの戦力で、見事にI・V・Sの工場を潰し、V・S・Sに間接的とは言え大打撃を与えた。それは、今から思えば、クーウォンが『V・S・S』というものを知り尽くしているから、だと考えられなくもない。そして、逆もまた真なりの法則ではないが、それが、橘玲佳がクーウォンに対する場合にも当てはまるとするならば、こちらがたった二人のパイロットのためにノコノコと戦いを仕掛けるのは、確かに危険極まりないと言えた。
アシュラン:「・・・わかりました。余計なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
クーウォン:「いや、いいのだ。君の友を想う気持ちや、あきら君の遺志を考えれば、君がそう考えることは、何ら不自然では無いよ・・・」
 そう言うと、クーウォンは作戦室の方向に歩いていった。
 アシュランは、その後ろ姿を見ながら考えていた。
 飛刀が透の救出のために使えないとなると、自分が今、飛刀にいる意味があるのかどうか正直怪しい。いや、もちろん、アシュランはクーウォンの同志になると誓いはしたし、今でも彼と目指す目的が同じ事であることには異存が無い。しかし、先程のゲンハとクーウォンの会話を聞いて思い出した。『飛刀に属する』ということは、そのまま即ち『軍を敵に回す』ということなのだ。アシュランにとって、確かにV・S・Sや橘玲佳、そして彼女と共に陰謀に関与している軍の上層部(残念なことに父も含む)は、紛れも無く敵だ。だが、だからと言って、イザークやニコル、その同じ釜の飯を食った仲間たちに銃を向けるようなことだけは、アシュランはどうしてもしたくなかった。
アシュラン:「『飛刀の戦士は、自分の戦いを自分で決める』か・・・。ならば、俺も自分の戦い方を、自分で決めなければいけないのかもな・・・」
 アシュランはそう一人ごちると、バラックの中に引き返した。
透奪還の、作戦を練るために・・・。


 バラックに入ると、一つの小柄な人影が、物陰の中で蹲っているのが見えた。
アシュラン:「・・リャン?」
 人影は、ビクッと反応してこちらを見た。その顔に浮かんでいたのは、『恐れ』だった。
リャン:「アシュラン・・・。帰って来たのか」
アシュラン:「ああ。と言うか、別にどこにも行ってないんだけどな」
 すると、リャンはまくし立てるように、悲痛な声で言った。
リャン:「本当だな!!お前、どこにも行かないよな!!絶対だな!?」
アシュラン:「お、おいおい、どうしたんだ、リャン?」
 アシュランに指摘されて、リャンも少し我に返ったようだ。「いや、なんでもない・・・」と呟くと、顔を俯けたまま、黙り込んでしまった。その表情は、暗く寂しげで、彼女のいつもの姿である元気な跳ね返りのじゃじゃ馬娘の面影は無い。
アシュラン:「リャン、一体、どうしたんだ?」
 アシュランが傍に寄ると、リャンはぽつぽつと、小声で喋り始めた。
リャン:「アタシさ、たまに、物凄く怖くなるんだ。一人ぼっちになるのがさ・・・」
アシュラン:「どうして?リャンはあんなに好かれてるだろ。誰もリャンを一人になんか、してはおかないよ」
リャン:「その『みんな』がいるうちはね・・・」
アシュラン:「・・・」
 確かに、アシュランが来て以来のことを考えても、レベル7の住人の数は、目に見えて減っていた。この前の作戦のような大規模な攻勢作戦、あるいは中継基地のデータ消去のようなアジト守備作戦が行われる度、少なくない命が散ってゆく。そして中には、自らの身を守るため、やむなくアジトを去る者も少なくはない。新たに加入する者も何名かはいたが、明らかに、増える数よりも減ってゆく数のほうが多いのが現状なのだ。そう、例えば・・・。
リャン:「あきらだって・・・。アタシ、結構アイツと仲良かったけど、やっぱりいなくなっちゃった・・・」
 『あきら』の名に、アシュランの胸がズキリと痛む。
リャン:「あ、ゴメン。アシュランを責めてるわけじゃないんだ。むしろアシュランには感謝してる、最後まであきらを助けようとしてくれたしさ、それに、もう少しでみんなの事消えちゃうところだったけど、助けてくれたし・・・」
アシュラン:「それは・・あの、発作のことか?」
 『酷いときは何年分もの記憶を失う』という発作。特殊な補助チップが原因だという、原因不明の、あまりにも過酷な病気。
リャン:「ああ・・。あの時、アシュランが来るのがもう少し遅ければ・・・もしかしたらみんな、アタシの中から『いなくなってた』かもしれない・・・」
 そうだ。リャンにとって『みんなとの別れ』は、何も死別のような物理的な別れだけではない。死別しただけなら、まだ記憶の中にその人との思い出を取っておくことができる。しかし、その記憶さえも失ってしまったら、その人は文字通り、リャンの中では『存在しなかったこと』になってしまう。これほどまでに残酷な別れが、この世にあるだろうか。
リャン:「アタシ、かなり長いことここにいたけど・・・知り合ったやつは、みんな片っ端から消えて居なくなった。そして、なんで消えたのか、本当にそんなやつがいたのかさえ、覚えてないんだ。ただ、漠然と『悲しい』っていう気持ちが残っているだけで・・・・」
 皮肉な話だ。リャンは、親しかった人、その人との死別を全て忘れているのに、その死別の悲しさだけは、少しも忘れていないのだ。
リャン:「だから、アタシ不安なんだ。アシュランも、いつか、アタシの前から居なくなるんじゃないかって。みんなと同じように、アタシの前から、永遠に消え失せるんじゃないかって・・・」
アシュラン:「・・・・・・」
 アシュランは、何も言うことができなかった。今正に、ここから『消えよう』と考えていたアシュランには、癒しようのない深い孤独に打ち震える彼女にかけられる言葉は、何一つ持っていなかった。
それでも、アシュランは少しでも彼女の孤独を癒したくて、彼女を優しく、抱きしめた。
リャン:「アシュラン・・・?」
 一瞬戸惑ったような顔をしたリャンも、すぐに安心しきったような顔になると、アシュランの腕の中にその身を委ねた。
 二人はしばらく、日が暮れるまでそのままでいた。
 そして、人工照明が落ち、夜がやってくると、リャンは無言で離れ、そして自分の寝室へと帰っていった。


 翌日。
 アシュランは顔を洗いがてら、少しレベル7内を散歩していた。透をどうやってV・S・Sから取り戻すか、考えるためだ。
 昨日、リャンが帰ってからそのことばかりを考えていたのだが、結局大した考えも思い浮かばず、そのまま眠ってしまったのだ。
 いや、一つだけ、試してみる価値があるのでは、と思える案があった。しかし、それを実行することを考える度、昨日のリャンの孤独に打ち震える様が思い出されてしまうのだ。
アシュラン:「しかし・・、あれ以外に、今俺の取れる手段は無さそうなんだけどな・・・・」
 アシュランはため息をつきつつ、ふとそばにあったバラックを見た。
 そこは、あきらのねぐらだった。アシュランの胸に、また鈍い痛みが去来する。
 入り口に扉は無く、アシュランが立っている場所からでも、中は少しだけうかがうことができる。ジャンク屋さながらに溜まった機材、難解な専門書と卑猥で悪趣味な雑誌の山、無数の違法データのディスク。主の性格そのままのような混沌とした空間に、もう主が帰ってくることは無いのだ。
『リャンを幸せにしてやれ、ありゃいい女だ。俺じゃ手が届かなかったが、お前なら・・・・』
『それから・・・透を・・・頼んだ・・・・ぞ・・・・・・』
 目を閉じれば、今も鮮烈な記憶と共に、あきらの最期の言葉が蘇る。
アシュラン:「済まない、あきら。俺みたいな不器用なやつには、どっちもは選べないかもしれない・・・・」
 アシュランが物思いにふけりかけた、その時だった。
?:「・・・・おい、やめろ!一体どうしたっていうんだ!!」
 隣のバラック(確か、住人はやはり死んで、今は空家だったはずだ)から、かすかにくぐもった声が聞こえてきた。その声の主は・・・。
アシュラン:「リャン!!?」
 アシュランは慌てて隣のバラックを覗き、そして目に飛び込んできたものを見て固まった。
 リャンは、ゲンハに迫られ、バラックの壁際まで追い詰められていた。ゲンハはリャンを隅まで追い込み、更にその細長い両腕を広げて、リャンの物理的な退路を完全に塞いでいた。
ゲンハ:「へへへ・・相変わらず、可愛いやつだぜ・・」
 ゲンハは愛しいものを愛でるかのような恍惚の表情で、リャンにその醜悪に歪んだ顔を近づける。
リャン:「やめろ、ゲンハ!!お前、何考えてんだ!!」
 リャンは必死になって抵抗するが、それでもゲンハは、執拗にまとわり付く。
ゲンハ:「リャン・・・オメェ、改めてよく見てみると、本当にいい女になりやがったなぁ・・。昔はぺッタンコだった胸もよぉ、こんなに膨らんじまって・・・」
 そう言って、ゲンハはリャンの膨らみに手を伸ばそうとした。
リャン:「ハァッ!!!」
 リャンはゲンハの腕を払いのけると、ほぼ同時に顔面に拳を、更に股間に強烈な蹴りまで叩き込んでいた。軍式格闘術をかなりやり込んだ自信のあるアシュランにさえ戦慄を抱かせる、見事な連撃だった。
 しかし。
リャン:「な・・・・・?」
 リャンの拳を奇麗に入れられたままのその顔で、ゲンハはニヤリと笑った。それどころか、金的を狙った蹴りは、寸前で脛を捕まれ、止められていた。
リャン:「なんだって!!?くそ、浅かったか!!」
ゲンハ:「いんや、今のは今まででも最高に鋭かったぜぇ。並の男、いや、あのアシュランとかいう小僧でも、今の食らったら間違い無く病院送りだろうなぁ・・・」
リャン:「え・・・・・・?」
ゲンハ:「へへへ、まだ気付いてなかったのかよぉ。つまりなぁ、俺サマは今まで、手加減してやってたんだよぉ!!!
リャン:「ひっ!!!」
 ゲンハに対して『絡まれても自衛できる』という自信が無残にも引き裂かれたリャンの顔は、真に迫った恐怖故だろう、血の気の一切が引いていた。
ゲンハ:「ああ・・いい匂いだぜぇ。本当、どうして俺は、今まで手を出さずにいたんだろうなぁ・・。こんなにいい匂いした、こんなにいい女が近くにいたのによぉ・・・」
リャン:「や・・やめろ・・・」
 リャンの言葉からは、完全に抵抗の意思は消えていた。抵抗を止めたのではない。抵抗しようにも、抵抗する意思が、気力が完全に挫けてしまっているのだ。
ゲンハ:「今まで、何人のオンナを強姦してきたかわからない、この俺サマがよぉ、どうしてお前だけには、何もしなかったんだろうなぁ・・・・」
リャン:「・・・頼む、ゲンハ!昔の優しかった、あの頃のアンタにもどってくれよ・・・。乱暴だったけど、本当、誰よりも優しかった・・アタシだって大好きだった、あの頃のアンタにさ・・」
 リャンに、今にも泣きそうな顔で言われて、ゲンハの狼藉が一瞬止まる。しかし、数秒間の沈黙のあと、ゲンハは搾り出すように言った。
ゲンハ:「・・・・戻れねぇよ」
リャン:「え・・・?」
ゲンハ:「俺はあの頃には、戻れねぇ。お前だって、わかってるだろ?」
リャン:「ゲン・・・ハ?」
 次の瞬間、ゲンハは掴んでいたリャンの脚を思い切り引っ張り、リャンを押し倒した。
リャン:「ゲンハ!!!?」
 ゲンハが、リャンの上に馬乗りになった。
ゲンハ:「リャン・・・。オメェの記憶を次から次へと飲み込んじまうヤツみてぇになぁ・・、俺の頭ン中にも、魔物が住んでるんだよ・・・」
 ゲンハは、泣き笑いの様な表情で語り始める。
ゲンハ:「そいつはよぉ・・・、人を殴ったり、物を壊したりするとよぉ、俺サマの頭ン中に、とんでもねぇ快楽をくれやがる・・。それこそ、マジで愛し合って恋人を抱いた時とも比べモンになんねぇかもしんねぇ、そんなレベルのをよぉ・・・」
 それを聞いたアシュランの脳裏に、あきらの話した『囚人更正補助チップ』の話が蘇った。
ゲンハ:「ここに来て、人手が足りねぇからっつってシュミクラムに乗って、始めて人を殺した時なんかよぉ・・・ありゃ、マジ凄かったぜ。正しく、この世のありとあらゆる快楽を全て混ぜ合わせて、濃縮して固めた、もう言葉でも表現できねぇくらいのとんでもねぇやつだった・・・・」
 確か、囚人更正チップは、社会に認められる行いをすると快楽をもたらしてくれる、というものだった。だとすれば、その逆のチップがあったとしても、不思議ではない。
ゲンハ:「そいつに招かれて、俺はたった一人、悪夢の世界に引き込まれた・・・。そして、魔物に求められるまま、数え切れねぇほどの人間を殺しちまった。そんな俺が、もう元になんて、戻れるはずはねぇ・・・・」
リャン:「ゲンハ・・・・」
ゲンハ:「ああ、そうさ。俺はもう、狂っちまったんだ。あのもの凄ぇ快楽を味わうとよぉ、もう人殺し以外は、本当にどうでもよくなっちまう。あの時、お前らと一緒に暮らしてた時、ムカつく奴らがいても、ぜってぇ必要以上にはやらねぇように我慢してたような気もするけどよぉ・・・、もう、何でそんな我慢してたのかさえ、わからなくなっちまった・・・」
 そう言うと、ゲンハはおもむろに手をリャンの胸元に伸ばし、チャイナドレスを乱暴に破き始める。
リャン:「!!!」
ゲンハ:「オメェのことだって・・・オメェがいなくなって、帰って来たと思ったら、あのアシュランとかいう小僧とばっかりイチャ付きやがってよぉ・・。ちょっと頭来て、オメェを犯すこと考えたら、もう何でオメェを我慢してきたのか、さっぱりわからなくなっちまったぜぇ!!!」
 そして、ゲンハは遂にリャンの下着に指をかけた。
リャン:「助けて・・・助けて、アシュラン!!!」
アシュラン:「あ・・・あああ・・・」
 これは、あの時と同じだ。
自分の愛する少女、大切な存在が、今また、この兇漢に、踏みにじられようとしている。それを、アシュランは、成す術無く眺めて・・・・。
いや、今はあの時とは違う!あの時とは違って、今なら、身体の自由を封じられてはいない!!しようと思えば、抵抗することはできる!!
その時、ゲンハは言った。
ゲンハ:「そういや・・二年位前だったかなぁ。オメェによく似た女が居やがったんで、オメェにしたくてもゼッテェできねぇようなこと、代わりにそいつに全部ヤッちまったことあったけどよぉ・・・、今となっては、何であの時、『代わりに』なんて思ったんだろうなぁ?オメェが傍にいるんだから、『オメェに』ヤればよかったのによぉ!!!」
アシュラン:「!!!!」
 その時、アシュランの中で、何かが切れた!飛び掛ろうとして手を伸ばし、拍子に、手に古びた鉄パイプが触れた。アシュランは、近くに落ちていたそれを、全く意識せずに握った。もう、何かを考える余裕も無い。
アシュラン:「そんな、そんな理由で、お前はレミーを!!!!」
ゲンハ:「!?」
 アシュランは、ただ無我夢中でゲンハに突進し、ゲンハの頭目掛けて、思い切り鉄パイプを振り下ろした!!
アシュラン:「レミーを!!レミーをよくも!!!!返せよ!!俺の大切なもの、踏みにじりやがって!!お前が!!お前が!!お前が!!!!」
 ガッ!ゴッ!!グシャ!!
 アシュランは、何度も何度も、鉄パイプを振り下ろした。鉄パイプは何度も何度もゲンハの頭を殴打し、血飛沫をリャンの顔に降り注がせたが、アシュランには最早、ゲンハ意外は何も見えていなかった。
アシュラン:「お前が!!お前が!!!お前が、お前が、お前が、お前がぁぁ!!!!!」
リャン:「止めろ、アシュラン、もう止めてぇ!!!!!」
アシュラン:「!!・・・・・あ」
 リャンの悲鳴に、アシュランはようやく、我に返った。
 目の前には、顔に返り血を浴びて真っ青な顔で座り込んでいるリャンと、頭からドクドクと血を流し、うつ伏せになって倒れているゲンハがいた。
アシュラン:「お、俺・・・・」
 アシュランの手から、鉄パイプがカランと音を立てて落ちた。鉄パイプの先のほうは、血糊でベットリと汚れていた。
 アシュランの頭が、さぁっと冷静になる。
ゲンハ:「う・・くそ・・・誰だ・・・・・・」
 ゲンハが、僅かに身じろぎした。こいつは、あれだけ鉄パイプで思い切り殴られても、致命傷にはならないのだろうか?
 その時、それを見たリャンが、反射的にアシュランの手を取った。
リャン:「さあ、逃げるよ!!こいつがまた動き出さないうちに!!!」
 そして、アシュランはリャンに引っ張られるまま、その場を逃げ出した。
リャンに手を強く引かれながら、アシュランは先程のことを思い出した。
ゲンハを、普通の人なら殺してしまう位に殴ったその後に残ったのは、恨みを晴らしたという高揚なんかではなく、ただ、人を傷付けてしまったという後ろめたさだけだった。
アシュラン:「やっぱり・・・復讐なんて、するもんじゃないな・・・・」
 アシュランは、どこか他人事のような心境で、そう呟いた。そして同時に、先程のゲンハの話を思い出す。
 人を殺すと、強制的に物凄い快楽が得られるチップ。しかし、そんなチップを埋め込まれていたとしても、その時には、今アシュランが味わったような形容し難い不快感もまた、味わうはずだ。そのとき、その人間がどうなってしまうのか・・・。
 いくら考えても、アシュランには、想像することさえできなかった・・・・・。


 アシュランとリャンは、そのまま走り続け、遂には地下通路を抜け、摩天楼の廃墟の見える地上までやってきてしまっていた。
アシュラン:「はあ・・はあ・・はあ・・・。おい、リャン、どこまで走るつもりだ!」
リャン:「そ・・・そうだね・・。アタシも、もう走れない・・・」
 二人ともその場に座り込んで、しばらく空を見ながらゼイゼイと喘いでいた。
 全てがくすんだスラムでは、空もまた、くすんだ灰色だった。
 数分後、アシュランよりも早く息を整えたリャンが、呟くように言った。
リャン:「なあ、アシュラン・・・。さっき、ゲンハが言ってたこと・・・・」
 アシュランは、ため息を一つついた。やはり、しっかり聞かれていたか。それならば、話すしかない。
アシュラン:「ああ・・・。レミーは、俺の大切な人は・・・アイツに、殺されたんだ・・・・」
 リャンの表情が、何とも言えない悲しみに彩られる。
リャン:「・・・恋人、だったのか?」
アシュラン:「どうだろう・・・。一応、親の決めた許婚同士ではあったけど・・・向こうがどう思ってたのかは、わからない。でも、少なくとも俺は、あいつのことが・・・・好きだった」
リャン:「そっか・・・・・。だから、最初にここ来た時、あんなにゲンハに挑んでいったんだな」
アシュラン:「ああ。軍に入ったのも、そのためだ。そして・・一時期は、アイツを殺すことだけで、頭が一杯だった時期もある・・・・」
 結局、その怒りによって目を曇らせ、大切な友と、親友の大切な友を死なせる結果になってしまっただけだったけれど。
リャン:「あ、あのさ・・・」
 リャンは、遠慮がちに言った。
リャン:「今更、アシュランにこんなこと言っていいのかどうかわからないけど・・・」
アシュラン:「いや・・・」
リャン:「・・ゲンハはさ、昔から乱暴なヤツだったけれど・・・昔は、よくアタシのこと守ってくれた、とっても優しい、いいヤツだったんだ・・・・・」
 確かに今でもゲンハは許せない。しかし、今のアシュランには、最早さっきのような、見境の無い怒りは沸いてこなかった。
アシュラン:「・・・そう言えば、リャンはクーウォンと古くからの知り合いだって言ったな。もしかして、ゲンハとも長いのか?」
リャン:「長い、なんてもんじゃないさ。ゲンハは、確かクーウォンと知り合う前から一緒にいた」
アシュラン:「覚えて、いるのか?」
リャン:「ああ・・・。アタシさ、昔のことは、片っ端から忘れていっちゃう難儀な頭だけどさ、クーウォンやゲンハとのことだけは、何故か、少しだけ覚えているんだ・・・・」
 それは、リャンが本当に、あのゲンハの事も大切に思っているということなのだろう。
アシュラン:「・・例えば?」
リャン:「例えば、えっと・・・・・、そうだ、何かアタシら、病院みたいな施設にいてさ、そこでアタシが、怖いことされるって怯えてるんだ。そしたらさ、ゲンハがさ・・・」
 遠い目をして思い出を語るリャンの瞳を覗き込んでいるうちに、突然、アシュランの瞳の中にも、その様がハッキリと鮮明に浮かび上がった。


 病院のような施設の中で、女の子が泣いている。ちょっと日本人とは違った大陸系の顔立ちの、とても可愛らしい女の子が、沢山の白衣を着た男に囲まれ、酷い事をされると、心底怯えて泣いている。
女の子:『いやぁ、おねがい、はなしてぇ!!!』
長身の男の子:『止めろ、リャンに酷いことするな!!!』
 女の子が泣いていると、長身の男の子が飛ぶようにやって来て、白衣の男たちに立ち向かっていった。
白衣の男:『いてぇ!!何すんだ、このガキ!!』
 既に大人の男の人と同じくらいの身長があった男の子は、力も強かった。物凄い力で殴られた白衣の男の人が鼻血を噴出して倒れた。その隙に男の子は女の子の手を引いて連れ出そうとしたけれど、すぐに別の白衣の男たちに捕まって、男の子は残りの数人に囲まれて、何度も何度も殴られた。
女の子:『ゲンハ、ゲンハ!やめて、おねがい、やめて!!!』
男の子:『ぐっ・・・へ、リャン、これくらい、どってこと・・・がっ!!』
 男の子は何度も殴られ、顔中痣だらけになって、目に涙が浮かび始めた時、眼鏡をかけた、長身の男の子よりもずっと背の高い先生が慌ててやって来て、殴っていた大人たちを止めた。
眼鏡の先生:『止めないか、相手は子供だぞ!!少しは愛情を持って接したらどうなんだ!!!』
 すると、さっきまで男の子を殴っていた男の人が、少しも悪びれずに言った。
男:『へ、モルモットに感情移入したって辛いだけですよ、リー先生!』
眼鏡の先生:『なんだと、キサマ!!』
 その様を、アシュランは、壁にはめ込まれたガラス窓から覗いていた。近くでは、父が白衣を着た人と、何か話していた。
父:『まだ実験の結果は出んのかね!』
白衣の男:『済みません・・・。急いではいるのですが・・・・』
父:『とにかく、すぐにでも完成させろ!妻が、反対してうるさいのだ!』
白衣の男:『はぁ・・・』
父:『息子に『あの男と同じ力』を与えられると、『人類が進むべき未来の形』を息子に一足先に与えてやれると、そう聞いたから、私はこの計画に、莫大な援助をしてきているのだぞ!!』
白衣の男:『わかっています・・・』
 父たちの話が理解できなくて、アシュランはガラス窓の向こうを覗く。
何故自分と同い年の子供たちがあんな所に閉じ込められているのかも、アシュランにはわからなかった。
 そして、アシュランはふと、ガラス窓の向こうから同い年位の少年がこちらを覗いているのに気が付いた。少年の瞳は黒く、そしてとても透き通っていた。その澄んだ黒い瞳が、何故かひどく、印象的だった・・・・。


リャン:「アシュラン・・・?」
 リャンの声が聞こえ、アシュランの意識は現実に引き戻される。
リャン:「アタシが話してるのに、なんでアンタが泣くんだい?」
アシュラン:「え・・?」
 リャンに指摘されて始めて、アシュランは自分が涙を流していることに気が付いた。
アシュラン:「・・・不思議だな。君の話した光景が、何故か、そのまま思い出せるみたいなんだ・・・」
リャン:「え?」
アシュラン:「おかしいな。そんなこと、全然記憶に無いのに・・・・」
リャン:「はは、もしかしてアシュランも、アタシと同じ、変な健忘症にでもかかってるのかい?」
 リャンとしては冗談のつもりで言ったのだろうが、アシュランはそれについて、少し思い当たるところがあった。
アシュラン:「君と全く同じ、ではないかもしれないけれど・・・、もしかしたら俺も、昔、似たような症状が起こっていたのかもしれない・・・」
リャン:「え?」
アシュラン:「覚えていないんだ。大体・・・十二歳位の時のこと。特に、俺の十二歳の誕生日付近の記憶が、ぽっかり抜けてさ。その辺りに何があったのか、どうしても思い出せないんだ・・・」
リャン:「アタシが言うのもなんだけどさ、昔の記憶って、覚えてないのが普通じゃないのか?」
アシュラン:「いや、そうじゃない。普通の忘れ方じゃないんだ。その時期のことを思い出そうとすると、思い浮かぶのは、何も無い真っ白い空白なんだ。つまり、俺はその時期のこと、『覚えてないことを覚えてる』んだ。君が昨日言った、誰と別れたのか覚えてないのにそのとき悲しいと感じたことは覚えてる、みたいなものでさ。忘れたという事実は、ちゃんと覚えているんだ」
リャン:「・・・・そっか」
 それきり、二人はまた、スラムの灰色の空を見上げた。
 しばらくして、リャンが呟くように言った。
リャン:「・・・それにしてもさ、ゲンハのやつ、何でアタシなんか狙ったりしたんだ・・・?」
 やはり、リャンも強ぶっていても、年頃の女の子だ。先程の一件は、かなりショックらしかった。
リャン:「アタシなんか、ガサツで、乱暴で、全然可愛くない女なのにさ。アタシよりも可愛いヤツなんて、この世に腐るほどいるじゃないか・・・・」
アシュラン:「・・・・・・」
 アシュランの複雑な視線に気付いて、リャンはすぐに自分の失言を悟った。
リャン:「あ、いや、そうか、アンタの彼女はアタシと似てただっけ?・・・でもさ、アシュランの彼女って、本当にアタシに似てたのか?アシュランの彼女って、メチャメチャおしとやかで清楚なタイプだろ?アタシなんかにそっくりのはずなんてない!うん、そうだ」
アシュラン:「無理やり自分を納得させてるところ悪いが、レミーは、結構気が強かったよ。俺なんて、よくあいつを怒らせて、蹴飛ばされてた」
リャン:「へ~、そうなのか・・・」
 リャンは、少し何か考え込んでから、とても寂しそうな声で言った。
リャン:「ねえ、アシュラン。アンタがアタシによくしてくれたのって・・・・その彼女に、似ているからなんだろ?」
アシュラン:「まあ、確かに最初の頃はそうだったけど・・・、でも、今なら、もしそうじゃなくても、きっと同じことをしたと思う。今日だって、まあゲンハをあそこまで殴ったりはしなかったかもしれないが、それでもリャンを助けようと思ったのは、君がレミーに似てるからじゃないよ」
 すると、リャンは、目じりに少し涙さえ浮かべて言った。
リャン:「・・・ありがとう。アンタ、本当に優しいんだね。優し過ぎて・・・それが、今のアタシには、ちょっと辛いな・・」
アシュラン:「・・・?」
 アシュランとしては、何故リャンがそんな顔するのか、サッパリわからなかった。
リャン:「ゴメンね、アシュラン。昨日は、『どこにもいかないよね』とか、無茶なこと言って」
アシュラン:「いや、別に俺は・・・・」
リャン:「飛刀を抜けたい、って、そう思ってるんだろ?」
アシュラン:「え・・・?」
 いきなり図星を突かれて、アシュランは戸惑う。
リャン:「隠さなくていいよ。友達を助けたいんだろ?それに、アンタだって、恋人を殺したような相手と一緒に戦いたいはず無いだろうし・・・」
 いつも言われることだが、やはり自分は思っていることが顔に出やすく、隠し事はできない性質らしい。
リャン:「そりゃそうだよな・・・。だからさ、アシュラン。もし、アタシの事で迷ってるならさ、自分のやりたいこと、やった方がいいよ。アタシなんかに、構わずさ・・・」
 そう言った時、リャンの瞳から、一筋の涙が流れた。
 とにかく、自分はリャンを傷付けてしまったのだと、その時アシュランは悟った。でも、アシュランには、心にも無いことを言って女の子を喜ばせるだけの口の上手さは、持ち合わせていなかった。
 だから、アシュランは、自分の思っていることをそのまま、ハッキリと口に出して伝える。
アシュラン:「・・・確かに、俺は飛刀を抜けたがっている。今日の一件で、やっぱり俺はゲンハと共に戦うことはできないと確信したし、ZAFTのみんなを敵に回して戦っていくことにも、耐えられそうに無い」
リャン:「・・・・・」
アシュラン:「けど、俺は、君にこのまま寂しい想いをさせたくもないんだ。別に君がレミーに似てるからどうこうとか、そういう事でも無い。ただ、君を、リャンという人間を、少しは寂しさから、孤独から救えたらいいなって、そう思っているだけなんだ」
リャン:「アシュラン・・・」
アシュラン:「だから・・いつか必ず、俺はここに帰ってくるよ。そして、その時は一緒に戦おう!・・・って、虫のいい話かもしれないけどな」
 すると、リャンの表情が、みるみる明るくなった。
リャン:「そんなことないよ!クーウォンだって、いつも言ってたじゃないか!『同志というのは、何も飛刀の戦士のことだけを指すのではない。醜悪な洗脳計画に対し、自分の意思で立ち向かおうとする者たち全てを、同志と呼ぶんだ』って・・。アシュランは、クーウォンに敵対したいわけじゃないんだろ?戦う相手は、同じなんだろ?だったら、何も問題は無いよ。アシュランはこれからも、アタシたちの同志、仲間だ!」
 そんなリャンの笑顔が物凄く眩しくて、アシュランの表情も自然と綻ぶ。
アシュラン:「ああ。俺はこれからも、君達の仲間だ!・・・だから、リャン。次に会う時まで、俺のこと、忘れるなよ」
リャン:「うん・・。アタシね、どうしても忘れたくないことは、心にぎゅっと、抱きしめておくようにしてるんだ。だから、クーウォンとの時間は、まだ何とか覚えていられる・・・。だから、アシュランのことも、絶対、絶対忘れないから!」
 リャンは、瞳一杯に涙を溜めながらも最高の笑顔を見せると、一人、レベル7へ続く地下道の入り口へと、戻っていった。
 


 そして数時間後。アシュランはニコルから貰ったトレーサーを片手に、スラムの南地区(サウス・ブロック)を歩いていた。
 飛刀を離れたアシュランがまず考えたことは、バチェラに会うことだった。
バチェラは、確か透たちのチーム『草原の狼(ステッペン・ウルフ)』と一緒にハッキング活動をしていたこともあるという話だから、透救出の力になってくれる可能性は高いだろう、と考えたのだ。そして、軍構造体内でバチェラが言った『話』とやらも気にならないわけではなかったし、何よりアシュランは、バチェラが母の命を奪ったあの『DOSアタック事件』について知っていることを聞き出したかったのだ。
アシュラン:「・・・ここか」
 アシュランの目の前には、破棄されて久しいと思われる、古びたマンションが建っていた。人が住んでいる気配は無いが、軍用のAAA(トリプルエー)級の探知機が示している場所はここだ。そして、おそらくこの無数の部屋の中の一室のみをバチェラが使っているとしたら、他に誰もいないマンションというのは、このように、無人であるかのようにカモフラージュすることは容易いのだろう。
アシュラン:「それにしても、まさかバチェラも、スラムに住んでいたとはな・・・。飛刀のアジトにもなる場所だ。これなら、軍がいくら躍起になって探しても、見つからないはずだよ・・・」
 アシュランは、尾行が付いていないかどうか、慎重に辺りを確かめた。ゲンハの手下が尾行していたら、かなりまずいことになるからだ。この数日間も、そのことが気がかりで、アシュランはバチェラを探すことができなかったのだ。
幸い、誰かがつけている様子は、見られなかった。
 アシュランがバチェラのアジトに入り込もうとした、その時だった。
 マンションから、一つの小柄な人影が下りてきたのだ。アシュランは、咄嗟に建物の影に身を隠す。
その人影は周囲を注意深く見渡すと、持っていたお皿に、もう片方の手に持っていたペットの餌のようなものを入れた。
?:「さあ、みんな、おいで。ははは、こらこら、そんなに慌てなくても、まだご飯は沢山あるよ」
 餌の匂いにつられたのか、周囲からいつの間にか大勢の猫たちが現れ、その餌をありがたそうに食べ始めた。
アシュラン:「・・・・」
 アシュランは、人影の正体を確認しようと、少し身を乗り出した。
 人影は、年の頃10代前半の、少年とも少女とも判別ができない、整った顔立ちをした中性的な子供だった。緑色の服とショートのジーパンという子供らしいラフな装い。そして、大きな緑色の海軍兵のような帽子の下からは、栗色の奇麗なショートヘアがのぞいている。
 その時、突然子供が振り返った。
?:「誰!!?」
 まずった。どうやら、少し身を乗り出しすぎたらしい。
 アシュランは、これ以上相手に警戒されないように、できるだけ堂々と姿を現した。
 この子は一体誰なのだろう?バチェラと何か関係が?そう聞こうとした時だった。
?:「アシュラン・ザラか・・。まさか、向こうからここを見つけてくるなんてね・・・」
 子供が、突然不意打ちのように口を開いた。少女のものというより、どちらかといえば声変わり前の少年のような、張りのある美声だった。そして、この少年(?)が、このことを知っているということは・・・。
アシュラン:「それじゃあ・・・君が、バチェラなのか?」
 アシュランは、にわかには信じられなかった。難攻不落の軍の構造体をたった一人で完全に制圧し、テロリストの精鋭部隊さえも完全に手玉に取った、恐るべき天才ハッカーが、まさか、こんな子供だったなんて・・・。
 すると少年は、自慢げに鼻をならしながら言った。
少年:「そうさ。ボクが、バチェラさ」
アシュラン:「・・・・・」
バチェラ:「話があって来たんだろ?いつまでもこんな所で、アホみたいな顔をしているわけにはいかないよね。さあ、ボクのアジトの中を、案内しよう」
 腕はいいけど、性格はガキ。そう噂されていたバチェラの正体は、正真正銘の、生意気盛りの子供だったのだ。


 バチェラのアジトは、マンションの上層階、入り組んだ廊下のかなり奥にあった。
バチェラ:「余計な所には行かない方がいいよ。無数のトラップが仕掛けてあるからね」
 廃墟となったマンションの中は、この天才少年によって、ちょっとした要塞に作りかえられているらしかった。
 そして、周囲の部屋のものと全く変わらぬ扉が、バチェラの部屋の入り口だった。
バチェラ:「さあ、ようこそ、ボクのアジトへ」
 そう言って、バチェラは自慢げに扉を開けた。そこは・・・。
アシュラン:「うわぁ・・・・」
 機材の山。どれも年代ものだが、全てがその時代の『最高傑作』と呼ばれるものばかりで、正しく、超凄腕のナンバーワンハッカーのアジトに相応しいものだった。
バチェラ:「へぇ、一目見ただけでここの凄さがわかるなんて。キミ、ホント、軍人にしておくには惜しいよ」
 そして次の瞬間、更なる驚きが訪れた。
?:「バチェラ、お客様ですか?珍しい、というより、始めてではないですか?」
 突然、どこからとも無く機械音声が流れたのだ。これは・・。
アシュラン:「AI?サポート用のか?」
バチェラ:「ご名答。ボクの友達、AIの“ベオウルフ”さ」
 サポートのAIを持つのは、全てのハッカーにとっての憧れだと、子供時代、悪友だったミゲルに聞いたことがあった。そして、それらは例外無く非常に高価で、なまじのハッカーには手が出せないということも・・・(事実、軍の精鋭部隊であるザラ隊でさえ、サポートには人間を使っていたのだ)。
バチェラ:「AIと言っても、旧式の掘り出し物だけどね。でも、ここの機材同様、ボクがバッチリ強化(カスタマイズ)してある。特に、この“ベオウルフ”は自信作でね。ボクがほとんど一からプログラミングし直した。最新式のやつにも、全然負けない自信がある」
アシュラン:「AIを、自力でプログラミングだって・・・」
 信じられなかった。AIのプログラミングには、それこそ、専用のAIプログラミング用のAIが必要な位だ。人力でやったのならば膨大な時間がかかる上、ハッキングのような危険極まりない任務において信頼に足るだけのものを作り上げることはほぼ不可能なのだ。
 そして、それほどの超人的な腕前を持つバチェラならば、あるいは・・・・。
アシュラン:「それは・・・凄いな。ならば、一つだけ聞かせてくれ」
バチェラ:「何さ?」
 それまで自分の自慢のアイテムを披露するのに夢中で興奮状態だったバチェラの表情が、すうっと冷めていった。
アシュラン:「六年前の、DOSアタック。あれは、君がやったのか?」
 途端に、バチェラの顔が不機嫌を通り越して、怒りに歪む。
バチェラ:「やっぱりそれか。キミもあのバカな大人たちと同じように、まだボクを疑っているのかい?」
 『バカな大人たち』とは、当時バチェラを犯人として追い掛け回した軍人たちのことだろう。
バチェラ:「透たちと仲良くなるくらいだから、これでもキミのことは買ってたんだけどね。そうかい。キミも、所詮は軍人さんってことかい!」
アシュラン:「え?」
 アシュランが何を言おうか考える前に、バチェラはアシュランに掴みかかった。
バチェラ:「出て行って!!今すぐ、ここから出て行ってよ!!!」
 バチェラは、懸命にアシュランを入り口まで押し戻そうとする。が、小柄なバチェラの力では、ハッキリ言って弱すぎる。
アシュラン:「出て行けって、君の方から話があったんじゃないのか?」
バチェラ:「うるさい、出て行け!!ボクはバカな大人が、大嫌いなんだ!!」
 そんなバチェラは、癇癪を起こした子供そのものだ。
バチェラ:「早く出て行け、出て行け!!」
アシュラン:「おい、ちょ、ちょっと待て・・・わあ!!」
 バチェラが強く押した拍子に、アシュランはバランスを崩し、同様にバランスを崩したバチェラに更に押され、二人とも折り重なるようにして床に倒れる。そして・・・。
バチェラ:「あ・・・・」
 バチェラが、顔を赤らめた。
アシュラン:「バチェラ、君は・・・・」
 アシュランの胸に当たる、バチェラの小さな身体の、あまりにも柔らかい感触。そして、特に胸の部分の、かすかな膨らみは・・・。
アシュラン:「君は・・・女の子、だったのか・・?」
 すると、まるでそれを肯定するかのように、バチェラがキッと険しい表情になる。
バチェラ:「だから何だって言うんだ!!さあ、今すぐ出て行け!!!!」
 より一層の剣幕で追い立てられて、アシュランはその場を撤収するしかなかった。


アシュラン:「・・・結局、成果無し、か・・・」
 アシュランは、近くの適当な廃屋を見つけ、そこを臨時のねぐら代わりに使うと決めた。そして食料や燃料を辺りから調達すると、そこでくつろぎながら、今後の予定を考えた。
アシュラン:「しかし、透たちを助けるためには、何としてでもあいつの助けが必要だしな。それにしても・・・・」
 バチェラの正体があんな子供、それも女の子だとは思わなかった。
そして、いくら今の世、ネット世界の発展により、社会的な成功に年齢は関係無くなってきているとは言え、彼女の才能、能力は異常だ。はじめ、彼女がサポートにAIを使っているという話を聞いたとき、彼女の神技的なテクニックはAIのサポートあってこそのものかと思ったが、そうではないようだ。そのAIを、彼女は自分でプログラミングできるのだ。
アシュラン:「そんな女の子が、どうしてスラムに、か・・・。これは、何か事情がありそうだな・・・・」
 そうして、コンロの火を見つめ、程無くして温まった携帯スープを飲むと・・・。
アシュラン:「くあぁ~・・。今日はちょっと、疲れたかな・・・?」
 一つ大きな欠伸をすると、アシュランはそのまま、眠りに落ちていった。



 アシュランは、夢を見ていた。
 自分でも覚えていない、遠い記憶の夢。
 病院のような施設だった。真っ白い壁で覆われた部屋に、数人の子供たちが閉じ込められていた。アシュランは、それを、壁に埋め込まれた覗き窓から見ていた。
 一人の、ショートヘアの子供が、一心不乱にパズルに取り組んでいる。綺麗な栗色をした髪のその子供は、整った中性的な容姿をしていたが、何故かアシュランには、その子が女の子であることがわかった。
 少女は、一人だった。他の子供たちは、最低二人のグループを作っていたが、その子だけは他の子に見向きもせず、ただ一人でパズルを組み上げていた。
 そのうち、他の子、少女と同じくらいの年齢の女の子が、少女に近寄り何か話しかけた。おそらく、「一緒に遊ぼう」とか、そういうことなのだろう。
 少女は迷惑そうな顔をしながらも、仕方なく、といった様子で、その子と一緒にパズルを組み始めた。しかし程無くして、女の子はつまんなそうな表情になると、そこから去って行ってしまった。
 無理も無い。少女の組んでいたパズルは、アシュランがやったことのある子供用のパズルなんかとは比べ物にならないくらいピースの数が多く、ましてやまだ十歳にもなっていないだろうその女の子には、余りに難し過ぎるものだったろうから。
 そうやって一人、年齢に見合わないような難易度のパズルを少女はさくさくと組み上げていき、驚くべき速さでそれが完成した時だった。白衣の男が数人やって来ると、少女を取り囲み、感情の欠落したような顔で、少女に小声で何かを話した。
少女:『ふ~ん、『実験』かい?オーケー、それなら、またキミたちの予想を遥かに上回る数値を見せてあげるよ』
 同じような状況に置かれた時、周囲の子供たちが心から怯えた表情を見せる中で、彼女は不敵な顔で自信たっぷりにそう言うと、悠々とした足取りで、自ら男たちの先頭に立って、部屋を後にした。
 しかし、アシュランは見てしまった。少女の身体が、かすかに震えていたことを。そして一瞬振り返った少女が、とても不安げな表情をしていたことを・・・・。



 アシュランの眠りを覚ましたのは、懐に入れていた携帯端末の振動だった。
アシュラン:「夢、か・・・・。それにしても、不思議な夢だったな・・・」
 アシュランが寝ぼけ眼で携帯端末の着信ボタンを押すと、そこには、切羽詰ったようなリャンの顔が大写しになった。
リャン:「アシュラン!!よかった、無事だったのか・・・」
 アシュランの顔を確認したリャンの表情が、安堵に満ちていった。
アシュラン:「・・・リャン?『無事』って・・何を言ってるんだ?」
リャン:「ゲンハのヤツがさ、スラム全域で『バチェラ狩り』を始めたって聞いてさ。アンタもそれに巻き込まれて無いか、心配でさ・・・」
アシュラン:「何だって!!!?」
 アシュランの意識は、冷水でも浴びせられたかのように、一気に覚醒した。
アシュラン:「リャン、『バチェラ狩り』って、それは一体どういうことだ!!?」
リャン:「お、おいおい!いきなり大声出すなよな。アタシはよくわかんないんだけどさ、なんかアイツ、この前バチェラにやられたことをかなり根に持ってたらしくてさ。アンタに殴られた腹いせにバチェラを血祭りにしてやるだとかなんだとか、またワケのわからないことを言い始めたんだ」
 そう言えば、ゲンハは言っていたではないか。「いつかバチェラをぶっ殺してやる」と。
アシュラン:「でも、何で、バチェラがスラムにいるってこと、わかったんだ!?」
リャン:「知らないよ。でも、アイツが最近、部下を使ってバチェラのことを調べさせていたのは確かだ。それに、アイツの『勘』って、どっか人間を超えてるところがあるんだ。理屈とか、完全無視なんだよ」
アシュラン:「・・・それは、メチャクチャだな・・・・・」
 アシュランは、ふと、傍に置いていた軍事機密のトレーサーを見た。無断使用がバレれば営倉送りでは済まされないような最新機器を用いてやっとできたことが、ゲンハには『直感』でできてしまうのだ。
リャン:「それでさ、アイツ、手下を総動員して、スラム中を虱潰しにして回っている。何が何でも、バチェラを見つけるつもりらしい」
 アシュランは、注意深く身を隠しながら、窓を開けて外を見た。そこには、確かに人相の悪い、どこかで見た覚えのある男たちが、何かを嗅ぎ回るような仕草で徘徊していた。
リャン:「幸い、自分を殴ったのがアンタだってことは、アイツ気付いて無いみたいだけど・・・。でも、アンタが連中に見つかっても、多分面倒なことになると思う。だから、気を付けて」
 確かに、ゲンハの手下たちがアシュランを見つけても、相当拙いだろう。ゲンハはただでさえアシュランを疎んじているのだ。今この状況で、行方をくらませているアシュランを見つけたならば、この混乱に紛れて何をされるかわかったものではない。
だが、今のアシュランにはそれよりも、バチェラ本人の方が気がかりだった。
 夢で見た、一人で精一杯気を張っていながらも、心のどこかで孤独と不安に打ち震え、誰かに助けを求めていた少女の姿が、何故かバチェラと重なる。
 とにかく、すぐにでも、バチェラを助けなければいけなかった。
 その時、アシュランは思い出した。
アシュラン:「そう言えば、リャンはあれから、大丈夫だったのか!?」
 リャンだって、ゲンハにレイプ未遂されたのだ。あれから何も無ければいいが・・・。
すると、リャンは少し不機嫌そうな顔になりながらも、明るい声で言った。
リャン:「・・ああ、そこんところは大丈夫さ。あれからクーウォンの傍を離れないようにしてるし、それ以外の時も、クーウォンの部下が何かしら傍に付いてくれてるからな」
アシュラン:「そうか・・・なら、安心だな」
リャン:「アシュランの方こそ、気をつけろよ。今、ウチらも人手が足りないんだ。アンタを守るために、クーウォンの方から人員を割くことができない。アタシも今すぐとんで行きたいところだけど・・・・アンタの居場所、わかんないしね」
アシュラン:「それは、わかっている。大丈夫、自分で何とかするよ。それじゃあ、リャンも気を付けて」
リャン:「・・・うん、気を付けて」
 リャンが回線を切ったと同時に、アシュランは火を消して荷物をまとめ、バチェラのアジトに向かった。


 ゲンハの手下たちを注意深くかわしてバチェラのアジトに辿り着くと、昼間は空けられていたマンションの入り口の扉が、今は厳重に閉められていた。
アシュラン:「バチェラ!おーい、バチェラ!!出てきてくれ!!俺だ、アシュランだ!!」
 暫らくすると、少しだけ扉が開いて、バチェラが半分だけ、扉の隙間から顔を覗かせた。
 その顔色は青白く、目元と口元が恐怖に引きつっている。
バチェラ:「アシュラン・・・・」
 バチェラはアシュランの顔を見た瞬間、安堵のあまり、少し涙を流した。アシュランは、今自分がここに来たことが大正解であったことを悟った。
バチェラ:「まさか、来てくれるなんて・・・。昼間、あんなこと言って追い返したのに・・・」
アシュラン:「今はそんな事言っている場合じゃないだろ。とにかく、まずはアジトの中に隠れよう」
バチェラ:「うん・・・」
 アシュランはバチェラの小さな手を握ると、アジトの中へと入っていった。
 握ったバチェラの手は、細かく震えていた。


 バチェラのアジトの中は、少しでも見つかりにくいようにしたためなのだろうか、カーテンを閉めて電気を落としていたため、薄暗く沈鬱な雰囲気だった。こんな所に一人でいたなんて、まだ幼さの残る少女にとっては、さぞ心細いことだったろう。
バチェラ:「でも、本当に来てくれるなんて、思わなかったよ・・・」
 安堵のあまり床にへたり込んだバチェラは、まるで迷子になって長い間親と離れていた子供のようだった。
アシュラン:「昼間の事は、怒ってない。あれは、俺の聞き方も悪かった」
バチェラ:「・・いや、あれはやっぱり、ボクが悪かったんだよ。キミは、あの事件で母親を亡くしてるんだろ。ああいう聞き方になるの、当然さ」
 どうやらこの子、根はいい子らしい。
アシュラン:「しかし・・・何でその事を?そう言えば、俺のこと、他にも色々と知っていたみたいだが・・・・」
 すると、バチェラは少し気まずそうな顔になりながら、言った。
バチェラ:「それは・・・キミの事、色々調べたからね。優哉が死んだとき、犯人を捜してさ」
 そうだ。優哉は『草原の狼(ステッペン・ウルフ)』のメンバー、つまりバチェラの仲間だったのだ。そして、バチェラ程の腕前があれば、各地の監視衛星やカメラなどをハッキングして、犯人を見つけることも、そしてその犯人の素性をあらかた調べることも、容易だろう。
 顔も知らぬ、親友の大切な人のことを思い、アシュランの胸がズキリと痛んだ。
 しかし、そんなアシュランを責めるでもなく、バチェラは続ける。
バチェラ:「最初はね・・そりゃ、報復しようと思った。でもね、キミのこと見てるうちにさ、キミがとてもいい奴だって知ってね。だから、透がキミのこと知って、優哉の仇としてつけねらわないようにするために、何度か透を妨害したりもしたよ。全部無駄に終わったけどね・・・」
アシュラン:「・・・・」
バチェラ:「だからさ、ボクがちょっと目を離した隙に、透がV・S・Sに取り込まれて・・。何とかしなきゃって思ったとき、自然とキミの顔が浮かんできたんだ」
 人のプライバシーを無断で覗くことは、必ずしも褒められたことではないだろう。しかしアシュランには、バチェラのそれが、少しでも人と繋がっていようとする、いじらしい努力に見えた。
バチェラ:「でも、キミは予想以上だったよ。・・・ボク、見ての通り、友達いないんだ。スラムに一人で住んでるし、ネットでもいつも顔も正体も隠して活動してたから、それは当然なんだけど・・・。結局、『草原の狼(ステッペン・ウルフ)』にも、最後まで正体見せなかったし。そのせいで、かなり嫌われてたみたいだし・・・。それを、こんなボクを、こんな時に、助けに来てくれるなんてさ・・・・」
 きっと、ネット世界での、大胆不敵で生意気な言動も、探偵顔負けのプライバシー暴きも、実生活での寂しさを紛らわすためのものだったのだろう。孤独な彼女は、常に人との繋がりに飢えていたのだ。
アシュラン:「俺だけじゃないよ。透も月菜も、今の俺の立場だったら、絶対に助けに来てくれる。君だって、友達を作ろうと思えば、いくらでもできるよ」
バチェラ:「無理だよ・・・。ボク、同年代の子供とは話が合ったためしがないし、年上の奴らはみんなボクを、ガキっぽい女だからってバカにするだけで・・・」
 確かに、高性能AIのプログラムを一人で組めるような少女と、話の合う同年代の子供なんてどこにもいないだろう。そして年上の人たちは、彼女の才能に自尊心を傷付けられ、彼女の弱点である『子供』で『女』であることを攻撃して、ちっぽけなプライドを保とうとするだろう。アシュランでさえ、彼女のスキルを知ったとき、反感を含んだ軽い嫉妬を覚えたのだ。
 人並み外れた才能を持った天才少女の、天才が故の孤独。
 だからこそ、この孤独な少女を、アシュランは放っておくことなどできなかった。
アシュラン:「そうか・・・。でも、今は違うだろ。こうして、俺は君と巡り合えたんだ。だから、今日からは、俺が友達だよ」
バチェラ:「ほん・・・とう・・・?」
 涙の溜まった瞳でアシュランを見上げるバチェラは、とても小さくて傷付きやすく、そこら辺の子供と変わらないように見える。
アシュラン:「ああ、本当だ。それに、俺も実はあまり友達が多い方じゃないから、友達が増えるのは、俺としてもうれしい」
バチェラ:「ありがとう。本当に、嬉しいよ。最期だけど、ボクにも友達ができたんだ・・・」
アシュラン:「おいおい、『最期』だなんて言うな。大丈夫。絶対、俺たちは助かる!」
バチェラ:「うん・・・・」
 そう言って、バチェラはアシュランの手をぎゅっと握った。この、あまりにも儚げな感触を確かめながら、アシュランは、どうしても聞いておきたいことを口に出した。
今聞くべきではないことなのかもしれないが、この先バチェラと『友達』としてやっていくならば、避けては通れない問題だったから。
アシュラン:「それで、バチェラ、こんな時に悪いんだけど・・・。六年前のDOSアタック、君が犯人じゃないんだろ?」
 バチェラは一瞬、再び警戒した表情になる。
バチェラ:「・・・まだボクを、疑っているの?」
アシュラン:「いや。だが、だからこそ、君からはしっかり、『違う』という言葉を聞きたい」
 すると、バチェラは安堵のため息をついたが、すぐにまた表情を暗くする。それは、先程の『警戒』ではない、明らかな『怯え』の表情だった。
バチェラ:「もちろん、ボクじゃないよ。ボクには、『あんなプログラム』は作れない・・・」
アシュラン:「『あんなプログラム』?何だ、それは?」
バチェラ:「・・・言ったって、信じてもらえないよ。ボクだって、『あれ』を目の前で見た今でも、本当に、自分の目が信じられないんだ・・・・」
 そう言って青ざめるバチェラを、アシュランはこれ以上追求できなかった。
 『DOS』、つまり『Disconnection of Silve cord』。どこかの学者の論文によれば、人間がネットに接続する時、現実(リアル)での肉体と電子体の間には、常に電子的・概念的な接続(リンク)が存在するのだそうだ。つまりそれが、『シルバーコード』。語源となった旧世代のオカルト用語が意味する通り、実体(肉体)と電子体(魂)を繋ぐ白い糸が切れてしまえば、その人間は生存することができなくなる。人間は、肉体だけでも魂だけでも、生きてはゆけないものなのだ。
 そして、その状況を人為的に生み出す方法として、一番手っ取り早いのが、実体に刺さっているニューロジャックを引き抜くことだ。しかし、その人の電子体がいる空間のシミュレートを担当しているAIを狂わすことによっても、それが可能となる。具体的には、AIにとんでもない負荷を掛け、実際の時間とネット空間の時間が完全に食い違うほどの処理落ちを起こさせれば、『現実の法則を正確にシミュレートしている』ことが前提のAIに矛盾が生じ、その矛盾に耐え切れなくなったAIは、その区間のシミュレートを放棄する。そして、その中にいる全てのプログラム、つまり電子体もシミュレートを破棄され、構造体の消滅と共に、その人の魂も消滅するのだ。結果として、その仮想区域にいた者たちは全滅、皮膚電極などで単に接続していただけの者(サポートなど)たちの脳にも甚大な被害を与え得るのだ。
 しかし、この無差別且つ広範な現象が、実際に戦争などで兵器として用いられたという例は、古今東西、今まで存在しなかった。それは、現在、人々の生活に欠かせぬものとなっているネット空間の全てを司るAIのシステムをハックしたり、スーパーコンピューターを遥かに凌駕する演算速度を持つAIに処理落ちを起こさせるなど、今の人間の力では到底不可能であったのだ。それが故、突然起きたDOS攻撃に対し、軍は超人的な力を持つバチェラを犯人としたのだろうが・・・・。
 だが、バチェラは犯人では無い。そして、今の話から推測するところによれば、バチェラはその日、その現場にいたのだ。六年前といえば、バチェラは本当にまだ幼い子供だ。多くの人が無差別に死んでゆく、そんな戦場も真っ青の阿鼻叫喚の地獄を目の前で見せられ、その上自身も体験すれば、それは忘れたくもなるだろう。
アシュラン:「わかった・・。変なことを聞いたな。済まなかった・・・」
バチェラ:「・・・うん」
 さて、これで疑いは晴れた。あとは、どうやってここからバチェラを連れて脱出するかだが・・・。
アシュラン:「ベオウルフ!今の外の様子は?」
 AIのベオウルフがアシュランの音声を認識し、機械音声でその問いに正確に答える。
ベオウルフ:「現在、スラムのエリア全域に、テロ組織『飛刀』のメンバーと推測される男たちが多数存在。監視衛星やカメラなどの映像から、飛刀のメンバーと推測される者たちを赤い点で表した現在のスラムの様子を表示します」
 同時に、スクリーン上に、いたる所に赤い点の散在したスラムの地図が表示される。
アシュラン:「これは・・・。ゲンハのヤツ、手下を総動員したな。凄い数だ・・・」
 幸い、まだこの近辺には少ないが、だからと言ってあまり楽観できる数ではない。
ベオウルフ:「只今、リーダーと推測される男が、監視カメラの範囲内に入っているので、その映像を再生します」
 すぐにスクリーンが切り替わり、ゲンハの凶暴な顔が大写しになる。
ゲンハ:『へへへ、バチェラちゃんよぉ、隠れてないで、出てこいよぉー!』
アシュラン:「あいつ・・・、あれだけ殴ったのに、もうピンピンしてるのかよ・・・」
 最早、ヤツを人間として考えない方がいいような気さえしてきた。
 そこに、ゲンハの手下らしき人相の悪い男が現れ、ゲンハに何事か呟く。
ゲンハ:『そうか、東地区(イースト・ブロック)にはいなかったかぁ~。なら、今度は南地区(サウス・ブロック)を重点的に探せ!』
バチェラ:「ひぃっ!!」
 南地区、と聞いて、バチェラの顔が一気に蒼白になる。
 ゲンハの手下は、ゲンハの指令を残りの手下たちに伝えるため、その場を走り去った。
ゲンハ:『へへへ、バチェラちゃんよぉー、お前が、発育の悪い雌ガキだってことは、知ってるんだぜぇ!』
 全くもって、人間として間違っているレベルの『勘』の持ち主だ。
ゲンハ:『俺サマはよぉ、あれから毎日毎日、どうやってテメェをいたぶるのか、寝る間も惜しんで考えたんだぜぇ!!さあ、バチェラぁ、俺サマの胸に飛び込んで来やがれ!そしたらお礼に、俺サマの強姦拷問至上空前絶後、人類が味わい得るサイッコーの苦痛と快楽を味わわせてやるぜぇ!!!まずは・・・・』
バチェラ:「もう止めてぇぇ!!」
 バチェラの怯え切った叫びに、ベオウルフは音声の再生を止める。
バチェラ:「どうして・・・どうしてこんな・・・・」
 啜り泣きさえはじめたバチェラを見て、アシュランのハラワタが、再び怒りに煮えくり返る。
 目の前には、暴力に怯え、ただ泣きじゃくる小さな少女。そして、そんな少女さえも蹂躙しようとするゲンハ。
アシュラン:「あいつ、また性懲りも無く!!」
 何としてでもこの少女を守ろうと、アシュランは誓った。
アシュラン:「ベオウルフ、今俺たちが脱出して、発見される可能性はどれくらいだ?」
ベオウルフ:「現在、二人が脱出して見つからずに南地区を出られる可能性は10%未満。対して、ここが一時間以内に発見される可能性、3%未満。ここが明日の朝6時まで発見されない確率、3%未満。総合して、四時間は安全圏内だと思われます。以上のことから判断すると、ここは、外部に救援を要請するのが、最良の策です」
バチェラ:「外部からなんて、そんな・・・。誰も来やしないよ!!やっぱり、もう終わりだ!!」
 バチェラは完全に絶望しきっていた。無理もない、今までずっと一人で生きてきたのだ。だから、アシュランはできるだけ、自信あり気に言った。
アシュラン:「大丈夫だ、バチェラ。俺にアテがある。今は夜だ、都合がいい!」
 アシュランは、携帯端末の電話機能を立ち上げ、祈るような気持ちで、ニコルから教えてもらった軍にも知られていない個人用番号をプッシュする。これが、昼なら軍の目があるため不可能だったが、今ならば・・・。
?:「何だ、アシュラン!今何時だと思ってやがる!!!」
 寝ぼけ眼の不機嫌な声で、イザークが電話の向こうから怒鳴るのを聞いて、アシュランは心の中でガッツポーズをした。
アシュラン:「イザーク、済まない。だが、頼みたいことがある。今すぐに車で、これから送る座標の所まで来てくれ、もちろん、基地内の誰にも見つからずにだ!」
イザーク:「はぁ!?キサマ、何言ってやがる!!それに、お前は脱走兵だろ!こんな所に不用意に連絡してきて、いいと思ってるのか!!」
アシュラン:「そういう説教は後で聞く。とりあえず、そんなことは言っていられない事態だ!頼む!!」
 アシュランの切羽詰った声を聞き、イザークの声が僅かに動揺する。
イザーク:「む・・・。わかった、とりあえず、すぐに行く。それよりキサマ、会ったらたっぷり説教くれてやるから、覚悟しろよ!!」
 そう言うと、イザークは乱暴に電話を切った。
アシュラン:「やれやれ・・・、まあ、命には代えられないからな・・・」
 アシュランは、早速アジトの座標をイザークの端末に転送した。当然、『ログはこの一件が片付いたらすぐに消去してくれ』という注意書き込みで。
アシュラン:「まあ、これで大丈夫だろ。だから、そんなに心配しなくてもいい」
 途端、バチェラが小さい身体を投げ出すように、アシュランの胸に飛び付いてきた。
バチェラ:「ふぅ・・ぐ・・・う・・」
 バチェラはアシュランの胸に顔を埋めると、そのまま泣き出してしまった。
アシュラン:「怖いだろう。可哀想に、な・・・・」
 アシュランはバチェラの帽子をそっと取り、綺麗な栗色の髪を、優しく撫でた。


 それから一時間。まだ助けは来ない。
 いくら、AIに『安全だ』と言われようとも、こんな状況で暗闇の中、身を寄せ合って縮こまっているのは、予想以上に精神をすり減らすものだ。特に、バチェラにとってはそれはひとしおらしい。さっきからアシュランの腕にしがみ付いて、離れようとしなかった。
アシュラン:「まったく、こんな子供が、軍やテロリストを手玉に取る超天才ハッカーなんてな・・・」
バチェラ:「・・・仕方、無かったんだよ。生きていくためには、さ」
 どうやら、独り言のつもりの呟きは、しっかり聞かれていたようだ。
 バチェラは、ポツリポツリと話し始めた。
バチェラ:「ボクは、孤児だったんだ。気が付いたら、孤児院に預けられててさ・・・。そこの先生がまた、子供をよく殴る人でね。たまんないから、預けられて一ヶ月もしないうちに、ボクはそこを脱走したんだ」
アシュラン:「・・・・」
バチェラ:「生きていくためには、お金が必要だった。生憎とボクは、この技術があった。だから、そこら辺のハッカーの真似して小銭を稼ぎ始めてから、すぐにこの道にはまっていったよ・・・」
 その過ぎた才能が故に、この少女の目の前には用意に犯罪者としての道が開けてしまったのだ。有り余る才能が、必ずしも本人にとってプラスになるわけではないという、典型的な一例だった。
バチェラ:「・・・でもね、ボク、実は施設に預けれらる前のこと、ほとんど覚えていないんだ。ボクの両親がどこの誰で、ボクは一体何者なのか・・・。唯一覚えているのは、断片的な記憶だけ。それも、何か、森の中にあるログハウスみたいな家で、誰かと一緒に暮らしてたとか、その時一緒に暮らしてた男の子と、ゲーム用のシュミクラムで対戦してコテンパンにされて悔しかったとか、そう言う、バラバラな思い出たちだけ・・・・」
アシュラン:「バチェラ・・・・」
バチェラ:「この『バチェラ』って名前も、ただのハンドル名。本当の名前は、ボクだけしか知らないんだ。それだけじゃない。ボクの戸籍も出鱈目。孤児院を脱走してハッカーとしてやっていこうと決めた時に、全部でっち上げたんだ。だから、ボクは正確には、この世にいない人間なのさ・・・・」
アシュラン:「・・・・・・」
バチェラ:「もし、ここでボクが死んでしまったら、ボクは誰にも知られずにこの世から消えていくんだ。・・・ボクは一体、何のために生まれてきたんだろうね」
アシュラン:「・・・教えて、くれよ」
バチェラ:「・・・・?」
アシュラン:「君の名前、教えてくれないか?」
 バチェラがみるみる、救われた顔になってゆく。
バチェラ:「・・ひかる。ボクの本名は、朝倉(あさくら)ひかる、って言うんだ。はは、本名人に名乗ったのなんて、何年振りだろう・・・・」
アシュラン:「ひかる、か・・・。いい名前だな。隠しておくなんて、勿体無いくらいだよ」
バチェラ:「そ、そうかな・・・・」
 そのまま、バチェラは暫らく顔を赤らめ、下を向いてモジモジしていたが、その後、意を決した表情になり、言った。
バチェラ:「ねえ、アシュラン。その、さ、ボク、これでも女の子だろ・・・」
アシュラン:「え、そ、そうだけど・・・?」
バチェラ:「だからさ・・・その、こんなボクでも、憧れてることがあるんだよ・・・」
アシュラン:「はあ・・・・」
 アシュランは、バチェラが何を言いたいのか、さっぱりわからなかった。そして、何となく、頭にはレミーに蹴りを入れられる自分の姿が浮かぶのだった。
バチェラ:「だから、あのさ・・・もう、本当にキミは鈍いなぁ!」
アシュラン:「・・・スマン」
 最早、これは一生涯アシュランに付いて回ることだろう。アシュランは、そう考え、半ば諦めに近い境地に至った。
バチェラ:「・・・だからさ、ほら、よく映画とかであるだろ。男と女がするやつ・・・」
アシュラン:「・・・もしかして、キス?」
 バチェラはアシュランの腕をぎゅっと掴んだ。
バチェラ:「・・・最期かもしれないからさ・・。初めては、その、少なくとも信用できる男の人と、その・・・・」
アシュラン:「俺は、別に構わないけど・・・、君は、俺なんかでいいのか?」
バチェラ:「・・・うん、お願い」
 バチェラは、小さいけれど、しっかりと強く頷いた。
 アシュランは、バチェラに唇を寄せた。可愛らしい、小さな唇。途端に、この少女が愛しくてたまらなくなる。
 恋愛感情ではないが、ありったけの親愛の情を込めて、アシュランはバチェラの唇に、軽く自分の唇を当てた。
バチェラ:「あ・・・・」
 バチェラは、一瞬赤くなると、すぐに頬を、アシュランの胸にすりつけた。
 その時だった。
 ギャギャギャギャギャギ・・・・ズシーン!!
 穏やかでない騒音の後に、クラクションが二回鳴った
?:「アシュラン、さっさと出て来い!!」
 そして、待ちわびた仲間の声。
アシュラン:「イザーク!!よし、行くぞ、バチェラ!!」
バチェラ:「・・・うん」
 バチェラは名残惜しそうに一回頬をアシュランにすりつけると、立ち上がり、手近にあったディスクをかき集め、ベオウルフの電源を消した。


アシュラン:「イザーク、よく来てくれた!!」
 二人で急いで外に出ると、イザークと、そして何とニコルも、車から手を振って待っていた。
イザーク:「アシュラン!礼はいい、さっさと乗れ!!」
アシュラン:「よし!!」
 アシュランは助手席のドアを開けてイザークの隣に乗り込み、バチェラをニコルがいる後部座席に乗せようとした時、バチェラは一瞬躊躇した。曰く、
バチェラ:「ねえ、この車、妙にボコボコなんだけど・・・・」
アシュラン:「いや・・考えてもしょうがないから、あまり深く考えないようにしていたんだけどな・・・」
 それでも、これに乗る以外方法は無いと悟ったのか、渋々バチェラは後部座席に乗り込む。
ニコル:「アシュランと、君がバチェラですか?しっかりとつかまっていてくださいね!」
 何故かニコルは、『しっかりと』にやけに力を込めて言った。そういえば、ニコルの顔は、異様に蒼い。アシュランがこの車を見たときに感じ、あえて無視しようとしていた嫌な予感が、次第に現実味を帯びてくる。
アシュラン:「い、一応聞くが、イザーク、車の免許は・・・・」
イザーク:「バカか、キサマ!!そんなもん、持ってるわけないだろ!!!」
アシュラン:「いや、自信満々に言われても・・・・」
 どうやら、藪を突いて蛇を出してしまったらしい。
イザーク:「さあ、行くぞ!!」
 イザークは異様に力の入った動作でギアを入れ、思い切りアクセルを踏んだ。すると・・・。
アシュラン:「うわぁぁぁぁ!!?」
 ギギギギギ・・・ドーン!!
 車は勢いよく後退し、背面を近くの廃屋に強くぶつける。
アシュラン:「いってて・・。イザーク、ギアがバックに入ってるんじゃないのか!?」
イザーク:「なに!?」
バチェラ:「ねえ、ボクら、生きて辿り着けるのかな・・・?」
ニコル:「大丈夫だと思いますよ。・・・・多分。」
 どうにかギアをドライブに入れなおしたイザークは、再びアクセルを思い切り踏み、今度はきちんと前に向かって発進する。
アシュラン:「どうでもいいが、もっと緩やかに発進できないのか?」
イザーク:「うるさい、つべこべ言うな!!あと、舌噛むから口閉じてろ!!」
アシュラン:「・・・・・・」
ニコル:「あっ!前に、テロリスト!?」
 時速100kmは出ている車の前方に、見覚えのある長身の男の影が見えた。それが、ゲンハだと判別すると同時に・・。
ゲンハ:「ぬおぉぉぉぉ!?」
 バーン!!
 イザークが慌てて急ブレーキをかけたが、車は急に止まれないもの。全く減速できずに、ゲンハを盛大に何mも弾き飛ばした。
ニコル:「イ、イザーク・・・、これは、流石にちょっと、マズイんじゃないでしょうか・・・」
アシュラン:「大丈夫だ、あいつはこれくらいじゃ死なない!!むしろ、これくらいで死んでくれたら俺はこんなに苦労してない!!!」
 実際、頭から地面に落ちたにも関わらず、ゲンハは起き上がろうと必死にもがいている。
バチェラ:「ヤバイよ、早く!!」
イザーク:「わかってる!!」
 そのまま、イザークの運転する車に乗って、アシュランたちは数時間に及ぶ死のドライブを続けたのだった・・・。



イザーク:「ここでいいのか?」
 イザークは、傷だらけでもはや完全に原形をとどめていない車を、下町のとある建物の近くに停めた。
バチェラ:「うん。ここだよ、間違い無い」
アシュラン:「・・・やっと、着いたか」
 アシュランは、地獄から一気に天国まで引き揚げられた思いがした。少なくとも、この数時間は全く生きた心地がしなかった。
バチェラ:「でも・・・誰も追って来て・・・・ないよね?」
アシュラン:「当たり前だ。仮に誰か追って来ても、そいつは今頃生きてないよ・・・・」
 思い返せば、この数時間、スピード違反、信号無視、車線逆走、器物破損、その他諸々のオンパレード。警察官が見たら憤死しそうな、とんでもないドライブだった。
アシュラン:「それにしても、何でイザーク自ら運転してきたんだ?」
イザーク:「あのなあ、いくら脳味噌少なくてもよく考えろ!あんな時間に、スラムに行ってくれる運転手なんて、いるわけないだろ!!」
 そう言われると、その通りだった。
バチェラ:「でもさ、これなら、アシュランやそこの緑の髪の人が運転した方が、まだマシだったんじゃないの?」
イザーク:「なんだと、このガキ!!」
バチェラ:「そのガキにムキになってるおにーさんは、精神年齢いくつかなー?」
イザーク:「くっ、こいつ!!」
アシュラン:「おい、バチェラ、挑発するな!イザークも、いちいち乗るな。まったく、バチェラ、友達が欲しいんだったら、喧嘩腰はよくないぞ」
 そう言われて、バチェラは急に大人しくなった。
ニコル:「それにしても、こんな子供が、あのバチェラだったなんて驚きましたね。はじめまして、バチェラ。僕はニコル・アマルフィって言います」
 ニコルは、見るものの警戒心をほぐすような優しい笑顔で、バチェラに挨拶した。ニコルの感じのいい挨拶は、バチェラにとってもまんざらでもないらしかった。
バチェラ:「僕は・・・朝倉ひかるって言うんだ。よろしく・・・」
ニコル:「へえ、ひかるちゃんですか。いい名前ですね。ね、イザーク」
イザーク:「・・・まあな!」
 ニコルに笑顔で促されると、イザークも強くは反抗できない。ニコルは、もしピアニストにならなくても保父さんとして立派にやっていけるな、とアシュランは一瞬考えた。
アシュラン:「それにしても・・・あの車、これから一体どうするんだ?」
イザーク:「・・・どうするって、そりゃ、持ち主に返すしかないだろ!」
アシュラン:「も、持ち主って・・・!!あの車、借り物だったのか!!?」
 持ち主が、ショックのあまり死なないことを祈るばかりだ。
イザーク:「仕方ないだろう!スラムに行ってくれるタクシーなどないし、だからと言って軍用の車を使うなんて論外だったんだからな!!そこら辺走ってる一般市民に、軍の身分証明書見せて借りるしかないだろ!!」
アシュラン:「そ、それはそうだが・・・・。やっぱり、俺たちが運転した方がよかったんじゃ・・・」
 そうは言っても、アシュランだって、イザークと大差無い自信はある。
ニコル:「僕も、運転には自信無かったんですよ。まあ、持ち主さんのことは、安心してください。誠心誠意謝れば、きっと大丈夫ですよ」
 百歩譲っても、大丈夫じゃないという確信はある。でも、ニコルのことだ。上手くやる算段でも、立てているのかもしれない。もっとも、その算段があったとして、内容は絶対聞きたくないが。
ニコル:「そういうわけで、僕らはこれから、この車を返しに行ってきます」
イザーク:「・・・帰りは、ニコルが運転してくれ・・・・・」
 どうやら、イザークもちょっとは反省しているらしい。
ニコル:「わかりました。・・・では、アシュラン、それからひかるちゃんも、気を付けてくださいね」
イザーク:「今回みたいな事があっても、必ず助けてやれるとは限らん!そこら辺、肝に銘じておけよ!!」
アシュラン:「ああ、わかった。今回は、本当にありがとう」
バチェラ:「本当に、助かったよ。ありがとう、イザークさん、ニコルさん。」
 そして、二人はニコルの運転する車に乗り(ニコルの運転は、イザークよりは格段に安心できそうだった)、中央都市地区へと去っていった。
アシュラン:「さて、と・・・。ここは、どこだ?」
バチェラ:「ここはね、透たちの住んでいた街。そして、この建物は、『草原の狼(ステッペン・ウルフ)』のアジトさ!」
アシュラン:「ここが、透たちの・・・・」
 そう言われてみると、何か心地よい雰囲気が、この建物全体から滲み出ているようだ。間違いない。ここで透たちは、仲間と最高に楽しい一時を過ごしたのだ。
バチェラ:「ボクも、実は入るの初めてなんだけどね。鍵だって、勝手に解析して、勝手に作ったものなんだ」
 バチェラはそう言って、寂しそうに笑うと、鍵を扉に差し込んで回した。
 古臭い扉の向こうには、バチェラのアジトと似たような匂いの漂う、いかにも『ハッカーのアジト』と言うべき空間が広がっていた。
アシュラン:「ここが・・・。そうか、透たちは、このコンソールチェアから没入したんだな・・・」
バチェラ:「・・・そうみたいだね。でも、よかった。ここは何も変わってないみたいだ。うん、ここなら数日間は、誰にも見つからないよ。いい拠点になりそうだ。・・・・ふぁ~、ちょっと、眠いや・・・」
 安全な場所に着いて、気が緩んだのだろう。バチェラは、可愛らしい欠伸をすると、手近なコンソールに座って、そのまま寝息を立て始めた。
アシュラン:「まあ、昨日は寝てなかったみたいだからな・・・。それにしても、確かに俺も、眠いな。ここで少し、寝ておいた方がいいか・・・」
 アシュランも、手近なコンソールに腰掛けた。すると、すぐに睡魔がやってきて、アシュランを眠りの中に包み込んだ。
 かつて透が使っていたコンソールで、アシュランは泥のように眠るのだった・・・。


 



第二十三章『孤独』完

スポンサーサイト
この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://gozen1020.blog69.fc2.com/tb.php/80-fbca6ec7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

カレンダー

05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -



最近の記事



プロフィール

ごぜん

Author:ごぜん
現在社会人として東京都心の企業に勤めている。出身地は北海道。
一人っ子。故に(?)わがままでせっかちなところがある。趣味はドライブと創作作品鑑賞。ただし基本的に超インドア。
話すのが大好きだが、上手なわけではい。



フリーエリア

このページはリンクフリーです。



フリーエリア

総計 アクセスカウンター 今日 アクセスカウンター 昨日 アクセスカウンター



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。